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2020年10月 5日 (月)

失われた昭和グルメ

 昨日放送されたTBSテレビ《絶滅料理よ いざ復活! ロストグルメ2》が素晴らしかった.お笑いバラエティとしても料理番組としても出色の出来であった.TBSオンデマンドとかTVerなどの環境を持っているかたはぜひ御覧頂きたい.
 この番組の中に《昭和に消えたロストグルメ》と題したコーナーがあり,番組紹介サイトには次のように書かれている.
 
いまや当たり前に食べている「洋食」だが、一般家庭に浸透したのは昭和初期。きっかけとなったのは、当時奥様方のバイブル的存在だった雑誌「主婦之友」。》(下は同サイトの一部のスクリーン・ショット)
 
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『主婦の友』は主婦の友社発行の女性向け月刊誌で,大正六年 (1917年) 創刊.戦後徐々に部数を落とし,平成二十年 (2008年) に休刊.『主婦と生活』『婦人倶楽部』と並んで長く主婦向けの代表的な雑誌であった.婦人誌の付録に初めて「家計簿」を付けた雑誌として知られ,休刊時には同誌付録の家計簿ファンが休刊を惜しんだ.
 スクリーン・ショットの右側の一冊は発行年が不明であるが,左側の一冊は「昭和六年八月號」である.昭和六年は1931年.
 表紙上部に「五千圓の勧業債券贈呈の大懸賞」とある.
 左下隅に,第一附録「新案実物大型紙各種」第二附録「一目でわかる日本全国旅行地図」と,付録名が書かれている.ここでWikipedia【主婦の友】から一部を下に引用する.
 
付録十年戦争
 当時の婦人誌では、春夏秋冬の年4回だけ付録を付ける習慣だったが、1931年の『主婦之友』では新年号に続き2月号に別冊付録を付ける。すると『婦人倶楽部』3月号でも別冊付録を付けた。ここから二誌の付録合戦が過熱し、「片手で持てない大付録」といったキャッチフレーズも付き、1934年『主婦之友』新年号では、「家庭作法法典」512ページなどの十五大付録とし、新聞広告には「お買いになる方は風呂敷をお持ちください」と載せた。この頃両誌の発行部数は100万部を超えていたが、毎月赤字となり、これを見かねた実業之日本社先代社長の増田義一が仲裁に立ち、1941年に石川武美と講談社社長の野間清治の間で自粛協定が結ばれた。またこの間、『主婦之友』は最高発行部数163万部を記録した。》(文字の着色強調は当ブログの櫃者が行った)
 
 上に示した「昭和六年八月號」はまさに婦人誌二誌の付録戦争が勃発した頃の貴重な古書である.
 付録の「新案実物大型紙各種」は,洋裁の型紙である.この頃の庶民女性は普段着を自分で縫うようになっていたのだろう.
 型紙は全くの実用品であるが,二つ目の付録「日本全国旅行地図」は,現代なら海外旅行地図を付録にするところだろう.昔も今も女性たちの憧れが「旅」であることを反映しているのかも知れない.
 ところで婦人雑誌の古書は,今でも流通しているのである.仮に雑誌本体に付録がちゃんと揃って付いていると一体どれ位の価格になるか想像もつかないが,調べてみたところ本体だけなら「昭和六年八月號」はオークションで二千円で落札されていた.
 では二千円の価値は,この古雑誌のどこにあるのだろう.そもそも,初出ということに価値がある文芸誌でもなければ,歴史的価値のある論文が掲載されている総合雑誌でもないこんな雑誌を,どこの誰が大事に保存していたのだろう.
 昔聞いた話なので信憑性に自信はないが,婦人雑誌が保存されてきた理由は,特集記事にあるというのだ.
 
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 上の画像にあるような特集は,発行部数を増やし,かつ読後に捨てられずに保存される結果を生んだのだとのことだ.知らんけど.
 そういえば小学校の頃,うちの押し入れの奥に『主婦の友』が何冊も突っ込んであったなあ,と思い出す御仁は多いのではないか.
 つまりはそういう事情で,この種の婦人雑誌は保存され,それが今でも古書市場に出回るらしい.知らんけど.
 だがもう私にはこういう特集号を読む気力がない.読む意味がない.
 ではあるが,今も入手できる婦人雑誌には料理の頁が毎号あったに違いない.そしてそこに掲載された昭和レトロかつ奇想天外な料理のレシピに感動し,あるいは大笑いした皆さんがTBSテレビ《絶滅料理よ いざ復活! ロストグルメ2》を制作したのだろう.こんなおもしろいものをテレビ番組で終わらせるのはもったいない.誰か昔の婦人雑誌を買い集め,「昭和に消えたロストグルメ」を調べて本に書いてくれないであろうか.そんな本がもし出版されたら,ぜひ読んでみたいと思う.

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