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2021年9月29日 (水)

生存戦略 /工事中

 大谷智通著『眠れなくなるほどキモい生き物』(集英社インターナショナル,2021年8月26日) を読んだ.
 著者の大谷智通氏はフリーランスのサイエンス・ライターで,氏がかつて大学院で研究対象にしていた寄生生物に関する著書が既にある.
 この『眠れなくなるほどキモい生き物』(以下『キモい生き物』と略) は,寄生生物の「キモさ」を取り上げて,読者の恐怖感を盛り上げている好著である.
 私のような老人が寄生生物に抱いているイメージは「宿主から栄養を簒奪する」というものだが,この本で紹介しているのは,そんな生易しいものではない.
 自然界に寄生生物がどれくらい存在しているか知らぬが,宿主の行動を支配して,寄生生物自身の繁殖に使役していると考えられる例がこの本にこれでもかと登場する.
 どのように支配するかというと,宿主の神経系を支配する毒 (化合物) を注入するのだというから穏やかではない.
 注入された宿主は,寄生生物に生きながら体内をむさぼり喰われつつ,寄生生物に奉仕させられる.もうホラー・コミックの世界だ.
 私が驚いたのは,宿主を支配するメカニズムが,物質レベル (神経伝達物質等) で明らかにされていることだ.もっと詳しく知りたい向きには,この本の巻末に参考文献一覧が記載されている.
 そして驚いたついでに感心したのは大谷智通氏が,寄生生物の進化について,合目的な解釈を排除していることだ.
 寄生生物だけではないが,生物の構造や行動があまりにも巧妙にできていると,つい《(人類は) 直立二足歩行の結果,手が自由になって,道具使用が可能となり,今日の人類文化が生み出されるにいたった。》(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「直立二足歩行」の解説) などと考えてしまうが,直立二足歩行と道具使用に直接の関係はない.直立二足歩行ができるように骨格が変化したのに,手をうまく使えなかったり,道具がうまく使えなかった人類が,膨大な時の流れの中で生まれては滅んでいったと解釈するのが,無理のない進化論的解釈である.
 現在の人類が道具を握るのに都合の良い手指と腕を持っており,その手と腕を巧妙に操るだけの知能を持っているのは,僥倖なのである.
 そのような具合に,生物の進化の考察するにあたっては,進化の合目的性を注意深く排除せねばならない.
『キモい生き物』に書かれているように,ある寄生生物が「宿主の神経に作用する特別な化合物を注入して宿主の行動を支配」しているのは,たまたまそのような「生存にいかにも好都合のように見える変異」を起こした寄生生物が発生し,生き残ったに過ぎないのだ.宿主を支配するために,そのような進化をしたのではない.うっかりするとそのように誤解してしまうが,違う.逆だ.あくまで変化が先に生じて,それが合目的のように見えるだけである.
 このことの理解が不充分であると,「生物の生存戦略」という概念を誤解してしまう.
 一般に「戦略」は《戦略は、一般的には特定の目的を達成するために、長期的視野と複合思考で力や資源を総合的に運用する技術・応用科学である》とされるが,軍事やビジネス分野における「生存戦略」と,生物学における「生存戦略」は全く異なる意味を持っていることに注意が必要だ.
 生物学における「戦略」は,一般的語義から《目的を達成するため》が排除される.

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