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2020年11月27日 (金)

うまけりゃ嘘も許されるのか

 本橋隆司というフリーのライターがいる.『立ち食いそば図鑑 東京編』の筆者として知られる.
 この本橋が東洋経済Onlineに《「つなぎが多いそばはダメ」という大きな勘違い つなぎにはいろいろな役割があった》を書いている.
 この記事で本橋が書いている嘘八百をいちいち批判することは避けるが,善良な消費者を欺く点は指摘しておかねばなるまい.
 本橋の記事は,この夏に閉店した人形町 (東京) の「誠や」という蕎麦屋の意見を紹介する形で書かれているが,まず本橋は次のように書きだす.(文字の着色強調はこのブログの筆者が行った)
 
そば好きの中には、十割そば以外はそばと認めないという人が、少なからずいる。確かにいいそば粉を使い、腕のいい職人が打った十割そばは、誰が食べてもおいしいと感じるだろう。「そばは十割に限る」という意見ももっともだ。
 その一方で、町の一般的なそば店や立ち食いそば店ではつなぎを使ったそばが主流で、そば粉の割合は多くて7割。少ないと3割といったものもある。それらを指して「そばではない」と否定する意見もある。
 確かに大衆的な価格を維持するため、水増しでつなぎを使う場合もあるのだが、そうというばかりでもない。コスト以外にもそばにつなぎを使う、“積極的”な理由があるのだ。
 
「蕎麦につなぎを使うのはコスト以外の理由がある」というのは本橋の言う通りである.
 そもそも「蕎麦切り」が考案された江戸時代初期 (もう少し早い時期だとの説もある) は,蕎麦粉が十割で打った蕎麦は茹でて加熱することができなかった.切れてしまうからである.そこで当時は打った生の麺帯を蒸籠に載せて蒸した.これが今でも「蒸籠蕎麦」という名称となって残っている.つまり,茹でた蕎麦を蒸籠に似た器に盛って「蒸籠蕎麦」と称している店があるが,これは昔からある詐称である.とはいえ「見立て」と言えなくもないから,誰も文句はつけない.
 閑話休題.蕎麦 (蕎麦切り) の話だ.
 羊頭狗肉という言葉がある.本橋は《町の一般的なそば店や立ち食いそば店ではつなぎを使ったそばが主流で、そば粉の割合は多くて7割。少ないと3割》と言うが,これは普通の蕎麦屋と立ち食い蕎麦屋を一緒くたにする無茶苦茶な話である.
 街中の普通の蕎麦屋では,「盛り蕎麦」は五百円以上の価格設定が普通だ.この値段で蕎麦粉が三割という蕎麦を食わせる店は,おそらく存在しない.蕎麦粉三割の麺は蕎麦粉入りの細いうどんであり,食えばうどんであるとすぐ知れる.だからそういう店があったとしても,客に見抜かれて潰れる.
 その一方で,「かけ蕎麦」一杯が三百円前後である零細な立ち食い店では,製麺業者からの仕入れコストの関係で蕎麦粉は三割くらいだといわれる.これに対して機械打ちの自家製麺している大手の蕎麦チェーン店はもう少し蕎麦粉の割合が高いらしい.中には「二八そば」ラインアップにいれている店もある.
 現在の消費者感覚でいえば蕎麦粉五割以下は羊頭狗肉の蕎麦粉入りのうどんであるが,食うほうもこれを正真正銘の蕎麦だとは思っていないので,今更改めて食品偽装だと指弾する人はいないのが実際のところだ.
 話をまとめると,蕎麦切りのつなぎは,小麦粉を使う場合は二割で充分である.これ以上小麦粉を加えるのは,コストダウンを目的とする増量・水増し以外の何物でもない.そして原材料の七割が小麦粉である場合,もはやこの小麦粉は,つなぎではない.何を「つないでいる」のか全くわからないからだ.
 だが本橋は,つなぎ入りの蕎麦と,蕎麦粉入りのうどんを一括りに蕎麦と呼ぶ.これは,実は江戸時代から続く伝統食「蕎麦切り」の性格を変えてしまうことなのである.
 話は横に逸れるが,江戸時代の昔から各地で地粉とよばれた小麦粉は,それぞれの土地に特徴あるうどんを生み出した.
 というのは,うどんには「コシ」という性質があって,これは小麦のタンパク質であるグリアジンとグルテニンを加水して捏ねると生じるグルテンが本体であるが,この小麦タンパク質の量 (すなわちグルテンの量) が小麦の品種で異なるために,それがうどんの性質に影響したのだった.
 グルテンは,捏ねる時間や方法,加水量,塩分の有無によって粘度と弾性 (これを合わせて粘弾性と呼ぶ) が変化する.博多や大阪で好まれるふんわりとしたうどんから,ゴツゴツと堅い吉田うどんまで,郷土の伝統食たるうどんの食感は幅広い.
 ところが,昭和になっても製粉技術の機械化が進まず,製麺工業では後進県であった香川県が,昭和五十年代になると観光資源としての讃岐うどんに力を入れ,官民こぞってのマーケティングの成功で全国的ブームとなり,いつの間にか消費者のあいだに「うどんは (讃岐うどんのように) コシのあるほうがおいしい」という認識が定着してしまった.かつての「うどん後進県」が「うどん県」になったのである.
 本来の「蕎麦切り」は,蕎麦粉のタンパク質はグルテンを生じないために「コシ」とは無縁で,前歯でサクッとかみ切れる食感を有するものであるが,讃岐うどんのブームが影響して「コシのある蕎麦がおいしい」とされるようになってしまった.そしてこれが小麦粉による増量に拍車をかけた.小麦粉を増量して,強く捏ねてグルテンに強い粘弾性を発揮させる.こうすると「コシの強い蕎麦」ができるからである.
 テレビタレントが食レポで「この蕎麦はコシがあっておいしい」と言うとき,それは実は「蕎麦切り」本来の食感ではなく,うどんの食感を味わっているのである.
 こうして「蕎麦切り」の「讃岐うどん化」が進行した.下の画像は,奈良屋 (福島県南会津郡南会津町田島字田島柳6番地1) という製麺業者が製造販売している商品名「裁ちそば」の説明である.同社の公式サイトからスクリーン・ショットを作成した.
20201130b
 原材料名を見ると蕎麦粉よりも小麦粉が多く,これは蕎麦粉入りのうどんである.奈良屋は乾麺「裁ちそば」の蕎麦粉使用率を公表していて,四割である.
 こういう「蕎麦」ではないインチキな乾麺でも,消費者を欺いて名称を「干しそば」と表示することが可能なのは,日本の食品表示の欠陥である.
 しかも南会津の名物「裁ち蕎麦」は十割蕎麦であるはずなのに,奈良屋製「裁ちそば」は四割蕎麦だ.甚だしい食品偽装である.
 その上さらに,この乾麺には食塩が配合されている.上に述べたように,食塩の添加は,グルテンの粘弾性を強くして「コシ」生じさせるための,うどん製麺テクニックである.すなわち原材料の使用割合だけでなく,この乾麺はうどんの製麺方法で作られているのである.
商品説明に《そば独特の歯切れ そば本来の風味をご賞味下さいませ》と書かれているが,この乾麺の歯切れはうどんのそれである.よくまあ《そば本来の風味》などとまっかな嘘を書けるものである.この業者は,商道徳をどこに置き忘れてきたのか.
 もう一つ,奈良屋の製品を紹介する.
20201130a
 この乾麺の商品名は「挽きたて二八」で,蕎麦粉使用割合が八割である「二八蕎麦」を連想させる.奈良屋もこれが八割蕎麦であると商品説明で述べている.
 ところが本来の「二八蕎麦」は「コシ」がないので消費者受けが悪い.そこで奈良屋が工夫したのが,小麦タンパク質 (上の表では「小麦蛋白」と表記している) を配合することだ.
 小麦タンパク質とは,グルテンの粉末である.これを配合すると,小麦粉を大増量することと同じ効果が生じる.
 つまりこの「挽きたて二八」は,八割蕎麦を実質的に「讃岐うどん化」したものなのである.
 一消費者である私は,「蕎麦切り」をなんとしてでも「うどん化」したいという奈良屋の暗い情熱が理解できない.「蕎麦」は「蕎麦」でいいじゃないか.なんで「蕎麦」を「うどん化」しなくちゃいけないのか.そんなにうどんが好きなのならば,うどん屋をやればいいじゃないかと思う.
 
 で,香川県の「うどん県」作戦の成功が,つまり爆発的に増加した「讃岐うどん」需要が何をもたらしたかについて触れる.
 元々,うどんを打てる人が少なかった香川県は,爆発的に増加した需要を満たすためにどうしたか.
 昨日までうどんを打ったことのない素人でも,今日から簡単に「コシのある讃岐うどん」を作れる方法が香川県で普及したのである.それは,食品添加物「加工デンプン」の使用である.
 通販されている商品の例を挙げよう.
* 石丸製麺「技の極み 讃岐うどん包丁切り」
 原材料:小麦粉(国内製造)、食塩/加工でんぷん
* 亀城庵「半生讃岐うどん」
 原材料:小麦粉、澱粉、食塩、醸造酢、加工澱粉、粗製海水塩化マグネシウム
* 讃州「讃岐香ばし醤油焼きうどん」
 小麦粉、食塩、加工澱粉、酸味料
* 日清食品「謹製讃岐うどん」
 原材料:小麦粉、食塩/加工でん粉
* テーブルマーク(カトキチ)「讃岐麺一番 きつねうどん」 
 原材料名:小麦粉、食塩、加工デンプン
 
 以上に限らず,加工デンプン使用している讃岐うどんの例は枚挙に暇がない.また麺に加工デンプンを使うのは,讃岐うどんだけではなく,今では一般的である.例えばこれ
 上の例は包装された加工食品であるから食品添加物を表示する義務があるのだが,街中やロードサイドのうどん屋で提供されている讃岐うどんには食品添加物の表示義務がない.このことを讃岐うどん好きな消費者は知っておいたほうがいい.
 加工デンプンを使う讃岐うどんは,もはや伝統食品の「うどん」ではない.いわば工業製品である.そしてたぶん日本国内で食品添加物摂取量が最も多いのは香川県民であろう.加工デンプンは,他の食品添加物に比較して,添加量が桁違いに多いからである.
 昔,私は香川県に仕事で訪れる度に,讃岐うどんの店に行ったのであるが,厨房を覗くとそこに置かれた加工デンプンの袋を何度も見た.これが「うどん県」の実態なんだなあと思った.
 秋田の稲庭うどん,群馬の水沢うどん,名古屋のきしめん等々,古い伝統を持つ各地のうどんは,それぞれの製法を守って現在に至っている.これに対して香川のうどん店や製麺業者が加工デンプンを使うことに抵抗がなかったのは,うどん文化が発達しなかった土地柄だからであろう.郷土の伝統食に誇りを持っていれば,こんなことはできない.「三大うどん」の筆頭に讃岐うどんを挙げる人が多いが,他の伝統的うどんの生産者からすれば,讃岐うどんと同列に見られては大きな迷惑に違いない.
 
 さて讃岐うどんの商業的成功は,加工デンプンが様々な麺類に使用される事態を招いた.
 例えばコンビニの弁当コーナーに置かれている「そば」類は,必ず加工デンプンが使用されている.加工デンプンを使用すると,茹でた「そば」が何時間経ってもノビないからである.この「茹で置きしてもノビない」という不思議な性質は,実際に口に入れたときに如何にも人工的な食感として感じられて,蕎麦はこれでいいのかと問いたくなる.
 だが記事の筆者の本橋隆司と「誠や」の主人は次のように主張する.(以下の引用中,文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
そばにとって、つなぎはけっして悪いものではなく、むしろ必要なものだ。コンビニエンスストアで売られているレンジ調理麺のそばは、近年、その風味や喉越しが高く評価されている。しかし、それも一回調理したそばを、レンジで再加熱してもだれないよう、つなぎを工夫した結果である。
 また、最近、若い世代を中心に人気となっているラー油の入ったつゆで食べるつけそばも、濃厚なツユに負けないよう、つなぎに加工でんぷんを使ったしっかりしたそばにしている。どちらも、よりおいしいそばを食べてもらえるよう、新しいつなぎを研究開発した結果なのである。
「もちろん十割そばはそばの完成形だと思いますし、それはそれでいいと思います。何を使おうと、結局、おいしいそばができればいいと思いますよ」
 職人が手打ちした十割のそばはおいしい。しかし、町そばの機械製麺した7割のそばも、茹で置きしてもだれないよう作られた立ち食いそば店の4割そばも、でんぷんを使った歯ごたえのあるつけそばも、それぞれが違うおいしさを持っている。そば粉の割合は気にせず、おいしいそばを楽しんでもらいたいと、1人のそば好きとして強く思う。
 
《レンジで再加熱してもだれないよう、つなぎを工夫した》と本橋は言うが,加工デンプンのメーカーが「これを使うと再加熱しても大丈夫です」とレンジ加熱調理麺の製造業者に持ち込んだのだ.調理麺の業者がつなぎを工夫したわけではない.
 蕎麦のつなぎには小麦粉の他に各地で山芋が使われてきた.蕎麦は栽培できるが小麦の栽培には不向きな山間地では,つなぎに山芋を用いることが行われてきた.あるいは新潟名物として名高い「へぎそば」には布海苔をつなぎに使うが,これは大正時代に魚沼郡 (雪深い土地で小麦作に適していない) の小林重太郎が考案した蕎麦の打ち方で,日本海が近いことから身近な食材である布海苔を思いついたものらしい.この二例のように,種々研究し試すことを「工夫」というのである.
 これに対してレンジ加熱調理麺に加工デンプンを添加するのは,加工デンプンのメーカーが「麺質改良剤」として開発した食品添加物を,技術説明書の通りに使っているに過ぎない.
 また本橋は《濃厚なツユに負けないよう、つなぎに加工でんぷんを使ったしっかりしたそばにしている》とも言っているが,コンビニの「ざるそば」も,蕎麦つゆは特に濃厚というわけでもないのに加工デンプンが添加されている事実と矛盾する.本橋は何ら調査をせずに思い込みで辻褄の合わぬことを書いているのだ.(ちなみにコンビニの「ざるそば」は笊とは無関係で,なぜ「ざるそば」と称するのか不思議である)
 さらに言うと,加工デンプンは「麺質改良剤」という食品添加物であり,これを「つなぎ」であるとするのは,本橋隆司の独自研究である.本橋以外にそのように主張する者を私は知らない.
 讃岐うどんといい,コンビニの「ざるそば」といい,《何を使おうと、結局、おいしいそばができればいい》わけがない.本橋隆司の論理で行けば,蕎麦粉三割,二割,一割,あるいは蕎麦粉5%でも《おいしいそばができればいい》ことになるが,そうするとかつて社会問題となった食品偽装を無制限に許すことになる.
 蕎麦粉四割の麺を製造販売しても一向に構わぬが,蕎麦粉よりつなぎの小麦粉が多いものは例えば「蕎麦粉入りうどん」と表示するように,消費者保護の立場に立って法を定めるべきである.原材料表示義務のない立ち食い蕎麦屋の場合はどうするか.蕎麦粉五割以下ならば店名に「立ち食いうどん○○屋」と書かせるようにすればいい.
 また消費者保護とは別のこととして,化学的合成品である加工デンプンを添加した麺を製造販売しても一向に構わぬが,嘘はいけない.それは「蕎麦切り」の文化的伝統に反する.このようなまがい物には,例えば「蕎麦粉入りうどん (加工デンプン使用)」との表示を義務付けることが,食文化を大切にするということなのである.

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