スルメイカと里芋の煮物
ちょっと前のフジテレビ《所JAPAN (2021/1/18 放送)》 に,番組の準レギュラー扱いで気象予報士の芦原瑞文 (株式会社ウェザーマップ所属) という人が,日本近海の海水温が上昇したために,色々な異常現象が起きているということを述べた.
芦原氏は,まずイカの漁獲量が激減していると述べて,タレントの井上咲楽さんと一緒に伊豆の伊東漁港に出かけた.
伊東漁港で芦原さんは漁協関係者にインタビューした.「今年のイカはどうですか?」
テレビ番組の内容紹介サイト (上掲) から下に引用する.
《芦原瑞文と井上咲楽は海水温上昇を一番深刻に受けている伊豆を訪れた。伊豆は金目鯛を始めとした新鮮な海の幸に恵まれた観光スポット。芦原瑞文によると黒潮暖流が押し寄せる伊豆半島は海水の上昇を最も受けやすいという。
上昇が止まらない海水温度を2人は体感することにした。11月下旬の海水に入った2人は「思ったほど冷たくない」とコメントした。伊豆半島の海水が30年前に比べ2℃~3℃上昇した。芦原瑞文は魚の1℃は人間の10℃に匹敵すると説明した。その影響で異変を引き起こし、さんまの不漁が典型で三陸沖の海水が上昇しさんまが下りてこなかった。》
《2人は伊東魚市場を訪れた。いとう漁業協同組合の石井さんはイカが旬だと説明するが10分の1しか収穫できないとコメントした。原因は海水の上昇でイカは水温に敏感でここ数年まとまって入らないという。イカの価格が5年前と比べピーク時で2倍に上昇した。また金目鯛が獲れないという。海が温かく冬になっても夏の魚が獲れることもある。現在、金目鯛に変わる伊豆名物のシイラだという。》
地球温暖化という現象の理解は非常に難しい.
まず,地球は温暖な時期と寒冷な時期を繰り返して現在の状態にあるのだが,この温暖・寒冷のサイクルをどれくらいのスパンで私たち人類が考察するかによって,印象が大きく異なる.
地球に与えられるエネルギーは太陽からやってくる.太陽は活動状態が変動するので,地球の地表と大気はそれに連動して温度変化サイクルが生じる.それとは別に,太陽からのエネルギーを受け取る地球側の条件が変動することも,温暖・寒冷のサイクルに影響する.(概説はWikipedia【氷河時代】を参照)
大気も含めた地球全体を一つの系として [太陽から受け取るエネルギー - 宇宙に放出するエネルギー] がプラスであると地球という系の温度は上昇するわけだが,これが複雑な現象として現れる.
増えたエネルギーの多くは海水が吸収すると言われている.本当かどうかはわからないが,国連の気候変動に関する政府間パネル (IPCC) は90%以上を海が吸収すると主張している.
ところが海は地球上に均一に分布しているのではない.大陸が海の上に顔を出しているし,海底も深浅不均一だ.鍋に水を入れてガスなり電気で加熱すれば鍋の中で水の対流 (熱の分布が均一になるように水が動く) が起きるが,これは熱源が水 (鍋) の下にあるので小学生でも理解できる.しかし地球の場合は熱源は太陽で,エネルギーは上からやって来る.この状態でどのような対流が起きるのかは,もう私たち一般人には皆目わからぬ.たぶん研究者はスーパーコンピュータでシミュレーションを試みているのだろう.
ともあれ事実として海には海流が観測される.(下図)
(海流図;Wikimedia Commons から引用,パブリックドメイン,File:Corrientes-oceanicas-en.svg)
上図の右端に南から黒潮が,北から親潮が描かれているが,日本列島近海には,1.黒潮 2.黒潮続流 3.黒潮再循環流 4.対馬暖流 5.津軽暖流 6.宗谷暖流 7.親潮 (千島海流) 8.リマン寒流が流れている.
黒潮は貧栄養であるが,親潮は栄養に富むので豊かな水産資源を我が国にもたらしていることは私たちによく知られている.
さてここから本題.
気象予報士の芦原瑞文さんは伊東魚市場で漁協の人に「イカはどうですか?」と訊ねた.
これはまた随分とアバウトな質問だ.伊豆沖の漁場ではヤリイカ,スルメイカ,アオリイカなど色々なイカ類が獲れるのだそうだが,番組では「イカ」で押し通した.視聴者としては「単なるイカなんて生き物はいないぞ,海にいるのはヤリイカとかスルメイカとかで,みんなそれぞれ違う生き物だ」と思うのだが,芦原さんの食材知識のレベルが低いのだと諦めるしかない.
そこで近年のイカ類の不漁について文献に当たってみると,漁協の人は《イカは水温に敏感で》と言ったが,それはちょっと違うようだ.例えば北海道大学大学院の桜井泰憲氏の論文「スルメイカの繁殖生態と再生産機構」によれば《スルメイカは15-23℃の暖流水域の中層以浅で産卵し、卵塊はその水域内に滞留し、卵発生とふ化が生ずる》とのことだから,割と広い水温域に適応しているようだ.またこの水温域は産卵に適した温度域であり,個体はもっと広い温度域に耐えるらしい.北海道水産試験場のサイトに掲載されているデータ (下のスクリーン・ショット) によると約3~25℃の水温域に分布しているという.つまりイカ類は水温の変化に強い.伊東の魚市場関係者が《イカは水温に敏感で》と言ったのは,伊豆の沿岸で獲れるイカ類漁獲高が海水温によって影響されるという意味であり,別にイカ類の棲息に打撃があるということではないようだ.
一般店頭には出ずに料理店で消費される高級品のアオリイカは個体の棲息に適する水温はやはりスルメイカと同じようだが,ヤリイカは低温を好む.そのため,沖合を流れていた暖流 (黒潮) が沿岸に近寄って来ると,より水温の低い北へと移動するらしい.漁業関係のニュースを調べると確かに伊豆ではヤリイカが獲れなくなっているというが,ヤリイカの群れは暖流に乗って北上しているのだろうと思われる.ヤリイカの近年の漁場情報は探してもヒットしなかったが,ヤリイカに似ているケンサキイカは宮城県沖が今は豊かな漁場になっているそうだ.
ただ,スルメイカは全国的に深刻な不漁だ.その理由に海水温上昇を挙げる人がいるが,国の研究機関である水産研究・教育機構 (水研機構) の調査によると,原因はそれだけではないという.
この分野の研究者によると,中国のスルメイカ漁獲高は日本の十倍近いらしい.
実は近年,日本の経済的主権が及ぶ排他的経済水域 (EEZ) 内にある日本海の好漁場「大和堆」周辺で中国漁船の違法操業が急増している.これがスルメイカ不漁の真の原因だとする説がある.
中国漁船は水産資源が激減しようがスルメイカが絶滅しようがお構いなしに乱獲する.これはもうあの国の国民性なのであろう.厄介なのは,中国政府がこの違法操業を後押ししていることだ.
中国には「海警法」というものがあり,最近改正されたこの法律が今月から施行されるのだが,日本の漁業水域に侵入して違法操業を続ける漁船を中国海警局の武装警備艇が援護したり,日本の漁船を威嚇するようになるかも知れない.さすがは中華帝国,古の時代に仁と礼を説いた孔子を不遇のうちに世を去らせた民族ではある.自分良ければすべて良し.嫌な世の中だ,と言いたいところだが,我が国にはマグロと捕鯨というウィークポイントがあって,中国による水産資源乱獲を正々堂々と非難できないのではある.それに,上に「中国によるスルメイカ漁獲高は日本の十倍」と書いたが,彼我の人口を勘案すれば,日本のスルメイカ漁も充分に乱獲だと言わざるを得ない.w
ところで,不漁のせいだろうが,イカ類は高い.スルメイカなんかは一杯が七百円近い.ヤリイカも発砲スチロールのトレーに三杯入ってやはりこれも六百円くらいのお値段である.夫婦二人に食べ盛りの子供二人の家庭では,イカ類の料理はなかなか食卓に出しにくいものではないか.イカってのは煮たり焼いたりすると身が縮んでしまうから,料理すると「えーっ,こんなちっちゃいのー!」と子供はがっかりしてしまう.その意味では,ヤリイカはイカ刺にするのがよろしい.
だが,イカ刺の味を覚えた子は,味覚が酒飲みになる方向に育ってしまう可能性がある.
そこで登場するのがサトイモである.
家庭料理というのはおもしろいもので,その国その土地で長い時間をかけて食材に選択圧が働き,もうこれしかない,という食材の組み合わせができあがったといえる.
その一つの例が,土井善晴先生の言い方なら「スルメイカとサトイモの煮たん」である.
サトイモだけなら味噌味にするのもなかなかおいしいが,イカと煮るなら醤油味にすると決まっている.
スルメイカだけを煮たのでは家庭の食事としてはコスパが悪いが,サトイモを使うことで,副菜として家庭経済的に満足いくおかずになるだろう.
作り方は何もむずかしいことはない.サトイモの皮を剥くのがめんどくさい (ピーラーが使えない) だけであるから,それが嫌なら冷凍のサトイモを使えばよろしい.ただし冷凍サトイモの食感は生のイモを煮た場合より数段落ちるが,これはおそらく,瞬間冷凍してもサトイモは組織が破壊されやすいからだろう.生のサトイモはコトコトと煮ても大きさは変わらないが,冷凍サトイモは煮ると小さくなっていくし食感はふにゃふにゃになるので,やる気がある時は生のサトイモを求めよう.
下の写真は,やる気のない時に作ったやつで,冷凍サトイモを使った.
味付けは濃縮麺つゆが最強だ.甘めのものと,あまり甘くないものと二種類あればなおよい.
私は最近,ヤマサ醤油の麺つゆを使っている.
サトイモは色が濃く仕上がっても薄い色になっても,そこは各自の好みだ.
上の写真のものは,おでんのスープ (具をヒガシマルのうどんスープで煮た) が鍋に残っていたので,それを使ってサトイモを煮た.
冷凍サトイモ (一袋 280g) は,丼に入れ,レンチン (500W, 10min) して解凍して使う.これを煮立った汁に投入し,あとはコトコトと煮る.
スルメイカ (一杯, 輪切り) は長い時間かけて煮ると身が小さく縮んで固くなるので,火が通ったら (脚が縮んだら) さっと引き上げるのだが,それでもちゃんと味が入るように麺つゆを濃いめに薄めた汁で煮るといい.つまりサトイモとスルメイカは別の鍋で煮るのである.
あとは,小鉢の副菜にはハシリの菜の花のおひたしはどうだろうか.主食のバーボンの水割りに,合うと私は思う.
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