« ウイルスにスポーツの力で立ち向かうアジアン・ビューティ | トップページ | 猪瀬直樹呆けたり »

2021年6月 9日 (水)

アサリの呼吸

 冷蔵庫の肉や魚がなくなりそうなので,買い物に出かけた.
 藤沢駅北口のダイエー藤沢店で野菜を購入.キュウリ,カットレタス,モヤシ (ブラックマッペ),ミョウガ,アスパラガス,etc..
 それから「さいか屋」デパートの地下に降りて,鮮魚を見て回ると,アサリが安かった.季節だなあ.
 料理素材としては,アサリは水煮缶詰が便利なので普段はそれで済ませるとして,しかし味噌汁は殻付きのものでないと有難味がない.
 一パックをカゴに放り込んだが,量は味噌汁なら三椀,酒蒸しなら一皿分はたっぷりある.
 あとは本マグロの中おち丼,塩鮭切り身,精肉店に回って牛肉の切り落としを買った.
 
 帰宅して最初にしたのはアサリをリラックスさせてやること.
 店頭で売られている状態のアサリは大抵の場合,発泡スチロールのトレイに盛ってラップ包装されている.
 つまり窒息状態なのである.
 アサリはエラ呼吸だが,このように海水の無い酸素不足の環境では,呼吸ができないので体内に蓄積してあるグリコーゲンを分解する方法で生きることがわかっている.
 従ってアサリを買ってきてそのままにしておくと,どんどんグリコーゲンが減って (遂には死んで) しまうので,すぐにラップを外して塩水に入れてやらねばいけないのである.一番やってはいけないことは,ラップ包装されている酸欠状態で冷蔵庫に放り込むことである.こんなことをするとアサリは簡単に死んでしまう.
 酸欠状態のアサリを回復させるために用意する塩水の濃度は,水一リットルに食塩三十グラムでよい.
 これがアサリの一時的な保存方法 (飼育にはまた別のことが必要) だが,同時に砂抜きの方法にもなっている.
 
 さて,ここで私はかねてより疑問に思っていることがある.ウェブからの引用で示そう.
 次の記述は,福田かずみさんというかたが,一流誌ESSEのウェブ版,ESSEonline《効率的なアサリの砂抜き。水を多く入れすぎないで》に書いている解説記事だ.
 福田かずみさんは,《冷蔵庫収納家。独自の冷蔵庫活用術を構築し、家庭の冷蔵庫から食料廃棄をなくす啓蒙活動にも積極的に取り組む。ブログ「美人冷蔵庫LIFE」を更新中》だそうである.美人である (画像) ことに全く異論はないが,「美しい冷蔵庫LIFE」ではなく自分から「美人冷蔵庫LIFE」と言ってしまうのは如何なものかと批判する人がいるかも知れない.しかしかずみさんは美人だからよろしい.美人は無敵だ.
 
海水の塩分濃度は、約3%。
 水 500mlに対して塩大さじ1で、ちょうど3%になります。
 次に、砂抜きをするときの容器と塩水の量です。
 アサリは、水に深く浸かっていると酸欠になってしまいます。スーパーで売っているときも、パックの中には水が入っていないですね。
 砂抜きをするときの塩水の量は、アサリがやっと浸かるくらいが理想です。容器はというと、アサリが重ならないように、ボウルではなく平らなトレーがおすすめです。》

 アサリは水に深く浸かっていると酸欠になる (つまり溺れる) とかずみさんは言う.パックに包装されている時に水が入っていないのは,水があると酸欠になるからだというのだが,本当か.
 Wikipedia【アサリ】の記述を読んでみよう.次のように書かれている.
 
日本、朝鮮半島、台湾、フィリピンまで広く分布する。地中海(アドリア海とティレニア海)、フランス(ブルターニュ地方)、ハワイ諸島、北アメリカの太平洋岸に移入されている。汽水状態を好み、成貝は海岸の潮間帯から干潮線下10mほどまでの、浅くて塩分の薄い砂あるいは砂泥底に分布する》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 満潮時の海面と干潮時の海面のあいだの範囲を潮間帯というのだが,潮間帯で,しかも遠浅で海底が砂質または砂泥質のところがアサリの潮干狩りに適した砂浜である.
 しかし,実はアサリは,干潮線下10m (干潮時の海面より10mも深いところ) にも生息している.すなわち,福田かずみさんの説 (⇒ 海面下ではアサリは酸欠で溺死する) に反して,常時海面下の海底でもアサリは生きているのである.
 では,なぜアサリは深い海底でも酸欠にならないか.
 普通の小学生でも「貝はエラ呼吸だからです」と答えるだろう.
 むしろ頭の良い小学生 (低学年) には「干潮のとき,アサリはエラ呼吸なのに,海水のない砂浜でも酸欠にならないのはなぜですか?」と質問するのが適当だろう.きっと海の生き物について興味を持ってお勉強してくれるに違いない.
 だが福田かずみさんは,海の深いところを泳いでいる魚は,時々は海面に出てきて息継ぎをしないと酸欠になってしまうと,小学校の頃に思い込んだのだ.イルカみたいに.
 そしてその後のかずみさんは,魚類とか爬虫類とか両生類とか私たちの身の回りの生き物の体の仕組みがどうなっているか,本を読むことなく,授業中は教科書のページの隅に落書きして過ごしてきたのだろう.オタマジャクシがカエルの子だなんて聞いたら,幼い子の純真な眼差しをして驚くに違いない.
 福田かずみさんは,魚や貝の体がどうなっているかについて全く関心がないはずだ.塩鮭は,切り身がヒラヒラと海を泳いでいると思っているだろう.
 冷蔵庫に入っている色んな食材は,野菜でも魚介でも元は生き物だ.生き物について勉強しようとしない人が,栄養士を対象にして冷蔵庫の食品ロスを減らすにはどうしたらいいかを講演して ギャラを稼いで いるのだ.日本の未来は明るい.よかったよかった.
 さて,アサリは肺呼吸していると思い込んでいるのは,福田かずみさんだけではない.ウェブを「アサリ+砂抜き+ひたひた」で検索すると,「アサリは肺呼吸」派の人々がワラワラと出てくる.
 みんな小学校で,貝類はエラ呼吸をすると学習したはずなのに,どうしてこんな状態なのか.それが私が以前から持っている疑問なのである.
 
 三越伊勢丹グループが運営する食のメディア“Foodie”には,《失敗しないあさりの砂抜き法はこれ!【鮮魚店直伝】簡単レシピ付き》が掲載されているが,そこから一部引用してみよう.三越伊勢丹といえば一流デパートだ.そこの社員は優秀に違いない.アサリが肺呼吸だなんて言うはずがない.
 
A.「水に深く浸かっていると、あさりが酸欠になり死んでしまう場合があります。頭が少し出るくらいのひたひたの水分量にすれば、あさりが殻を開け閉めする時に塩水が適度に混ざり酸欠になるのを防いでくれます」
 
 だがしかし,砂浜にいるアサリは,満潮時には酸欠になって死んでしまうことがあると三越伊勢丹デパートは主張しておる.
 全くどいつもこいつも,冷蔵庫評論家も一流デパートも,満潮時にアサリが酸欠で死ぬのを見たことがあるのか,正直に言ってみるがいい.
 実はアサリの砂抜きの際に,塩水をヒタヒタ程度にするのは,それでも砂抜きができるからである.
 つまりそれ以上に多く塩水を作るのは無駄だから,しないのだ.日々の暮らしの中で節約が大切だった時代からの生活の知恵なのである.
 
 料理の世界は嘘がまかり通っている.聞きかじったことを,試しもしないでブログに書いたりする人の何と多いことか.
 自分が思いついた嘘を自分で信じ込んで,ウェブに記事を書くのは馬鹿だ.
 デパートで活アサリを買ってきて,これを長生きさせるにはどうしたらいいか,実験してみよう.
 アサリをバットに拡げてヒタヒタの塩水に浸しておくと,水中の溶存酸素は次第に減少し,やがてアサリは酸欠で死ぬ.
 その逆に,水槽にたっぷりの塩水 (海水程度の塩分濃度) を入れて飼育すれば,塩水ヒタヒタ状態よりもずっと長生きする.決して溺れ死にはしない.これは,やってみればすぐわかることだ.
 さあ,冷蔵庫評論家や一流デパートがどう言おうと,アサリが肺呼吸ではないことをその目で確かめてみようではないか.
 もしも貝が肺呼吸で,海水中では酸欠になるのなら,養殖のホタテもカキもとっくの昔に死に絶えているぞ.
 
 ちなみに,店頭で売られているアサリは,トレーに入れたまま塩水のない状態で包装されているが,この状態ではアサリは呼吸ができないため,既に述べたように体内のグリコーゲンを分解する方法でエネルギーを得て生きている.この時に,グリコーゲンの代謝でコハク酸が生成する.コハク酸は旨味成分の一つなので,数時間程度であれば,塩水のない環境で酸欠状態にすると旨味が増すということはいえる.ただし,ストレスを受けたアサリの食味は落ちると思われるので,私は食材をこのように不自然なやり方で扱うことはお勧めしない.
 
[追記]
 上の記事を掲載した日の夜,NHK《ガッテン》が実にタイムリーに《まさか!?育てて最強「アサリ」新調理術》を放送した.
 この放送の中で,アサリの大産地である熊本県から,どのようにして東京の市場へアサリが輸送されるかが紹介された.
 熊本県の水深数十センチくらいの浅瀬で漁獲されたアサリは,メッシュコンテナと呼ばれる樹脂製の箱に入れられ,海水に浸った状態ではなくトラックに積まれて輸送される.
 この状態ではアサリは呼吸ができず,グリコーゲンを消費しながら何とか生きているが,三重県あたりで非常に弱ってしまう.(放送では「ヘロヘロ」と表現)
 そこでアサリは,メッシュコンテナに入れられた状態のまま,三重県下に設置されている輸送中継施設の,海水を満たした生け簀に沈められる.
 そしてその生け簀で二十四時間,静置されるとアサリは鮮度が回復する.
 そしてまたトラックに積まれて,大消費地である東京へと運ばれていくという.番組の公式サイトから下に解説を引用する.
 
アサリは、生きたまま家まで届くちょっと珍しい食材。鮮度が命なので、とにかく生かして、消費者まで届けなければならないんです。だから、スーパーで買ってきたアサリをよ~く見てみたら、どれも心臓がバックバク!では、いったいどうやって生きたまま届けられるのか。その要となるのが、いわゆる“アサリの保養所”。遠く離れた産地から、中央の市場やスーパーなどへ届けられる前に立ち寄る“中継点”で、アサリの活力を回復させる施設です。着いたときは、殻を閉じる力すら失っていたヘロヘロのアサリを温度や水質が管理された海水に、およそ1日浸してあげます。すると、すっかりリフレッシュ!殻をピッタリ閉じた元気なアサリに戻ることができるんです。
 
 生き物について小学生以下の知識しかない福田かずみさんは《ガッテン》を観ただろうか.
 貝類はエラ呼吸をするから,水がないところでは呼吸ができない.
 アサリは,海水中の溶存酸素をエラから取り入れている.だから,海水が少ないと弱ってしまう.かずみさんは《アサリは、水に深く浸かっていると酸欠になってしまいます》と書いているが,それは全く正反対の大間違いなのである.
 弱ったアサリを生け簀の海水に沈めることで,酸欠で瀕死寸前の状態から回復させることができるのを,かずみさんが理解してくれるとよいのだが.

|

« ウイルスにスポーツの力で立ち向かうアジアン・ビューティ | トップページ | 猪瀬直樹呆けたり »

外食放浪記」カテゴリの記事