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2022年3月22日 (火)

ミステリの誤訳は動画を観て確かめるといいかも

『ポケットにライ麦を〔新訳版〕』(早川書房,山本やよい訳,2020年8月25日発行) を読み始めたのだが,冒頭から誤訳があった.
 オープニングで富豪の投資信託会社社長レックス・フォーテスキューが毒殺される.
 捜査を担当するニール警部が,レックス・フォーテスキューの使用人への事情聴取を開始する.(以下《 》は引用を示す)
 まずレックスの家に電話をかけると執事が出る.警部が《フォーテスキュー氏の病状について話がしたい》と言うと,執事は《ミス・ダブを呼びましょう。この家の家政婦とでも言えばいいのでしょうか》と答える.
 この「家政婦」が誤訳なのだ.それも初歩的な情けない誤訳.
 この小説は英国上流階級の話なのだから,ハウスキーパーは「家政婦長」,メイドを「家政婦」として区別するのが正しい翻訳である.(『ポケットにライ麦を』には,女性使用人としてハウスキーパーの他に「メイド」も出てくるが,山本やよい訳はハウスキーパーを家政婦,メイドを「メイド」と訳している.支離滅裂だ.メイドは何だと思っているのだろう.事典を読めと言いたい)
 ちょうどいい具合に,YouTubeにテレビドラマの『ポケットにライ麦を』があるので紹介する.
ミス・マープル 第13話 ポケットにライ麦を》である.
 殺人が起きたあと,ニール警部が部下と共にフォーテスキューの邸宅を訪問すると,ミス・ダブことメアリ・ダブが二階から階段を下りてきて自己紹介する.
 動画の台詞は《わたくし,ハウスキーパーのメアリ・ダブと申します》だ.下の画像はYouTubeからのスクリーン・ショットである.
 
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 この動画の吹替は正解で,ハウスキーパーはハウスキーパーとすればよい.しかし日本語に言い換えるならば家政婦長 (この『ポケットにライ麦を』では,フォーテスキュー家の使用人のトップであり,執事よりもエライ) とせねばならない.これは基礎的常識.高校生の英語だ.
 上に紹介した動画では,メアリ・ダブはきちんとしたダーク・グリーンのスーツを着用した美女である.
 原作ではもっと明るい色のワンピースを着ていることになっているが,どちらにせよ,家政婦の仕事着ではない.
 翻訳小説が「家政婦」なんて訳すもんだから,誤解する読者が出る.例えばあるブログには,こんな感想が書かれている.
 
メアリー・ダブは、黒髪・黒服にメイドエプロンの姿を想像していたのですが、家政婦みたいな上級使用人はエプロンはしないんでしたっけ?家政婦といえば黒服に鍵束のイメージですが、原作にメアリー・ダブは白いカラーにカフスという描写があったので、勝手に頭に白いひらひらとエプロンまで付け足して想像していたわ。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 無理もない.普通の日本人は「家政婦」にお手伝いさんのイメージを持っているからである.そのイメージを英国風にすれば,これはもうどうしたってエプロン姿のメイドさんだ.おいしくなーれ,おいしくなーれ,萌え萌えキュンである.ヾ(--;)
 ところが家政婦長ともなると,現代の日本社会の貨幣価値では,年収千五百万円ほどになる.(Wikipedia【ハウスキーパー】の記載から計算した)
 家計の実務を取り仕切るのもハウスキーパーの仕事で,そのために経理ができないといけないらしいので,日本の会社なら肩書は執行役員経理部長といったところ.
 実際,ニール警部はメアリ・ダブの知性と能力に驚いたという描写が,山本やよい訳の翻訳文に出てくる.
 不思議なのは,そのようにメアリ・ダブを描写しておきながら,山本やよいはメアリを「家政婦」であると誤訳していることだ.
 山本やよいは,やたらと翻訳書を 下手な鉄砲も数打ゃ 出版しているが,大丈夫かなあ.この人は私と同世代なんだが……
 
 ちなみに,原作中のメアリを山本やよいは《着ているワンピースのベージュグレイという柔らかな色合い、白い襟とカフス、きれいにウェーブした髪、モナ・リザようなかすかな微笑、どこか現実離れした雰囲気があり、三十歳にもならないこの若い女……》と訳している.
 白い襟とカフスの付いたベージュグレイのワンピースは,洋画に出てくる上品な家庭のお嬢様のものだと一読して私は思ったのだが,諸兄はいかがか.秋葉の道端でビラまいてるメイドさんを想像した人はあっちに行きなさい.しっしっ.
 
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)


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