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2020年12月 2日 (水)

長屋の熊さん 森のくまさん くまのプーさん

 このあいだの朝のNHKニュースで,最近になって住宅地等に出没するツキノワグマが増えたのはなぜか,という話題を扱っていた.
 そのときに解説委員は,人間の居住地域には食べ物があると学習したクマが増えたのだと述べ,これを新世代のクマと呼んでいた.
 クマは母親が子を教育するから,学習した知識も垂直に伝えられていくのだろう.
 そのうちに第七世代のクマに人気がでるかも知れない,という冗談はともかく,昔からアナウンサー (特にNHK) の「クマ」の発音に違和感を持つ人は多い.「クマ×発音」で検索すると,質問掲示板に,クマの発音についての質問がいくつも見つかる.
 これについて国際交流基金のサイトに《18年ぶりの全面改定!『NHK 日本語発音アクセント新辞典』》と題した記事がある.[掲載は2016年]
 クマの発音問題に関する最新の情報であるので,下に一部を引用する.
 
古いアクセントから新しいアクセントへ
 日本語には、時代によってアクセントが変化することばもあります。たとえば「熊」ということばは、昔は「クマ\」という発音でしたが、現在では「ク\マ」という発音もよく使われています。今回の改訂では、こうした単語のアクセントの大幅な見直しを行いました。
 たとえば「熊」については、これまで「クマ\」だけしか認めていなかったものを、今回から「ク\マ」というアクセントも認めています。
 
 音の高低を表現するためにNHKが用いている「\」記号は,ほとんどの日本国民には馴染みのないものだろう.誰にもわかりやすい書き方だと,平仮名二文字の「クマ」の発音は,「高低」か「平板」か「低高」のいずれかである.このやり方では,「クマ\」は「低高」,「ク\マ」は「高低」である.
 
 およそ日本各地には,その土地で古くから用いられてきた言葉がある.明治政府は軍隊の近代化を進める上で言葉の統一が不可欠であると考え,標準語を制定せんとしたのだが,失敗した.これに関して Wikipedia【標準語】は次のように記している. 
 
《(Wikipedia【標準語】から一部引用)
日本語
日本語においては、明治中期から昭和前期にかけて、主に東京山の手の教養層が使用する言葉(山の手言葉)を基に標準語を整備しようという試みが推進された(そのうち最も代表的で革新的だったのは小学校における国語教科書である)。これに文壇の言文一致運動が大きな影響を与えて、「標準語」と呼ばれる言語の基礎が築かれた。
 
 ここで現代の私たちが不思議に思うことは,東京山の手に「教養層」が本当にいたのかということだ.実証しろと言われると困るが,江戸時代に商家の子弟や長屋の子供たちに読み書き算盤を教えていた教養人士は下町に住んでいたのではないか.
 次いで,戦後の昭和期は別として,明治から戦前にかけて「山の手」といえば《江戸城の近辺とその西側の高台の山の手台地を幕臣などの居住地帯》のことだ.(Wikipedia【山の手】から引用)
 つまり明治以降,昔の山の手に住んでいたのは主にかつての武士階層出身者であった.それより少し前の江戸時代には,神君家康公に仕えたたくさんの三河武士を中心として東海地方からやってきた直参旗本たちをはじめ,薩摩から津軽に至る各地方各藩の武士たちが御府内に居を構えて,言葉のカオス状態だったと思われる.当たり前だが,諸藩のお殿様も普段は方言でしゃべっていた.
 おまけに明治になっても,山の手にいる政府の要人たちは各自勝手にお国言葉 (土佐,長州,薩摩,佐賀等) で「ごわす」とかワイワイやっているわけだから,日本語の統一ができるはずがない.結局,標準語は小学校の教科書として結実したものの,政治的には頓挫したのであった.(参考:井上ひさしの『國語元年』等の作品)
 重要なことは,標準語政策は,文章語にしか成果を挙げなかったということである.日本語の発音は置き去りにされたのだ.
 ここでNHKが舞台に登場する.放送文化研究所だ.この機関は様々な調査研究をして国民の啓蒙活動をしているので,公式サイトは参考になる.(公的機関としては文科省に国立国語研究所があるが,ここは何をやっているのか国民には皆目わからない)
 放送文化研究所のコンテンツは参考になるが,冒頭に紹介した『NHK日本語発音アクセント新辞典』の記事を引用してみる.
 
18年ぶりの大改訂で、新しいアクセント辞典が誕生しました。
新しいアクセント記号「 \ 」「  ̄ 」を採用し、見出しの立て方も“国語辞典方式”になって、より使いやすくなりました。
本編の収録語数は7万5,000。「新しい語」や「長い複合語」「地名」も充実させたほか、付録では、〈5本〉〈15日〉など「ものの数え方」を一覧表にしたページを大幅に増やしました。
NHKアナウンサーへの調査をはじめ、膨大かつ詳細なデータをもとに「放送で用いるのにふさわしいことばの発音・アクセント」を掲載。
最新の研究成果に基づく「解説」や実用的な「付録」など、放送現場で使う人だけでなく、日本語の発音・アクセントを学ぶ人にとって役立つ情報に満ちあふれた、“これぞ現代のアクセント辞典”といえる『新辞典』です。
 
 もとよりこの辞典は《放送で用いるのにふさわしいことばの発音・アクセント》を掲載したものに過ぎないのだが,NHKには「官業」の意識が残っているからか,日本には各地各地方に様々な言葉があるのに《放送現場で使う人だけでなく、日本語の発音・アクセントを学ぶ人にとって役立つ情報に満ちあふれた、“これぞ現代のアクセント辞典”》として,かつての標準語あるいは現代の共通語をつくろうという夢を捨てていないように思われる.
 それが「クマ」の発音に表れていた.NHKは何がなんでも「クマ」の発音を全国的に一つに統一固定しようとしたのだが,もちろんそんなことは無理だ.上に引用した《これまで「クマ\」だけしか認めていなかったものを、今回から「ク\マ」というアクセントも認めています》は,アクセント統一が無理であることを理解したNHKが,多少柔軟になったことを示しているのかも知れない.
 しかし往生際が悪い.《日本語には、時代によってアクセントが変化することばもあります。たとえば「熊」ということばは、昔は「クマ\」という発音でしたが、現在では「ク\マ」という発音もよく使われています》というが,その「昔」ってのはいつの時代の話だ.
 無理やりな官製国語である標準語ではなく,自然にできあがった東京の下町言葉では,それこそ昔から熊は「ク\マ」(高低) と発音した.
 嘘だと思うなら,八代目桂文楽,六代目三遊亭圓生など昭和の大名人と呼ばれた噺家たちが残した録音を聴いてみるがいい.長屋に住む熊は「ク\マ」以外にない.
 落語は口承芸だから,文楽や圓生の発音は,江戸から明治にかけての名人たちが話した下町言葉の発音を継承している.すなわち昔から熊は「ク\マ」だったのである.
 NHKは「クマ\」をアナウンサーの統一発音にとどめて,どうか《これぞ現代のアクセント辞典》などとふんぞり返らないでいただきたいものだ.
 
 ところで童謡「森のくまさん」は「クマ\」さんだ.どうしてなんだろうと思ったら,米国民謡に日本語歌詞をつけたのは大阪出身の小説家である馬場祥弘だった.もしかすると「クマ\」は関西のアクセントなのかも知れない.
 それから「くまのプーさん」だが,ある人がTDLの広報に電話して「クマ\」なのか「ク\マ」なのか質問したら,「ク\マ」のプーさんですとの回答があったという.これはTDLの人が関東の人だったからだろう.大阪の本屋で店員さんに質問したら「クマ\」のプーさんですと答えるかも知れない.もっとも,プーさんはクマじゃなくてクマのぬいぐるみだけどね.




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