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2022年1月 1日 (土)

年頭緒言

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 年が明けて,あと二ヶ月余で私は七十二歳となる.
 今はもうほとんど忘れられたことであるが,昭和の中頃までは昭和二十五年生まれを「五黄の寅歳」といった.
 占いの術の一つである「九星気学」によれば,昭和二十五年は「五黄寅」だったからである.
 これについてもう少し説明すると,「五黄寅」は,九星気学の基になった江戸時代からある古い占術の九星術 (九星方鑑学) の「五黄土星」と,十二支の「寅」とを合体させた概念である.
「九星気学」は明治四十二年に園田真次郎が気学として創始 (出典によっては大正十三年だともいう) したもので,我が国では卑弥呼に始まる占術の歴史からすると,つい最近できたばかりの新参者である.新参なのにもう廃れてしまったが.
 で,その「五黄寅」は三十六年に一度廻って来る.昭和六十一年も「五黄寅」だったから,私は二度目を迎えた.
 日本人の平均余命からすると,多くの人は二度でおしまいだ.
 というか,一度で亡くなった人もいるはずで,だから私が七十二歳まで生きられたのは慶賀すべきことだろう.
 
 さてWikipedia【五黄土星】によれば,この星が意味するところは以下の通りである.
 
象意
 基礎、暴力、旧病の再発、破壊、葬祭業、塵芥処理、腫れ物、甘味、庇、創造、刺客、醜聞、醗酵
 廃棄物、天変地異、中央、核、熱、支配力、反抗、核心、パニック、無、黄色、強欲、破産、失業、再起 (再起動) 、大腸便秘下痢
 
 私は占いには知識がないのだが,これは酷い.
 五黄土星は大凶星だ.間違いない.
 そういえば前回の「五黄寅」の年に,私は鎌倉の鶴岡八幡宮に参拝し,本宮でおみくじを引いたのを思い出した.
 しかし運の悪いことにこれが凶だったので,境内にある白幡神社で,くじを引き直した.
 というのは,凶を引いた時に行う古い作法があるからだ.
 そのまま凶くじを財布にでも仕舞って暫く身を慎むか,あるいはこれを境内の木の枝に結び捨て,もう一度引き直しということをするのが昔からの習わしなのである.
 だがこの日,どういうわけか白幡神社のくじも凶で,これはいかんと思って旗上弁才天でもくじを引いてみたが,やはり凶を引いた.三連凶だった.
 このあと私は,社長に企業犯罪の実行を命ぜられたが拒否し,その報復として地方の工場へ単身赴任の降格人事をくらい,二十年間も運勢はタダ下がりの下降線をたどったのであった.
 余談だが,この企業犯罪のことは,墓場に持って行く気はない.
 実行を私に命じた社長は既に死んだ.社長の右腕として私の代わりに犯罪を行った者たちは出世した.
 この恥知らずな男たちはまだ生きているが,罪は既に時効となっている.時効だから収監されることもない.そろそろ実名入りで話してもいいだろう.
 
 こうして私は会社員として不本意な人生を過ごしたが,大凶星の下に生まれたのだから宿命と思ってあきらめる.
 諦めついでの余興として,私の今後の余命を五黄土星の象意と照らし合わせてみる.
 まずは「強欲」だが,七十二歳となった今はもはや色も欲もない.生涯,悪事に手を染めることはなかったから「醜聞」には無縁だ.
 かつまた今はもう年金暮しだから,これから「破産」する心配はあまりない (老後破産には心するが).
 確かに「失業」してはいるが,もう働く気はないから,それでもいいだろう.
「甘味」というのがよくわからぬが,糖尿病のことだろうか.気を付けねばいけない.
「天変地異」があるとすれば地震であるが,これは可能性が高い.「核」「熱」「パニック」は連動して発生する原発事故のことだろうが,ちょっと心配.
 残ったやつを繋ぎ合わせると〔「便秘」と「下痢」を繰り返すのでこれはヤバいと思っていたら「大腸」「癌」が検診で見つかり,そのショックで「旧病」の心臓疾患が再発して倒れ,「葬祭業」者のお世話になりました〕といったところか.
 それは私の個人的なことであるが,日本の社会は今もコロナ禍が収まらない.正月過ぎには第六波が来ると,専門家は予想している.
 従って今年も巣ごもりに徹することにする.
 

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