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2022年3月15日 (火)

ようやく明らかにされた不都合な真実

 Forbes《「アルコールは心臓によい」は誤り 新調査で指摘》[掲載日 2022年3月13日 12:30] に非常に重要な情報がさらりと掲載されていた.同記事から少し引用する.
 
1日に酒を1、2杯摂取することは、少なくともアルコールに関する一部の指針によると特に体に有害なこととは考えられていない。また中には、適度な水準の飲酒は心臓に効果的かもしれないことさえ示している調査もある。
米疾病対策センター(CDC)が推奨している飲酒量は、男性が1日2杯まで、女性が1日1杯までだ。しかし35万人以上を対象とした新たな調査からは、アルコールの摂取は少量であったとしても心臓血管疾患のリスクを上昇させることが示されている。
 欧州臨床栄養代謝学会(ESPEN)の公式ジャーナル「クリニカル・ニュートリション(Clinical Nutrition)」には先日、生物医学の大規模データベースであるUKバイオバンク(UK Biobank)の大規模な調査が発表された。》 
同調査では英全土の22のセンターからデータが集められ、飲酒した33万3259人と飲酒しなかった2万1710人を平均で7年にわたり追跡し、健康とアルコールの消費について調べた。対象者の年齢は40~69歳だった。
 こうした類いの調査では、飲酒により健康に何らかの変化がもたらされるかどうかを調べるため、飲酒する人と一度も飲酒したことがない人を比較する場合が多い。しかし、全く飲酒しない人の中には他の健康問題を理由としてアルコールを避けている人もいるため、こうした比較からは大きな誤解が生まれかねないことが今回の調査で示された。
 同調査の2万人を超える「全く飲酒しない」準拠集団が慢性疾患を患っている確率は、飲酒する集団と比べて大半の疾患で高かった。そのため飲酒する集団をこの集団と比べた場合、飲酒する集団が心血管系イベントを経験しにくいように見えたのだ。
 
 医学部という教育機関は,非常に広範な学問分野を扱う.そのため,一部の分野に関しては表面的な知識を授けるだけに留まってしまうのは致し方ないところがある.
 とりわけ統計学他の数学は,臨床医学的な調査研究にとって重要な学問であるにも関わらず,医学者の不得意とするところであると私は考える.そして上に挙げたForbesの記事は,その問題点を示している.
 
 かなり昔から「ワインは健康によい」とか「ビールは健康によい」などの酒飲みに都合のよい健康情報が世に蔓延っている.
 特に「ワイン心臓によい」は,学問的に確立していないにも関わらず,そして素朴な直感的にも「そんなわきゃないよねー」なのに,「ワインは心臓によい」を通り越して「ワインは健康によい」がほぼ常識のようになっている.
 
 酒は毒物である.煙草と同じく誰でも入手できて合法的で,なおかつ依存性のある毒物である.(マリファナは日本では非合法なのが救いだが,元総理大臣安倍晋三の妻は「合法化せよ」と主張している.彼女がなぜマリファナを合法化して欲しいのか国民は知りたいと思っているw)
 ワインとて毒物であるから,演繹的な推論では「ワインも他の酒と同じく心臓によくない」のであるが,なぜかワインだけは特別だとされた.
 その説を唱えたのはボルドー (Bordeaux) 大学の教授だったセルジュ.レヌー (Serge Renaud) という研究者である.この「ワインは心臓によい」説は有名であるが,言い出しっぺの 最初にこの説を主張したレヌーはほとんど忘れられてしまった.レヌーの経歴についてはフランス語版ウィキペディアには載っているが,英語版にはない.ま,その程度の研究者だったということである.論文もほとんどない.一発屋だったようであ
 日本では「ワインは心臓によい」説をウェブで検索してヒットするコンテンツは,ほとんどの筆者が孫引きをして書いている (つまり原著を読んでいない) ようで,酷いのになるとレヌーの名すら書かれておらず,レヌーの名が記されていても,彼の説の論文名を記載したものはほとんどないという有様だが,原著論文を読んでみたいと思われるかたのために記載しておく.
Renaud S, de Lorgeril M. “Wine, alcohol, platelets, and the French paradox for coronary heart disease”, Lancet, 1992;339:1523–6.
 ただし,概要を知ればいい場合のために,(要旨)と関連小論文 (レヌーによる Letters to the Editor“The French Paradox: Vegetables or Wine” はここ) へのリンクも示しておく.
 
 さてLancetは一流誌であるから,たちまち世界中にワインのブームが起きた.
 だが当時,私はこの論文を読んで,レヌーがボルドー大学の所属だという,そのことだけでインチキくせえなーと思った.ワインはボルドーの御当地名産品だからである.w
 これは日本でもよくある話で,規模はワインとは桁違いに小さいが,御当地特産の野菜の成分が「血液をサラサラにすることが期待されます」などと今でも学会で発表されたりするのだ.こういう研究のキモは「期待されます」と言う仮説だけ掲げて,本当かどうか確かめようとはしないところである.
 実はこの「期待されます」は,私がまだ若かった頃,サプリメント業界が薬事法逃れのために発明した言い方である.
 例えば「軟骨成分であるプロテオグリカンは2型コラーゲンと相性が良く,グルコサミンを超えるパワーが期待されています」という具合で,期待だけで根拠なく売りまくるのがサプリメント業界なのである.
 別の例では「ビールは脳によい」という説がある.「ワインは心臓によい」のあとに出てきた説の一つである.
 これを主張した阿野泰久氏はビールのメーカーに勤務しているかたで,研究の動機について次のように述べている.(《ビールが脳に良いってほんと?……》[掲載日 2021年11月5日])
 
今井:さっそくですが、ビールの成分が脳に良いって本当なんですか……?
 阿野さん:本当です! 今井さんは、赤ワインに含まれるポリフェノールが脳や心臓病に良いって聞いたことありません?
 今井:ありますね。健康のために赤ワインばかり飲んでるって人もいるような。
 阿野さん:そうそう。でも、お酒の中で赤ワインだけが贔屓されるの、ずるくない?と思って (笑)。ビールにも何か良い成分入ってないかなーと思って研究してみたんですよ。
 今井:軽いきっかけから研究が始まったんですね……!(笑)》(引用文中の文字の着色は当ブログの筆者が行った)
 
 阿野氏の研究は「ワインだけ贔屓されるのはずるい」という軽い動機で行われた.w
 そして研究結果は下に掲げる論文として結実した.
阿野 泰久“ホップ由来苦み成分「イソα酸」の認知機能改善効果について”日本醸造協会誌113巻・12号, p.738-743(2018-12)
 
 リンク先に原著論文全体が掲載されているので,一部を下に引用する.
 
ホップ由来の苦み成分イソα酸が.脳内の免疫細胞として知られるミクログ リアの機能を尤進し,アルツハイマー病モデルマウスにおいて病態抑制作用を示すことを確認した。 このイソα酸のヒトに対する有効性の検証は今後の検証課題である。2016年に内閣府革新的研究開発推進プログラム (ImPACT)が主催する BrainHealthcareチャレンジプログラムという国家プロジェク トに参画し,イソα酸の摂取がヒトの脳活動に及ぽす効果について予備的な検証を行 った。その結果ビールコップー杯程度 (180mL)に含まれる量のイソα酸摂取による脳活動改善の可能性が示された》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 文字の着色箇所「ヒトに対する有効性の検証は今後の検証課題である」は実験はしていませんという意味であるし,「可能性が示された」は「期待される」と同じ意味だ.w
 ま,そもそも学会の英文論文誌ではなく,和文の業界雑誌に投稿した時点で腰が引けている.そんなことをするから,せっかくの御研究が,信用されないゴミになってしまった.w
 
 で,話を元に戻すと,レヌーの論文はワインのブームを巻き起こした.Wikipedia【フレンチパラドックス】から下に引用する.
 
フレンチパラドックス (英: French paradox) とは、フランス人は相対的に喫煙率が高く、飽和脂肪酸が豊富に含まれる食事を摂取しているにもかかわらず、冠状動脈性心臓病に罹患することが比較的少ないという逆説的な疫学的な観察のことである。フレンチパラドックスの用語は、フランスのボルドー大学の科学者であるセルジュ・ルノーによる造語である。
 この観察は2つの重要な可能性を示唆する。まず、飽和脂肪酸を心血管疾患に結びつけることが有効な仮説ではないということ(完全無効)。次の可能性は、飽和脂肪酸と心血管疾患は関連するが、フランスの食事習慣や生活習慣がこのリスクを緩和するということ。メディアも関心を示し、研究が行われてきた。
一般社会への影響
 赤ワインが、心臓疾患の発生率を減少させることを推定した、このパラドックスの説明が、1991年にアメリカ合衆国のCBS番組「60 Minutes」で放送されたときは、赤ワインの消費量が44%も増加し、一部のワイナリーは、ワインに健康食品の認証ラベルを付ける権利獲得のため、ロビー活動を始めた。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 しかし彼の論文に胡散臭さを感じたのはもちろん私だけではなく,当時のまともな研究者は皆懐疑的だったと思われる.Wikipedia【ポリフェノール】から下に引用する.
 
香料や色素として古くから食品、化粧品に使われていたが、1992年、フランスのボルドー大学の科学者セルジュ・ルノー(フランス語版)が、「フランス、ベルギー、スイスに住む人々は、他の西欧諸国の人々よりもチーズやバターといった乳脂肪、肉類、フォアグラなどの動物性脂肪を大量に摂取しているにもかかわらず、心臓病の死亡率が低い」という説を打ち出し、彼らが日常的に飲んでいる赤ワインに着目。人間を始めとする動物が、赤ワインに豊富に含まれる「ポリフェノール」を摂取すると、動脈硬化や脳梗塞を防ぐ抗酸化作用、ホルモン促進作用が向上すると発表した。
 学者の中には、フランスで心筋梗塞が少ないのはワインのポリフェノール効果ではなく、「ワインの飲みすぎで肝疾患で死ぬ人が多いから、相対的に心疾患で死ぬ人が少ないだけだ」、あるいは「フランス人の心臓疾患の発症率がアメリカ人の1/3なのは、単にアメリカ人に比べて1回の食事量が少ないからだ」と考える者も存在する。これらの観察や議論は「フレンチパラドックス(フランスの逆説)」と呼ばれ、1990年代初頭、世界的に広まった。
 赤ワインに含有する抗酸化物質「レスベラトロール」はヒトに対する健康効果は無いとの研究報告がJournal of the American Medical Association Internal Medicineに掲載された。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 研究者たちは自分のなすべき研究で忙しい.他人がわけのわからんことを主張しても,自分の研究の邪魔にならないのであれば,悪口を言うか冷笑して黙殺するのが普通である.
フランスで心筋梗塞が少ないのはワインのポリフェノール効果ではなく、「ワインの飲みすぎで肝疾患で死ぬ人が多いから、相対的に心疾患で死ぬ人が少ないだけだ」》はその悪口の一つである.w
 しかし,英国の長期大規模研究 UK Biobank (Wikipedia【UKバイオバンク】) によって「フレンチパラドックス」に深刻な疑問が生じた.
 具体的に言うと,本当に,赤ワインを飲む《フランス、ベルギー、スイスに住む人々》は,赤ワインを飲まない人々に比較して《心臓病の死亡率が低い》のかどうかあやしいという疑問が出てきたのだ.赤ワイン云々は単なる仮説に過ぎないのに事実として扱われ,他の事実と矛盾するために「パラドックス」と呼ばれることになった可能性が高いのである.
 実際,赤ワインに含まれるレスベラトロールは,心臓病との関係を示す積極的なデータはない.(「期待される」と主張する人がいる,といったレベルのお話だ)
 それなのに,夕食にフレンチのレストランに行き,「赤ワインは体にいいのだ」とか言って何杯も飲み,コースの食事が終わった頃に顔が赤くなっている,なんてのは明らかに飲みすぎだ.食事の礼儀としても恥ずかしい.食事と飲み会を混同せぬよう心したいものである.
 
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)


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