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2022年3月17日 (木)

科捜研の樹々

 私は東大農学部の学生だった時に「樹木成分化学 I, II」という一年間にわたる講義を聴いた.木でも草でも,その植物に特徴的な化学成分があり,それらを網羅的に紹介するという内容で,とてもおもしろかったので,講義ノートは今でも押入れのどこかにしまってあるはずだ.
 で,「樹木成分化学」の各論でイチイの成分が取り上げられたことがある.
 イチイは「一位」あるいは「櫟」と書く常緑針葉樹.学名は Taxus cuspidata である.イチイ科イチイ属の植物またはイチイ属の植物の総称であり,別名はアララギという.
 正岡子規の根岸短歌会の流れをくむ『馬酔木』の廃刊後に,伊藤左千夫らが1909年に『アララギ』を創刊したことから,イチイよりもむしろアララギのほうが通りがよいかも知れない.
 アララギ (イチイ) は,北海道から本州中・北部の山地に自生し,また沖縄県以外では庭木として植えられることが多いので,珍しい樹木ではない.雌雄異株で,花はいずれも春に開き,秋に結実する.熟すると種子を赤い多肉が包んで果実状になる.この実は甘くて食べられる.
 木工材料としても用いられ,ヨーロッパでは古くから弓 (ロングボウ) の素材として有名だが,現代はスキーにも使われる.
 また最高級の鉛筆材であり,他に建築材,彫刻材としても使われる.「一位」という名の由来は,Wikipedia【イチイ】に《和名イチイは、神官が使う笏がイチイの材から作られたことから、別名シャクノキ (笏木) ともよばれ、仁徳天皇がこの樹に正一位を授けたので「イチイ」の名が出たとされている》と書かれている.
 以上がイチイの樹の基礎知識だが,「樹木成分化学」の講義はこれから先だ.
 果実は甘いので果実酒を作ったりするが,果実以外の葉や種子にはアルカロイドのタキシン (taxine) が含まれ,強い毒性がある.
 これについてWikipedia【タキシン】には次の記述がある.
 
タキシン (taxine) は、主にイチイ属の植物に含まれるテルペンアルカロイドの混合物である。外観は粒状の粉末で、CAS登録番号は [12607-93-1]。Taxine A (C35H47NO10、 [1361-49-5])、taxine B (C33H45NO8、[1361-51-9]) などが含まれる。『イチイ』の意であるラテン語『taxus』から名が取られた。1950年代から1960年代にかけて分離と構造決定の研究がなされた。
 
毒性
 心臓毒の一種であり、症状としては末梢神経性循環障害食欲廃絶、筋力低下、四肢の振戦、呼吸困難、心臓麻痺、心拍数減少、血圧低下、体温低下、痙攣、硬直など様々なものが挙げられる。症状が急速に進むため、死ぬ寸前まで気付かないことも稀では無く検死などで毒物検査を行って初めて異常な量の摂取が発覚することもある。
 タキシンはカルシウムチャネルおよびナトリウムチャネルのアンタゴニストであり、心臓のイオンチャネルに対して選択性を示す。
 タキシン中の主要な成分はタキシンBであり、タキシンBはその他の成分よりも高い毒性を示すため、タキシンの毒性の大部分はタキシンBによるものであると考えられている。
 アガサ・クリスティのポケットにライ麦をでは、タキシンを用いた殺人事件が登場する。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 さて昔々,五十年も前に講義で聴いたイチイの話を持ち出したのは,先日《科捜研の女 15 第七話「どっきり殺人レシピ」》の再放送を観たからである.
 イチイの種子 (ヒトなら数粒) を噛み砕いて飲み込んでしまうなどの経口摂取をしてから,毒性が発現するまで数時間のラグがあり,Wikipedia【タキシン】に書かれているように,症状が現れると急速に死に至る.
《科捜研の女 15 第七話》(あらすじ) は,このタキシンの性質を巧みに取り入れたシナリオと俳優の演技で,私は大いに感心した.
 この第七話で殺人に用いられたイチイの種子は,京都郊外に自生しているイチイの樹の実から容易に手に入るところがストーリーのキモである.
 このように,《科捜研の女》には,京都府下に自生する樹々,草花がよく登場する.
 今日 (3/17) 放送された《科捜研の女 19 第三十一話「ピンク色の鑑定」》(あらすじ) は,架空の樹木であるミヤコヒガンという桜の葉を草木染に用いるというストーリーだった.草木染の媒染剤に関する知識も得られて,なかなか勉強になった.
 いま放送中のNHKの朝ドラ《カムカムエヴリバディ》のシナリオが,辻褄の合わぬこと甚だしいデタラメなのに比較して,《科捜研の女》のシナリオはよく練られている.これはもう作家の脳みそのでき具合としか言いようがなく,《科捜研の女》の長年にわたる高視聴率もむべなるかな,である.
 しかるに週刊文春が昨年の十月七日発売号で,テレビ朝日の関係者から内部リークがあったとして,《科捜研の女》は今シーズンで打ち切りだと報道した.(文春の記事) 
 女性週刊誌がすぐ後追いの提灯記事を載せたが,他誌は全く無視した.文春のデッチアゲなのか事実なのか,ほんとのところはどうなんだ.もう三月も後半だぞ,文春.件のリークは,テレビ朝日の連発不祥事&社長追放劇と何か関係あるのか.たぶんあるんだろうなー.
 
 ところで,「どっきり殺人レシピ」はよくできたシナリオだったが,これはWikipedia【タキシン】に書かれているアガサ・クリスティの『ポケットにライ麦を』に想を得たものかも知れない.そこでアマゾンを探したら状態のよい古書 (新訳版,早川書房クリスティー文庫) が出ていたので先日注文した.
 そして今日届いたのは帯付きで,読んだ気配なしの良品だった.元の持ち主は読まずに売ったようだが,どういう了見だ.w
『ポケットにライ麦を』(*註) は安定のミス・マープルのシリーズである.安定の,といいつつ,私はなぜか未読.今から寝床で読むことにする.
 
(*註)
 原題は“A Pocket Full of Rye”だ.「ポケット一杯 (分の量) のライ麦」ではなく「ポケットにライ麦を」と訳した最初の翻訳者の意図はなにか.本作の邦題が謎含みだが,もしこれが伏線ならおもしろい.
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)




 

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