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2021年1月14日 (木)

「お母さん食堂」の杜撰

 竹下郁子というライターが,BUSINESS INSIDER JAPAN《ファミマ「お母さん食堂」の名前変えたいと女子高校生が署名活動、「料理するのは母親だけですか?」》[掲載日 2020/12/28 18:00] を書いている.
 同記事は,高校生たちが最近行った署名活動がネット上でバッシングされていることを紹介したものだ.
 
高校生が行った署名活動がネット上で大きな物議を醸している。いや、高校生の問題提起を大人たちが寄ってたかってたたいているというのが正しい表現かもしれない。
 署名サイトで賛同が呼びかけられたのは、「ファミリーマートの『お母さん食堂』の名前を変えたい!!!〜一人ひとりが輝ける社会に〜」というキャンペーンだ。2020年末までの期間限定で集められ、1万筆の目標には届かなかったものの、締め切りまでに7268筆が集まったことが報告されている(2021年1月4日現在)。
 署名の内容は、タイトルの通りで、大手コンビニチェーン・ファミリーマートのプライベートブランドである「お母さん食堂」の名称を変えてほしいというものだ。
 
 高校生たちが訴えたかったことを,竹下氏は次のように書いている
 
今の世の中は男女平等かのようにうたわれるが、実際は「性的役割分担」の意識は根強い。女の子は家事や料理など、いつか「お母さん」になるための準備の方が必要だという考え方は、社会の隅々に行き渡っている。逆に男の子には「妻子を養う男らしさ」が求められがちであり、男女双方の生き方の幅を狭めている。
 このことが、女性がいざ就職活動をするときに、「結婚・出産した後に仕事を続けるつもりはあるか」と聞かれるなど就職差別につながることがある。男女間の賃金格差や、非正規雇用に就く人の割合は言わずもがなである。
 たとえ男性と同じように真面目に勉強して就職活動に成功しても、結婚・出産後にキャリアを閉ざされる女性はいまだに少なくない。
 そして、このような男女間の不平等は、就職を考える時期までは気付きづらいのも事実だ。高校生たちが10代半ばの時点でこの事実に行き当たり、性的役割分担を内面化させる社会の刷り込みに問題提起したことは素晴らしいと感じる。
 
 私は,署名活動をした高校生たちを全面的に支持する.
 家事は女性の任務だとする思想は,戦前はもとより戦後民主主義の世の中で堅い岩盤のように男たちの精神を支配してきた.
 今でもその岩盤は崩せない.
 例えば毎日繰り返されるテレビCМ《エスビー食品 本挽きカレー「おしゃべりなカレー」篇》では,カレーを作るのは女性であり,男はその横で講釈を垂れている.洗い物を頼まれてようやく「はい」と言う体たらくだ.この男女を入れ替え (カレーを作る男と横で講釈を垂れる女) たら,まだしもインパクトの強いCМになったに違いないが,エスビー食品の経営者にはそういう才覚がないようだ.
 食品企業はかなり昔から性的役割分担を主張する広告宣伝に力を入れてきた.最初に問題化したのはハウス食品のテレビCМ《私作る人、ボク食べる人》だった.これが放映された当時は,世の中が今ほどには保守化していなかったから,社会問題のような反発を喰らって,短期間で放映中止に追い込まれた.
 これ以後,加工食品のテレビCМにおいては「家事は女性の義務」を基調とするCМが主流となって今に至る.
 一見見逃しそうだが《煮込みラーメン「おかわり自由」篇》もその変奏曲の一つだ.
 食品だけではない.洗剤も性的役割分担の旗を振っている.
 
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 上は女性の大群衆の中を少女がオープンカーに乗ってパレードするという《バスタブクレンジング「パレード」篇》だ.風呂洗いは女性の仕事だという,ライオンからの明確なメッセージである.
 毎日の生活の中で,企業からテレビCМを通じて「家事は女の仕事」攻撃を受け続けている高校生たちが,性的役割分担に異議を唱えるのは理の当然である.
 しかも,ファミマ「お母さん食堂」には他にも問題点があるのだ.
 それは「お母さん」像の戯画化である.
香取慎吾、宙を舞い火を吹く!? ファミリーマート お母さん食堂TVCM》を見てみよう.
 ファミマがメディアにリリースした「お母さん食堂」のコンセプトは以下の通りである.
 
お母さん食堂のコンセプトは2つ。一つは小さい頃、お母さんがつくってくれたような自然で、温かみがあって、おいしい惣菜であること。もう一つは、仕事と子育ての両立で忙しいお母さんたちが、子どもや家族みんなに安心して食べさせられる食事であること。》(出典;ファミマnews《冷蔵オープンケース惣菜売場で「お母さん食堂」本格展開》)
 
 つまり香取慎吾が扮しているのは,ファミマのユーザー層が小さかった頃の母親であるという.(もう一つのコンセプトの《仕事と子育ての両立で忙しいお母さん》に異議を申し立てる女性は多かろうが,それは一先ず横に置く)
 ここでコンビニのユーザーについて分析しているサイト《コンビニ来訪客の年齢階層別分布をグラフ化してみる》があるので,年齢別に層別したデータを見てみよう.
 ここに描かれているグラフ《来客の年齢階層別構成比》は,このサイトの執筆者がセブンの公開データを基に作成した労作である.
 これを見ると,二十代と三十代のユーザー合計 (2019年度) は34%で,五十代以上の高齢層の37%よりも少ないのである.高齢層に中年層の23%を加えると60%だ.今やコンビニの主たるユーザーは中高年なのである.日本が既に高齢社会になったことはこのデータでも明らかだ.
 それはそれとして,コンビニがユーザーの高齢化という事実を知らぬわけがなく,コンビニの戦略は中高年を対象にして立てられているいるに違いない.
 だとすれば,「お母さん食堂」のコンセプト「ファミマのユーザー層が小さかった頃の母親」イメージは昭和の母親像である.
「お母さん食堂」CМの店内にある小道具のブラウン管テレビ (テレビ自体はブラウン管がスクエア型なので昭和後期のもの) がそれを示している.
  
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 では,香取慎吾が扮する和服に割烹着と三角巾の女性は,昭和の母親 (主婦) の服装であったか.馬鹿なことを言うな,である.
 以下,その理由について話をする.
 戦前から戦争中にかけて,女性は腰丈に仕立てた和服に「もんぺ」を穿くのが,国に強制された「決まり」であった.
 
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(もんぺ:WIKIMEDIA COMMONS から引用.File:Japanese female farmer in 1952.jpg;パブリック・ドメイン画像)
 
 Wikipedia【もんぺ】から一部を下に引用する.
 
太平洋戦争中に、厚生省によって「モンペ普及運動」として奨励された。戦局悪化に伴い空襲時の防空用に女性の着用が義務付けられ、昭和17年(1942年)婦人標準服として腰丈の着物と共に半ば強制された(その前から男性には国民服が制定されていた)。白木屋の火事と並び、もんぺ着用もズロースを普及させたと言われている。もんぺは現在でも動きやすい作業衣装として販売されている。
 国家に半ば強制された歴史もあり、もんぺは劣悪な国民の戦時生活の代名詞として用いられることもある。歌手の淡谷のり子は、戦地で慰問演奏の際に「もんぺなんかはいて歌っても誰も喜ばない」「化粧やドレスは贅沢ではなく歌手にとっての戦闘服」と、もんぺを穿かずステージ衣装で出演し、当局から睨まれる一因となった。また漂泊の俳人、種田山頭火にも「もんぺ部隊」と題して国防婦人会を詠んだ作品がある。》(文字の着色強調は当ブログの筆者が行った) (註;国防婦人会)
 
 戦争中,和服と割烹着にたすきがけは国防婦人会で決められた服装であった.女性たちは夫や息子を割烹着姿で戦地に送り出したのだった.
 終戦直後,出版社「衣裳研究所」(昭和二十一年設立) に拠った花森安治らは『スタイルブック』を創刊し,次いで『美しい暮しの手帖』(昭和二十三年創刊;昭和二十八年に『暮しの手帖』に誌名を変更) を出版して洋装の啓蒙普及に努めた.花森自らスカートを着用したのは有名だ.
「暮しの手帖」社公式サイトから《花森安治選集 全3巻 第1巻『美しく着ることは、美しく暮すこと』を発売しました!》の一部を下に引用する.(掲載日 2020年6月1日)
 
ところで、4年前に放送されていた連続テレビ小説『とと姉ちゃん』をご覧になったことはありますか? 暮しの手帖社の創業期からのエピソードに想を得て作られたドラマです。
ヒロイン・小橋常子(演・高畑充希さん)の雑誌作りを助ける、天才編集者・花山伊佐次(演・唐沢寿明さん)は、花森安治がモチーフでした。
ふたりは戦後すぐに出会い、少しでもみんなの暮らしを明るくしたいと、試行錯誤しながらファッション誌を出版します。
この第1巻はちょうどその頃、花森が新進気鋭の服飾評論家として世に登場した、『暮しの手帖』創刊前後の作品に焦点を当てています。
 1946年に出版社「衣裳研究所」を設立し、まだ物が極端にない中で提案したことは、まず「着るもの」についてでした。
「食」や「住」の材料は庶民には思うように手に入らないけれど、「衣」だけは、昔からの着物をタンスの中に持っている人も多い、と考えたためでした。
 洋裁の知識やミシンがなくても、和服地で簡単に作れる「直線裁ちの服」を考案し、知恵と工夫次第で、あなたはもっと美しくなれると読者に呼びかけました。
 また、「着るもの」を通して「ほんとうのおしゃれ」とは何かを説き、それまでもんぺ姿を強いられていた女性たちのおしゃれ心に、灯をともしたのです》(文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 戦後,「もんぺ」から解放された彼女らの日常普段着は洋装となった.彼女らは「もんぺ」を脱ぎ捨てたが,戦争の悲しい記憶に結びつく和装の割烹着姿に戻ることはなかった.しかも「もんぺ」ならともかく,和装の割烹着姿で家事 (特に洗濯と掃除) をするのは大変な重労働だったからでもあった.
 こうして割烹着を捨てた戦後の女性たちは,自分と我が子の服を手縫いでつくるようになった.
 次に家庭用ミシンが登場した.戦争中,ミシンは軍需物資とされ家庭用ミシンの生産は禁止されていたが,再開された.
 家庭用ミシンは1947年に規格が統一されると生産が増大し,女性たちの憧れの家庭用品となり,爆発的に普及した.そして女性たちは洋裁を身に着け,家庭用ミシンは「嫁入り道具」となった.
 洋装は戦後昭和の女性すなわち母親や妻たちの日常普段の服装となった.
 小津安二郎『東京物語』で戦後の女性の服装を見てみよう.下の画像はYouTube《『東京物語 ニューデジタルリマスター』予告編》のスクリーン・ショットである. 
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 主人公である平山周吉夫婦は明治生まれである.周吉は普段着は和服だが外出時には背広を着る.しかし妻の平山とみ (画面右;東山千栄子) は一貫して和装である.
 これに対して,戦死した周吉の次男の嫁である紀子 (画面左,原節子) と周吉の次女京子 (香川京子) はいつも洋装である.戦前と戦後が,和服と洋服とで対比されているのである.
 次に長谷川町子『サザエさん』を見てみよう.原作では磯野家の家長波平と主婦のフネは明治生まれである.波平は会社へ行く時は背広を着るが,フネはいつも和服と割烹着姿である.(連載中にフネが洋服を着たレアな回があるとのことだが,私は見ていない)
 これに対して,二十代のサザエの普段着は洋服である.
 すなわち『東京物語』と『サザエさん』に描かれた女性の服装は軌を一にしているのだ.
 このように昭和の戦後,洋服が女性の服装として定着すると,和服の着付けができる女性は激減した.専業主婦の女性 (現在ではごく少数) が家電のおかげでほとんどの家事から解放されたのちも,和装と割烹着が,女性の服装におけるかつての地位を回復することはなかった.
 
 ここでファミマ「お母さん食堂」の件に戻ろう.
「お母さん食堂」のCМ映像では,登場する女性たちが和服の上に割烹着を着て,三角巾をかぶっている.ファミマはこれが「昭和のお母さん」のイメージだというのだが,正気の沙汰とも思えぬ.上に述べたように「昭和のお母さん」像は洋装でなければならないのだ.
「お母さん食堂」のCМに描かれている女たちは「昭和のお母さん」像でもなければ,もちろん平成の母親像でもない.今の若者から七十過ぎの高齢者に至るまで,女装した香取慎吾が「お母さん」のイメージを体現しているとは決して思わないだろう.時代考証的に完全な間違いを犯しているからだ.
 さらに付け加えると,昭和以前の家庭の主婦は割烹着を着たが,その場合は,伝統的な服装の決まりとして三角巾は使用しなかった.割烹着の女性は,埃のでるような大掃除のときに手拭を頭にかぶることはあったが,その場合は通称「姉さんかぶり」をしたからである.これは和装の常識だ.従って「お母さん食堂」CМの女性たちは「明治,大正のお母さん」像でもない.
  
 では「お母さん食堂」のイメージ・キャラクターが「お母さん」でないとすれば,あの奇怪な女たちは一体なんだ.
「お母さん食堂」のCМを見ると,店は昭和の大衆食堂のような内装と雰囲気であり,接客する厨房外の店員 (どういうわけか大衆食堂なのに四人もいる!) が三角巾を着用しているのは,いかにももっともらしいが,しかし和服と割烹着が明らかにおかしい.上に述べたように,和服と割烹着を着て三角巾を被るわけがないのである.
 和服と割烹着は労働着ではない.着崩れを気にしながら働くのは大変だ.こんな働きにくい格好を従業員にさせる大衆食堂があったはずがないし,私は見た記憶はない.いうなれば,和服に割烹着を重ねるのは,小料理屋の女将の格好である.
 
 要するに,「お母さん食堂」のCМは,実際にはあり得ない絵空事なのである.時代考証とか,あるいは服装の常識とか,そういったことを全く考えずに制作したと思われる.上に「お母さん」像の戯画化と書いたのはそのことだ.
 企業が良質のテレビCМを制作するのは社会的責任である.嘘はいけない.
 CМ制作の最終責任は社長にある.「お母さん食堂」のCМがデタラメであることは,社長の資質を疑わせるのである.

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