« 山内健司のコメント力 | トップページ | 二階幹事長を「説明下手」と見下す橋下徹 »

2021年4月 4日 (日)

ファブリーズ飛沫

 テレビ好きな人は,どのチャンネルでも,やたらにファブリーズのCМが放送されていることを知っているだろう.
 露出頻度が高いのは《【ファブリーズ布用】除菌・消臭+ウィルス除去!うちに帰ったらファブリーズ編》これだろうか.
 この家族は,やたらめったらと家中にファブリーズを噴霧しまくる.
 夫と息子は玄関を入るなり「ただいまー」とマスクを外し(↓画像),妻と娘は元々家の中にいるせいでマスクをしていない.
20210404b
 その結果,この後,妻がソファやカーテンに噴霧しまくったファブリーズの飛沫を家族で吸い込みまくるのであるが,果たしてこの一家はファブリーズに何が成分として含まれているか承知しているのであろうか.
 ファブリーズにはいくつもアイテムがあるのだが,おそらく最も家庭に普及している「ファブリーズ 消臭スプレー 布用 W除菌」を調べてみよう.この製品はAmazonが販売と発送をしているので,まず最初にAmazonの商品ページのスクリーン・ショットを下に引用する.
20210404c
 上の画像には《トウモロコシ由来の消臭成分でお子様のいるご家庭での使用もOK》とある.
 驚いたことに,製造者であるプロクター・アンド・ギャンブル (P&G) は,これ以上の情報を公開していないのである.
 通販の商品説明では埒があかないから,P&Gの公式サイトにある詳しい説明も見てみよう.それはQ&Aのコンテンツに表として載っている.
 ところがこの表が,必要な罫線が欠落していて実に見にくい表で,消費者がよく理解できないように意図して作成したとしか思えぬ.そこを修正すると以下の通りである.
 
よくあるご質問:安全性・成分》(掲載日 2019年7月2日)
Q.ファブリーズの主な成分は?
A.成分   トウモロコシ由来消臭成分
  タイプ  全タイプ
  働き   トウモロコシ生まれの有効成分で、ニオイのもとの分子をとり込み、消臭します
 
 上のAは,見にくい表から整理したものである.まず「タイプ 全タイプ」が意味不明だが,これは製品の種類を意味しているらしい.
 つまりタイプとは,[ファブリーズダブル除菌][ファブリーズダブル除菌 緑茶成分入り][ファブリーズ ハウスダストクリア][ファブリーズダブル除菌 あらいたてのお洗濯の香り][ファブリーズダブル除菌 さわやかなシトラスの香り][ファブリーズダブル除菌 やすらぐ森林の香り][ファブリーズダブル除菌 ほのかなフラワーブロッサムの香り][クルマ用ファブリーズ]などの製品分類の「全種類」だということのようである.
 で,この表は縦にファブリーズの成分として【トウモロコシ由来消臭成分】【除菌成分 (有機系) 】【水溶性凝集成分】【香料】【水】を挙げて並べ,それぞれについて説明をしている.説明は「該当する商品の種類」「働き」である.
 さてこの表のタイトルは《安全性・成分》である.
 だが,【トウモロコシ由来消臭成分】に関しては《トウモロコシ生まれの有効成分で、ニオイのもとの分子をとり込み、消臭します》としか書かれていない.
 表というものは,項目と内容が対応している.そこでこの【トウモロコシ由来消臭成分】の記述を文章に直すと,「トウモロコシ由来消臭成分は,トウモロコシ生まれの有効成分です」ということになる.
「由来」を「生まれの」と言い換えただけで,安全性に関して何の説明もなされていない.頭の悪い小学生以下の日本語文章である.
 このような,消費者を愚弄する態度が許されるのであろうか.
 例えば医薬品でも食品でも,その安全性を確保するための法規制が存在する.
 ところが家庭用品は,一応は「家庭用品品質表示法」という法律が存在するのだが,なぜか消臭剤はこの法律の対象外なのである.(消費者庁;家庭用品「製品別品質表示の手引き」)
 従って消臭剤は,消費者に対して安全性情報を開示する義務がないのである.それをいいことに,P&Gは【トウモロコシ由来】は【トウモロコシ生まれ】のことだと言って私たちを嘲笑している.

 だがしかし天網恢恢疎にして漏らさず.P&Gが成分名 (化合物名) を公開せずに隠しても,この【トウモロコシ由来消臭成分】とやらは分析によって簡単に判明しており,この消臭成分の名称は「シクロデキストリン」である.
 Wikipedia【シクロデキストリン】には次の記述がある.
 
シクロデキストリンは疎水性の分子を包接することで水への溶解性を高めたり、水や酸素と反応しやすい物質を保護したりする用途に利用されている。たとえば各種の医薬品、わさび油を閉じ込めた状態の練りわさび、消臭・除菌ブームの火付け役である「ファブリーズ」などである。特に食品分野での応用展開が多く、香料・香辛料の安定化や乳化剤、粉末化基材としても用いられる。
 
 シクロデキストリンはグルコースが6個から8個結合したもので,デンプンに Bacillus属,Brevibacterium属,Corynebacterium属等の細菌から抽出した酵素 (シクロマルトデキストリングルカノトランスフェラーゼ) を作用させることによって得られる.
 この物質は難消化性であるため,ヒトが多量に摂食した場合に下痢をすることが知られているが,特に経口毒性はないと考えられ,長い食経験がある.
 上に述べたようにシクロデキストリンは細菌由来の酵素を触媒として合成するが,その原料はデンプンである.
 米から作ろうが芋から作ろうが,デンプンはデンプンであって,穀物に特有の粒子構造 (デンプン粒) を壊して取り出したデンプンは,元の穀物の性質とは無関係である.
 しかるにP&Gは「シクロデキストリンはトウモロコシ生まれです」と主張している.
 シクロデキストリンはデンプンから合成するのであって,トウモロコシを原料にして合成するのではない.
 P&Gがファブリーズに使用しているシクロデキストリンが,トウモロコシから製造したデンプン (=コーンスターチ) を原料に使っているとしても,そのシクロデキストリンが「トウモロコシ生まれ」であるはずがない.牽強付会の詭弁である.
 実は,P&Gが「シクロデキストリンはトウモロコシ由来です」と嘘をついてトウモロコシを持ち出しているのは,P&Gの専売特許ではない.
「明るい太陽の光を浴びて実ったトウモロコシ」の健康的なイメージで商品を飾るのは食品でも行われている.
 
 余談だが,それについて少し横に逸れて説明をする.
 現在は姿を消した (改良されたためである;後述) が,かつて商品名に「コーン」を冠したマーガリンがあり,これがその典型であった.
 数年前まで日本人の食生活に普及していたマーガリンは,常温で液体の油 (一般的には長鎖の不飽和脂肪酸が多い) に,触媒 (金属化合物で,水素添加触媒と呼ばれる) の存在下に不飽和脂肪酸の炭素間二重結合に水素を結合させて二重結合を減らし (不飽和度を低下させるという),融点を高めた油 (部分水添油という) に,水と香料等を加えて乳化させたものであった.
 当然のことながら,水素添加反応を行った油は,原料の油とは異なった性質を持つ.水素添加されたコーン油はもはやコーン油ではない.
 すなわち,原料にコーン油 (トウモロコシの胚芽から抽出製造する油) を使用する意味はないのであった.
 それなのに,商品名に「コーン」を冠したのは,商品化された当初からマーガリンに付きまとってきた「化学反応物」「合成品」に対する人々の忌避感情を払拭し,あたかも天然に存在するものであるかのようなイメージを付与する意図であった.
 その意味において,「コーン」を冠したマーガリンは,消費者を欺こうとするものであったと言わざるを得ない.
 ところが,この水素添加反応によって製造したマーガリンは,近年に至り,遂に商品生命を終えたのである.
 それは「水素添加反応によって生成するトランス脂肪酸」の問題によってであった.
 有機化学的な解説はこの「余談」の範囲を超えるので,Wikipedia【トランス脂肪酸】に譲る.
 ともあれ,トランス脂肪酸の健康影響が問題視されて以降,日本の代表的マーガリン製造者は,その低減に取り組み,代替油の開発等により遂に水素添加した油を原料に使用しないマーガリンを開発するに至った.
 水素添加しないコーン油を使って作れば,これは製品名に「コーン」を冠しても何ら詐称ではない.こうしてひょんなことから,長年にわたる食品名の詐称が一つ解消されたのであった.
 
 閑話休題
 上に述べた「水素添加反応を行ったコーン油は,もはやコーン油ではない」と同じことがシクロデキストリンにも言える.
 芋や豆の中でデンプンは細胞小器官の中にデンプン粒として蓄積されている.このデンプン粒は,それぞれの芋や豆に特有の性質を有していて,顕微鏡で識別できる.
 しかしデンプン粒はデンプン製造工程において破壊され,これから取り出されたデンプンは化学的存在であり,元の芋や豆とは無関係である.
 シクロデキストリンはデンプンから酵素反応で合成されるのである.ジャガイモのデンプンから合成しようが,トウモロコシのデンプンから合成しようが,シクロデキストリンはシクロデキストリンである.ポテトから作ったシクロデキストリンとコーンから作ったシクロデキストリンは全く同じである.もしも異なっていたとすれば,化学という学問が成立しない.
 それを「トウモロコシ生まれ」と,あたかもトウモロコシと関係があるかのように詐称しているのは,おそらくP&Gだけである.
 P&Gは,何ゆえに「トウモロコシ生まれ」と言い続けているのか.
 シクロデキストリンは食品添加物である.その安全性についての最新評価は,欧州食品安全機関 (EFSA) が公表した《食品添加物としてのβ-シクロデキストリン (E 459) の再評価に関する科学的意見書》である.(2016年12月7日)
 この意見書には,シクロデキストリンには急性毒性,遺伝毒性,発がん性は見出されなかったと結論している.
 この結論は,シクロデキストリンについて既に知られている知見を再確認するものであり,妥当だと考えられる.
 ところが,既に確かめられているシクロデキストリンの安全性は,食品添加物としての安全性なのである.すなわち,その安全性試験は,経口摂取 (喫食) を前提にして行われた.
 従って,ファブリーズのように,部屋の中で散布し,その飛沫を鼻腔や口から吸いこんだ際にどうなのかは確かめられていないのである.
 P&Gは,ファブリーズの使用方法が,シクロデキストリンの本来の使用方法ではない室内散布である以上,その安全性確認試験を実施する責務がある.
 
 次に,ファブリーズの主成分である除菌剤についてP&Gの主張を調べてみよう.
 既に紹介したが,P&G公式サイトに掲載されている

《よくあるご質問:安全性・成分》(掲載日 2019年7月2日)
Q.ファブリーズの主な成分は?
 
中の表から,下に転記する.
 
A.除菌成分(有機系)
 タイプ   (略)
 働き    Quat(クウォット)。特定の除菌成分の総称です。このタイプの除菌成分の安全性は広く認められており、化粧品や薬用石鹸などに使用されています。
       有機酸。野菜や果物の酸と同じ成分が、Quat(クウォット)の効果を高めるために配合されています。
 
 この表には,ファブリーズには「Quat」と「有機酸」が含まれていると書かれている.
 Quatは第四級アンモニウム陽イオン (quaternary ammonium cation) または 第四級アンモニウム化合物 (quaternary ammonium compounds) の最初の四文字を採って略語にしたものである.
 有機酸はおそらくクエン酸であるが,広く一般的に果実や食品の成分として存在し,生体成分でもある化合物であり,また工業原料としては純度の高い物質であるため,特に問題として指摘することはないので解説を省略する.
 Wikipedia【第四級アンモニウムカチオン】には以下の記述がある.
 
第四級アンモニウム塩は抗菌性も持つ。ある第四級アンモニウム化合物、特に長鎖アルキル基が含んでいるものは、抗菌剤や消毒薬に使われる。たとえば塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化メチルベンゼトニウム、塩化セチルピリジニウム、セトリモニウム、塩化ドファニウム、臭化テトラエチルアンモニウム、塩化ジデシルジメチルアンモニウム、臭化ドミフェンなどがある。真菌、アメーバ、エンベロープを持つウイルスに対しても、細胞膜を破壊することにより作用する。他にも様々な生物を破壊するが、芽胞、結核菌、非エンベロープのウイルス、シュードモナス属などは例外である。
 
第四級アンモニウム化合物は健康にさまざまな影響を与える。例を挙げていくと、軽度の皮膚や呼吸器の炎症から皮膚の焼灼性熱傷、胃腸炎、吐き気、嘔吐、昏睡、痙攣、低血圧、死などがある。
 
 P&Gは《このタイプの除菌成分の安全性は広く認められており》と主張しているが,安全性が《広く認められている》か否かには異論がある.
 実際にウェブ上を検索すれば,Quatの安全性に疑義を呈する論文がいくつも見つかる.
 例えば山口らによる「4級アンモニウム化合物(QUAT)のマウス免疫系に及ぼす影響 (Administration of Antimicrobial Quaternary Ammonium Compounds (QUAT) Caused Immunotoxicity in ICR Mice)」は論文冒頭で次のように述べている.
 
4級アンモニウム化合物 (quaternary ammonium compounds:以下 QUAT と略す) は陽イオン界面活性剤であり,強い陽イオンの極性が,バクテリア,菌類や酵母等の細胞膜に作用して破壊させて殺菌作用を示す.布製品や室内空間を殺菌・消臭する目的で,溶液を散布して使用されている.4級アンモニウム化合物の一般的な毒性については,マウスに経口投与した時の LD50は 150-1,000mg/kgと報告されている.布製品に噴霧して使用するという利用法から,布製品に触れた皮膚からの吸収や,皮膚への刺激が考えられたが,皮膚を介して吸収されることはなく,2%溶液で皮膚のアレルギーの原因にはならないということが報告されている.Siddiqui らは妊娠ラットに4級アンモニウム化合物 quaternary Silsequioxane を 1,000 mg/kg 投与した時,仔ラットの催奇性や発毒性はないが,肝臓重量の増加を観察している.
 これまでに我々は,QUAT を含む市販の消臭・殺菌剤の噴霧で乳幼児が経口摂取する可能性を考え,健康に影響を及ぼすかどうかについての検討をおこなった結果,消臭・殺菌剤 2 mL/kg を新生マウスに経口投与した後,それらのマウスの交配から生まれた仔マウスに,死亡率の増加と精巣重量の低下を観察してきた.
 
 この論文の著者は,Quatの経口摂取による健康影響の存在を示唆しているのであるが,Quatというより,ファブリーズという家庭用品の問題は,ファブリーズが室内で散布され,その飛沫を私たちが吸い込むという事実である.
 P&Gは,ファブリーズを「顔に向けてスプレーしない」「目に入った場合は洗い流す」としている.
 だがファブリーズの「ウリ」である「ファインミスト」は,締め切った室内で何十回もスプレー (P&Gがそう消費者に指示している) したら,必ずや私たちの呼吸器に侵入するだろう.
 呼吸器に吸い込まれた「ファインミスト」は洗い流さなくていいのか?
 P&Gは,呼吸器に侵入したシクロデキストリンとQuatの健康影響について,消費者に説明する責任があるはずだ.

|

« 山内健司のコメント力 | トップページ | 二階幹事長を「説明下手」と見下す橋下徹 »

新・雑事雑感」カテゴリの記事