« 感染対策をやったふり (2) | トップページ | 感染防止対策を行わない飲食店は営業禁止にすべきである »

2021年2月 8日 (月)

酢鶏

 私は昭和四十三年に大学に入って上京した.住処は中野区にした.
 父が刑務官だった関係で,全国の刑務官の子弟が生活できる学生寮に入った.法務省刑務学生寮「桐和寮」といったが,今はない.
 事情はよく知らないが,昔々中野区の西武新宿線沼袋駅の南側に中野刑務所があり,その北側の敷地に建てられていたのだが,中野刑務所が廃止された時に一緒に廃止されたのだろう.
 それはともかく,桐和寮は男子学生六十人,女子学生二十人という規模で,月曜から土曜まで朝夕の食事が付いていた.寮費は月額一万円だったと記憶しており,これは父の月給から天引きされた.私への家からの仕送りはナシで,私は日本育英会から借りた八千円 (返済は三千円でよかった) で生活することになった.
 寮費が月に一万円というのはかなり安かったと思うが,父は最下級の国家公務員であったので,その一万円は父にとっては大きな負担であった.
 私の姉は高校の成績は抜群であったが,私が大学に進学するので,自分の進学を諦めざるを得なかったほどである.
 ともあれ,私は学生寮生活を始めたのであるが,日曜日は寮の賄いがない.
 そこで先輩学生や同期入学のみんなと一緒に飯を食うのが寮の慣わしだった.
 何を食うかというと,金のない時は,沼袋駅に近いパン屋でパンの耳を買ってきた.
 その当時,裸のラセン状ニクロム線が蚊取り線香のように巻かれている「電気コンロ」という昭和レトロな電気製品があって,その上に魚焼き網を載せてパンの耳を焼いて食べた.(ちなみにこの「電気コンロ」の画像を探したが,ヤフオクでしか見つからなかった)
 それよりもう少しおカネがある時は,食パン一斤とポテトサラダとコロッケ一個を買ってきて,おかずをパンにはさんで食べた.全部で五十円あれば足りた.青年は炭水化物だけでも生きていける.
 懐の状態がいい時は,沼袋駅の近くに「大陸」という大衆中華食堂があり,みんなでそこに出かけて腹を満たした.
「大陸」ではラーメンが八十円で餃子ライス (ラーメンのスープを薄めたスープ付き) が百円だった.野菜炒めライス (同スープ付き) は百十円で少し高かったが,それは,わずかな豚肉の欠片が入っていたからだと思われた.あとは肉野菜炒めとかレバニラとか,大衆中華食堂 (最近は「街中華」というが,それは最近の言葉だ) の定番メニューは値段を忘れた.遠い遠い昔の話だが,餃子ライスと野菜炒めライスの値段を今でも覚えているのは,そればかり食っていたからだ.
 そして忘れがたいのは酢豚ライスだった.なんとまあ,他の有象無象の中華風料理が足元にも寄れぬ堂々の三百五十円であった.餃子ライスなら三回も食えたのだ.
 当時,この酢豚の値段はどこでもこんなもんだった.貧乏学生が食うものではなかった.では,今でこそ酢豚は気安い料理だが,なぜ昔の大衆食堂では別格の献立だったか.
 なにしろ食べたことがないから想像だが,酢豚には肉がゴロゴロと入っていたことと,その豚肉を揚げるというひと手間がかかるからではなかろうか.
 その酢豚は「手間がかかる」のをチャチャッとやってのけるのがプロなんだろうと思う.街中華はどうか知らぬが,横浜中華街の料理店でなら,注文してから出てくるまでの時間は他の料理と大差ない.
 プロの料理人はもちろん調味料を計量なんかしないわけで,これが究極の「時短」ワザだ.
 私たちが料理するにあたって,時間はかかるが,酢豚の基本はこうだというレシピを探してみた.たぶんこれが基本だろうというのは,ヤマサ醤油のレシピサイトに掲載されていた《基本の酢豚》.
 このレシピでは,豚肉だけでなく野菜も油で揚げている (油調という).調味の前に素揚げすると野菜は中華鍋やフライパンで炒めるよりもずっと早く熱が通るのでプロはそうする.プロの厨房は常時,揚げ物ができる状態になっているのである.
 家庭ではその逆で,揚げ物は少ないほうが楽なので野菜は炒めることにしたのが,栗原はるみさんの《酢豚》.
 そうは言っても,今時の家庭で揚げ物をすることはほとんどない.揚げ物をすることを調理科学の英語で“deep-fry”というのだが,フライパンでは深さが足りない (油の量が足りない) ので“deep-fry”にはならない.フライパンはディープフライではなくフライのための調理道具なのだ.フライド・エッグがまさにこれで,フライド・チキンは調理科学の用語ではディープ・フライド・チキンというのだ.
 それはともかく,現在では油がたっぷり入る揚げ物用の鍋がある家庭はレアだと思う.そこで誰もが考えるのが「揚げない酢豚」である.
 例えば《フライパン1つで!揚げない酢豚》など,ネット上にたくさんのレシピが掲載されている.
「揚げ物をしない」というだけで,酢豚のハードルはぐっと下がるので,家庭料理はそれでいいんじゃないかと私は思う.
 で,さらにハードルを下げたのが下の画像の一皿.酢豚ならぬ酢鶏である.
 総菜屋で鶏モモの唐揚げを買ってきて,一口大に切る.竜田揚げならもっとよいと思う.
 タマネギとピーマン等やはり一口大の乱切りにしてフライパンで炒める.
 タマネギが透き通ったら,味の素の「クックドゥー 酢豚」を投入して混ぜ合わせ,野菜の甘酢餡を作る.これに,レンチンして熱々の鶏唐揚げを加えてよくからめる.これで出来上がり.
 野菜の分量は「クックドゥー」のパッケージに記載されているのを参考にすればよいが,テキトーでもちろん構わない.
 これはもうほんと野菜炒めと同じくらいしか手間がかからぬ.私ら年寄りはできるだけ料理の手を抜いて,残り少ない人生の時間を他のことに向けるのがよろしいと思う.
 
20210207c

|

« 感染対策をやったふり (2) | トップページ | 感染防止対策を行わない飲食店は営業禁止にすべきである »

外食放浪記」カテゴリの記事