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2021年9月16日 (木)

新規感染者数がピークアウトして減少するのは自然現象である (三)

 今朝 (9/15) のNHKニュース《おはよう日本》の冒頭で「東京都の新規感染者が減少を続けているが,その理由は?」という話題を取り上げた.下の画像は放送画面を写真撮影してトリミングしたものである.
 
 20210915b
 
 鳥でも昆虫でも,あるいは自然界の微生物でも,およそ生物を対象にしたフィールドワークを専門にしている研究者であれば,上画像に描かれた「東京都の感染者 (日別)」のグラフを一瞥すれば,直感的に,これは数学的に解析できる現象であると見抜くだろう.
 というか,これほどきれいなグラフは,滅多に自然界の現象ではお目にかかれない.
 もちろん既に,ある感染症の感染者数の推移を数学的に解釈することは,学問として成立している.
 それがどのような学問であるか,京都大学の西浦博先生が日本内科学会雑誌に昨年寄稿した総説を紹介する.
 
 鈴木絢子,西浦博《感染症の数理モデルと対策》日本内科学会雑誌 109 (11):2276~2280,2020.
 
 この総説の p.2278 に,感染症の数理モデル“SEIR” (微分方程式) が記載されている.
 またこのモデルにおいて,基本再生産数を変えたときのシミュレーション結果が図示されている.

 20210915a
(出典;鈴木絢子,西浦博《感染症の数理モデルと対策》日本内科学会雑誌109:2276~2280,2020)

 この図4は「東京都の感染者 (日別)」が数学的に解析できることを見事に示している.
 感染流行第四波,第五波はこのシミュレーション波形によく近似している.
 またこの波形は,感染流行に有効な政策介入が生じた場合 (例えば緊急事態宣言の発出によって人流が抑制された等) には変形する.
 それをシミュレートしたのが,この文献の第5図である.この図こそ,西浦先生が「八割おじさん」として世間に名を知られたときのデータである.(図5の緑色の曲線がそれ)
20210916a
(出典;鈴木絢子,西浦博《感染症の数理モデルと対策》日本内科学会雑誌109:2276~2280,2020)
 
 緑色の曲線は,山が頂点に達したあと,急激な立ちさがりを示しており,その結果,政策介入がなかった場合に比較して頂点が尖っているように見える.
 これから先は門外漢の推測であるが,現在の東京都の第五波感染流行状況「東京都の感染者 (日別)」は図5の赤色,黄色,緑色の曲線 (政策介入あり) ではなく,青い曲線 (政策介入なし) に近い形状であることがわかる.
 すなわち現在の流行第五波の新規感染者数 (日別) データは,緊急事態宣言が感染拡大に全く効果を及ぼしていないことを示している.
 実際これは,時々テレビニュースが東京都内の繁華街や駅頭の人出の増減を報道しているが「現在の緊急事態宣言が発出されて以来,人出は減るどころかむしろ増加している」こと,ならびに緊急事態宣言下でも都民の六割は外食を自粛していないこと (共同通信《コロナ禍における外食事情は? お店を応援したいと思う人が8割に!》[掲載日 2021年7月13日]) と符合している.
 
 さて,《おはよう日本》が意見を求めた専門家三人のうち自然科学系は二人で,その中で国際医療福祉大学の和田耕治教授は《ワクチン接種が急速に進んだ,人々が行動自粛,密になること減った》の三点が新規感染者減少の理由だと述べた.
 しかし現状,(1) ワクチン接種が進んでいるのは高齢者のみ (約90%) で,それを勘定に入れた国民全体の接種率でも未だ国民の半分以下しか接種をしていないこと,(2) 東京都の人出のデータは都民が全く行動自粛していないことを示している,(3) 「密になることが減った」に至ってはデータすらない憶測であること,からして,和田教授が口から出まかせを吹きまくっていることが明らかだ.
 和田教授は厚労省の専門家会合のメンバーであるが,いわゆる「エビデンス・ベース」で物事を考えない人が対コロナ政策に関わっているのは問題である.専門家といっても和田教授は公衆衛生が専門分野であり,NHKもインタビューの相手をよく考えるべきだろう.
 次にNHKが「専門家」だと紹介したのはグローバルヘルスクリニック (東京都千代田区麹町) の水野泰孝院長である.水野医師は内科臨床医であって感染症流行を解析する専門家ではない.その水野医師は感染者減少の理由は《正直はっきりわからない》と述べた.
 水野院長は他局の取材にも頻繁に応じていて,医療現場の現状を報告しているのでよく名の知られた医師である.
 その氏が《正直はっきりわからない》とコメントしたのは,専門外のことについて軽々に語らないという態度を示したもので,これは,和田教授よりもはるかに誠実である.
 私は暇な老人なので,京大西村教授の論文に目を通したりしているが,日々クリニックの外来に押し寄せる感染者の治療に忙殺されている臨床医に「東京都の新規感染者が減少している原因」についてコメントを求めるのは見当違いも甚だしい.NHK《おはよう日本》のスタッフの見識があまりにも低いことを日本中に晒してしまったといえる.
 自然科学の問題について,誰にコメントを求めたらよいかを決めることのできる,広く浅い知識を有する理系のスタッフは,この報道番組にはいないのか.情けないことである.
 
 昨日 (9/16) のテレビ朝日《スーパーJチャンネル》で,МCの小松アナは,東京都の新規感染者の減少は《都民の皆さんのご努力の賜物です.ありがとうございます》と述べた.
 週末に限らず都内の繁華街には夜になれば人があふれている.テレビ局の街頭インタビューに応じた都民は一様に「一年中緊急事態宣言やってるから,もう気にしていない」と答えている.こんな状況下,小松アナは視聴者から「都民が努力している」というエビデンスを示せと言われたらどうするのか.報道陣として軽薄極まりないとは思わぬのか.
 
 私たちが日々,密に接触する相手は多くない.
 私たち一人ひとりの生活圏はそんなに大きくないのである.
 こういう限られた生活圏内で感染症の流行が開始されると,新規感染者は初期に増加したあと論理的に必ず減少に転ずる.感染症の科学ではこれを「自然収束」と呼んでいる.
 東京都内には,規模が小さく,かつ膨大な数の生活圏が存在し,そのうちの少数で感染流行が起きて,そして自然収束している.
 その流行と収束の総和が「東京都の感染者 (日別)」なのである.
 こういう感染症の基本的知識も見識もない人々が「感染者の減少は東京都民のご努力の結果」などとたわけたことを考えているとすると,東京都では感染流行の第六波が必ず起きるに違いない.(私の住む神奈川県も同様だが)
 
 ちなみに,小池都知事は,感染者の減少についてメディアに対して次のように述べた.
 
20210917a
 
 日々報告される「東京都の感染者 (日別)」データは,検査で陽性となった都民の人数である.
 これらの感染者が実際に感染したのは,日本人における新型コロナウイルス感染症の平均潜伏期間である約五日 (潜伏期間の調査研究は国立感染症研究所が行った) 前のことである.
もうひと息で3桁に抑えられる.もうひと頑張りみんなでしていこう》は,タイムマシンに乗って五日前に行き,過去の都民に語り掛けるべき台詞だ.
 なんとなれば,既に第五波の感染流行は自然収束しているからである.(そのデータは今日から五日後に出る)
 この発言でわかるように,実は小池知事は「東京都の感染者 (日別)」データは,過去の新規感染者数の五日後の反映であるという基礎知識を持っていない.
 あまりのことに驚いて,腰が抜けそうだ.
 

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