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2020年10月22日 (木)

産経は空想で記事を書く

 産経新聞《伊藤忠、商社流経営で“負け組”ファミマを再生できるか》[掲載日 2020年10月22日 14:43] は,遂に崖っぷちに追い詰められて上場廃止となった「負け組」ファミリーマートについて論評している.

そうした中、伊藤忠は得意とする、デジタル技術で事業を変革するデジタルトランスフォーメーション(DX)を活用し、ファミマの事業立て直しを進める考えだ。顧客の各種データを生かして、潜在ニーズを掘り起こすことで、新商品、新サービスの開発や店舗の効率化を進めていく。
 
 いかにもレベルの低いのが顕わな産経の記事である.
 先日,近所のファミマで買い物をしたら,レジのバイト君がクジを引いてくださいと言った.
 箱の中からクジを一枚引いたら,缶コーヒーが当たった.クジ運が悪い私にしては珍しいこともあるもんだと思ったら,冷蔵庫を見に行ったバイト君が「すみません,その缶コーヒーはいま切らしてます」と言った.
 食品ロスの根絶を金科玉条とするファミマの在庫管理は綱渡りだ.売ることよりも捨てないこと.これがファミマのポリシーなのは,コンビニ経営の評論家諸氏が既に充分指摘していることである.
 だからファミマは,当たりクジの景品すらも確保せずに客にクジを引かせる.
 また例えばロスを回避せんとするあまり,昼前には弁当などの棚におにぎりが一個,サンドイッチが二つなんていう状態だから,昼飯時に弁当もおにぎりもサンドイッチも切らしていることがある.棚がカラッポなので,客は買うものがないのでそのまま出て行ったりする.ランチタイムが終わった頃にようやく補充が来ても,もはや後の祭りだ.
 つまり,ファミマは《顧客の各種データを生かして、潜在ニーズを掘り起こすことで、新商品、新サービスの開発》をする以前に,顕在需要に応えていないのである.
 というのは,この文章の本題ではない.私はファミマの関係者ではないので,いずれ伊藤忠がファミマを見捨てることになっても私の懐が傷むわけではないからである.
 言いたいのは,だめなのはファミマではなくて産経であるということだ.
 伊藤忠に頼まれたかのような提灯記事を書いてる暇があったら,ファミマの弁当やおにぎり.あるいは「お母さん食堂」の商品を自分の口で実際に食ってみろと言いたい.
 上に挙げた産経の記事は,当事者発表をそのまま取り上げるだけでウラをとっていない.つまり報道になっていない.これは一事が万事で,そもそも産経は,事実に基づいて新聞社としての見解を読者に伝えるという姿勢がないから,三流紙なのである.
 
 さてファミマの今後について言えば,潜在ニーズ掘り起こしの前に,現在のアイテムをセブンやローソン並みの味にしてくれ,というのがコンビニ利用者の偽らざる声だと私は思う.
 少し前のことだが,日経が提供するテレビ番組《カンブリア宮殿》を観ていたら,ファミマの社長が登場して,ファミマ社内の食品開発の技術者と協力会社の技術者が作り上げたレシピにあっさりとダメ出しをしていた.それを見て私は「こりゃだめだ」と思った.
 ファミマの現社長は自分を何様だと思っているのだろう.開発の専門家である技術者が作成したレシピにダメ出しをできるのは消費者だけなのである.開発商品の評価を消費者に求める姿勢がファミマにはないから,「負け組」になったのだ.
 
 いずれ伊藤忠はファミマの《店舗の効率化》しかやることがなくなって,セブンやローソンが出店していない隙間地域のファミマを残して事業を縮小整理することになるだろう.それは,そう遠くのことではないような気がする.

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