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2021年5月

2021年5月31日 (月)

産業分類の変革を /工事中

 可能性の高いことであると私は考えるが,このまま新型コロナウイルス感染症は,季節性インフルエンザに似たように感染症として定着するのではなかろうか.
 つまり,幾つかの変異株が交替で流行するようになるではないか.
「交替で」というのは,一つの株に有効なワクチンが,他の株にはあまり効かないことを意味する.しかも,ワクチンでせっかく獲得した免疫が,それほど長期間は保持できない可能性がある場合,私たちは今後,相当な長期間にわたり,いわゆる「ウィズコロナ」の時代に耐えねばならなくなる.
 それが五年や十年ならともかく,三十年あるいは五十年かかる(*註)とすれば,現在のコロナ対策は根本的に考え直さねばならなくなる.
(*註) 我が国における天然痘の撲滅には幕末から明治にかけて多くの人々の努力があったわけだが,便宜的に種痘法 (明治42年法律35号;1909年4月14日公布,1910年1月1日施行,全文20条) がその開始とすれば,天然痘の撲滅が確認されたのは1980年であるから,実に七十年余の時間が必要であった.
 昭和二十年,我が国は敗戦後の国家再建設のために,産業構造そのものの変革に取り組んだ.
 これは朝鮮戦争特需に始まって,東京オリンピック開催の昭和三十九年 (1964年) を経由して経済成長がピークに達するまでの時代のことである.
 私がここで昭和における日本経済の変遷について語るのは,いささか荷が重い.
 ウェブを検索すれば,この時代の経済成長について論じている多くの資料がみつかるはず.
 例えば,帝国データバンク《1964東京オリンピックから50年を隔てて変化した産業構造の分析》[掲載日 2016年9月] もその一つ.
 記事冒頭の部分を下に引用する.
 
1964年に開催された東京オリンピックから半世紀。2回目のオリンピックが東京で開催されますが、この間、日本経済の産業構造はどのように変化したのでしょうか?
 帝国データバンク史料館が保管している『帝国データバンク企業年鑑』を、東京工業大学帝国データバンク先端データ解析共同研究講座の協力を得てデジタル化し、1964年と2015年の東京都に立地する企業を比較・分析してみました。

東京オリンピック前後でどれほど経済成長したのか?
 1964年の東京オリンピック前後について調べてみると、1963年から1964年にかけて、総売上高が約3.7兆円も増加し、約10.4万人の新規雇用が生まれていました。また、1964年から1965年にかけては、総売上高が約3.3兆円も増加し、約14.6万人の新規雇用が生まれていることがわかりました。
[図;東京オリンピックを境にした売上高と従業員数の推移 (省略)]

50年で産業構造はどのように変化したのか?
 次に、産業構造の変化を観測するため、東京都にある企業について1964年と2015年の業種構成割合を比較しました。下図の円グラフの通り、1964年には『製造業』と『卸・小売業,飲食店』が全体の8割以上を占めるほどの存在感を示していましたが、50年の移り変わりを経て、『サービス業』が最も多く占めるようになりました。
 
 上の引用箇所に《下図の円グラフの通り、……『サービス』が最も多く占めるようになりました》とある.
 サービス業とは何か.
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 Wikipedia【飲食店】から引用する.

産業分類
日本標準産業分類では「中分類76-飲食店」に分類される[1]。かつては「一般食堂」などの分類が用いられたが2007年(平成19年)11月の改定により再編された[2]。

日本標準産業分類の事業区分では、「中分類76-飲食店」以下、次のようになっている[1]。

760 管理,補助的経済活動を行う事業所
7600 主として管理事務を行う本社等
7609 その他の管理,補助的経済活動を行う事業所
761 食堂,レストラン(専門料理店を除く)
7611 食堂,レストラン(専門料理店を除く)
762 専門料理店
7621 日本料理店
7622 料亭
7623 中華料理店
7624 ラーメン店
7625 焼肉店
7629 その他の専門料理店
763 そば・うどん店
764 すし店
765 酒場、ビヤホール
766 バー、キャバレー、ナイトクラブ
767 喫茶店
769 その他の飲食店
7691 ハンバーガー店
7692 お好み焼・焼きそば・たこ焼店
7699 他に分類されない飲食店


 

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2021年5月30日 (日)

昭和の昔は二十歳を「はたち」または「にじっさい」と読んだ

 日刊SPA!に,鴻上尚史氏が《はたち?にじゅっさい?『二十歳の原点』誰も知らない本当の読み方》[掲載日 2021年05月12日] を書いている.いささか驚いたので,ちょっと長めだが,一部を引用する.
 
70歳の女性が認知症になった結果、自分のことを20歳と思い込む所から始まる物語です。彼女は、1970年代初頭に生きてると思い込むのですが、その頃のアイテムのひとつ『二十歳の原点』が登場します。
 知ってます?
 鉄道自殺を遂げた立命館大学生、高野悦子さんの1969年1月から6月までの日記です。出版は1971年。現在まで版を重ねて230万部の大ベストセラーになっています。
(中略) 
でね、話は少しそれるのですが、『二十歳の原点』を「はたちの原点」と読むか「にじゅっさいの原点」と読むか、の問題です。
 ウィキペディアでは、「正しくは『にじゅっさい』のげんてん」である」と書かれていて、腰が抜けそうになりました。
 ただし、「国立国会図書館の蔵書検索においては『はたち』のげんてんと登録されている」とも書かれています。
 当然です。あの時代、圧倒的多数は、「はたちの原点」と読んでいました。
 1971年に出版された単行本の「二十歳の原点」では、読み仮名が振られていませんでした。
 ですから、多くの一般的読者は自然に「はたち」と読んだのです。が、今回、文庫本を買うと、タイトルに読み仮名が振られていて「にじゅっさい」となっていました。
 そもそも、「二十歳の原点」は、高野悦子さんの日記の中の有名な文章、「『独りであること』『未熟であること』、これが私の二十歳の原点である」から取られています。
 ですから、高野さんがこの文章を「はたち」と読んだのか「にじゅっさい」と読んだのかが問題なのですが、それは今となっては、残念ながら誰にも分からないわけです。
 
 鴻上尚史氏が《ウィキペディアでは、「正しくは『にじゅっさい』のげんてん」である」と書かれていて、腰が抜けそうになりました》と書いているのを知って,私は腰が抜けた.
 そこでWikipedia【二十歳の原点】を開いたら,確かに次の記述があった.
 
注釈
 1 正しくは「はたち」でも「にじっさい」でもなく「『にじゅっさい』のげんてん」である[1]。国立国会図書館の蔵書検索においては「『はたち』のげんてん」と登録されている。
 
 そして《正しくは「はたち」でも「にじっさい」でもなく「『にじゅっさい』のげんてん」である》とした根拠は,新潮社公式サイトにおける書籍広告ページ《高野悦子 二十歳の原点》(1979年発売) において,書名に「ニジュッサイノゲンテン」とふり仮名が振られていることであるとしている.
 もしもこれが「新潮社は,《二十歳》をニジュッサイと読むと主張しているが,国立国会図書館は書名を《『はたち』のげんてん》としている」と書かれているなら,百科事典の記述として問題のない客観的記述である.
 しかしWikipedia【二十歳の原点】は,「二十歳」を「ニジュッサイ」と読むのが「正しい」としている.これは,このWikipedia項目を執筆した者が,いかに無学で日本語が不自由な大馬鹿野郎のコンコンチキであるかを示している.
 それについて説明する前に,国会図書館の「納本制度」について解説する.下に,Wikipedia【納本制度】から抜粋引用する.詳細は国立国会図書館公式サイトの《納本のお願い》も参照されたい.
 
日本における納本制度
 現在の日本では、国立国会図書館法(昭和23年法律第5号)の第24条 - 第25条の2によって規定されている。
 制度の概要
 納本の対象となる出版物は、図書、小冊子、逐次刊行物(雑誌や新聞、年鑑)、楽譜、地図、マイクロフィルム資料、点字資料およびCD-ROM、DVDなどパッケージで頒布される電子出版物(音楽CDやゲームソフトも含む)などである。これらのうちCDやDVD、CD-ROMなどのいわゆるパッケージ系電子出版物は、2000年の国立国会図書館法改正によってはじめて法定納本の対象となったものである。なお、映画フィルムも納本の対象としてうたわれているが、国立国会図書館の発足当初から当面の納本は猶予するとされており、現在まで実際の納本の対象とされたことはない。日本国内で作成された映画フィルムは、東京国立近代美術館フィルムセンターが非制度的な網羅収集を行っており、納本図書館の役割を事実上代替している。
 出版物が発行されたときは、国の機関やそれに準ずる機関(独立行政法人や一部の特殊法人等)及び地方公共団体やそれに準ずる機関(地方独立行政法人、土地開発公社等)が出版者の場合は直ちに、民間の出版者の場合は発行日より30日以内に、最良かつ完全な状態の出版物を法定の部数分だけ国立国会図書館に納入しなければならない。
 
 昭和四十六年五月,新潮社は国立国会図書館法の規定に従って,新刊『二十歳の原点』を国立国会図書館に納本した.
 国会図書館は,納本された『二十歳の原点』の書誌資料を作成したが,その書誌データにおいて新刊単行本の書名は「はたちのげんてん」となっている.これはすなわち,当時の新潮社自身が書名の読みを「はたちのげんてん」としていたことを示している.(後述)
 なぜなら,国立国会図書館は,書誌データを作成するとこれを公開するが,仮に誤りがあればこの段階で出版社の申し出により訂正されるからである.
 従って令和三年の現在,国立国会図書館の書誌データにおいて『二十歳の原点』の書名が「はたちのげんてん」となっていることは,昭和四十六年の時点で新潮社は,『二十歳の原点』の読みを「はたちのげんてん」としていたことを示しているのである.
 参考までに,国立国会図書館の蔵書『二十歳の原点』の書誌事項は以下の画像の通りである.
20210520b
 この書誌資料のどこにも「はたちのげんてん」とは書かれていないが,国立国会図書館蔵書検索システムに「はたちのげんてん」と入力すれば『二十歳の原点』がヒットする.つまりこのデータには書名の読みかたが埋め込まれているわけだ.
 しかし「ニジッサイノゲンテン」(ニジッサイは「二十歳」の伝統的に正しい読みかた) および「ニジュッサイノゲンテン」 (ニジュッサイは昭和の末期に現れた訛り) と入力したのでは,何も出力されず,上の書誌資料は閲覧できない.
 つまり国立国会図書館は『二十歳の原点』の書名を「はたちのげんてん」だとしているのである.上に述べたように,新潮社も単行本出版時点では「はたちのげんてん」としていたのである.
 
 ところが新潮社は,昭和四十六年時点では『二十歳の原点』を「はたちのげんてん」としておきながら,現在では新潮文庫『二十歳の原点』の広告ページにおいて,書名に「ニジュッサイノゲンテン」とルビを振っている.(下はその広告ページのスクリーン・ショットである)
20210520a
 また,単行本の表紙および奥付のどこにも「ニジュッサイノゲンテン」という言葉は存在していないが,単行本の八年後に出版された文庫版の奥付において,唐突に書名に「にじゅっさいのげんてん」と平仮名でルビが振られている.
 それだけならまだしも,文庫版奥付には「にじゅっさいのげんてん」と書いておきながら,文庫版『二十歳の原点』の広告ページ (上に示した画像参照) にはなぜか一貫性なく片仮名で「ニジュッサイノゲンテン」とルビが振られている.
 これは,新潮社という出版社が,かつて昭和四十年代の青年たちに大きな影響を与えた『二十歳の原点』という書籍を,いかにいい加減に扱っているかを示すものだろう.
 そこそこの企業であれば,法務担当社員がいる.新潮社にもいるはずだ.
 新潮社は,文庫版『二十歳の原点』を出版した時点で,書名の読みかたを「はたちのげんてん」から「にじゅっさいのげんてん」に変更した.
 それは別に構わぬが,それならそれで国立国会図書館に対して,蔵書検索用書誌データの訂正を求める必要があった.
 それを現在に至るまで怠っているということは,新潮社の法務担当者は国会図書館法をないがしろにしていることを示している.
 上に述べた「平仮名も片仮名も一緒くた」という件もそうだし,このコンプライアンス欠如のこともそうであるが,本当にだめな出版社である.出版文化の担い手であるという責任感がないのではなかろうか.
 
 ところで,日刊SPA!の記事の中で鴻上尚史氏が紹介しているが,『二十歳の原点』の書名をどう読むかについて検討しているウェブページがある.《高野悦子「二十歳の原点」案内》だ.
 このウェブページの筆者の「どの読みかたが正しいか」という結論は,どっちつかずではあるが,次の通りである.
 
ここまでまとめると現在のところ、〝二十歳〟の読み方については、出版社では「にじゅっさい」に定め、日記の原文もその方向が強いが、「はたち」を誤りとは言い切れず、実際にそう読む人が多かったということになるだろう。
 
『二十歳の原点』は,著者は高野悦子さんということになっているが,実際には高野悦子さんが遺した日記を材料にして,元新潮社出版部長である大門武二氏が構成したノンフィクション作品である.出版に至る経緯は《高野悦子「二十歳の原点」案内》にあるコンテンツ《元新潮社出版部長・大門武二氏「ピンときたタイトル」》に書かれている.
 なにしろ実質上の著者である大門氏が『二十歳の原点』の書名を《僕自身は最初から「にじゅっさい」って呼んでた》と証言している (取材は大門氏が八十歳である2017年) のだから,『二十歳の原点』をどう読むかという問題は「にじゅっさいのげんてん」で決着である.
 大門氏が「二十歳の原点は,にじゅっさいのげんてんと読みます」と言うなら,私たち常識人はそれに従うしかない.
 大門氏が「二十歳の原点は,スットコドッコイと読みます」と言うなら,私たちは「恐れ入りました」と平伏するしかない.馬鹿には勝てな
 だがしかし,大門氏がどう言おうと,はっきりと言っておかねばならないのは,「にじゅっさい」は東京下町の言葉,東京方言だということである.
 
 東京という土地の厄介なところは,東京方言を話す人々が「自分は全国共通語の発音をしている」と思いがちなことだ.
 今はもう絶滅危惧種みたいなもんだが,東京生まれ育ちの老人は「あさししんぶん」が共通語だと思っているのだ.
 私の知人にもいて,「朝日新聞は,あさししんぶんじゃないよ,あさひしんぶんだよ」と言うと「だからー俺はちゃんと,あさししんぶんって発音してるよ!」とキレたりする.
 人間は耳から入った音の情報を,脳で勝手に変換してしまうから,こういうことが起きる.「訛る」のである.
 余談だが私の父親は新潟県人だったので「い」と「え」の区別ができなかった.つまり色鉛筆を「えろいんぴつ」と発音した.卑猥な鉛筆みたいだが,これが訛りというものだから仕方ない.かつて田中角栄も「エロエロな政策」と言っていたが,別に日本列島はエロく改造はされなかったので、エロエロ政策は特に問題とはされなかった.
 閑話休題.しかし知的レベルの高い人は,自分が訛っていることを認識することができる.
 小谷野敦氏は1962年12月21日に茨城県水海道市 (現常総市) に生まれたが,著書『頭の悪い日本語』(新潮新書,2014年,p.49) に次のように書いている.
 
【十戒・十手】
 「じっかい」「じって」と読む。五十点は「ごじってん」である。私は長いことこれを知らず、小学生の頃、小学館の学習雑誌に載っていた『ケーキ屋ケンちゃん』の漫画で、近所のおじさんが、「ケンちゃんならごじってんくらいだろう」と言っているのを見て、変ななまりと思ったものである。
 しかし『銭形平次』の主題歌で、舟木一夫は「野暮なじゅってはみせたくないが」と歌っている。高野悦子の『二十歳の原点』の新潮文庫版には「にじゅっさいのげんてん」とルビが振ってある。「はたちのげんてん」だと思っている人もいるだろうが、「にじっさい」が正しい。
 
 小谷野敦は,ごく常識的なことを書いている.小谷野氏が小学生の頃には茨城県にも東京方言が広まってきていて,氏は二十歳を「にじゅっさい」と読むのかと思っていたが,さすがに中学生になって国語の勉強をしっかりやるようになると,「にじゅっさい」は誤りで「にじっさい」が正しいと知った,というわけである.
 では,なぜ「にじゅっさい」が訛りで,なぜ「にじっさい」が文法的な整合性のある伝統的に正しい発音なのか.
 これについては『お言葉ですが…』(文春文庫,1999年,p.295) の中に昭和の碩学高島俊男先生 (先月五日に御逝去なさった.享年八十四) の解説があるので私は説明を省略するが,高島先生は,「十」の読みかたについて「ジッ」と「ジュッ」のどちらが正しいかに関して次のように書いていらっしゃる.
 
それは、「ジッ」のほうが正しいのです。「ジュッ」は東京なまり。
 いったい東京なまりというのは、ちょっとひねくれたところがあって、新宿をシンジク、手術をシジツというふうに横着をするかと思えば、逆に、十本をジュッポンとむずかしく言ったりする。
 ただ、なんといっても東京言葉は強い。東京人は自分たちの言葉に自信を持っている。小生この件について、さる東京生まれ現在五十歳前後の婦人に御意見をうかがったところ、「いやだジッポンだのジッテンだなんて。いかにも田舎者の鈍くさいオッサンという感じ」とのたもうておりました。だから、もとはせまい一東京地域のなまりだった「ジュッ」が、今や周辺に向かって、特に若い人を中心に拡張中。その分「ジッ」は後退中、という形勢でしょう。
 
 高島先生の《なんといっても東京言葉は強い。東京人は自分たちの言葉に自信を持っている》という指摘は,元新潮社出版部長である大門武二氏 (高島俊男先生と同年齢) の次の証言を読むと,なるほどなあと腑に落ちる.
 
大人になる境目が二十歳=にじゅっさい。読み方として美しいし、迫力もあると思った。
 自分の言語感覚から言って「はたち」より「にじゅっさい」と読む方が現代的じゃないかな。そういう現代的なものに値する内容だと思ってるしね。
 確かに以前は日常生活で普通に「はたち」が使われてて、「君もはたちになったじゃないか」と言う方が「にじゅっさいになった」より通っていた。でも『二十歳の原点』は、昔の人…「はたち」世代のね、述懐じゃないんだから。そういったニュアンスもある。
 その後も「にじゅっさい」で作業した。当然、関係者や周囲との打ち合わせは全て「にじゅっさい」でしたし、そこで三郎さんからも、アシスタントを頼んだ女性部員からも何の異論も出なかった。
 ルビが振られていない初版の奥付 「二十」なんて数字に「にじゅっ」って読み方のルビを振るってやぼったいじゃない。それに「にじゅっさい」と読むのが常識、当たり前と思っていた
 
 なんという驕り昂りだろうか.
 この人物には,東京方言は全国各地にある方言の中の一つに過ぎないという謙虚さが微塵もないのだ.東京方言が共通語だと勘違いしている.
 私のような東京以外の土地の人間からみると,「にじっさい」がきっぱりとした印象を与えるのに対して,「にじゅっさい」はジュルジュル,ジュクジュクという湿った音に聞こえるのだが,大門武二は「にじゅっさい」は「美しい」「迫力がある」「現代的」「常識」「当たり前」だというのだ.これを読むと,我田引水とか井の中の蛙,夜郎自大などという言葉が頭に浮かぶ.w
 大門武二は『二十歳の原点』は「にじゅっさいのげんてん」と読むのが「常識」「当たり前」だと思った出版したのだが,案に相違して,青年読書人たちは皆書名を「はたちのげんてん」と読んだ.
 国立国会図書館も『二十歳の原点』の読みを「はたちのげんてん」と登録した.
 これを知った大門氏の茫然とする顔が目に浮かぶようだ.
 東京方言が「美しい」「現代的」だと思ってきた自信満々な田舎者(*) の《言語感覚》が,木端微塵に粉砕されたのである.(*皮肉なことに,かつて週刊新潮に拠った山口瞳は,大門氏のような井の中の蛙を「田舎者」と呼び,「東京の生まれ育ちでも田舎者はいる」と述べた)
 だが単行本の『二十歳の原点』に「にじゅっさいのげんてん」とルビを振らなかったのは正解だった.
 そんなことをしたら,出版界の笑い者になっただろう.
 そもそも「二十歳」を「はたち」と読むのではない.和語「はたち」に「二十歳」の字を当てたのである.その「二十歳」を,「にじっさい」ならまだしも「にじゅっさい」と読んだのでは,元の言葉が何だったかわからぬことになる.
 
 また取材に対して大門氏は《昔の人…「はたち」世代》とも語っているが,『二十歳の原点』を出版した際に新潮社の社員以外は,読書人は皆「二十歳」を「はたち」と読んだ.これは,大門氏の理屈では日本人はみんな昔の人だということになる.支離滅裂である.
 私と同世代の河島英五は,山本寛之の『野風増』(作詞:伊奈二朗/作曲:山本寛之) にサブタイトル「お前が20才になったら」を付けてリリースした.オリジナルの歌詞はもちろん「おまえがはたちになったら」で始まる
 これを大門氏は「おまえがにじゅっさいになったら」と歌うのが「美しい」「現代的」だと言うのである.こうなるともう付ける薬がない.
 
 私は小谷野敦よりも一世代の上の人間で,しかも東京文化圏からはかなり遠い北関東群馬県の生まれだったから,「にじゅっさい」という東京訛りを知ったのは,大学に入って上京してからあとのことだった.もちろん大学の同級生で東京以外の地方から来た諸君も「にじゅっさい」なんて訛りは知らなかった.
 埼玉,神奈川,千葉,茨城の東京隣接県出身者も,二十歳は「はたち」または「にじっさい」と発音したのだ.
 いわゆる共通語を学ぶということは大学受験勉強することの効果の一つで,当時,まともな東京の大学生は誰一人「にじゅっさい」とは発音していなかったはずである.
 高野悦子さんは昭和二十四年一月に北関東栃木県に生まれた.私よりも高校は一学年上だが,ほぼ同時代の若者だった.
 高野さんは県立高校を卒業後,立命館大学に進んだ.
 昭和二十五年三月に栃木県の隣の群馬県に生まれ,県立高校を卒業後に東大理科二類に進学した私は確信をもって言うが,高野さんは二十歳を「にじゅっさい」と発音する東京方言を耳にしたことはなかったはずだ.
 新潮社は,高野悦子さんの遺稿を出版するのであれば,詩を書く女性であった彼女の言語感覚を尊重すべきであったと私は思うのである.
『二十歳の原点』に,敢えて東京方言の「にじゅっさい」とルビを振るなら,その理由を新潮社は説明しなければならぬ.
 

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2021年5月28日 (金)

嘘吐き

 デイリースポーツ《野口健氏「何をもってアルマゲドンなのか」 IOC最古参発言に》[掲載日 2021年5月27日 18:23] を読んで呆れた.次の引用箇所である.(問題のところの文字に着色強調した)
 
また国際政治学者の舛添要一氏も、パウンド氏発言について投稿。「ディック・パウンドIOC委員は『アルマゲドンが起きない限り大会は進む』と発言。アルマゲドンで脅し人々を勧誘し、サリン大量殺人を犯したのがのオウム真理教だ。このかカルト・テロ集団と戦った私は、アルマゲドンという言葉を聞くだけで身の毛がよだつ。IOCは日本の現代史くらいは知っておくべきだ。」(原文まま)と嫌悪感を示した。
 
 若い人はさておいて,オウム真理教事件を昨日のことのように記憶している世代の人々に「オウム真理教と戦った人を挙げてください」と訊ねてみるがいい.
 まずこのカルト集団と戦って殺害された坂本弁護士を誰でも挙げるに違いない.
 次が江川紹子氏で,さらには有田芳生現参院議員を挙げる人もいるだろう.
 他に,オウム真理教事件当時,テレビに出ずっぱりだった数人の人々の名も出るかも知れない.
 しかし「舛添要一氏はオウム真理教と戦ったか?」と質問すれば,百人中の百人が首を傾げるだろう.
 事実,舛添氏は人々の記憶に残らぬ一冊の本を書いただけである.
 これはウェブで,オウム真理教事件×舛添要一を検索してみれば歴然だ.その本以外は,なーんにも出てこないのである.
 セコイくせに自己評価の高すぎるところが,この人物が嫌われる要因の一つである.

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2021年5月25日 (火)

カリフローレ始末

 藤沢駅北口商店街にあるダイエー藤沢店へ食料を調達しに行った.
 このスーパーは客がとても少なくて,新型コロナウイルスの感染症リスクが非常に低いので,私は好んでここで買い物をする.
 さて私はカリフラワーが好物なのだが,これは旬が晩春までで,時季が過ぎたせいかこのところ,店頭で大人の握りこぶしくらいのものが三百円近い値段で売られている.重量単価では,安い時の二倍くらいの価格だ.
 
 ところでダイエーでは,売れ残り野菜が「お得」であるとして叩き売られている.
 昨日はソフトボール大のカリフラワーがポリ袋に一個入って二百円だった.ただし花の部分が薄茶色に変色していて,見た目がよろしくない.
 とはいえ安いのには抵抗できなくて,カゴに放り込んだ.
 ついでに野菜売り場を物色すると,日本で開発されたスティック・カリフラワーの一種であるカリフローレが,一袋百七十八円で棚に置かれていた.あったのは一袋だけで,これも売れ残りと見えて変色している.
 だが実は私,カリフローレを食べたことがない.そこで安いやつを試しに食べてみようと思い,これもカゴに放り込んだ.
 
 帰宅してカリフラワーを茹でるために小房に分けている時に,太い茎の根元にスが入って空洞になっているのに気がついた.
 これはもう消費期限切れ品の鮮度だ.
 これに気が付かなかった私がバカなのではあるが,ダイエー藤沢店は平気でこういうことをやるので,気をつけなきゃいかんなーと反省した.
 がっかりした気を取り直して,鍋に湯を沸かし,小房に分けたカリフラワーを湯がいた.
 余談だが,昔の言葉で「不透明な食材が,茹でて半透明になる」ことを「水色になる」といった.テレビの料理番組なら江上トミ先生や土井勝先生たちの時代の話だ.この「水色」は,もちろんクレヨンなどの「水色」とは全く別の意味である.
 また乾麺の冷麦やうどんの袋の裏に「麺が水色になったら冷水にとり,よく洗う」なんてことが昔は書かれていたものだ.今の乾麺は茹で時間が七分とか八分とか指定されているので,「麺が水色になる」という言い方は廃れてしまったが.(茹で時間を書かないと消費者からクレームが来るとメーカーの人から聞いた)
 カリフラワーも乾麺のうどんと同じように「水色になる」ように茹でるが,乾麺とは異なって,沸騰している湯に投入し,再沸騰するとすぐに「水色になる」
 茹で時間はカリフラワーの量と湯の量 (鍋の大きさ) によって大きく変わり,普通は再沸騰してからおよそ一分乃至二分ほどであるが,茹で時間よりも目で見て「水色になる」を目安にするのが確実である.
「水色」以上に茹でると,腰の抜けた食感で著しく味が落ちるので,私は「水色になった」段階ですぐに鍋から引き上げることにしている.
 熱を通したカリフラワーを冷水で冷やすと水っぽくなるので,ザルに取って湯切り (テレビの料理番組ではこれを「岡上げ」といっている) し,団扇であおいで冷ますといい.
 
 さてカリフローレだ.
 これはどう見てもカリフラワーの仲間だ.フローレはフラワーだもの.
 そう簡単に考えて,カリフラワーと同様に茹でてみた.
 そのあとでネットで「カリフローレの食べ方」を検索して,驚いた.
 ウェブページ《カリフローレの食べ方!生でも食べれる?美味しくなる調理法はどれ?》の二つ目の画像には,市販カリフローレのパッケージに書かれている食べ方が示されている.この画像のカリフローレの製造販売者はトキタ種苗だという.トキタ種苗はカリフローレを開発した会社である.
 その食べ方は《加熱するなら一瞬で 生のままでも食べられますが、下ごしらえの加熱は湯通しするくらいで》である.
 しかも上記ウェブページの筆者 (自称料理研究家の「どん」さん) は「カリフローレは茹ですぎるとかたくなる性質がある」として,お勧めの調理法として生で食べるコールスローに☆を五つも付けている.
「しまった,カリフローレは茹でちゃいかんかったか!」と私は慌てた.
 そこでトキタ種苗の企業サイトを検索してレシピを閲覧してみた.すると,こんなこと (↓) が書いてあった.
 
《カリフローレの色とりどりサラダ
 採れたての野菜を美味しく食べよう!
 材料 (2人分)
  カリフローレ
  レタス
  ゴルゴ
  赤サラダからし菜
  他お好みの野菜
  お好みのドレッシング
 手順
 ①野菜を食べやすい大きさに切る、ちぎる。
 ②カリフローレは、熱湯で1分ほど茹で、冷水にとり水を切る。
 ③素材を盛り付けてお好みのドレッシングでいただく。》
 
 上の引用箇所中に文字を着色した部分だが,カリフローレを《熱湯で1分ほど茹で》るのでは,《加熱するなら一瞬で》とは正反対のやりかたである.一分ならカリフラワーとほぼ同じ加熱処理時間だ.
 トキタ種苗さんは何を考えているのか.
 そもそも「一瞬加熱する」というのは,数秒間加熱することを言う.常識的な言語感覚では「一分」は絶対に「一瞬」ではない.
 沢木耕太郎に『一瞬の夏』という名作があるが,料理は文学ではない.
 ポテトサラダにはキュウリを入れるのが定番だが,輪切りにしたキュウリをストレーナーに入れ,上から熱湯を一気にかけ流すことをする.これが「一瞬加熱する」だ.こうするとキュウリに大腸菌群が付着していても大きく減って,ポテトサラダが腐敗しにくくなるのは周知の通りである.
 で,通常の野菜は,茹でると軟らかくなる.茹ですぎるとクタクタになる.だが自称料理研究家の「どん」さんは,カリフローレは硬くなるというのだが本当だろうか.
 生で食べると,カリフラワーとおんなじで,たぶん青臭いしエグ味があって消化が悪いと私はにらんでいる.
 にらんでいるが,実験検証する気はない.
 結局,私はカリフローレをフツーに茹でて,フツーにマヨネーズで食べてみたのだが,「どん」さんが書いているように茹でても硬くなることはなく,茎は硬いというよりむしろパリッとした食感になり,もしかするとカリフラワーよりも旨いかも知れないと感じた.
 料理としては,下茹でしたカリフローレを,フライパンにオリーブ油を引いて焼き,グリーン・アスパラガスも同様に焼いて,上にサニーサイド・アップを載せたら朝飯にいいんじゃないか.
 
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横浜市における高齢者ワクチン接種の現状

 横浜市が行う高齢者優先ワクチンの接種に関して,手続きサイトが更新されたので覗いてみた.下の画像がトップに掲示されている.
 
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 タイトルに《5月24日~31日の予約について (集団接種・個別接種)》とあり,その下に《5月24日~31の予約について》と小見出しが付いている.
 その下は表になっていて,左から大項目《予約日》《集団接種》《個別接種》が並んでいる.
 その下は,大項目《集団接種》の中項目《接種場所と接種規模》《予約期間》がある.
 では上画像で緑に縁どった部分を拡大してみよう.
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 菅首相の大号令「七月中に高齢者に対するワクチン接種を完了する」は,七月末に二回目の接種が終わっていなければいけない.とすると,逆算すれば七月十日までに一回目の接種は終わっている必要がある.
 上の表で,高齢者優先接種の最終日が 七月十日 (受付日は五月三十一日) になっているのは,それを意味している.つまり五月三十一日で,高齢者優先接種の受付は終了する.
 ではどれくらいの高齢者市民が接種を受けられるか.
 上の表の一万五千回接種 (一回目と二回目の接種を合計した数だから人数はこれより少ない) と,前回の予約受付 (受付日は五月十七日,一万回接種) と合計しても,二万回接種に過ぎない.市民の人数に換算すれば一万数千人であろう.
 次に赤く縁どりした部分.これは個別接種について書かれている欄である.
 実はここに重大な情報が掲示されている.
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【市の予約システム分】で個別接種の予約ができるワクチン数量が三週間分 (5/31~6/20) で約二万回なのに対して,【医療機関直接予約分】は二週間分 (5/31~6/11) で約十一万回であり,圧倒的に【医療機関直接予約分】が多い.
【市の予約システム】で予約できる集団接種の数量 (上述) の二万回と合計しても,四万回である.
 横浜市の高齢者 (六十五歳以上) は九十二万人なので,横浜市が実施するワクチン接種は,高齢者のわずか (4/92)×100=4.3% に過ぎない.
 これを見てようやく私は,横浜市に住む高齢者 (だけではないが) のワクチン接種を担っているのは,横浜市当局ではないことに気が付いた.
 横浜市当局が実施する個別接種とは別の,各医療機関が行う個別接種が,横浜市におけるワクチン接種のメイン・ストリームだったのである.
 同じ「個別接種」という言葉を使うから紛らわしいが,医療機関による個別接種には横浜市は関与していないのだ.
 それは上の赤枠の画像に示されている接種期間にも表れていて,市当局が行う個別接種は六月二十日までであるが,数量的に圧倒的な医療機関による個別接種は六月後半から始まる (5/31~6/11に配送される) のである.
 それでは【医療機関直接予約分】のワクチンはどうすれば受けられるのか.
 横浜市の公式サイトの中を探すと,わかりにくいところに次のことが書かれている.
②医療機関で予約
【予約方法】
「各区の医療機関」から区名をクリックすると、医療機関が掲載されています。
 医療機関を確認後、厚生労働省ウェブサイトのコロナワクチンナビ(外部サイト)でご希望される医療機関を検索して、予約方法をご確認ください。

 この指示に従って,私が住んでいる戸塚区でワクチン個別接種を行う医療機関を探したところ,三つの医療機関があった.
 次に厚労省のコロナワクチンナビにアクセスして調べたら,その三機関とも,かかりつけ以外の患者の接種は受け付けていないことが判明した.
 このように,(1) 横浜市にかかりつけの医院が特にない人の場合,(2) かかりつけの医院があっても,その医院がワクチン接種を実施していない人の場合は,横浜市が行う「集団接種+個別接種」しかワクチン接種を受けられないということになる.
 そして横浜市の「集団接種+個別接種」を受けられるのは,横浜の高齢者市民のわずか4.3%である.
 
 テレビの報道によれば,東京都のワクチン接種状況は,高齢者の大部分が予約を済ませているという.
 既に接種を受けた高齢者は,全国平均は七パーセントを越えているが,横浜市は四パーセントを越えたくらいである.
 住んでいる自治体によって,住民の健康に対する取り組み姿勢は随分と違うものだなあと驚いた.
 ちなみに,下の画像は,私が横浜市のウェブ予約窓口にアクセスした時の様子だ.上は全体で,下は左半分の拡大図である.
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 横長のバーで青い部分は,予約窓口に接続してからの時間経過を示している.
 上の図は,アクセス開始から一時間半経ったときの状態である.目測でバー全体の五パーセントに満たない.
 そして,このあと暫くして接続が切れて,最初からやり直しとなった.
 こんな状態で進捗バーを何時間も眺めているわけにもいかないので,この日も遂に断念した.
 前回の予約日 (5/17) は窓口への接続は成功したものの,その時は既に接種予定数を越えていて,次回に申し込むように促されたので,今回は事態が悪化していることになる.
 
 高齢者に対するワクチン接種に無関心な横浜市の状況を嘆いていても仕方ない.なんとかせねばならない.私の父親の,最後になる年忌が迫っているのだが,それまでに旅行できる状態にしておかねば.
 実は私のかかりつけ医院は藤沢市にあり,そのクリニックで二ヶ月に一度,定期的に診察してもらっている.
 予約を断念したその日 (5/24) がちょうどその診察日だったので,院長医師に「横浜市ではワクチンの予約をとるのが困難です」と相談したら,「じゃうちで接種しましよう」ということになった.住民票のある自治体で接種を受けなくても全く無問題だとのことだ.
 実にあっけない解決である.最初から横浜市なんか相手にしなけりゃいいのであった.
 
と,上のところまでこの記事を書いたら,横浜市公式サイトのワクチン関連コンテンツが更新され,大規模接種会場が設置されるとの告知がされた.(《大規模接種会場でのワクチン接種について》)
 ようやく横浜市は,ワクチン接種を医療機関まかせではなく,市当局が乗り出すことになったようだ.
 ただし,この大規模接種会場のキャパ (接種回数/日) は市のサイトでは示されていない.こういうところがダメなんだ.林文子市長は,市民に安心して生活してもらうにはどうしたらいいかを全く考えていない.考えているのはカジノ誘致のことばっかりなのだ.

 
 ともあれ,六月に横浜の大規模接種が始まる前に,藤沢市で私はワクチン接種してもらえることになったので,一安心である.
 さて自分のワクチン接種の目途が立ったので,東京二十三区内に在住の知人数人にワクチン接種のことを訊ねてみた.すると,みんな一回目の接種は終わったとのことである.
 東京は感染の中心地ではあるが,それだけに都の対処はちゃんと行われているようだ.
 今回のことで横浜市の健康保健行政がいかにダメであるかよくわかった.税金は高いが.

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2021年5月23日 (日)

達成率80%で業務完了とする公務員の職業意識

 神戸新聞NEXT《「7月末完了」に明確定義なく自治体困惑 高齢者ワクチン接種》[掲載日 2021年5月23日 11:30] を読んで,ああやっぱりなーと思った.
 記事は,菅首相の号令「七月末に高齢者のワクチン接種完了」に対して,自治体がどう対処しようとしているかについて述べている.
 
そこに突如掲げられた「7月末完了」の目標。それまで接種率を想定していなかった神戸市は、「7月末に80%の接種完了」と設定し、大規模接種会場2カ所の開設も決めた。高砂市も国の目標が出てから、「7月末で接種率80%」と定めた。
 洲本市や淡路市などは、以前から内部で想定していた「接種率70%」について、達成時期を当初見込みよりも早く、7月末に前倒しした。一方、丹波市や加東市は「希望者全員の接種が終わって完了」とする。
 各市町とも希望者には7月末以降も接種するが、国や自治体が拙速に「完了した」と公表すれば、まだ受けていない人に混乱が生じる恐れもある。
 
 横浜市のように,そもそも「接種率」という数値自体を設定していない自治体があることは既にこのブログで報告した.市が予め作った接種計画を「枠」として,その枠の予約が一杯になったら予約受付を終了してしまったのである.
 神戸新聞によれば,神戸市は「接種率の分母」が不明だが,とにかく「接種率」を計算して,八割が接種完了した時点で「接種完了」と政府に報告するというのである.残りの二割の市民は,接種を希望しない市民として処理されるわけだ.棄民政策である.
 このように兵庫県では自治体によって「接種完了」の定義が異なるが,それでも東京都と同じく,七月以降もワクチン接種は続けるとみられる.
 だが横浜市は,七月で,高齢者ワクチン接種予約の窓口を閉鎖する.自分の仕事を義務として完遂しようという職業意識がないのだろう.いい身分だなあ.

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2021年5月22日 (土)

ワラサの甘酢漬け

 デパ地下の鮮魚店 (藤沢駅北口「さいか屋」デパート地下) で,おかずの材料を見繕っていたら,時季外れだがワラサ (幼鰤) の切り身が安かった.
 照焼にしてしまうのが普段のことだが,ちょうど冷蔵庫にミョウガと青ジソがあるので,これを使って甘酢漬けにしてみようと思った.
 まず,ワラサ切り身二枚を,フライパンで焼く.下味は不要.
 樹脂加工のフライパンで弱火にすれば,油を引かずとも焦がさずに焼けるが,油を引くならオリーブ油がいいだろうと思う.
 タマネギ (中くらいの大きさ) を,縦に薄めにスライスする.
 その半分を保存容器に敷く.
 焼いたワラサの切り身を半分に切り,タマネギの上に載せる.
 さらに残りのタマネギと,ミョウガ (二本を薄くスライス) と青ジソ (十枚を横に細く切る) を載せる.
 ここにミツカンのカンタン酢をヒタヒタに注ぐ.調味料はこれだけ.
 冷蔵庫で一日放置して甘酢漬けにする.
 以上.
 
 下の写真は漬け上がったところ.甘酢のせいでタマネギから水が出る.
 香り付けのミョウガと青ジソは,青魚にとても相性がいい.
 
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 もちろん甘酢漬けの野菜もおいしいので,これも食べる.
 飯のおかずというよりも,これは酒肴だ.
 自分で拵えたものを自慢するようだが,旨い.
 ブリ (鰤) またはサケ (塩鮭でないもの) でも同じようにできるが,サワラ (鰆) やタラ (鱈) は,身がバサバサで向かないと思う.
 
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ナンセンス系の赤ずきん

 冷凍食品で何か新商品は出ていないだろうかとウェブを探し回っていたら,唐突だが「冷凍食品漫画」を見つけた.
 ニチレイフーズのサイト内にある《【ニチレイ漫画劇場 #4】赤ずきん|本格炒め炒飯》だ.
 作者は藤井おでこという人.このニチレイ漫画劇場は四作品あるが,この「赤ずきん」が一番おもしろい.
 ナンセンスの才能が光っている.
 絵も,年寄りの言い方であるが,達者だ.
 さっそく他の作品も見てみようと思ったら,まだあまり既刊のコミックはない.新人だろうか.
 とりあえず,ナンセンス系とストーリーのあるらしいものとの二冊を注文した.もちろん古書だ.
 
 ということなんだが,こういうコンテンツを企業サイトに載せるニチレイに感心した.
 
[追記]
 野原で寄り道をしてお花を摘んでいる赤ずきんちゃんの先回りをして,狼はおばあさんの家に行き,おばあさんを食べてしまう.
 そこへ赤ずきんちゃんがやって来る.
 狼は,おばあさんの服を着てナイトキャップをかぶってベッドに入り,おばあさんのフリをして赤ずきんちゃんだます.
 なぜすぐに赤ずきんちゃんを食べないのだと言うツッコミは,グリムに言って欲しいが,ともかくここで狼は,おばあさんのナイトキャップをかぶるというのが,絵本のお約束である.(例;《【絵本】 赤ずきんちゃん 【読み聞かせ】世界の童話》)
 藤井おでこの《赤ずきん》に登場する狼も,きちんとこのお約束を守っているが,しかしおばあさんの服は着ていないという完成度の低いコスプレが,優れてナンセンスである.

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2021年5月21日 (金)

ワクチン接種の進捗率

 今日現在,横浜市ではワクチン集団接種はWeb,電話の両方とも受付は終了しており,あとは医療機関での個別接種枠が残っているだけである.
 そして,この個別接種の枠がどくらいあるのかは市民に公表されていない.
 ちなみに私は,Web申し込みにトライしたが,ログインできた時には既に,予約受付を終了する七月までの「Web申し込み枠」は満杯になっていて,予約を受け付けてもらえなかった.
 Web申し込みを断念した私は電話予約にトライしたが,電話による申し込みは全く繋がらず,遂にワクチン接種の予約を断念した.
 東京まで出かければ政府の大規模集団接種を受けることは可能だろうが,現在も大規模接種センター予約システムの不具合は発見され続けていて,トラブルが続いている.
 
 横浜市のことに戻る.
 ここでフト考えるのだが,そもそも「枠」とは何か.
 一日当たりの「枠」は,たぶん「ワクチン接種作業に従事する医療従事者数 (医師,看護師など)」×「医療従事者一人一日あたりの注射作業可能数」だろう.
 この単位「枠」に「一週間における接種日数(私の住んでいる区では三日/週)」を乗じて,さらに七月までの残り週数を掛けると,「枠」全体が算出される.
 
 しかし,行政の計画として,これはおかしい.
 中学生にも理解できる普通の考えなら,予約受付に制限 (=枠) を設けてはならない.接種を希望する市民全員から予約を受け付けねばならない.
 そして「接種を終えた市民数」/[予約数すなわち接種を希望する市民数」を,毎日算出する.
 これが進捗率になるわけである.
 現在のように,入り口で「枠は埋まりました」として受付を終了したのでは,いったいどれくらいの市民が接種を希望しているかの根本的なデータが得られないのである.
 つまり進捗率も計算できない.
 進捗率が計算できないのに,どうして林横浜市長は「七月一杯で全員が接種を受けられます」と断言できるのか.
 事実,私のようにワクチン接種を希望していても,予約受付の入口で門前払いの仕打ちを受けて,接種自体を断念した市民は多いだろうと思われる.
 接種作業が可能な人数以上の予約を受け付けなければ,最終的に進捗率は100%になるに決まっている.
 七月末に林市長は「高齢者の接種を100%完了しました」と胸を張るだろう.そして未接種の市民がどれくらい残っているかというデータは,闇の中だ.
 市長の頭はきっと尋常な頭脳ではないのだ.
 
 想像するに,林市長の特殊頭脳の中は,カジノ誘致のことで一杯なのに違いない.
 林市長が「人命よりもカジノだ」と断言してくれれば市民は,こんな市長を選んでしまった横浜市の現状を嘆き,我が身の不幸を諦観できるのだが.

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2021年5月20日 (木)

「だし」風の浅漬け

 山形県に「だし」という郷土料理がある.(Wikipedia【だし (郷土料理)】)
 農水省のコンテンツ《うちの郷土料理》には《主な伝承地域 村山地域、置賜地域》と書かれているが,かなり前から神奈川県のスーパーでも販売されているくらいだから,山形全県下で食べられているのではないかと思われる.
 で,この「だし」が,夏の暑さで食欲が大幅に減退しているときは,実にもうしみじみと旨いのだ.
 材料は,典型的にはキュウリ,ナス,ミョウガ,青ジソ (大葉) で,これらは欠かせないが,あとは何でも工夫しだいだという.
 特にミョウガと青ジソは,これぞ夏野菜の醍醐味だ.
 
「だし」は飯のおかずとしては最強の部類だが,酒肴としては,スプーンで食べることになるので,ちょっと食べにくい.
 そこで,テイストは「だし」と同じだが,箸で食べることができる浅漬けを作ってみた.
 
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 材料は,キュウリ三本,ナス 一本 (中くらいの大きさもの),ミョウガ三本,青ジソ十枚.
 キュウリは厚さニミリの輪切りにし,ナスは太さによってニミリ厚の扇または半月に切る.
 ミョウガは薄く斜めにスライスする.
 青ジソは,塩こんぶと同じような大きさに切る.
 以上のものをポリ袋に入れ,塩こんぶをカップ一杯加える.
 ポリ袋を揉んで材料をよく混ぜたら,冷蔵庫に入れて半日放置する.
 以上.
 
 私は上記の材料で作るが,好みでカンタン酢とかポン酢で酸味にしてもいいだろう.そうすれば冷蔵庫で数日は保存できると思う.
 ただし,この「だし」風の浅漬けは,見た目は黒っぽくてよくないので,せめてもの愛想でカニカマを入れれば,酒肴としてワンランク・アップのような気がする.

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2021年5月19日 (水)

プラチナ・ワクチン

 政府は,地方自治体が独自にワクチン接種の大規模会場を設置する動きがあると発表した.
 この政府発表の前に,既に兵庫県知事が大規模会場を設置する発表していた.
 横浜市も一週間前に,大規模会場を設置すると林市長が述べていた.
 これについては《NHK NEWS WEB横浜市 高齢者ワクチン接種に 6月初めにも大規模会場を設置へ》[掲載日 2021年5月12日 18:16] に記事があった.
 
新型コロナウイルスのワクチン接種について、政府が7月末を念頭に希望する高齢者の接種を終えたいとしていることを受けて、横浜市は市独自に大規模な接種会場を設けるなどして対応していくと発表しました。
 
具体的には、市独自に大規模な接種会場を設けるとしています。
 
このほか、一般の集団接種会場で接種を行う時間を延長したり、個別接種を行う医療機関を1700か所にまで増やしたりして対応したいとしています。
 ただ、これにより、従事する医師や看護師の数を大幅に増やす必要があることなどから、副市長をトップとする特別チームを設置し、課題の洗い出しなどを始めているということです。
 
一方、今月3日に始まった接種の予約受け付けがアクセスの集中で一時中断したことなどについて「市の想像力が足りなかった」と謝罪したうえで「ワクチンは間違いなく全員が接種できるので、なんとか余裕を持って予約していただくとありがたい」と話していました。
 
 個別接種を行う医療機関は,明確でないがたぶん現在は二百機関ほどではなかったか.
 それを千七百機関に増やすというのはただ事ではない.
 と思ったら案の定,必要な医師や看護師を増やせるという根拠があるのではなかった.根拠どころか,これから課題の洗い出しをするというのだから呆れた.
 これは市長が人気取りにぶち揚げた気球と思われる.
 林市長は《ワクチンは間違いなく全員が接種できる》と言うが,全国各地で高齢者が接種の申し込みに殺到しているのは,これが嘘ではない かと疑っているからなのだ.
 人数分のワクチンはないと高齢者国民は思っている.だから一日中,プラチナ・ワクチンをゲットすべく予約のために電話をかけ続けている.
 家族に看取られずに死にたくないと,年寄りはみんな思っているのだ.
 
 河野大臣が,ファイザー社以外のワクチンも購入するとして「国民全員が接種するのに十分なワクチンのメドがついた」と述べた時,各メディアは「契約はできていない」と解説した.
 そりゃそうだ.厚労省が安全性と有効性を承認していないのに,購入契約を締結できる筈がない.
 河野大臣が何か言うたびに,不可解な事実が報道される.遂に文藝春秋の今月号は河野大臣の資質に疑問符をつけた.
 
 さて横浜市は,ウェブ申し込みは既に七月まで一杯になって,今はもう申し込みはできなくなっている.
 ウェブがだめなら電話しかないが,電話による申し込みは全くつながらない.
 この状態で《間違いなく全員が接種できる》という市長の言を信用しろというのが無理だ.なにしろ,医師と看護師の手配を可能かどうか,これから問題点を検討するというのだから.
 
 

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その通りだ!

 東スポWeb《三浦瑠麗氏こそ「『コロナはただの風邪』教の宗教指導者」 小池都知事元秘書が指摘》[掲載日 2021年5月18日 17:44] を読んで胸のすく思いがした.同記事から抜粋引用する.
 
三浦氏が18日の「めざまし8」(フジテレビ系)で、新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長に対して、「尾身さんの発言は〝宗教指導者〟のようなもので、解釈のしようがない」と指摘。
これに対して、小池百合子東京都知事の元秘書で都議会議員を務める尾島紘平氏が18日にツイート。尾身会長は医学者であり科学者。少なくとも感染症に関しては素人である三浦瑠麗さんが揶揄できるような対象ではない」と三浦氏に苦言を呈した。
 続けて「現場の感覚としても全く解除できる状況ではないし、いたずらに世論を煽るべきでもない。三浦瑠麗さんこそ『コロナはただの風邪』教の宗教指導者ではないか」と指摘した。
 
 三浦瑠麗は自然科学には疎いのだろう.理系の学問を学んだ普通の国民なら尾身茂会長を《宗教指導者》などとは死んでも言えない.
 この点は都議会議員の尾島氏が《三浦瑠麗さんが揶揄できるような対象ではない》と述べた通りである.
 まことに無知ということは悲しいものだ.
 さらに尾島氏は《三浦瑠麗さんこそ『コロナはただの風邪』教の宗教指導者ではないか》と続けているが,これまたその通りである.
 三浦瑠麗は,コロナ禍が大きな広がりを見せ始めた頃,《コロナはただの風邪だから,経済を回すことを優先しなければいけない》とネット記事にも書き,テレビでも主張していた.なんの医学的知識もない小賢しい女がよく言うよ,と多くの理系の老人たちは思ったはずだ.
 尾身会長を揶揄する前に,《コロナはただの風邪》と主張した自分の愚かさを自己批判するがいい.話はそれからだ.

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手打ちきしめん

 TABIZINE《“きしめん離れ”は本当なのか?「えびすや」のきしめんは、そんな噂が信じがたいほど超美味【名古屋めし】》[掲載日 2021年5月18日 12:30] が,きしめんについて書いている.
 
平たくて薄いのにコシが力強いというのがきしめんの醍醐味ですが、それは手打ちだからこそ。機械打ちでは理想的なコシを生み出すのは難しい一方で、生産性向上のために製麺機できしめんを作る店がいつしか主流に。結果的に、本来の姿のきしめんを食せる場が激減したことも“きしめん離れ”の要因のひとつと考えられるのだとか。
 
 私のきしめん体験は,二十代の青年時代 (昭和五十年代) のある日,出張で静岡から関西方面に出張した時が最初だった.
 東海道新幹線のプラットホームにある立ち食いの きしめん屋が評判だったので,乗り換えの時の待ち時間を利用して食べてみたのだ.
 食べてどうかというと「ふーんこんなものか」と思ったのが正直なところであった.
 それから数年後,名古屋で開催された学会に参加するために名古屋駅で下車し,その日の昼飯のために街中のきしめん屋に入ってみた.
 そして「手打ちのきしめんは旨いっ」と思った.
 翌日は,ついでだから山本屋本店で味噌煮込みうどんも食べてみた.
 これも旨いことは旨いが,しかし私には,きしめんのほうが,うどんとして洗練されていて好ましく思われた.
 
 コロナ禍の最中,私たち老人は家に逼塞している.
 とてものことに,感染リスクを冒してまで,きしめんを食いに名古屋に出かけるわけにはいかない.
 あと数年経てば,新型コロナウイルスの変異株で危険なタイプは,季節性インフルエンザ (世界中でA型,B型が流行を繰り返し多数の死者を出している) のように,数種類に絞られるだろう.
 このようにして私たちは,今後は新型コロナウイルス感染症が常在することを前提にして生きて行くことになる.いわゆる「ウィズ・コロナ」の時代が始まるのだ.
 しかし毎年,その年に流行するタイプの新型コロナウイルスに対するワクチンを接種すれば,重症化して死ぬのはかなり抑制されるようになると思われる.
 そうなったら,死ぬ前にもう一度名古屋に出かけて,旨いきしめんを食ってみたいものだ.

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2021年5月17日 (月)

首相の耳はロバの耳

 今朝の九時から,横浜市の七十歳以上の高齢者へのワクチン接種予約が始まる.
 報道によれば,河野大臣は菅首相に「ワクチンの確保はできているから,あとは自治体と自衛隊がちゃんと実行するかどうかにかかっている」と甘言を述べて,自治体と自衛隊にワクチン接種の実行を丸投げした.
 すっかり河野大臣に騙された菅首相は,自信満々に,高齢者のワクチン接種は七月中に完了すると記者会見で言い切った.
 ところが実は,岸信夫防衛大臣はこの河野大臣の丸投げに,無理があると難色を示していたのである.
 しかし岸大臣の見解は,菅首相の聞き入れるところではなかった.
 権力者は,自分の耳に快い話だけを聞くものだからである.
「七月中に高齢者のワクチン接種完了」は,武田良太総務大臣に全く相談がなかった.
 寝耳に水のことに驚いた総務省は,全国の自治体に「七月完了」が可能かどうか問い合わせたところ,否定的な回答ばかりであった.
 そんなことをロバ耳の菅首相が聞き入れるわけはないと承知している武田総務相は,体裁を取り繕うために「七月中に接種完了せよ」と全国自治体に檄を飛ばした.
 七月中に高齢者へのワクチン接種を完了しろと言われても,肝心のワクチンが配られる日時すら河野大臣から連絡がない各自治体首長は「そんなことを言われても,できないものはできません」と反論した.
 すると総務省の官僚は,「ガッツと気迫でがんばれ」と言ったという.(AERAdot. 《「7月末までに高齢者ワクチン接種完了は無理」全国の地方自治体の6割回答 菅首相の指示で混乱》[掲載日 2021年5月3日 7:05])
 我が国の感染症対策は,科学ではなく,ガッツと気迫で行われるのである.
 高齢者のワクチン接種が七月中には終わらないことを報道で知ったロバ耳菅首相は「そんなにかかるのか」と愕然としたという.いまさら遅いわ.(朝日新聞デジタル《「え、そんなに遅れる所あるの!」首相、接種の遅れに》[掲載日 2021年5月13日 18:06] 他)
 
 とにもかくにも,このプラチナ・ワクチンが何回接種分あるのかどうかすら横浜市民は知らされないまま,この朝九時から必死に電話とネット予約サイトに殺到することになる.
 
[追記1,5/17]
 予約開始時間になったので予約受付サイトに入り,受付番号やらアドレスを入力した.するとその返信メールにURLが記載されていて,ここからログインせよという.
 ログインして接種会場を選択し,続いて指示通り接種日時を選択しようと試みたが,カレンダーが無反応だった.「データの取得に失敗しました」とエラーメッセージが出て,そのあとはカレンダーの再読み込みを行ったが,五,六月はもちろん七月中の予約可能日もすべて予約完了済の「×」印がついていた.
 そして「Web予約枠は埋まっています」と予約サイトに表示がされた.もう横浜市には,集団接種に供給される老人優先用のワクチンはないのだ.
 横浜市の公式サイトには,七月十日で高齢者のワクチン予約は終了すると書かれている.
 つまり七月十日までの予約が取れなかった私のような高齢者の横浜市民は,その後の八月とか九月の予約すら取れない (建前として高齢者のワクチン接種は七月中に終わることになっているので,受付システムが閉鎖されてしまうから,それ以後は接種の申し込みすらできない) から,要するにワクチン接種を受けることができないのである.(東京では七月以降でも高齢者は接種ができるらしい.元東京都知事の舛添氏は八月末に予約が取れたと書いている.都民がうらやましい)
 頼みの綱は医療機関での個別接種だが,これをしてくれる医療機関が横浜市は非常に少ない.私の住んでいる区では現時点ではわずか二機関しかなく,しかもその予約枠は埋まっている.
 菅首相が断言した「高齢者は七月末中に接種を完了する」という話の意味は,予約ができた一部の高齢者市民だけはワクチン接種を完了するということなのであった.
 たとえ政府から横浜市に,必要な数のワクチンが八月になってから配布されたとしても,接種受付システムが閉鎖されてしまっているから,高齢市民は接種を受けることができないことになる.八月以降に配布されたワクチンは,若い人たちに接種されるのだ.
 横浜市の医師会関係者は,高齢者に接種できるよう努力すると語っている.「努力」とは,どういう理解をしたらいいのであろう.老人は見捨てられる可能性があるというのか.
 
[追記2,5/18]
 昨日の夕方のテレビ報道番組を観た.東京の大規模接種センターからの中継で,局アナが「ここが接種会場です」などと述べている時に,一人の老人男性が会場のビルに近寄ってきた.
 局アナがマイクを向けると,ワクチンの予約を取りにきたと言う.
 ここで直接の予約は取れないんですよ,と説明すると,老人は「おれはインターネット,持ってないんだよ.だからここに来た」と語った.
 こういう人はかなりいるんじゃないだろうか.
 各地の自治体では,スマホを持っていない高齢者が集団接種の予約手続きをできるように,窓口を作って職員を配置し,援助している.
 しかし政府は,大規模接種センターにおける接種の予約手続きを「自助」に限定し,首相が既に言明した通り「共助・公助はしない」と決めている.
 こうして国は,社会の片隅でつつましく暮らしている老人たちを捨てて行こうとしている.棄民政策という古い言葉を思い出した.
 
[追記3,5/18]
 東京の大規模接種センターの話題でテレビの報道は持ち切りだが,一日に一万人というキャパは,都の人口と対比すると焼け石に水のように見える.

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2021年5月15日 (土)

生半可な笑笑

 かつて窃盗容疑で世間を驚かせた内閣官房参与の高橋洋一が,日本のコロナ感染拡大について世界のレベルから見れば「さざ波」に過ぎないと発言して物議を醸しているが,お笑い芸人でクイズ回答者としても有名なロザン・宇治原氏が,次のコメントを発言している.
 東スポWeb《ロザン・宇治原 高橋洋一氏“さざ波”発言に「批判されすぎている」》[掲載日 2021年5月14日 19:55]
 
一方で「さざ波」より問題は「笑笑」の文字だとし「表現方法の問題で、そこに対して思うところがあるのは、それも分かる。例えば『諸外国から見たら日本の感染者の波はこんな感じなんです』『だから、日本でオリンピック中止と言うと外国から見たらおかしく感じられるかもしれません』という書き方だったら、ここまで言われてなかった」「批判され過ぎていると思いますが、批判されても仕方ない部分があったとも思う。内閣にかかわっている立ち位置の方で、どういう意見を言うにせよ『笑笑』という文字をつけるというのは、そこに反発する人も出てくるだろうというのが僕の感想」と総括した。
 
 ロザンの宇治原史規は,件の《さざ波》よりもむしろ問題は《笑笑》だとして,上のように発言している.
 妥当な意見だろう.
 宇治原が指摘したように,高橋洋一の発言で多くの高齢者国民が怒りを覚えたのは《笑笑》である.
 しかも高橋洋一の頓珍漢な言い訳は次の通りであった.(スポーツ報知《高橋洋一内閣官房参与、「五輪中止…笑笑」ツイートは「非合理な決定をしたと日本が世界から笑われる、という意味」》[掲載日 2021年5月12日 8:34])
 
誰が笑笑っていうことなんだけど、こういうふうな感染のない状態で仮に日本が中止っていうことを言ったら世界から笑われるだろう、と意味です
 
 もうおわかりであろう.高橋洋一は「笑」の用法を知らないのである.
 周知のように,(笑) がネット用語として一般に使われるようになったのはかなり古い.インターネット以前のパソコン通信の時代から使われてきた.
 これから「笑笑」や「w」が派生し,さらに「w」が「wwww」などのように用いられたことから「草」というネット用語が生まれた.(草が生えているように見えるからである)
 で,「笑笑」や「w」等に共通しているのは,「笑う」の主語が自分であるということである.
 従って,第三者である《世界》が笑うという意味では絶対に使わない.
 SNS時代になってようやくネットで発言を始めた老人は,これだから困る.基本的な用語も知らずに《笑笑》などと書くから,高橋は世間に笑われるのだ.
 さらに恥の上塗りを高橋は書いている.(スポーツ報知《高橋洋一内閣官房参与、「五輪中止…笑笑」ツイートは「非合理な決定をしたと日本が世界から笑われる、という意味」》[掲載日 2021年5月12日 8:34])
 
これは、ユーチューブでも言っている話なんで、ぜひユーチューブを見てからテレビの発言はされた方がいいんじゃないですかね。そうじゃないと間違ったことを言っていることになる。なんでも基本だと思うんですよ。何か発言したければ調べてからやるっていう》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 テレビ朝日社員である玉川徹氏は,間違った発言をしたことが明らかとなった時は,必ずその後,番組放送中に発言訂正を行ってきた.今回も訂正するだろう.社会人として潔い.
 ところが,高橋洋一は「笑笑」の用法が誤りであったことについて訂正をしていない.
 それなのに玉川徹氏に対しては《なんでも基本だと思うんですよ。何か発言したければ調べてからやる》と小賢しい説教を垂れておる.
「笑笑」の用法くらい調べてから書いたらどうなんだ.w
 高橋は,エラソーに玉川氏には説教するが,警察にかけられた窃盗疑惑に対しては見苦しく言い訳をしただけである.
 高橋洋一はそういう人間なのだと,私たちはもう一度しっかと覚えて忘れずにいたいものだ.

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2021年5月12日 (水)

上海ジビエ,広州野味

 今から三十数年前のこと,食品工場視察と食材調査の仕事で,中国とベトナム,タイに行った.私一人ではなく,食品会社の管理職で構成された調査団に参加したのである.一行は十名ほどであった.
 三井物産のかたがアテンドしてくれたが,現地ガイドさんの付いた観光も組み込まれていて,至れり尽くせりの旅行だった.
 
 出発当日は羽田から空路で上海に入った.
 戦前から既に上海は大都市であったが,上海が昭和の東京と異なっていた点は,ビジネス・オフィス街が,完全なビル街ではなかったことである.
 大きな近代的ビルとビルのあいだに,唐突に雑多なものを商う食料品の市場が存在していたのである.
 この市場の商い物である青果と魚介 (上海蟹やスッポンなど) は日本人にも納得できるのだが,驚いたのは食肉売り場だった.
 平台の上に檻が並べられ,中には生きたハクビシンとかイタチに似た動物,猫に似た動物,明らかに犬である動物,鶏,鼠,蝙蝠など様々な動物が生きたまま販売されていた.虫の類ではサソリが調査団の目を引いた.
 現地ガイドさんに訊いたら,当時はまだ中国では電力事情が悪く,この種の伝統的な市場では冷蔵庫が普及していないため,枝肉 (精選版日本国語大辞典「枝肉」の解説《えだにく【枝肉】〘名〙 牛や豚などの頭部・尾・肢端・内臓を取り除いた骨付きの肉をいう》) あるいはさらにそれを加工した食肉を売ることができないのだと教えてくれた.つまり生きたままの動物 (これは保存性抜群だ!) が料理店や一般家庭向けに販売されているのだった.
 調査団一行はしばらく市場内を見学してあるいた.
 すると,あまり清潔とは言い難い,いやかなり清潔とは言い難い市場の中に,日本でいえば東京大手町の企業に勤める会社員といった雰囲気の女性がいた.
 グレーのスーツで,スカートはタイトなミニスカートであった.おまけに美貌であった.
 彼女は,屠殺して血抜きしてあるらしき鶏の首をつかんで手に提げ,カツカツとヒールを鳴らして市場を出て行った.
 いささかホラーな光景だったが,彼女のうちの夕食は鶏料理に違いないと思われた.
 
 さて,チャーターしたバスで一行はその日のホテルに向かったのだが,バスの中で現地ガイドさんが「日本には野良猫がたーくさんいますね.でも上海には野良猫は一匹もいません」と言った.
「どうしてだと思いますか」との質問に続いて,すぐ正解を語った.
「中国人は,四本足は机と椅子以外みんな食べます.だから街の中に犬も猫もいません.なぜならみんな食べ物だからです.あ,二本足も食べます.鳩もいませんねー」
 なにしろ昔のことなのだが,ガイドさんの説明はおおむねこんな感じであった.もっとも「四本足…云々」は,日本人受けする笑話だったと思う.
 この少々自虐的な笑話についてネットを調べてみると,現在は「空を飛ぶものは飛行機以外みんな食べる.海を泳ぐものは潜水艦以外みんな食べる」の如き発展形になっているらしい.だが昭和の終り頃はまだ「中国人は机と椅子以外の四本足はみんな食べる」だったと思う.また,この笑話を「ことわざ」と書いているブログがあるが,いくら何でも「ことわざ」ではないだろう.
 さて,その翌日,私たちは空路で上海 (直轄市) から広州 (広東省) まで移動した.
 広州では,大規模かつ有名な貿易展示会である「広州輸出入商品交易会」を見学し,そのあとはチャーターのバスに乗って深圳市まで移動する.
 見渡す限りの田園地帯を走る国道は,行けども行けども飽きるほど田園地帯を走って行くのであったが,時折,道に面してポツン,ポツンと建物が見受けられた.
 屋根の上に大きな看板が設置されていて,どうやら郊外型レストランのようであった.
 現地ガイドさんの説明によると,それらは普通のレストランではなく「野味」を食わせる料理店だという.
「野味」とは野生生物の料理を意味する.
 上海でも,外国人があまり来ないような辺りに「野味」レストランはあるのだが,野生生物といってもあまり突拍子もないものはないという.好意的に言えば仏語のジビエに,蛇料理と犬料理と蛙料理を足したくらいのものらしい.こう書くと突拍子もないような気がするが.
 だが広東省は「野味」の本場だそうで,こちらはかなり突拍子もないものが食材として市民権を得ている.
 私は実際に野味レストランで食事したことはないのだが,知人に野味の経験者がいて,彼が言うには,そして写真を見せてくれたが,正体不明の小型げっ歯類や蝙蝠,蜘蛛やサソリなど節足動物の料理 (姿煮とか姿焼きとか,生きていた時の形そのままのもの) は,いくらカネを積まれても食べたくないとのことであった.写真を見ながら私は深く同意した.
 
 かつて,広東省における野性生物の喫食が,SARS (重症急性呼吸器症候群) と関係があるのではないかと疑われた.(読売新聞《野生動物の売買取り締まり逃れ後絶たず…中国・広東省》2003年)
 この流行の時の中国第四代最高指導者は胡錦濤であったが,胡錦濤政府はSARS (病原体はSARSコロナウイルスである) の発生を隠蔽した.
 流行が終息したあとも中国政府は感染症に対する徹底的な保健政策を採らずに,中国人の野生生物喫食を放置した.
 中国政府は人民の基本的人権の抑圧には熱心だが,感染症制圧には関心がなかったのである.
 そして習近平は胡錦濤の前轍を踏んで,今回の新型コロナウイルス感染症の発生にも隠蔽を図った.もはや隠蔽は中国のお家芸である.
 SARSのときに中国政府が得た教訓は,この隠蔽芸と通底している.
 中国政府は,SARSの隠蔽を国際社会から強く批判された.このことから,中国から感染症が世界中に拡散流行するのが今後も避けがたいとすれば,それによって中国が国際的な非難を浴びるのを回避すればいい,と考えたのだろう.中国という国は,大人に叱られなければ,どんな悪さも平気でする子供なのだ.
 そこで中国はWHOを中国の支配下に置くことを計画し,実行した.
 Newsweek日本版《アメリカの無関心が招いた中国のWHO支配 How America Ceded the WHO to China》[掲載日 2020年4月21日 19:40] が,中国によってWHOが乗っ取られた経緯を書いている.
 
中国の担ぐ候補者が初めてWHO(世界保健機関)の事務局長に選ばれたとき、それを聞いたアメリカ合衆国大統領が眉をつり上げることはなかった。その数年前に、中国ではインフルエンザに似た未知の感染症SARS(重症急性呼吸器症候群)が発生していた。彼らは当初、その事実を隠蔽した。その後も事態の深刻さを過小評価し続けたが、アメリカは意に介さなかった。大統領は中国との間で波風を立てたくなかったし、政権内部にもWHOの人事に異を唱える者はいなかった。
 香港出身で医師のマーガレット・チャン(陳馮富珍)が加盟国の過半数を超える票を集めてWHO事務局長(任期5年)に選ばれたのは2006年11月9日のこと。その2日前、アメリカでは与党・共和党が中間選挙で大敗し、上院でも下院でも少数与党に転落していた。イラク戦争はますます泥沼化し、ジョージ・W・ブッシュ大統領は国防長官の更迭に踏み切らざるを得なかった。政権の基盤が揺らいでいた。誰がWHOのトップになろうと、知ったことではなかった。
 5年後も同じだった。親中国派の人材を次々に登用したチャンが再びWHO事務局長に選ばれても、当時のオバマ政権は静観していた。そして2017年春にチャンの後継としてテドロス・アダノムが事務局長に立候補したときも、大統領就任直後のドナルド・トランプや政権幹部が気に留めることはなかった。
 そもそもトランプは選挙戦の段階から、中国と言えば貿易のことしか頭になかった。「あの頃は誰もWHOなど気にしていなかった」。国家安全保障会議(NSC)のある職員は匿名を条件に、そう語った。
 元エチオピア外相のテドロスは中国の強力な支援を受け、アメリカが義理で推していたイギリス人のデービッド・ナバロを133対50で破り、医師の資格を持たない初のWHO事務局長となった。ニューヨーク・タイムズ紙は当時、アフリカからWHO事務局長が出るのは初めてだという型どおりの記事を載せている。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログ筆者が行った)
 
 こうして習近平はWHOを手に入れた.
 事務局長のテドロス・アダノムは期待通りの働きをした.Newsweek日本版は,上の箇所に続いて次のように記した.
 
自国の大都市で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する中国の隠蔽と情報操作。そして死活的に重要な初期段階でWHOがそれを黙認したこと。これは大スキャンダルだ。その影響は何年も尾を引くだろう。
「このウイルスはヒト・ヒト感染しないという中国側の主張を、WHOは少なくとも1月14日まで認めていた。おかげで中国のごまかしが可能になった」。米食品医薬品局(FDA)の元長官スコット・ゴットリーブはそう指摘する。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログ筆者が行った)
 
 テドロス事務局長は,中国国内の感染拡大が続いている時は,これはパンデミックではないと主張した.
 そしてヨーロッパで感染爆発が起きた時になって,ようやくこれはパンデミックだと断定した.
 これはパンデミックの発生源を中国からヨーロッパになすり付けるものだと欧州首脳が一斉にWHOを批判したとき,テドロスは全く平然と中国の弁護を続けた.
 怒った当時のトランプ米大統領がWHOへの資金提供を停止したときもテドロスは動じることなく米国に屈しなかった.そして習近平はWHOへの資金供給を増やした.
 テドロスは中国発の感染が拡大しているときには「マスクは無意味だ」としていたが,医療従事者向けのN95マスクや不織布製サージカルマスクの世界最大の製造国となった中国が「マスク外交」を開始すると,掌を返してマスクの有効性を主張し始めた.見事なまでの幇間ぶりであった.
 こうして中国は,将来,どんな感染症が中国発で発生しようとも,そしてそれを隠蔽しても,WHOに批判されることはなくなった.
 人間の食生活は極めて保守的である.
 いつの時代に始まったのか皆目資料が見つからないが,中国南部における野性生物喫食の食習慣はなくならないだろう.
 中国政府は,野性生物の取引を禁止するというポーズを見せているが,「野味」は地下に潜っただけである.
 人々の食習慣を政治が強権的に抑圧するとどうなるかは,かつて米国の禁酒法が示した.それは中国政府も知るところだろう.
 従って中国人はこれからも野生生物を食い続けるだろう.
 そして私たちは,これからも中国南部の食習慣に起因する感染症リスクを負い続けるのである.

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また逢う日まで

 政府広報がテレビ放送している《新型コロナウイルス感染症 感染再拡大防止にご協力ください》という動画がある.
 
20210510a
 
 まずこの動画は,室内で若い人たちが飲食と会話を楽しんでいるところから始まる.
 一般家屋の室内だから,当然ながらアクリル板のパーティションはない.
 普通に考えれば,マスクをしていない状態で食事をする人と,マスクをして会話をする人とは,ソーシャルディスタンスをとる必要があるのだが,そういう感染対策の配慮はしない頭の悪い人たち,という設定なのだろう.
 
20210510b
 
 上の画像のキャプションは《飲食は少人数、会話はマスク》だが,飲食と会話が同じテーブルを囲んで行われるのはちょっとまずいだろう.
 
20210510c
 
 で,おしゃべりに疲れたのか,換気が必要だと思ったのか,女性の一人が窓のところに行き,ガラス戸を開ける.
 
20210510d
 
 窓から外の空気が室内に入ると,彼女の後ろからカレと思しき青年が近寄り,彼女に肩掛けを掛けてあげる.
 
20210510e
 
 カレの優しさに,微笑む彼女であった.よかったよかった.
 とはならないのである.
 自分が不織布マスクをしていても,マスク不着用の人の顔に,こんなに接近してはいけないのだ.
 五月の大型連休中に観光地に密集していた若い人にテレビ局がインタビューしたところ,「自分はマスクしてるから感染しない」という誤解が広まっているらしい.小池都知事も,マスクの効果について若い人たちのあいだに,過大な期待をする誤解が生じていると警告していた.
 マスク着用の上で,さらに密を避けるという意識が必要だ.そういう意味で政府広報がこんな動画をテレビで放送してはいけないと思う.
 
 そんなことを言ったら,恋人どうしのキスはどうすんだよ,という詰問が 馬鹿者 若者からあるかも知れない.
 そう.恋人どうしでもキスは禁止すべきなのである.
 欧米であれだけ感染が拡大してのは,キスとハグの習慣が大きな原因であると言われている.誰が言っているかというと,私だが,実際にイタリアでは (私はイタリア語がわからないので,報道と法令の原文を引用することができないのであるが),昨年の感染爆発の際にハグとキスを禁止する法令が施行された.
 フランスでも同様の規制が行われたようだ.
 彼女の唇にキスできないくらいならコロナになったほうがマシだとお考えの貴兄,自暴自棄になってはいけない.
 次善の策があるのだ.
 下の画像は,日本映画史上に残る不滅のキスシーンである.
 監督は今井正.主演は戦後邦画のトップスターだった岡田英次と久我美子の『また逢う日まで』である.
 
20210512f
(パブリック・ドメイン;From Wikimedia Commons; File:Mata au hi made 2.jpg)
 
 この小さな画像ではこの二人が何をしているのかわかりにくいが,岡田英次は雪の降りしきる窓の外にいて,室内の久我美子と窓ガラス越しに接吻をするのだ.これは日本映画史上,最初の接吻シーンである.
 窓のガラス越し.これなら感染対策は完全だ.
 燃える心があれば冷たいガラスなど,いかほどの障害であろうか.
 日本が破局に向かって進んでいく戦争のさなか,このような愛もあったのだと若い人たちに知ってほしいものだ.
 
 とはいうものの,こんなんじゃいやだという向きもあろう.
 そういう我儘な貴君には,自治体が指定する薄手半透明ごみ袋を頭からかぶってキスすることをお勧めしたい.かなり変態じみているが,みんなコロナが悪いのである.

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日本旅行の試み /工事中

 NHK《おはよう日本》でも解説されたが,旅行代理店の日本旅行社は,同社の従来のビジネスモデルの大胆な改革に取り組んでいるという.
 原因はコロナ禍である.コロナ禍で旅行事業が極端な不振に陥り,しかもこの災厄はいつ終息するかの見通しが立っていない.
 ならば旅行事業以外の新しい途を探るしかないのだとのことだ.
 変革の規模は,従来の同社事業に携わってきた社員の過半数に及ぶというから真剣みがすごい.
 で,《おはよう日本》の中でされげなく触れられていたのが,近々に東京に設置される「大規模接種センター」事業の受託である.
 毎日新聞《大規模接種センター、日本旅行など3社に36億円で委託 防衛省》[掲載日 2021年5月11日 17:48] から引用する.短信であるため全文引用である.
 
防衛省は11日、新型コロナウイルスのワクチン接種を進めるため東京、大阪に24日開設予定の「大規模接種センター」について、看護師派遣や受け付けなどの運営業務を民間3社に計約36億8000万円で委託したと発表した。
 委託契約期間は約3カ月で、派遣会社経由で両センターに看護師を1日当たり約200人配置するための派遣費用は約7億6400万円。大手人材派遣会社「キャリア」と委託契約を結んだ。受け付けや案内、接種記録管理などの業務については、東京センターは約19億4900万円で大手旅行代理店「日本旅行」に、大阪センターの運営は約9億6700万円で「東武トップツアーズ」に委託した。
 
 製造業では従来から,ニーズのなくなったビジネスは (伝統産業などの消滅のように,それがいいことか否かはべつのこととして) 社会から退場するしかない.製造業の会社が倒れる時に,銀行は助けてくれない.国も融資はしてくれない.国は,銀行と電力会社は救済するが,一般の製造業の会社はつぶれるに任される.製造業において,会社が倒れることは産業の新陳代謝であり,産業の老朽化を防ぐことだからである.
 ではサービス産業はどうか.ここでいうサービス産業は,《日本の産業分類で第三次産業に分類される運輸・通信および電気・ガスなどの公益事業は大規模な資本設備を伴う点で他と性格を異にしている》ことから,これらをサービス産業から除いたものを指す.(《 》内は,小学館日本大百科全書<ニッポニカ>【サービス産業】から引用)
 基本的にはサービス産業でも,産業の新陳代謝は行われる.
 だが,このコロナ禍において,飲み屋は特別に保護されることが国民の目に明らかとなってしまった.
 いわゆる飲食店のうち,国民に食事を提供する店はコロナ禍において倒産から保護されて然るべきである.この種の営業は,食事を外食に頼らざるを得ない人たちにとって必須のものであり,また我が国の食文化の担い手でもあった.客単価の高い鮨屋やフレンチ,イタリアンはもとより,安いところでは牛丼店,蕎麦屋,ファミレス,街中華,ファスト・フードに至るまで,すべて私たちの食生活に欠かせないものである.
 しかるに飲食店の中には,酒の販売を利益源としている営業が存在する.その酒は,酒類製造企業が生産した製品を仕入れて,ジョッキに注いだり温めたり冷やしたり,その程度の作業で稼いでいるものが大半である.(技量の高いバーテンダーがいて存在意義のあるバーはあるが,それはごく少数である)
 これらの店はそもそも本格的な料理を提供する気がない.酒が売れればいいからである.料理は単なる飾りに過ぎない.だから業務用食材にちょっと手を加えた物しか作らないし作れない.
「高級な飲食店」の中には,厨房がないものすらある.奥の部屋で果物をカットしたり皿に乾き物を載せたりはするが,その他の料理は業者に外注している.
 さらには,酒を売るために性的サービスを付加価値としている

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橋下徹の本心

  スポーツ報知《内閣官房参与の高橋洋一氏が反論 感染状況「さざ波」批判に》[2021年5月10日 16:24] から冒頭箇所を引用する.
 
《内閣官房参与で経済学者の高橋洋一氏(65)=嘉悦大教授=が10日、ツイッターで日本の新型コロナウイルスの新規感染者数のグラフを「さざ波」と表現したことが「不謹慎」などと一部で批判されていることについて取材に応じ「日本はほかの国と比較し、圧倒的に感染者が少ない。五輪を中止するとなると、ほかのスポーツはどうなるのか」と述べた。》
 
 高橋洋一で私たちが思い出すのは,この男には窃盗の疑いで書類送検されたくらーい過去があるということだ.
 Wikipedia【高橋洋一】から当該タブを引用する.
 
窃盗事件
 2009年(平成21年)3月24日、髙橋は東京・練馬区の温泉施設 『豊島園 庭の湯』の更衣室ロッカーから他人所有のブルガリの腕時計、財布など約30万円相当を盗んだ現行犯で事情聴取された。所轄の警視庁・練馬警察署による逮捕はなく、3月30日、窃盗の容疑で書類送検された。東京地方検察庁は同年4月24日、自らの犯行を認めた上で反省しており、かつ「被害品はすぐに戻され、既に社会的制裁も受けている」として、髙橋の起訴猶予を決定した。
 
 高橋は,盗むつもりはなかった (これは泥棒の常套句だが) と言い訳しているので,真相は闇の中である.
 ただし,にもかかわらず,保守党幹部は高橋を経済政策の宣伝塔として重宝しており,そのため前政権でも現政権でも重要なポストに就いている.
 で,このスポーツ報知の記事は,高橋洋一が批判を浴びたのは「笑笑」ではなく「さざ波」の箇所だとしているが,他のメディアは「笑笑」が国民の神経を逆なでしたのだと,SNSの反応からそう述べている.
 私も「笑笑」だと思うが,高橋自身の理解力レベルもスポーツ報知と同じだとみえて,次のように述べている.
 
「さざ波」はもともと、医療の危機管理を専門とする木村盛世氏がメディアなどで日本の感染状況について表現したもの。高橋氏は「ツイッターでは、木村さんが言ったことを踏まえ、わざわざかぎ括弧をつけて『さざ波』と書きました。
 
 つまり自分の発言の問題点は「さざ波」だと勘違いして,「さざ波」のオリジナルは俺じゃなくて木村盛世だとなすりつけているのである.
 しかし木村盛世が高橋を上回る暴言王 (「マスクなんかは無意味だ」「コロナ治療に協力しない開業医の医院を強制閉鎖して,その医師をコロナ病棟に動員せよ」とか) なので,これは言い訳としては成功していない.
 問題はそういうことではなくて,人の生き死にに関することに「笑笑」と書いてしまう高橋の無神経さが国民は許せなかったのである.
 この男の幼稚な無神経さは,テレビで玉川徹氏が以下のエピソードを紹介していた.
 スポーツ報知《玉川徹氏、「さざ波」高橋内閣官房参与の印象明かす「大臣を差し置いてずっと話していて困ったんですよね」》[掲載日 2021年5月11日 9:42]
 
《非常に頭はいいんだと思います。知能は高いんだと思うんですけど、頭の使い方についてはどうなんだろうと、当時も思った記憶がある。その後も、いろいろな発言をされていますけど、首をかしげざるをえないような発言が結構多いですよね》
 
 ほとんどのテレビ関係者が高橋洋一を批判する中で,案の定,橋下徹が逆張りの援護射撃をした.
 
さざ波っていう表現を使ったのは失敗だと思います。いろいろな方の感情を害した言葉だと思う
ただ、彼の作ったグラフというのは明確なものであって、数字を見れば、本当に欧米からすると、日本の感染者数というのは、ものすごい低いんですよ。もちろん、中国やニュージーランド、台湾から比べると多いんですけど、世界と比べると少なくて。ヨーロッパから見ると、日本はなぜ、こんなに大騒ぎしているのっていうのが、率直な感覚だと思います
 
 橋下徹はそもそも「コロナはインフルエンザよりも危険性はない風邪にすぎないから,そんなことの対策より経済をまわすことが重要だ」が持論だったはずである.
 それがいつの間にか,テレビに出ていっちょまえに新型コロナウイルス感染症対策について論じている.なんとまあ変わり身の素早いことである.
 米国大統領選でもそうだった.あれだけトランプ支持を明確にテレビで表明していたのに,トランプ敗北について橋下は敗北の総括なしだった.
 だが,それは世を忍ぶ仮のすがた.
 橋下徹の本心は「日本はなぜ,こんなに大騒ぎしているのだ」である.それがちょっと出てしまったようだ.

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2021年5月 8日 (土)

半可通フェミニスト

 沖縄タイムス《「山の神」は妻を卑しめる呼び方との指摘も 玉城デニー知事のツイートに驚く識者》[掲載日 2021年5月7日 15:54] を読んで驚いた.下のことが書かれていたからである.
 
玉城知事はツイートの中で、妻を指す卑称とされる「山の神」という言葉も使った。女性史家の宮城晴美さん(71)=那覇市=はどういう意図で投稿したのか分からないとした上で「かつて男尊女卑で使われていた言葉で前近代的だ。知事という公の立場の人が使うのにふさわしくなく、驚いている」と語った。
 
 沖縄の玉城知事は,玉城知事に限った話ではないが,他人には厳しく自分に甘い人物のようで,過ぐる大型連休中に沖縄に国の「まん延防止等重点措置」が適用されている最中,自分の実家と夫人の実家でバーハベキューを楽しんだことが批判されている.同知事はこの期間中は県民に「飲食に繋がるイベントは控えるように」と要請していたからである.
 しかも,こっそり隠れてする悪知恵もなく,SNSで「GWの予定は実家と山の神の実家庭でのBBQ。他ほぼ読書」(原文は既に削除されているため,各メディアが報道した文面を借用する) と投稿していたのである.
 まあ,上級国民のやることだからこんなもんだろう.首相も自民党幹事長も公明党のホープも,みんなやっていることだ.
 
 で,それはそれとして私が驚いたのは,私よりも一世代若い玉城知事が「山の神」という現代の日常生活では死語と化した言葉を使ったことと,冒頭の記事の中に登場する宮城晴美 (琉球大学非常勤講師;昭和二十四年に座間味村に生まれた私と同い歳の七十一歳) という女性が,「山の神」は《かつて男尊女卑で使われていた言葉》だと述べたことの二つだ.
 日常生活で「山の神」という古めかしい言葉を使ったことのある世代は,おそらく私よりも一世代高齢の,今なら八十歳過ぎの人々だとしてよい.いわゆる団塊世代とその少し上の年齢の男で,妻を「山の神」と呼ぶ者を私は一人も知らないからである.
 さらに言えば,この「山の神」は男たちに広く使われていた言葉ではなかったのである.
 そのことを述べる前に,まず辞書的な意味をおさらいしておく.
 Wikipedia【山の神】から下に引用する. (引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
実際の神の名称は地域により異なるが、その総称は「山の神」「山神」でほぼ共通している。その性格や祀り方は、山に住む山民と、麓に住む農民とで異なる。どちらの場合も、山の神は一般に女神であるとされており、そこから自分の妻のことを謙遜して「山の神」という表現が生まれた。
転用
 山の神は女神であり、恐ろしいものの代表的存在であったことから、中世以降、口やかましい妻の呼称の一つとして「山の神」が用いられるようになった。
 
 上の記述は,なかなか考えられた解説である.
 まず大切なことは,Wikipedia【山の神】が《自分の妻のことを謙遜して》と正しく述べているように,「山の神」は謙譲語 (謙遜語) であり,宮城晴美氏が言うような「女卑」の表現ではなかったということである.
 大学で講義をする立場の人間なら,少しはものを考えて言うがよい.どう考えても「神」を卑称に使うはずがないではないか.どこでそんな素っ頓狂なことを覚えたのだ.しかも琉球神道で知られる信仰の島,沖縄の生まれでありながら何ということだ.このスットコドッ
「山の神」 (山神,ヤマガミ,サンジンとも) は,天照大御神の系譜に連なる偉い神様ではないが,日本全国に無数の「山の神」がいてその頂点に立つ最強最上の神こそ,富士山の神体にして富士山本宮浅間大社 (静岡県富士宮市) と配下の日本国内約千三百社の浅間神社に祀られているコノハナサクヤビメである.どれだけ「山の神」が偉いかはほとんど常識である.
 そのようなわけで庶民の男は,他人に「うちで一番エライのは実は妻なんです」ということを言外に込めて,古来より妻を「山の神」と言っていたのである.
 その用例として,室町時代の狂言「花子」(読みは「はなご」) を挙げる.
「山の神」の用例を調べていくと,大抵の文献が「花子」から文例を引いている.
 私は能狂言には門外漢だが,おそらく研究者は,「山の神」がどのようにつかわれた言葉かを示すのに「花子」がもっともよい資料だとしているからであろう.
 さて,大倉浩《狂言記における妻の呼称 : 諸流派の台本との比較》(文藝言語研究,言語篇35巻,p.156-141,1999/3/30) によれば,太郎冠者などが主人の妻に対する敬称として用いるのは次の各語である.
おうへさま
おかつさま
おくさま
おごうさま
おないぎ
おないぎさま
かみさま
 以上に対し,男が,仏に祈願して授かった妻を敬愛して呼ぶときは「おつま」(妻の敬称) というようだ.
 また,男が妻に対して,親しみ,ヘリ下り,恐れを込めて言う場合の呼称は次の各語である.
かか
つま
女房
女房ども
めぢやもの
やまのかみ
わをんな
をんなども
 ここで「花子」に出てくる「山の神」の話に戻る.「山の神」は特別な語で,時代劇でお馴染みの「かか」が親しみを表現しているのに対して「山の神」は恐れを表している.
 粗筋は日本大百科全書 (ニッポニカ) の解説「花子」から引用する.
 
狂言の曲名。女狂言。洛外(らくがい)に住む男(シテ)は、先年美濃(みの)国野上(のがみ)の宿でなじみになった花子が上京したので、嫉妬(しっと)深い妻をだまして会いに行こうと、近ごろ夢見が悪いから諸国行脚(あんぎゃ)に出たいというが許されず、一夜だけ邸内の持仏堂に籠(こも)ることを承諾させるのがやっとである。そこで、妻が見にきたときの用心に、嫌がる太郎冠者(かじゃ)に座禅衾(ざぜんぶすま)をかぶせて身代りにし、喜び勇んで出かけて行く。案(あん)の定(じょう)見舞いにきた妻は、窮屈そうな姿に同情し無理に衾をとり冠者と知って腹をたてるが、こんどは自分が衾をかぶり、夫の帰りを待ち受ける。そうとは知らず、夢見心地で帰宅した夫は、顔を見ては恥ずかしいからそのまま聞けと、花子の宿所を訪ねてから後朝(きぬぎぬ)の別れまでの一部始終を、妻の悪口まで交えて小歌で長々と語り尽くす。さて衾をとって驚く夫を妻が追い込む。
 
 これは男の浮気がバレて酷い目に遭うという話である.
 そもそもこの時代の男は,単に旅に出るだけなのに妻の許可が要るのである.まるで現代日本のようだ.w
 で,男が出かけようとするのを妻は監視している.そのおかげで遊女花子に逢いに出かけられないのだと,男が太郎冠者に説明する下りに「山の神」が出てくる.
 
 汝よびだし 別の事でない さてなんじも知る通り 花子の方から度ゝ文を下されども 例の山の神が付いてまはるによつて なかなか逢いにまいる事はかなはぬ それ故きよう山神めをたばかうて ようよう一夜の暇をもろうた
(資料《馬瀬狂言資料の紹介》(学苑・日本文学紀要第八九一号,五十一~六十九,二〇十五・一) にある原文を,読みやすいような漢字と,仮名表記の文に変えた)
 
 この箇所の意味はわかりやすい.妻の監視が厳しい (例の山の神が付いてまはる) のだが,持仏堂に籠るとか何とか言って騙し (山神めをたばかうて),一晩の外出ができることになった,というわけである.
 このあとは粗筋にあるように,男は太郎冠者に座禅衾 (達磨が座禅するときに着た衣服 [参考画像]といえばわかりやすいか;これをウェブで検索すると狂言花子が用例として上位に並ぶ;植物ザゼンソウは座禅衾の形に似ていることからそう呼ぶ) を頭からすっぽり被せて身代わりにし,るんるんと花子に逢いに行くのだが,残念ながら,男が本当に座禅しているかどうか点検に来た妻に,ばれてしまう.
 この時,妻は身代わりを務めた太郎冠者に「掴み殺してくれようか」 (原文は「つかみころしてくりようか」) と言って脅迫する.激怒すると室町の女はかくも恐ろしいのである.
 続く展開は《馬瀬狂言資料の紹介》を検索して読んで頂くとして,狂言「花子」は,「許してくれい許してくれい」と逃げ回る男を「やるまいぞやるまいぞ」と妻が「追い込む」お馴染みのエンディングとなる.
 ここに登場する妻すなわち「山の神」は,家庭内において夫を暴力的に支配するDV女なのである.さすれば一体「山の神」のどこが《かつて男尊女卑で使われていた言葉》(by 宮城晴美) なのか.
 実は日本において性差別が次第に激しくなった江戸期以降においても,男尊女卑が完全に徹底していたわけではなかった.
 恐妻家という男たちがいたからである.
 男を支配する傾向のある女と結婚してしまった 運の悪い 男たちは,自分の妻を日本の中世の古めかしい呼称の「山の神」と呼んだ.
 この記事の上のほうで私が《この「山の神」は男たちに広く使われていた言葉ではなかった》と書いたのは,そういう意味である.
 日本近世以降の一般の男たちは,配偶者を男尊女卑のニュアンスをもって「家内」(これが多かった),「女房」,「嫁」(関西に特有の用法),「家人」(読みは「かじん」で,妻と使用人を一緒くたにしてこう呼んだ),あるいはニュートラルに「妻」などと呼んだが,「山の神」はそれらとは明らかに異なって,家庭内の力関係が女尊男卑である恐妻家御用達の言葉だったのである.
 繰り返すが,琉球大学講師の宮城晴美氏は私と同年齢である.従って本当なら,室町から現代に至る「山の神」の用法を知っていなければならない.私と同世代の人々は,「山の神」という言葉がほぼ死語化する前の時代を生きてきたからである.
 しかるにこの人は,「山の神」は《かつて男尊女卑で使われていた言葉》だと無知蒙昧な主張をし,その口で大学でジェンダー論を教育しているのである.なんとまあ薄っぺらい学問だこと.
 
 話はかわって,沖縄の玉城デニー知事は,さぞかし奥様 (これも宮城氏は男尊女卑の言葉であると攻撃するんだろうなあ) の尻に敷かれていらっしゃるのだろう.微笑ましいことである.

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2021年5月 7日 (金)

嘘吐きな八百屋

 料理写真共有アプリ「SnapDish」を運営するヴァズ株式会社は,同アプリの利用者を対象にした調査「野菜の摂り方」を実施した.
 その結果が《コロナ禍以降「野菜を摂る頻度が増えた」45%。野菜を摂れている層でも「さらに増やしたい」61%。健康嗜好で高まる野菜摂取ニーズ》である.
 同社がまとめたこの調査の主要な内容は以下の三点である.
 
【食品カテゴリ別の変化】
   コロナ禍以降、45%が「野菜を摂る頻度が増えた」と回答。
【野菜摂取状況】
   93%が「野菜」を「意識して取り入れている」一方で、42%は「野菜不足」を実感。
【野菜の摂取意向】
   野菜を摂っている層でも「さらに増やしたい」61%。健康嗜好で高まる野菜ニーズ。
 
 なぜ「野菜を摂る頻度が増えた」かというと,《在宅ワークの増加や外食自粛などの影響で家庭での食事機会が増えた》からだというのが同調査の分析である.
 ところが,野菜の家庭内消費が増えた一方で,下のような記事もある.
 まいどなニュース《「野菜捨てるしかない」八百屋の悲痛メッセージ 「愚痴みたいな投稿」に広がる共感》[掲載日 2021年5月3日 17:00]
 
「まんぼうの影響がひどいです」「経済が動かないと出荷された野菜は捨てるしか無いです」。新型コロナウイルス感染拡大に歯止めがかからない中、京都市内で90年以上続く八百屋が窮状を訴えている。まん延防止等重点措置や緊急事態宣言に伴い、飲食店に休業や短縮営業が要請されていることから、野菜の流通が滞り、廃棄せざるを得ない商品もあるという。現状を知ってほしいとツイッター上で発信を続ける八百屋に話を聞いた。
 
 ヴァズ株式会社による調査は,家庭で料理をする消費者からの情報である.
 引用した記事に出てくる八百屋は,一般消費者にも売るが,主に飲食店に販売している業者であると思われる.
 それは次の箇所からわかる.
 
「八百屋の状況を知ってもらえてうれしい。こうした現象は全国の八百屋で起こっているはずなので、近所の八百屋さんぜひ野菜を買ってもらえたらなと思います」と言葉に力を込めた。》(文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 そもそも食品は,時代の変化につれて消費される品目と消費量が変化するが,短い期間では消費量があまり変動しない.常套句で言えば「胃袋の大きさはかわらない」ということだ.日本人の食生活におけるパンやパスタの比重が高まったために,必然的に米の消費量が減ったのがよい例である.
 野菜もほぼ同じ事情であるが,収穫後にあまり長く貯蔵ができないものが多い.
 そのため,播種時に予想したよりも収穫が多いと,「豊作貧乏」という現象が起こる.
 Wikipedia【豊作】は次のように説明している.
 
豊作が過ぎた場合は需要に対し供給過多となり、しばしば価格低下を起こす。この現象を豊作貧乏といい、自動車や鉄道での遠隔地への流通が容易になった近年は、豊作は生産者にとって必ずしも喜ばしいことではなくなっている。
 価格が下がりすぎると流通コストなどを含めると利益が確保できなくなるため、本来なら質の落ちる農作物を使用する加工用原料にまわしたり、流通させずに廃棄したりすることもある。もったいないという意見があるがこれにはいくつかの理由がある。一つは凶作対策で多めに農作物を生産する背景があり、もう一つは廃棄せずに販売すると農作物の価格が下落を続け結局、農家の首を絞めることにつながるからである。
 近年では、2005年にタマネギが豊作となった北海道北見地方において、生産調整のため廃棄を行った例がある。また、2006年は愛知県の渥美半島でキャベツ、大根、白菜が大豊作で出荷価格は半分以下にまで落ち込み、生産調整のため廃棄処分が行われた。また、全体的には2006年はほかにもタマネギやレタスも大豊作で全体での廃棄量は約2万2000トンになった。
 これらの廃棄処分は、主に農業協同組合が農林水産省に届出、緊急需給調整として受理されて行う。協力した大規模農家には交付金が支給される。半分は農家の積立金のとりくずし、半分は税金から補填される。
 
 気候等が通常の年であれば,野菜の多少の収穫量変動によって生じる出荷価格の変動を,生産者 (農家) は織り込み済みである.
 生産者にしてみれば,粗利の多かった年と少なかった年はあるとしても,それが極端でなく長期間の平均で安定した経営ができれば,収穫時の生産調整は行わなずに出荷する.
 この場合は出荷価格の多少の変動に応じて小売価格も小幅に変動する.
 ところが,野菜の収穫量が平年よりも大幅に多い場合,そのまま何も処置を講じないと上の引用にあるような小売価格の大きな低下が発生する.
 下落幅が大きくて出荷売上が生産者 (農家) の固定費を下回ってしまうと,売れば売るほど赤字が増えてしまう.
 そこで生産した野菜を出荷せずに廃棄し,見かけ上は平年の収穫量に相当するように生産調整を行う.
 では実際にそういう「豊作貧乏」があるのか.
 実は昨年末に冬物野菜の価格が大きく下がり,生産者は需給調整を行ったと報道された.
 しかし現在は,統計的に野菜の小売価格は持ち直しているので,生産者は特に生産調整をしてはいないと思われる.冒頭に示したヴァズ株式会社の調査結果にあるように,家庭での食事機会が増えて野菜の家庭内消費が増加したためであると言われている.
 ということは,現時点で日本の野菜市場は需給バランスがとれているはずだ.
 だとすると,《まいどなニュース》に登場する京都の八百屋の「まん延防止等重点措置や緊急事態宣言のために野菜の流通が滞り,野菜を廃棄せざるを得ない」という主張は腑に落ちない.
 結論を先に言えば,この八百屋で野菜が売れなくて,廃棄せざるを得ないというのは嘘である.
 この八百屋は,青果市場ルートの流通業者 (仲卸) から圧力をかけられて,野菜を「押し込まれている」のである.流通業者との力関係の都合で,いったん断るとその後の商売に支障が生じるから,分不相応な数量の野菜を仕入れているのだ.
 自分の店で販売可能な数量以上の野菜 (飲食店向け) を仕入れて (仲卸に仕入れさせられて),そのために売れない野菜を廃棄せざるを得ないのは,自分の店の経営上の都合に過ぎない.
 
 質の良い野菜をスーパーよりも廉価で販売すれば,客は買いに来る.SNSで「本気で売る気もないけど廃棄もしたくない」と我儘な愚痴を垂れている暇があったら,働け.
 事実,私の買い物行動範囲にある複数の優良な八百屋は,客が三密状態に近いくらいに押し掛けている.
 スーパー以上に集客する才覚もなく,努力もしない八百屋が,
 
八百屋の状況を知ってもらえてうれしい。こうした現象は全国の八百屋で起こっているはずなので、近所の八百屋さんでぜひ野菜を買ってもらえたらなと思います
 
とは聞いて笑わせる.
こうした現象は全国の八百屋で起こっている》はずがない.自分の怠惰をコロナ禍のせいにしている「全国の無能な八百屋で起こっている」のだ.
 飲食店向けの販売がコロナ禍のために落ち込んだのは事実として,ならば一般消費者に買ってもらえるように努力するべきである.それをめんどくさいと思う無能な八百屋が,仕入れた野菜を廃棄すると言うなら勝手に廃棄すればよい.自業自得だ.
 消費者はこんな八百屋に騙されずに,スーパーだろうが八百屋だろうが,自分の目で品質と価格を確かめて買い物をすればいい.
 それは結局,生産者にも利する消費行動なのである.

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2021年5月 6日 (木)

県境を越える移動はしてくれるなと政府と自治体が言っているのに

 昨日 (5/5),札幌マラソンフェスティバル・ハーフマラソンが,一部の札幌市民が反対する中,強行された.
 これは,札幌で行われる五輪マラソンのテスト大会であった.主催者には北海道と札幌市が加わっている.
 道知事と札幌市長は,新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって医療が崩壊する危機に直面している.
 奇しくもマラソンテスト大会の日,鈴木道知事は「まん延防止等重点措置」の適用を国に要請する方針を正式決定したのだが,にもかかわらずその一方で,五輪といえば何でも許されると勘違いしてお祭り騒ぎをしているのである.よくまあそんな暇があるものだと感心した.
 私のような常識人には,鈴木知事のやることは支離滅裂の狂気の沙汰としか思えないが,同知事は暗愚宰相菅義偉の ポチ 直系政治家であるから,アクセルとブレーキを同時に踏むのは師匠直伝の政治手法なのであろう.
 鈴木知事の支離滅裂な行動の結果は札幌市民が引き受けることになるのであり,まことにお気の毒としか言いようがない.
 さて,スポーツ報知《マラソンテスト大会開催に疑問の声 関東からの観光客が時計台休館にいらだち 沿道に「五輪ムリ 現実見よ」のプラカードも》[掲載日 2021年5月6 7:00] は次のように伝えた.
 
北海道は5日、新型コロナウイルスの対策本部会議を開き、対象地域を札幌市とした「まん延防止等重点措置」の適用を国に要請する方針を正式決定した。鈴木直道知事は「医療崩壊を防ぐ必要がある重大な局面。国との協議を加速させなければならない」と話した。
 同日午前のテスト大会では沿道での観戦自粛を求めて、約770人のスタッフがコースを巡回。それでも観戦者が密になる部分もあり、「五輪ムリ 現実見よ」と書かれたプラカードを掲げる人の姿もあった。関東から観光で訪れた40代女性は名所・時計台の前で「何で時計台が休館され、マラソンの大会が行われるのか理解できない」と、いらだちを隠さなかった。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 そもそも感染拡大の危機が迫る札幌に観光でやってくる女が,自分さえよければいいという馬鹿である.
 しかも,だ.
 札幌の時計台は,北海道三大がっかりの第一位と言われている「名所」である.第二位と三位はクラーク博士像と北大ポプラ並木であるとされているが,それは言いがかりだ.なんとなればクラーク博士像とポプラ並木は正真正銘の観光名所であり,それはこの二つが明治の北海道史を偲ぶよすがになるからである.
 それに対して札幌時計台は歴史的建造物「札幌農学校演武場」であるにすぎない.単にそれだけだ.
 それが証拠に,札幌時計台は北海道三大がっかりのレベルを超えて,日本三大がっかりの一つであるとされている.
 その時計台が休館してるからと「いらだちを隠さない」女の神経がわからぬ.
 この女と,マラソンテスト大会の実行委員会は,コロナ禍もへったくれもないという無神経さの点で,目くそ鼻くそ,である.

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2021年5月 5日 (水)

鬼畜中国共産党

 中国を純粋に漢民族の国家とすべく少数民族の絶滅に取り掛かった史上最悪の独裁者習近平は,香港を制圧したのちの侵略目標を台湾に定めている.
 その次の敵は第二次大戦後に武力衝突を続けているインドであり,さらにその次の侵略目標は東南アジア諸国と韓国および日本である.
 習近平は,米国との最終的な衝突を巧妙に避けつつ,インド洋,太平洋を制圧しつつある.
 世界史的に振り返れば,朝鮮半島の王朝は中原の覇者に右顧左眄することを旨としてきたが,インド,カンボジア,ベトナムと日本は,漢民族および中原を支配した民族によるアジア支配に抵抗してきた.
 だが今,日本政府の中枢は親中国派二階幹事長が抑えている.暗愚宰相菅義偉は二階幹事長の傀儡だ.
 経済的にも日本は,親中国を隠そうともしないブラック企業ユニクロの商品を,嬉々として若者たちが着用している始末である.
 米国大統領は,そのような日本国民を信用していない.訪中した菅首相の食事にハンバーガーしか出さなかったのがいかにも露骨であった.
 日本の弱腰はともかく,インドが中国共産党に屈する可能性はかなり低い.国境において対峙してきた歴史的な背景があるからだ.
 中国も,インドが相手では慎重になっている.
 というのは,かつての毛沢東の軍事思想によれば,戦争の帰趨は敵味方の人口の多寡による.
 従って中国共産党が宿敵インドに勝つのは容易ではない.だから現状では,中国共産党はインドを挑発するにとどめている.
 だがその挑発が浅ましい.人にあらずだ.
 ここで NHK NEWS WEB《インドの感染状況をやゆするような画像SNSに 中国共産党組織》[掲載日 2021年5月5日 4:16] の冒頭を引用する.
 
中国共産党の組織がインドで新型コロナウイルスに感染して亡くなった人の火葬の様子とみられる写真をロケットの打ち上げの画像と並べて国内のSNSで掲載し、感染が収まらない状況をやゆしたとも受け取れるとして物議を醸しています。
 この投稿は、中国共産党で治安や司法部門を管轄する中央政法委員会が中国版ツイッターのウェイボーの公式アカウントで今月1日に掲載しました。
 
 新型コロナウイルスのインド型変異株が猛威を振るっている.二十二万の死者を荼毘に付す光景は全世界に伝えられ,これを見た人々の胸を締め付けたろう.
 ところがしかし中国共産党は,多くのメディアが今日報じたように,インドにおいてコロナ禍に倒れた無辜の死者を嘲ったのである.
 奸智に長けた中国共産党は,挑発記事をウェイボーに掲載したあと,拡散を確認してから削除した.
 あとは放っておけば中国国民がどんどん拡散してくれるからだ.
 NHKによれば《投稿はその後削除されましたが、ウェイボー上で投稿内容が拡散していて、中には「中国の感染が深刻だった時インドはどう風刺したか忘れたのか」などと投稿を支持する声も見られます》という.
 これが党組織によるステマであればよいが,もしも若い一般中国人だとしたら,暗然とするしかない.

 
 
 

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2021年5月 4日 (火)

いつ死んでもいい定額サービス

 『スター・ウォーズ』シリーズの外伝である『マンダロリアン』(STAR WARS "The Mandalorian") を観たいのだが,現状では《ディズニープラス》に加入契約して配信サービスを受けるしか鑑賞方法がない.
 元々が劇場公開を前提に制作された映画作品である場合は,劇場の営業成績に影響しないように「ディスク・メディアを販売しない」のは,完全に「売る側の論理」ではあるが,だからといって「販売せよ」と制作会社を非難することは困難ではないかと思う.
 映画の場合は,監督の「私の作品は劇場で鑑賞して欲しい」というポリシーがあることも考えられる.
 しかし『マンダロリアン』が《ディズニープラス》の「独占配信」になっている理由がよくわからない.
 どう見ても《ディズニープラス》はコンテンツが質量共に貧弱だ.一般商品に喩えれば,ディスク・メディアの売れる見込みが立たないヒーローものの駄作と『マンダロリアン』の「抱き合わせ販売」としか思えない.この「抱き合わせ」による割高感が気に食わないので,《ディズニープラス》に加入する気が起きない.
 日本でも米国でも,人気の出たテレビ作品は,シーズンごとにBDボックス化されているものが多いが,ディズニーには,ディスク・メディアを販売する気はないようだ.
 
 さて私のようなジジイが死ぬと,遺族が苦労を強いられる.
 不動産の権利証だとか,通販のIDとパスワードくらいは予め遺書的に書き残すことは一般的だが,その他の定額サービスの契約がどうなっているかが,遺族にはわからないことがほとんどなのだそうだ.
 もちろん料金の引き落とし口座は銀行の手で凍結されるが,毎月発生する料金引き落とし請求そのものはだらだらと続く.
 そして,かなりあとになってから封書で請求書が届き,未払い料金を請求されるのである.
 このような,遺族を困らせることを年寄りはしてはいけない.
 だから私は,NHKの料金も頑としてコンビニ払いを続けている.NHKの場合は,定期的に故人あてに請求書が郵便で送られてくるので,個人宛郵便物の遺族への転送手続きをしておけば,請求書を受け取った遺族がすみやかに解約手続きをすることができるからである.
 いわゆる終活で,私と同じ考え (故人が加入した定額サービスのことで遺族を困らせない) の人は多いと思う.
 そういうわけだから,高齢社会においては,能動的に毎月の料金支払いを行わない限りは定額サービスが自動的に停止されることが必要だ.
 私の場合は,Amazonと楽天との契約解除だけで済むようにしている.この二つは,店舗を出している業者はもちろんだが,出店していない業者への料金決済代行 (Amazon pay など) もしてくれるので,遺族はこの二社にだけ私の死亡を連絡すればいいのだ.
 言い換えれば,代金支払い方法としてAmazonと楽天の決済代行が利用できない通販は,どんなに欲しいものがあっても買わない.
 
 話を戻して《ディズニープラス》のことだが,支払いはクレカだ.ドコモの支払いと連動させることは可能だが,ドコモ以外のユーザーはそのためだけにdアカウントを取得しなければならない.これがめんどくさいし,死亡時に契約がどう廃止されるのかがよくわからない.
 支払いにプリペイドカードを利用できる (つまり月額料金を払わないと自動的に視聴サービス停止になる) なら,「抱き合わせ販売」の割高感を承知の上で『マンダロリアン』のためだけに私は会員になる.仕組みが簡単スッキリしているからだ.これなら私がいつ死んでも,遺族に被害が及ばない.
 こういうところに,高齢社会のビジネスチャンスがあると思うが,若い人は理解できないだろうなあ.
『マンダロリアン』は,色々とめんどくさい手続きを抱え込んでも観たいほどのものではないのである.

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2021年5月 2日 (日)

ワクチン事変

 私の居住地である横浜市では,七十五歳以上の市民を対象とするワクチン予約クーポンを,四月末日に発送した.
 明日から,その七十五歳以上の市民が,電話受付窓口とネットの予約サイトに殺到する.
 幸運にも予約をできた人以外は,次の機会を待つわけだが,そのときは六十五歳以上の市民たちと競争を繰り広げることになる.
 その予約競争に敗れれば,次はさらに若い人たちと争わねばならない仕組みだ.
 予約に失敗すればするほど,予約成功の確率は大きく低下していくのである.
 大昔の公団アパートでは,抽選に繰り返し外れれば,当選確率が上がるようになっていたと思うが,横浜市ではワクチン競争の敗者に救済は行われないらしい.
 詳しいことは市のサイトには何も書かれていない.書けばパニックが起きるからだろう.
 
 政府 (河野大臣) は,必要なワクチンを確保したと言っているが,順天堂大学大学院・堀賢教授が今日の《ビートたけしのTVタックル》でコメントしたところによれば,「枠」を確保しただけであって,ワクチンの実物が入手できるという意味ではないようだ.
 続いてコメントした ひろゆき 氏は,メーカーが日本に輸出しようとすると,米国やEUがそれを承認しないという挙に出る可能性が高まっているのだと述べた.
 というのは,変異株対策として,ワクチンの三回接種が有効らしいのである.
 そのため,ワクチンの品薄に拍車がかかるようだ.
 
 テレビ報道で,インドの惨状を観た.
 広い場所に多くの遺体を並べ,その上に薪を積んでキャンプファイアのようにして火葬が行われている.
 こんな光景を映画で観たことがある.
 たぶん『戦争と人間』(山本薩夫監督作品,日活,1973年) の一シーンだったかも知れない.
 満州で戦死した兵の火葬である.
 夜の帳が下りてからも赤々と燃え続ける火葬の炎が,私の胸を締め付けた.
 それは日中戦争が激化する前のことだから,日本兵のお骨は満州から本土に帰還したが,インドのワクチン戦争の敗者二十一万六千人には,荼毘に付すことはできても骨を埋める土地がないらしい.
 
 話は元に戻って,ワクチンを接種してもらった高齢者たちは何をするだろう.
 カラオケ店に殺到するような気がする.(*註)
 そしてマスクなしでマイクを舐めるようにして昭和歌謡を歌うだろう.
 あるいはマスクをせずにスーパー等に買い物に出てくるだろう.
 スーパーの店員は,マスクをしていないジジイババアに「マスクを着用してください」と言う.
 するとキレたジジイが,店員の顔に飛沫を浴びせながら食って掛かる.「ワシは免疫があるんだぞっ」と.
 でも年寄りは,原理的に,ワクチンを接種しても充分な免疫ができるとは限らぬのだが.
 
 日本の年寄りの本性が露呈する日がもうすぐやってくる.嫌だなあ.
 
(*註)
 カラオケボックスの業界団体「一般社団法人日本カラオケボックス協会連合会」は,カラオケボックスでクラスターが発生した事実はないと発表している.(《カラオケボックスでクラスターが発生した事実は無かったことについて》)
 その一方で,国立感染症研究所は昨年,カラオケがクラスターを発生させていると言う事例を公表した.
 カラオケボックス協会によれば,全国各地で相次いでいるカラオケクラスターは,カラオケボックスではなくカラオケのある飲食店 (カラオケスナックとかカラオケ喫茶) で発生しているということらしい.


 

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上級国民むけのワクチンという疑心暗鬼

 野口悠紀雄先生が東洋経済オンラインに《「ワクチン敗戦国」日本が絶望的に後れる惨状 接種で先行した国は著しく感染数が減っている》[掲載日 2021年5月2日 10:00] を載せている.
 ネットメディアの情報に丹念に接している人には,野口先生の記事の内容は既報のことではあるが,しかしワクチンを巡る現状が簡潔にまとめられているのは評価できる.
 日本のワクチン接種が絶望的に遅れており,そのため先進国の中で日本経済の回復が置いていかれる危機が生じているということは,野口先生の他にも数人の批評家が述べているところであるが,絶望的である理由はもう一つある.
 それは「誰がこの状況を生んだ戦犯か」ということをテレビが全く伝えないことである.もちろん新聞がその種の報道をするわけがなくて,一般国民は情報をテレビに頼っているから,これは非常に重大だ.
 要は,テレビと新聞は政府批判を回避しているということだ.
 
 河野ワクチン担当大臣や下村政調会長などの与党関係者は,自治体の接種計画できていないせいだとか,医療従事者の非協力が原因でワクチン接種にあたる医師や看護師が不足しているが原因だなどと主張している.
 しかしテレビの報道を観ていると,自治体が接種会場を準備し,医師および看護師を会場に待機させていたのに,輸送のトラブルでワクチンが届かなかった,などというニュースが流れている.
 こんな惨状を知ると,自治体にやる気がないとか医療従事者が非協力だなどいう政府の言い分が事実だとはとても思えない.
 
 さて一つ問題がある.EUが先日,日本に対して輸出を承認したワクチンの数量を公表したが,河野大臣はただちにこれを否定し,EU発表の数字が間違っていると主張した.
 だが,河野大臣の防衛相時代からの二枚舌を快く思っていない私のような国民は,EUの方を信用したいのだ.
 本当はワクチンはあるのだが,オリンピック関係者とアスリート向けに備蓄しているんじゃなかろうな,との疑心暗鬼にかられても仕方ないのではないか.

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2021年5月 1日 (土)

お箸の国の人なのに 作法講師の不作法篇

 先日 (4/27) 放送されたテレビ朝日系列の《トリニクって何の肉!?》で「焼き魚の正しい食べ方」が取り上げられた.
 まず最初に,NPO法人日本サービスマナー協会の「ゼネラルマネージャー講師」である松原奈緒美さんが紹介された.松原さんが「正しい焼き魚の食べ方」をVTRで実演指導するのだ.
 芸能人たちの「魚の食べ方チェック」には秋刀魚が使用された.
 これはよい選択だ.秋刀魚は身離れのよい魚で,大変に食べやすいからである.
 焼き魚を食べるとき,骨から身を外すのには,閉じた箸先を身に差し入れてから箸先を開くようにするのだが,秋刀魚の場合はホロホロッと身が外れてくれるので,とても食べやすいのである.
 
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 さて松原先生はどのように食べ始めたかが,下の画像である.
 驚いたことに,左手の親指と人差し指で秋刀魚の頭をつかんじゃったのである.
 自分のうちで,一人で飯を食う際なら,どう食おうと勝手であるが,人の目がある時は,そうはいかない.
 料理屋さんで得意先のエライさんを接待するなんて場合は,見苦しい食べ方をしてはならない.接待する相手が気難しい人だったら,その場で商談は御破算だ.
 
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 松原先生は下品にも秋刀魚の頭をつかんで,秋刀魚が動かないようにしたのであるが,これは箸使いが下手くそな人がよくやる過ちだ.
 松原さんの右手を見ると,親指が妙な具合に反り返っている.こういう持ち方では箸先が繊細な動きができないのだ.
 箸を「伝統的に正しい持ち方」で遣うことができる人は,秋刀魚のように身離れのよい魚は,左手の応援なしで簡単に身を骨から外すことができる.
 日本の伝統的な食事作法においては,料理に手を触れぬことが大切である.
 松原さんのように,「私は箸使いが下手なんです」という人の場合は,食事のときに懐紙を持参すればよい.左手に持った懐紙で魚の頭を押さえるのは「次善の策」として容認されている.
 この懐紙の代わりにティッシュを使う人がたまにいるが,これはよくない.
 ティッシュ・ペーパーは多用途で,菓子鉢がないときに菓子を載せたりするのだが,その他に,中年男が顔の油を拭き取ったり,丸めて鼻の穴に突っ込んで鼻くそを掃除したり,耳かきを耳の穴に突っ込んで掻き取った耳くそを拭いたり,中学生が顔のニキビを潰すのに使ったり寝起きの目やにを拭きとったりすることもあるからである.
 そんなのはまだいいほうで,犬の散歩のときに,飼い犬がひり出したウン○にティッシュをかぶせて,何食わぬ顔で放置して立ち去る馬鹿野郎が実際にいるのだ.うちの近所のことだが.
 そういう汚い連想をさせてしまう恐れがあるので,ティッシュは厳禁だ.
 ずっと前に若い女性芸能人がテレビに出て,レストランで料理を食べたあと,ティッシュを皿にかぶせてドヤ顔をしてみせたので,今の言い方なら「炎上」したことがある.
 本人はそれが正しいマナーだと思っていたらしいのだが,そんなことをするくらいなら,店の人に紙ナプキンをもらって使えばいい.
 レストランの紙ナプキンで鼻くそを連想する人はほとんどいないだろう.
 それがいやならきちんとした食事には懐紙を持参するべきであり,もっと根本的には魚の頭に触れずに済むように,箸使いを練習すればよい.
 で,職業としてマナー講師をやっている松原さんは,懐紙を持参せずにテレビの「焼き魚の正しい食べ方」のVTR収録をやっちまったのである.
  
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 この時点で,こんな無作法者 こんな人に講師を頼んでしまったテレビ朝日を情けなく思ったのだが,驚きはそれにとどまらなかった.
 松原さんは,このあと,秋刀魚の身を口に運ぶたびに,手皿をし続けたのである.(上の画像の左手)
 ウェブを「手皿」で検索すれば,「手皿は不作法です」と記したコンテンツが山のようにみつかる.
 その食事作法の常識に抵抗して,全国放送のテレビ番組で「箸を口に運ぶときは手皿をしましょう」と実演してみせたのは,私が知る限りこの松原奈緒美さんただ一人である.
 松原さんは日本サービスマナー協会のエライ人らしいのだが,ということは,この協会は色々と間違ったことを世の中に広めているのだろなあ.

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甘い塩漬けキャベツ

 冷蔵庫に入れてある作り置き常備菜が底をつき,野菜室も隙間が多くなってきたので,買い物にでかけた.
 まず駅北口にあるダイエー藤沢店で,袋入りのキャベツの浅漬けを買い物かごに放り込んだ.パッケージの表に「国産野菜使用 初夏キャベツ 季節限定 しそ風味」とあり,製造者は西海食品株式会社 (東京都板橋区志村1-25-21) である.
 帰宅して袋を開封し,漬け液をよく絞ってから一口食べてみた.おや?と思った.
 甘いのである.
 不審に思って原材料表示を読んでみた.以下の通りである.西海食品の公式サイトにおける商品説明ページには,この商品は掲載されていない (なぜだ?) ので,パッケージに書かれていることを転記した.
 
名称  塩漬 (刻み)
原材料名 きゃべつ、きゅうり、にんじん、しょうが、しそ、漬け原材料 [醤油 (小麦、大豆を含む)、食塩、たん白加水分解物、酵母エキス、かつお節エキス、昆布エキス]/調味料 (アミノ酸等)、酸味料、香料、甘味料 (アセスルファムk)
 
 私見だが,テレビ番組で,「漬物は発酵食品だからカラダにいいんですよ」などと言う人がいる.
 だが,私たちがスーパーやコンビニなどで買える漬物は,実は発酵なんかしていない物が大半なのだ.
 私たちが食べている普通の漬物は,上記のキャベツの塩漬けのように,野菜を「漬け原材料」(いわゆる「浅漬けの素」だ) に漬けて調味した食品である.
 で,それはそれでいいのだが,添加物の使い方が下手な製造者がいるのだ.
 西海食品もその手の業者のようで,キャベツの塩漬けに,甘味料であるアセスルファムk を入れすぎたのだろう.
 おそらく作業員がいい加減な性格で,添加物をテキトーに計量したんじゃなかろうか.
 しかも出来上がった商品を味見もせずに出荷したのだ.出荷の係が,出荷前に試食してみれば,異様に甘いことに気が付いたはずである.
 
 そもそも,塩漬けに甘味料なんぞ入れるんじゃないよ.
 私は先日,京都大原の漬物屋さんから昔ながらの製法の柴漬けを取り寄せた.
 これがもう「これぞ乳酸発酵!」という味で,滋味深いとはこのことだと感じ入った.カラダによい発酵食品とはこういうものをいうのである.

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