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2022年4月14日 (木)

悼む犬

 故志村けん (昭和二十五年〈1950年〉二月二十日生まれで,私より十日ほど早く生まれた同世代のチャンピオンだ) は愛犬家で,多頭飼いしていたのはよく知られている.
 かなり前の話だが,志村が一人暮しで多頭飼いしていた時期のこと.そのうちの一匹が志村が仕事で留守中に死んだ.事故ではなく老衰だったのだろう.
 志村が帰宅した時,死んで横たわった犬のすぐ側で二匹が身じろぎもせずに,動かなくなった友だちを悲しそうに見守っていたという.
 あの時は泣きましたと志村はテレビ番組の中で語っていた.
 
 イタリアの大学で行われた研究で,イヌは仲間の死によって行動に変化が生じるとの観察結果が,ネイチャー誌が発行しているニュース・レター nature briefing に掲載された“Domestic dogs (Canis familiaris) grieve over the loss of a conspecific”(Published: 24 February 2022) に示されている.(原著論文はここ)
 行動変化の原因は,一つは,仲間の死そのものの認知,もう一つは飼い主が深く悲しむ様子を見ることだという.後者は容易に理解できるが,前者もまた確かなことだ.志村けんの犬の場合は,前者の例だ.
 動物行動学では,擬人化をしてはならないことになっているが,犬の飼い主である私たちは飼い犬の行動変化を「悲しみ」とか「哀悼」と表現する.それは学問とは別の,私たちの人生観に関わることだからである.だから,想像だが,動物行動学者でもペットロスになるのではないか.
 
 私たちヒトとイヌは「群れ」を作ることがある.
 群れは一般に同種の個体の集合を表す用語である (平凡社世界大百科事典「群れ」).
 鳥類には,同じ種の鳥で群れを作るほかに異なる種 (species) でも集団を作ることがあり,これを鳥類の混群というが,これとヒトとイヌの群れとはかなり異なる.鳥は群れでも混群でも個体の認知を必要としないので,構成する個体は自由に入れ替わる.
 しかしヒトとイヌの群れでは互いを認知していて,動物行動学の言葉を使わずに言うと.それは認知というより絆と呼ぶに近い.飼い主と犬の絆は,互いの感情の交流が支えている.
 ペットロスという言葉は,この感情の交流について,半分のことしか言い表していない.犬も飼い主を失うと,仲間を失ったという感情が生じて,心に大きな傷を受けるのだ.
 ここで私は「仲間を失ったという感情」と書いたが,「イヌに感情はない,心はない」と断言する動物行動学者がいる.
 だが私が飼っている犬は縫いぐるみを着たロボットではない.私が死んだら,私の犬は悲しむに違いない.私の犬はロボットではないからである.このことは,犬と暮らしているすべとのひとが同意してくれるだろう.
 ロシアに侵略されたウクライナから,ポーランドやルーマニア,モルドバに逃れた人々が,犬や猫を抱いている報道映像を観たひとは多いだろう.あのペットたちもロボットではない.人生の同伴者だから同行避難しているのだ.このことも,ペットと暮らしているすべての人が同意してくれるだろう.
 
 ウクライナのキーウ近郊一帯をロシアの鬼畜どもが破壊蹂躙して去ったあと,山のように積まれた犬の死骸が見つかった.もちろん飼い主たちも殺されたに違いない.
 しかし殺されずに生き残った秋田犬がいる.リニという名だ.
 住む人のいなくなった家の前で帰らぬ飼い主を待ち続けるリニの健気さを,HUFFPOST日本版《「ウクライナのハチ公」の悲痛な姿。殺害された飼い主を1カ月待ち続ける【画像・動画】》[掲載日 2022年4月12日 16:45] が伝えた.
 リニの飼い主だった女性はロシア兵に辱められて殺された.生き残った街の人々は,狂ったように殺戮とレイプをしたロシア兵たちは薬物に酔っていたようだと証言した.プーチンの軍隊は,薬物を使って兵を人でなしにしているようだ.
 リニから幸せな毎日を奪った人でなしどもは呪われよ.地獄に堕ちよ.
 
[追記]
 リニは保護されたとの続報があった.
 いつの日かリニの心の傷が癒されますように.
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)


 


 

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