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2020年10月 8日 (木)

暗いと不平を言うよりも

 老人の常として,私は朝が早い.真夜中には目が覚めて,そのまま何やかやしているうちに四時になる.朝食の時間であるから,白菜と油揚げを刻んで味噌汁を拵えたりする.
 味噌汁を飲んでいると,私と同様に歳をとった愛犬が起きてくるので,彼女にも新しい水とドッグフードを与える.この時にラジオをオンにしているので,時々ニッポン放送《心のともしび》が耳に入ることがある.
「心のともしび」は宗教法人「カトリック善き牧者の会」によるカトリック系布教番組であり,長寿番組として名高い.
 番組冒頭に朗読される《暗いと不平を言うよりもすすんであかりをつけましょう》は,とてもよい言葉であると私は思う.
 
 さて今朝は三宮麻由子さんというかたのエッセイ「言葉の力」が放送された.心のともしび運動本部のサイトからスクリーン・ショットを作成し,全文を引用する.
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 いかがであろうか.
たとえば、飲食店の店員さんが「お皿が熱いのでご注意ください」と言うとき、「えされがえつえのでげちぇーいけだすい」と聞こえます》の場合,ひょっとしたら中国から来ている人の可能性があるが,《駅の放送でも、「一番線の電車は代々木上原行きです」と言う言葉が、「いちあんせんなれんさはややぎええはらえきれす」と聞こえるのです》に至っては,三宮さんの聴覚に,明らかに何か支障が生じていると思われる.
 いわゆる「耳が遠い」という症状は,加齢性難聴という.加齢性というと老人の難聴を想像するが,実は二十代から徐々に進行し,五十代になると自覚症状が現れる.しかし加齢性難聴は進行がゆっくりしているために,自分の難聴に気づかない人もいて,この種の人は困ったことに自分は正常で「他の人の発音が悪い」と思い込む.
 
 この「耳が遠い」には二種類あるようだ.一つは高齢者に多いのだが,小さな音が聞こえなくなる.
 もう一つは,可聴周波数帯が非常に狭くなってしまう症状だ.オーディオ趣味のかたは御存知の通り,人間の聴覚は高音域から衰える.私の知人で,四十代前半に可聴周波数帯の上限が4kHz (健康な人の上限はおよそ20kHz) にまで落ちてしまった男がいるが,会社の健康診断で指摘されるまで本人は無自覚であった.この男は,小さい音が聞こえないわけではなかったので「まさか難聴だとは思わなかった」とかなりショックを受けていた.
 ところで高音域が聞こえなくなると,どのように聞こえるのか.
 健康な人の通常の会話はほぼ250~4kHzの範囲であるので,自分の聴覚の可聴周波数上限が4kHzなら問題ないようなものだが,実は明瞭さを欠いて聞こえるのである.自分でオーディオのプリアンプを作れる人は,音源の高音域をカットするフィルターを回路に入れて実験してみとるよろしい.「よよぎうえはらいきです」が「ややぎええはらえきれす」のように聞こえるだろう.
 また三宮さんは《声も変わってきました。アナウンサーやキャスターのようなプロでも若い世代の中に、鼻風邪を引いたような濁った声の方が多くいます。しかも発音がぼやけているため、非常に聞きにくい話し方になってしまいます》と書いているが,これも三宮さんは高音域が聞こえなくなっていることが理由だと考えられる.
 
 篤い信仰というのも善し悪しで,三宮さんのように,自分は正しいと確信して疑わない厄介な人になりやすい.
 三宮さんは自分の難聴を全く疑っていないようだが,他人の発音が悪いと不平を言うよりも,進んで耳鼻科に行かれるとよいと思う.
 駅のホームの放送 (多くは合成音声だ) が聞き取りにくい場合,もしかしたら自分の聴覚に原因があるかも知れないと普通の人は思う.しかし三宮さんは違う.普通の人ではない.この人のように,自分のことはさておいて他人にアレコレ文句を言う人は,キリスト教布教のための放送「心のともしび」に相応しくない.朝っぱらから唯我独尊的な主張を聞いて不愉快になった人は多いのではないか.
 
[追記]
 考えたら,難聴には三つ目のタイプがあった.聞きたくないことは聞こえない,という難聴である.
 河野大臣は記者会見で,気に入らないメディアの記者が質問すると,聞こえなかったかのように「次の質問をどうぞ」と言う.これがこのタイプの代表例である.(《記者が見た「次の質問どうぞ」》)

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