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2021年1月 1日 (金)

今年の年賀状

 現役会社員だった頃は,年末に年賀状を書いた.それが会社員のマナーというかルールというか,元日に賀状を届けるのが世の中の決まりであったからだ.
 しかし勤め仕事をやめたあとは,元旦に賀状を書くことにした.そのほうがウソっぽくないと思ったからである.クリスマスの夜に「今年もよろしくお願いします」とか,実にウソっぽい.w
 それと同時に,謹賀新年とだけ書くのはやめて,年の初めの所感みたいなものを葉書に認めることも始めた.
 ただ,三ヶ日を過ぎてから私の年賀状が届くのを不愉快に思う人も多いようで,元日に届く年賀状が半分に減った.
 それでも変わらずに新年のあいさつをしてくれる人もいて,それはありがたいことだと思っている.
 下は,今年の年賀状だ.本当はもっと長い文章だったのだが,全部書くとフォントが小さくなりすぎて,送り先の老人たちには読めなくなってしまう.しかたなく半分に短くした.ならばいっそのこと年賀のあいさつを封書にしたらどうだろうかと思う.w
(私は句読点を「,.」とするのが習慣だが,これを奇異に思う人がほとんどなので,年賀状は「、。」を使うことにしている)
 
Photo_20210102031601

 年賀状というものは忌み言葉を避けるのが習わしですが、年頭の所感を書くにあたって、なかなかそれは難しいというのが正直なところです。以下、賀状ですが言葉の制限なく綴ってみました。
 昨年は二月に予定していた国内旅行も海外旅行もキャンセルし、それ以後は一度も旅行をしませんでした。それどころか、自宅を出るのは食料品の買い物だけになりました。私は基礎疾患持ちの高齢者なので、感染すれば何人かに一人は確実に西方浄土に旅立つことになるからです。
 新型コロナは、私たちの生活を大きく変えました。高齢者たちは家に閉じこもり、多くの若者が失業者となりました。
 インフルエンザの例に倣えば,新型コロナは数種の変異株が交替で流行すると考えられます。ワクチン開発と追いかけっこですが、ワクチン開発に目途が着いたら、また別の感染症が世界的に大流行し、その頻度は十年に一度と専門家は推定しています。二十一世紀は感染症の時代なのでしょう。
 思えば我が瑞穂の国は飛鳥時代からずっと感染症に襲われ続けてきました。万葉集には,新羅への旅の途中で感染症に倒れた雪連宅満(ゆきのむらじやかまろ)を悼む挽歌が三つ残されています。その一つの切々とした調べが胸を打ちます。
 
「世の中は常かくのみと 別れぬる君にやもとな 我が恋ひ行かむ」
 
 万葉集の頃、感染症は鬼病と呼ばれました。はやり言葉を使えば、ワクチンが鬼滅の刃となりますように。
 令和三年、快晴の元旦に陋屋にて  
  (年が明けてから賀状を書くのを習慣としております)

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