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2021年4月17日 (土)

お箸の国の人なのに (十四) ,やよい食い

 全国に店を展開している大規模な定食屋の一つに「やよい軒」がある.
 コロナ禍の影響で外食チェーンストの店舗数は激減しているという報道がある中,やよい軒の店舗がどうなったかは不明であるが,コロナ禍以前は全国の支店数は四百店に迫ろうとしていた.
 似たような外食店に「大戸屋」がある.この大戸屋は乗っ取り騒動で大きくイメージ落として以降,経営不振に陥って債務超過であるが,「やよい軒」はそのような話を聞いていない.
 両チェーンは明らかに客層が異なっていて,「大戸屋」は店が小ぎれい (ショッピングモールの中に店があったりする) で若い女性が一人でも抵抗なく入って食事できる印象だが,「やよい軒」はおっさん達やにいちゃん達がワイワイと盛大に飛沫を飛ばしながら,ついでに飯粒も飛ばしながらワシワシと飯を食う店と思えば間違いがない.
 そういうと「やよい軒」が小汚い飯屋のように聞こえるかも知れないが,そんなことはない.まぁ,そこらの街中華よりは快適に飯が食える店だ.
「やよい軒」よりも女子ウケの悪いのは低価格をウリにする大衆中華「日高屋」で,昼日中からビールをあおっている客 (かつて私もやったことがある ^^;) もいる「日高屋」に比べれば「やよい軒」はなんぼか快適な飲食店だ.あまりお金のない中学生とか高校生が,デイトの時に昼ごはんを食べるなら,大戸屋 > やよい軒 >>>>> 日高屋,の順だと私は思う.
 とは言いつつ安くてウマイから日高屋を捨てきれない σ(^^;)
 何年も前のことだが,東京都のJR中央線某駅に近い「日高屋」で飯を食っていたとき,何気なく筒形の箸立ての中を覗いたら,○キ○リの死骸があったので驚いた.「日高屋」も店によって清潔度は色々であるとは思うが,「日高屋」で飯を食うことの多い人は一度そこんところを確認したほうがいい.
 ある日のこと.JR東海道線某駅に近い「日高屋」で飯を食っていたとき,隣でみそラーメンを食っていた男が,食い終わって爪楊枝入れから一本を取り出してシーハーしたあと,その爪楊枝を元の楊枝入れに戻したのを見て驚いた.「日高屋」も店によって客層は色々であるとは思うが,「日高屋」で飯を食うことの多い人は念のためテーブル備え付けの爪楊枝入れの楊枝を使わぬのがお勧めだ.
 
 で,テレビを観ていたら「やよい軒」のCМが流れた.
「やよい食い」篇30秒》である.これは,「やよい軒」ではこのように飯を食ってもらいたい,という「やよい軒」からのメッセージである.
 まずその冒頭の場面から,膳の有様を動画のスクリーン・ショットで引用する.
 
20210417a
(テレビCМ「やよい食い」篇30秒の冒頭シーン)
 
 上の画像がCМ冒頭の場面から作成したスクリーン・ショットである.
 角盆の上には,出演している俳優の一番手前に箸がおかれている.その向こうには,左側に飯碗,右側に主菜の皿が置かれている.
 飯と主菜のさらに向こう側に,右側に汁椀,左側に小鉢,その中間に香の物の小皿が並べられている.
 この配置について批判的に検討してみよう.
 昭和時代には,飯碗,汁椀,皿,小鉢をどのように配置するかについて決まりごとがあった.
 これは室町時代に形ができて江戸時代以降ずっと伝えられてきた武家の礼法における食事作法が基本になっている.
 室町時代から江戸時代に至るまで武家が守ってきた食事作法は,明治維新後に,小学校において教育すべき礼儀作法として明治政府が簡略化して全国一律の標準化を行った.これが明治四十三年の「小学校作法教授要綱」である.この資料は国立国会図書館が所蔵しているが,Kindle版がAmazonから販売されているので容易に読むことができる.
 このあと,「要綱」に示された食事作法は,中学校や女学校用の作法教科書にも掲載されて,全国に普及した.
 その学校教科書に示された飯碗,汁椀,皿,小鉢,小皿の配置は,特に変わっているものではない.今でも,きちんとした家庭でも料理屋でも「一汁三菜」は次のように配置される.食べる本人 (自分) は食器の手前にいる.
 
[主菜]  [副菜 (温)]  [副菜 (冷)]
     [香の物]
  [飯碗]    [汁椀]
      [箸]
 
 上図について少し解説する.
 主菜が焼き魚のように大き目の皿に盛り付けてある時は,銘々膳の場合は主菜を別の膳に載せる.
 広島大学図書館が所蔵公開している礼法教育研究会編「小学作法 尋常科第六学年」(帝国教育会出版部,昭和十五年) に下の挿絵がある.
 この挿絵では主菜 (焼き物) の膳が,飯と汁と副菜が載った膳の右側に置かれているが,これは簡略型である.本来は向こう側に置く.
 
20210418c
 
 言うまでもなく上の配置図は,庶民の家庭においては特別な食事である「一汁三菜」の場合であり,もっと日常的な「一汁一菜」では
 
   [主菜] [香の物]
 
  [飯碗]    [汁椀]
      [箸]
 
となる.
 また,料理が一品ずつサーブされるコースの場合は,全くこれと異なる配置が行われるのは周知の通り.
 余談だが,おそらく時代が昭和から平成になった頃,明治政府が学校教育で普及を図った伝統的食事作法を完全に無視する地方が現れた.大阪である.
 私と同世代の大阪人はやらないが,それ以降の世代の大阪人は「皿も碗も,自分の好きなように並べて食べればいい」と思っているらしく (3/22放送のNHK《チコちゃんに叱られる》でも紹介されていた;関西でも特に大阪で顕著である),四人掛けのテーブルで大阪人が四人で食事すると,テーブルの上はカオスになる.大阪人とその他の地方出身者が同じテーブルで食事すると喧嘩になりかねない.
 大阪の流儀はどんなものかというと,手前の左側に飯碗を置き,その向こうに汁椀を置く.あとは好き勝手に皿や鉢を置くというものだ.
 こうすると,対面して席に着いている人の汁椀と自分の汁椀が近い位置に置かれるため,どっちが誰の汁椀だかわからなくなる.しかし,そんなことは気にしないのが大阪人である.
 結婚披露宴のように狭くて丸いテーブルに何人も着席してコース料理を食べるとき,大阪式「自分の好きなように並べて食べればいい」は混乱を生じやすい.料理皿の向こうに置かれるワイングラスを右側や左側に勝手に移動してしまうのである.
 新郎の親族のおじさんがビール瓶を持って新婦側のテーブルに挨拶に行き,戻ってきたら自分のワイングラスがない.見ると,隣席の遠い親戚の爺が勝手にワイングラスを自分の前に集めてしまっているのであった,なんてことが起きる.
 パン皿は料理の皿の左奥に置くのが普通だが,狭い丸テーブルの場合に,右隣の席の人のパンを食ってしまうやつがいる.好きなように食べたらよろしいがな,の結果がこれである.
 良くも悪くも,「お上」やその道の権威が定めた決まり事,押し付けられたルールは守らないのが大阪人の心意気なのだ.大阪では歩行者が横断歩道で,信号が赤だろうが黄色だろうが完全に無視して,自分の好き勝手に歩いて渡ることに他県の者は驚くが,そんなことは驚くに値しない.横断歩道は好きなように渡ったらよろしいがな,なのである.
 大阪府に「まん延防止等重点措置」が適用される前夜,繁華街ミナミでテレビ局の街頭インタビューに応じた若い男が「明日から (飲み屋が) 時短なので,今日のうちに飲んでおかないと思って出てきました」と言った.吉村府知事や西村大臣がどう言おうと「好きなように酒のんだらよろしいがな」が大阪の心意気なのである.
 閑話休題
 話を大阪の食事作法から「やよい食い」に戻す.既に上に掲載した「やよい食い」の画像を見ると,下の通りである.
 
[副菜]  [香の物]  [汁椀]
   [飯碗]  [主菜]
      [箸]
 
 これは,伝統的な作法と異なるのはもちろんだが,大阪式とは [副菜] と [汁椀] の位置が入れ替わっている.
 すなわち,「やよい軒」はテレビCМで,このように独特な作法を「やよい食い」と呼んでいるのである.
 同業の「大戸屋」はどうかを見てみよう.《【大戸屋レシピ】彩り野菜と鯵の山椒あんかけ》から作成したスクリーン・ショットを下に引用する.
 
20210418e
(大戸屋の定食例)
  
 これを見ると,大戸屋の定食膳の配置は,ほぼほぼ伝統的な作法に則っていることがわかる.
 これに対する「やよい食い」は,食器の配置に何らかの意味を見出すことが難しい.というより,食器の配置作法について何も考えていないことが公式サイトの《定食》ページを見れば一目瞭然である.なにしろ主菜の向こうに飯碗と汁椀が置かれているなど,デタラメも甚だしいのだ.
 食事作法に対する「やよい軒」経営者の無関心は,テレビCМ《「やよい食い」篇30秒》を見て行くと歴然としている.(テレビCМは経営者から顧客へのメッセージである)
 
20210418g
 
 上の画像では,味噌汁を入れた椀を鷲づかみにしている.
 昔から,伝統的に正しい食事作法において,これはやってはならぬことの一つである.「椀の鷲づかみ」は犬食いと並ぶ下司中の下司,横浜の車○○丁でもこんな無作法な飯の食い方はしないというくらいの作法破りの禁じ手なのである.
 では伝統的に正しく見た目にもよろしい椀、碗の持ち方はどうであるか.
 作法の古典的教科書で世に知られているのは『日常礼法の心得』(徳川義親著,実業之日本社,1941年;国会図書館デジタルコレクションが所蔵し公開済) だが,ウェブ上では《和食のマナー 親指や人差し指の位置は?今さら他人に聞けないお茶碗の持ち方を解説》に解説がある.要するに手の四指を揃えて上に向け,その指の上に椀・碗の高台 (糸尻,糸底) を載せるようにするのだ.
 ついでに言うと,この俳優は味噌汁をけたたましい音を立てて啜り込んでいる.味噌汁を啜り込むやつは必ずコーヒーも啜り込む.カフェで隣の席の男がブジューッという音を立ててコーヒーを飲んでいるところを想像してほしい.こういう場合に私は,コーヒーがまだ飲み終わっていなくても店を出ることにしている.
 さらに言うと,汁を啜り込むやつは米飯も啜る.この俳優がまさにそれで,箸の先に載せた飯を「スポッ」と音を立てて吸い込んでいる.食事の時に隣のやつにこれをやられると実にうるさい.
 食べ物を口に入れる時の不作法は「吸い込む」他に「押し込む/詰め込む」がある.
 下の画像を見ると,この俳優は一度に口に入るよりも大きいおかずを口に詰め込み,その結果口からソースがはみ出て唇にべっとり付いてしまっている.
 
20210423b
 ついでに指摘すると,左手では飯碗を鷲づかみしていること,右手の親指が反り返っており,人差し指と親指の指先が離れてしまっている.
 これは一般的な「伝統的に不作法とされる箸遣い」の極端な変形である.
 箸先で食べ物をきちんと保持できないと,どうしても「口から食べ物を迎えに行く」ようになり,その結果,背中を丸めて前屈みで食うことになる.犬食いまであと一歩だ.
 そして最後にこの俳優は席から立ちあがって飯の「おかわり」に行くのだが,その時に飯碗の中に親指を突っ込んでしまっている.
 以上をまとめると,このCМ《「やよい食い」篇30秒》は,見苦しい飯の食い方のオン・パレードになっている.
 きっと「やよい軒」の社長も,こんな見っともない飯の食い方をしているのであろう.ああ恥ずかしい.

 

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