注文の多い蕎麦屋
昨日の記事に,博多ラーメン原理主義者について書いた.
博多ラーメンほどではないが,蕎麦にも一部に原理主義者が存在する.そこで,私がかつて遭遇した蕎麦原理主義者のことを書いてみる.
福島県を旅しているときのこと.
ある寂れた地方都市を観光していたら昼飯時になった.
大きな飲食店街があるような土地柄ではないので,選択肢はない.歩いている道すがらに店があったら入ることにした.
と,私は地味な門構えの,というか民家に暖簾を下げただけの蕎麦屋を見つけた.
蕎麦は私の好物なので,これは丁度いいと思い,店に入った.
中はちょっと変わっていて,カウンター席も椅子席もなく,座卓が置かれた四畳半の狭敷があるだけであった.その奥が厨房で,ここにも暖簾が下がっていた.
昼飯時なのに客はいなかった.
すみませーん,と声をかけると,店主が出てきた.想像通り頭に手拭を巻き,ステロタイプな作務衣を着ていた.
出された茶は蕎麦茶だった.
それで喉を湿らせてから,品書きを見せてくださいと言うと,当店は盛り蕎麦だけですと店主は答えた.ここで何となくいやな予感がした.
続いて「当店は打ち立て茹で立てを召し上がって頂くために,少々お時間を頂戴します」と言う.
いやな予感は的中したが,気の弱い私は「はあ,じゃその盛り蕎麦を」と答えた.しかし,口上に「挽き立て」が入っていないだけ幸いだと私は蕎麦の神様に感謝した.
どれほど待っただろうか.待ちつかれてしまった頃に店主が奥から蕎麦を持ってきた.
盆の上には一辺が十センチ余りの小さな蒸籠が三つ重ねてあった.
蕎麦猪口は二つ盆に載っていた.それと小皿が一枚.
店主は座卓に盆を置き,蒸籠を一枚,私の前に置いた.
そして「この蕎麦は私が精魂込めて打ちました.まずは水で召し上がって頂きます」と言った.
蒸籠にちょこんと載せられた蕎麦は,一啜りで終わるくらいの量だった.
言われるがままに私は蕎麦を啜ったが,まずかった.
次に店主は二枚目の蒸籠を私の前に置き「次は塩でお召し上がりください」と言った.
小皿には塩が少量盛られていた.いずれ塩の世界では世に知られた銘塩なんだろうが,岩塩をすりつぶしたもののような印象を受けた.
それを指でつまんで,蕎麦にふりかけて口に運んだが,汁けがないので勢いよく啜るという具合には行かなかった.
水よりはマシだったが,やはりまずかった.
最後の三枚目の蒸籠は,ようやく蕎麦つゆが入った蕎麦猪口とともに私の前に置かれた.
やっとまともな蕎麦にありつけた私は,二,三本ずつ箸でつまんで食べたが,それでも三口で食べ終わった.
その私をにこやかな笑顔で見ていた店主は,私が訊いてもいないのに,会社勤めを終えてから独学で蕎麦打ちを勉強し,ようやく店を開いたのだと語った.
ここにきてようやく私は,蕎麦屋ではなく「趣味の蕎麦」の店に入ってしまったのだと理解した.
あの店は,趣味の蕎麦だから儲けは度外視.店主は今でも迷惑な蕎麦屋をやっているんだろうか.一日に一匹来るか来ないかのアリを待つアリジゴクのように.
ところで,食べ物のうちで,なぜか麺類は原理主義化しやすい.
通称「ナポリタン」はスパゲッティのケチャップ和えだが,イタリア人はこれを邪道だと貶すんだそうだ.しかし,イタリア人に「ナポリタン」を食えと誰が言ったか.食いたくないなら食うな.ほっといてくれと言いたい.
蕎麦を水で食べるのを「水蕎麦」と呼ぶようだ.(JA長野《そば本来の繊細な味を楽しめる「水そば」のある店へ》[掲載日 2018年12月11日])
それならうどんも水で食え.うどん本来の繊細な味を楽しめる「水うどん」だ.
米は炊かずに研いだだけの生米をぼりぼり齧れ.米本来の繊細な味を楽しめる「水米」だ.w
それはいやだというなら,なぜ蕎麦だけ特別なのか説明しろっ,JA長野っ.
私は蕎麦は好きだが,蕎麦は水と塩で食わねばならぬと蘊蓄垂れる蕎麦屋は嫌いだ.そういうやつは麺類界の嫌われ者,麺類界のプーチンだ.
何を言っているか自分でもわからんが,そういうことだ.
それに比べるとチャンポンはいいなあ.最初っからいわゆる「味変」を許してる.ソースだろうが酢だろうが,持参したマヨネーズだろうが,何を足してもオッケーだ.私はチャンポンのような人になりたい.
*********************************************
ウクライナに自由と光あれ
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)
| 固定リンク
「外食放浪記」カテゴリの記事
- ロウカット玄米の混ぜご飯(2022.12.08)
- 焼きおにぎらず(2022.11.12)
- 鶏とクスクスのグラタン(2022.06.22)
- ちりめんと紫蘇の実漬のご飯(2022.06.13)
- 生キクラゲを食う初体験(2022.06.13)
最近のコメント