« 連載・お箸の国の人なのに (令和三年新春) | トップページ | コロナダークビジネス »

2021年1月 4日 (月)

折角の鰹節を粉にしてしまうくらいなら削り節を買ったほうがよいと思われ

 昔,といっても私が小学校に通っていた昭和三十年代のこと.
 私の家は貧しかったので,日頃の食事では,出汁をとるのに煮干しを用いた.
 今でこそ煮干しはラーメン屋 (横濱家系など) が使うが,戦後かなりのあいだ,下等な食材であった.雑味があるからだ.
 煮干しはケであり,昆布と鰹節はハレであった.
 だがそんな貧乏人でも正月は別だ.雑煮には鰹節を奮発したのである.
 
 私の家には,年に一度の出番しかない鰹節削りがあった.
 大晦日になると,父がそれを押入れの奥から引っ張り出して,鰹節を削った.そして私が小学校の上級生の頃に,私に鰹節の削り方を教えた.
 昔の男はそうやって,子に鰹節の削り方を教えてきたのである.
 
 ここで昨日に続いて,NHK《雑煮ジャーニー》から,林家正蔵の実家,海老名香葉子さんのお宅の正月風景の話である.
 まず香葉子さんは,次男である林家三平の妻,国分佐智子さんに料理を手ほどきする.
 海老名家では,鰹節削りもあるのだが,先代三平の頃から鉋を使っているのだそうだ.
 で,国分佐智子さんは,その鉋で鰹節を削り始めたのだが,諸兄は既にお気づきの通り,鰹節の削る部位が間違いである.折角の高級な鰹節なのに,そのどてっ腹を刃に当てている.残念ながらこれが香葉子さんの料理教育なのだ.
 
20210104a
 
 日本式の鉋で木の板を削る時は「ならい目」の方向に刃を当てなければいけない.これは中学校で習う知識だが,忘れたのならネットに解説がある.(《かんなをかける方向》)
 鰹節も同じで,削る方向があるのだ.
 下の写真は,鰹節のどてっ腹を刃に当てているが,正しくは鰹節の手前を上に浮かせるようにしなければいけない.
 
20210104b
 
 どうするのが正しいか.出汁のプロである「にんべん」株式会社のサイトに,鰹節の削り方について行き届いた解説が掲載されているので,そこから画像を一つ引用する.

 20210104h
 
 香葉子さんが国分佐智子さんに教えた角度では,まともに削れない.佐智子さんが「削れていない音がする」と言うと,あろうことか香葉子さんは「これで刃を出しましょう」と言って金槌を持ち出した.うまく削れないのは鰹節の持ち方が間違っているからなのに,鉋の刃を調整すると言い出したのだ.
 
20210104c
 
 次のシーンを見たら,高齢者たちは腰を抜かすこと請け合い.
 鉋の刃の具合を調整するのには,普通は木槌を使う.素人が金槌で刃を調整すると,鉋頭 (台頭) に傷をつけてしまうからだ.
 大工は,鉋の刃の調整には鉄の金槌でなく,金属部分が軟らかい銅でできている鉋頭用玄翁という特殊な鎚を用いるが,それはプロの道具.
 鰹節を削る程度のことなら木槌で充分だ.義務教育でもそう教える.
 で,しかも,香葉子さんは鉋の台尻を床に着けてしまった.(下の画像)
 
20210104d
 
 こんなやり方では,刃を左右均等に出すことは困難である.鉋は,下に置かずに片手で持つのである.
 昔からのやり方を悉く無視した嘘デタラメをやったおかげで,海老名家の正月の鰹節は,欠片の混ざった粗い粉になってしまった.
 こんな粉砕鰹節では,漉してもお出汁が濁るだろう.
 これと似ているようで別物の粉末の鰹節 (鰹粉,または地方によっては出汁粉と呼ぶ) は,作り方がちょっと変わっていて,粗悪品はいざ知らず,本来は鰹節の水分と脂肪分が少ない部位を用いる.そして出汁を取るのには使わず,料理に振りかけて用いるほか,お好み焼きにも使う.低級品は静岡おでんの食べ方として有名.
 
20210104e
 
 私の母親もそうだったのだが,戦中派の女性はまことに気の毒であった.娘時代を戦争のために台無しにされたのだ.料理上手は上流家庭の話であった.
 だがしかし,戦後になって世の中が平和になれば,いくらでも我流でない知識を身に着けることはできたはず.昨日の記事に書いた箸の持ち方も然り.
 
20210104f
 
 少しの事にも先達はあらまほしき事なり (徒然草第五十二段) という.何事も,自分ができないことは,ひとに習えばよいのである.
 それをしないから,香葉子さんは息子の嫁に嘘を教える羽目になった.
 
20210104g
 
 ああ,国分佐智子さんは,悲しいかな間違ったことを《いろいろ覚え》てしまったのである.
 教訓.自分が知らないことを,知ったかぶりして目下の者に教えてはいけない.
 
 香葉子さんの言によると,毎年の正月三ヶ日には,歌舞伎界などから三百人の年始客が海老名家を訪れるという.
 海老名家の雑煮作りを見たら,歌舞伎界の奥様方は驚くに違いない.日本の伝統をしっかと教育されている女性たちに陰で笑われていなければいいのだが.
 それにしても,林家一門の体たらくはどうしたことだ.誰も「おかみさん,それは違いますぜ」と言わなかったのか.まことに残念なことである.

|

« 連載・お箸の国の人なのに (令和三年新春) | トップページ | コロナダークビジネス »

新・雑事雑感」カテゴリの記事