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2021年10月14日 (木)

わが友にあらず

 捨て猫を拾った女性が,一旦は保護してみたのだが里親が見つかるまでの保護はできないと諦め,子猫を入れたダンボール箱を動物愛護団体の施設の前に,事情を書いた手紙を付けてまた捨ててしまったという出来事があった.
 テレ朝news《一度保護した上で…子ネコ捨てた女に「無責任」の声》[掲載日 2021年10月14日 12:07] から引用する.
 
NPO法人動物愛護団体LYSTA・鈴木理絵代表理事:「最後の最後までというか、自分で何とかして命をつなごうという覚悟がないんだったら、保護するべきではないのではないかと思う。無責任以外の何物でもない」
 
 この動物愛護団体の鈴木理事という人は,「猫を飼うなら最後を看取る覚悟を持って飼うべきだ」ということと,捨て猫の緊急保護を一緒くたにしている.
 施設前の防犯カメラに映っていた女性がどんな状況で子猫を拾い,そしてどんな事情があってまた捨てたか,どんな気持ちで愛護団体の施設前に持ってきたか,そうせざるを得なかったときに彼女の心は傷つきはしなかったか,鈴木理事はそういうことを一切考えることなく,その女性を「無責任以外の何物でもない」と,一刀のもとに断罪している.
 例えばの話,子猫を発見したままにしておけば,周辺にたむろしていたカラスに殺されてしまうような状況だったとしたらどうする.
 それでも一時的に子猫を拾ってはいけないのか.
 鈴木理事は,心優しいだけの者は子猫をかばうな,見殺しにせよと言っている.「子猫を保護することが許されるのは,我々のような強い人間だけである」と言っているのだ.
 それは,動物愛護団体の人たちにとって正論なのかもしれないが,しかし正論を振りかざして他者を断罪する鈴木理事は,わが友ではない.
 件の女性に向けて「また捨ててしまうのではなく,こういう時はこうして欲しい,こうする方法がある」などというメッセージを心優しく発することがなぜできぬ.ただ強いだけの者は,わが友にあらず.
 猫をめぐって地域住民とトラブルを起こす愛護団体の話を聞く.彼らは猫には優しいが,人には攻撃的だ.

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