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2021年3月31日 (水)

糠風味

 私はもう一年以上,JRに乗ったことがない.自宅と東海道線藤沢駅の間が行動範囲になっている.
 こんなことになろうとは思ってもいなかった.月に一度は国内旅行に出かけて,死ぬ前の楽しみにしようと思っていたのだ.
 しかし私の旅は,藤沢駅の周辺で買い物をするくらいのことになった.
 よくテレビのニュースで「新型コロナウイルス感染症の第○波拡大についてどう思いますか?」などと,繁華街の街頭でインタビューをしているが,みんな「人出は全然減っていないし,怖いですね」と言う.
 そういうあんたは「人出」のうちに入らぬのかね,と私は思う.
 関東地方では桜が開花して以降のこの数日,ぐんぐんと春めいて暖かくなってきたので,テレビが映す街角の様子を見ると,鼻だしマスクと顎マスクがどんどん増えている.
 藤沢の街に出て道を歩くと,顎マスクの男が急増したように感じる.それでなーにが「怖いですね」だ.
 スーパーでは,ダイエーの入り口では買い物客は手を消毒して入っているが,クイーンズ伊勢丹などのスーパーや食料品店が入っている駅ビルでは,入り口に置かれているアルコール噴霧器は多くの客に無視されて素通りだ.
 藤沢駅には,すぐ近くに名店ビルという建物があり,その地下一階が食料品店街になっている.
 ここは客が多くて,ソーシャル・ディスタンスもへったくれもない.いつも三密状態なので,あまり行きたくない.
 そういうわけで,私が買い物に行くのは,あまり繁盛していないダイエーが主たる店である.
 カネのある老人はパチンコ屋に行けば持て余した暇をつぶすことができるが,私みたいな年金頼みの老人はそれができない.
 そういう私の同類は,スーパーが格好の徘徊コースとなる.と言われている.大きなお世話だが.
 ただ言い訳を言わせてもらうと,食品会社に長年にわたって籍を置いた会社員だった頃の習性で,店頭で食品の新製品を見つけるのが楽しみなのである.
 先日はダイエー藤沢店の漬物コーナーで,春キャベツの浅漬けを買い求めた.食べれば血圧が上がるのは承知の上の乱暴である.
 で,その脇に並べられたキュウリの漬物にフト目がいった.漬物の製造・販売をしている秋本食品株式会社の「ふぞろいの胡瓜たちぬか風味 内容量:2本」である.
 後で調べたらこうだったという話だが,実は秋本食品には七年前の2014年に発売開始して五年前に終売した「ふぞろいのきゅうりたち」という商品があった.
 またJAグリーン近江 (滋賀県) には「ふぞろいなキュウリたち (つけだれ付)」というのがあり,これは滋賀県産キュウリを一キロ (十五本くらい) をビニール袋に詰め,これに「つけだれ」という何だかよくわからない調味料を組み合わせた商品である.一キロで十五本だとすると,かなり小ぶりのキュウリであり,出荷選別時にハネられた規格不合格品であるに違いない.
 大きさや規格外だったり曲がってしまったキュウリを安価に消費者に提供することとてもいいことだ.
 しかし「ふぞろいなキュウリ」ならOKだが,「たち」をつけて「ふぞろいなキュウリたち」とした途端に,これはあからさまな剽窃と化す.もちろん1983年から1997年にかけて放送された山田太一原作・脚本のテレビドラマ《ふぞろいの林檎たち》の剽窃だ.パロディやオマージュではない.何の意味もない只のパクリだ.
 さらに秋本食品に至っては,「ふぞろいのきゅうりたち」「ふぞろいの胡瓜たちぬか風味」とこれまで複数の「ふぞろいの……」を販売してきた.ということは,この種の短命商品に関する資料を集めるのは困難だが,この数十年間に他のバージョンの「ふぞろい……」が販売されてきた可能性がある.この会社は,他人の褌で相撲をとるのは恥ずかしいという意識が欠如しているのだろう.
 
 さてここから本題.
 商品名「ふぞろいの胡瓜たちぬか風味」の裏面に表示されている品名は「ぬか風味きゅうり」だが,本来の意味の糠漬けにしたキュウリは食品表示法により「ぬか漬け」もしくは「きゅうりぬか漬け」と表示することになっている.
 ということは,逆に言うと「ふぞろいの胡瓜たちぬか風味」はキュウリの糠漬けではないということである.
 実際の商品を肉眼観察すると,漬物のキュウリに糠がまぶされている.それでは,同商品の原材料表示を,秋本食品の公式サイトから転載してみる.
 
きゅうり、漬け原材料〔米ぬか、食塩、ぬか発酵調味料(大豆を含む)〕/調味料(アミノ酸)、pH調整剤、酸味料、酸化防止剤(V.C)、唐辛子抽出物
 
 上の表示に書かれている「漬け原材料」とは,漬物を作る際に,野菜等の漬物材料の他に使用した資材等を指す.これを見ると,米糠と食塩と,添加物が使われていることがわかる.
 食塩よりも米糠が先に書かれているから,米糠が使用されていることは間違いない.
 しかし,にもかかわらず,これはキュウリの糠漬けと表示することができない何物かである.
 一体どういうことだろうか.大変に興味深い.
 私が推理するに,これはキュウリの浅漬け (キュウリを調味液に漬け込んだもの) に米糠の加工品 (米糠にアミノ酸や酸味料等の食品添加物を加えたもの) をまぶしたものではないか.
 これなら,米糠床に漬け込んではいないから「きゅうりぬか漬け」と表示することができない.しかし単なる生のキュウリではないから「ぬか風味きゅうり」としたのではないか.
 
 家庭で野菜の糠漬けを作るひとは希だ.糠漬けを作ること自体は簡単だが,糠床がよい状態に保たれるように面倒を見るのが大変な手間だからである.
 それは漬物の工場でも同じこと.しかも秋本食品のように大手の工場では大量に製造するから,伝統的な方法で糠漬けを作ることは非常に困難である.可能なのは,野菜等を,扱いにくい糠床ではなく,液体の「漬け原材料」に浸漬することである.
 そこで秋本食品は,キュウリに米糠をまぶして,一見するとキュウリの糠漬けに見える商品を考案した.それが「ふぞろいの胡瓜たちぬか風味」ではないだろうか.
 ネット記事を調べると,この「ぬか風味」に何かひっかかりを感じている消費者もいないことはないが,結局「ま,いいか」で済ませている.
 しかし,だ.もしもただのキュウリの浅漬けに米糠をまぶして「ぬか風味」としているのであれば,それはパクリだ.消費者に対する誠実さに欠ける姿勢と言わざるを得ない.
 別に秋本の漬物が安全性に欠けるというわけではないのだが,ふざけた商品名と意味のわかりにくい品名とで,消費者を煙にまこうというその根性が憎らしい.
 糠漬けは,自作するか,糠漬け専門店の店頭,あるいは信用が置けそうな糠漬け通販業者から入手するのがいいだろう.「ぬか風味」などという怪しげな表示をする大手の商品には手を出さぬのがいい.

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