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2020年10月28日 (水)

なーにが Go To トラベルだ

 例えば小学校の社会の授業で,日本全国の白地図に県境だけを描きいれたものを配られて「これに都道府県名を記入しなさい」というテストがあったとする.小学生といってもピンからキリまであるからテスト結果がどんなもんだかは想像するしかないが,まあ五人に一人は正解できるかも知れない.
 これが中学校になると,地理の他に覚えなけりゃいけないことが多すぎて,勉強ができる子とできない子の差はグンと開き,上の例えの地理テストは,正解者は十人に一人くらいではないか.
 さらに高校になると日本どころか世界地図に国名を書き入れるのも試験問題になるわけだが,スイスやオーストリアがどこにあるのか答えられない生徒が普通であるのは間違いない.
 このような教育を受けて卒業した人々 (実は私は高校一年生の時の地理で,期末試験で40点をとった ^^;) にとって,地理の知識とはクイズに他ならない.実際にテレビではクイス番組が隆盛だが,広い意味で地理の雑学知識はクイズのメイン・ジャンルである.広い意味で,というのは,白地図に県名や都市名,あるいは国名などを書き入れるなんていうのは,「地理」という知の分野のほんの入り口だからである.そして「地理」の勉強の入口は,「歴史」の勉強の入口でもある.
 だが残念なことに,私も含めて日本国民のほとんどは,高校を卒業すると我が国の地理をきれいさっぱり忘れてしまうのである.
 白地図に県名を書き入れるのならともかく,各都道府県の形を切り取ったジクソー・パズルのピースのようなものを作り,その形から県名を回答するテスト (これは,山陽地方とか山陰地方とかあるいは九州だとかの情報がなく,南北が不明でしかもまた周囲の県がどうなっているかも不明な難問だ) なら,学校を出て何年も経った社会人の場合は,ほとんど正解者はいないと思われる.
 上に述べたように,地理がわからない人は歴史もわからない.歴史,とりわけ日本史は「歴女」などいうブームがあって人気だが,歴女クラスの人は別として,旧萩市の位置を地図上に指摘できない一般の人は幕末の歴史を全く知らないと断じてよい.田原坂ってなに?という人は西南戦争を知らぬ.
 同様に,東京以北の地方都市を知らぬ人は意外に多い.これは,明治の新政府軍がどのように戦い,東北各藩がどのように抵抗したかの歴史を多くの日本人が知らないことを意味している.勉強のできない高校生が,例えば「戊辰戦争はいつ始まっていつ終わったか」を暗記しても,そんなのはテストの前の勉強にもならないのである.
 
 先日,「都道府県魅力度ランキング2020【47都道府県・完全版】」というものが発表された.
 これは出版社が勝手に作ったもので,政府機関が行政データとして作成したものではなく,いわばネタとして笑っていればいいと思われるが,例えば地価とか県外からの観光客数に影響するとしたら,必ずしも笑ってはいられないということになる.
 毎年発表されるこのランキングに,群馬県や栃木県など不人気県の知事たちがかみついた.このコロナ禍の最中にこんなものを発表する「ブランド総合研究所」という団体のアホさについては,自治体首長の怒りも憤懣もよくわかる.
 それはともかくとして,栃木県知事が件の魅力度ランキングに抗議したことを伝えたテレビの情報番組がおもしろかった.
 多分東京都内の街頭で行ったインタビューだと思うが,そこらへんの人々に「(東照宮とか華厳の滝がある) 日光は何県にあるでしょう」と質問したら,テレビで放送された限り (意図的に編集したのでなければ,の意) ではみんなが長野県と答えたのである.栃木県知事の無念や知るべし.
 バスツアー「日帰り日光東照宮」なんてのに Go To トラベルで参加した老夫婦は,旅を終えて帰宅して「やっぱ長野はいいところだなあ」てなことを語り合いながら,政府に感謝しつつ夕飯を食ったりするのである.なーにが観光復興だ.Go To トラベル キャンペーンの原資は,旅行に行くどころではない勤労庶民が払った税金だぞ,血税だぞ.ドブに金を捨てる阿呆どもめが.
 日本人はそんなバカばかりではないと言う人はいるかと思う.しかし,こと地理に関してはバカのほうが多いのではないかというデータが確かにあるのである.
 古い出版物だが『バカ日本地図―全国のバカが考えた脳内列島MAP』がそれだ.今でも古書が手に入るので御一読をお勧めする.公共図書館にもあるかも知れない.
 そのキャッチコビーにこう書かれている.
 
「鳥取と取鳥,どっちが正しいかわからない」「名古屋は県名だと思っていた」「富山は山だと思っていた」……こういったバカたちの脳内地図をかきあつめてつくったのがこのバカ日本地図。ウェブサイト「借力」がはじめた「バカが思い描いている日本地図をつくる」プロジェクトがついに書籍化です。書籍版ではバカ日本地図の誕生から最終形態までの変遷地図,ユーザーの勝手な脳内日本地図投稿を多数収録。
 
 この書籍の内容は抱腹絶倒だ.残念なことにオリジナルのサイトは現在は閲覧できないが,勝手にコピーした動画がいくつもネットに投稿されているので,関心ある向きは「バカ日本地図」で検索すると一部を御覧いただける.
 この書籍を読むと,日本人の頭の中で,日本という国がどのようになっているか,よくわかる.
 例えばコピー動画の一例には《群馬,栃木,茨城を知らない人が多かったため,全部まとめて埼玉県に吸収されました》とのキャプションがあるが,これはリアリティがある.w
 栃木,茨城,群馬の不人気は今に始まったことではないのである.各県知事は怒っているが,これは一周遅れである.映画『翔んで埼玉』とかお笑いの「U字工事」や「かみなり」のように自虐ネタで人気を博するのが今の時代というもののようだ.
 
 さて私は,日光東照宮は長野県にあると思っている国民のために多額の税金を投入して欲しくない.
 もし政府が,観光業界という消費ばかりで何物をも生み出さない不毛な産業に国民の血税を投入するなら,旅行の参加資格として歴史と地理のテストを課して頂きたい.
 上に挙げた日光見物バスツアーを例にとるなら,東照神君家康公にまつわる事跡に始まり,旧幕府軍が奮戦した宇都宮城の戦いに至るまでの栃木県に関する知識を参加者に事前に試験し,試験合格者にだけ旅行代金割引をするのがよい.それなら税金を投入しても無駄ではなかろうし,栃木県知事は納得すると思われる.
 
 さて偉そうに書いてきたが,私は歳が三十を少し過ぎた頃に,ハワイで開催された学会に出かけたことがある.日米の食品分野の学会が共催したので,開催地をハワイにしたのである.
 既に述べたが,私は高校の地理のテストで40点を取った男である.
 だから,ハワイがどこにあるのかもよくわからなかった.太平洋にハワイという島があり,そこにワイキキのビーチやダイモンド・ヘッドがあるのだと思っていた.行く前にガイドブックくらい読めと昔の自分を叱りたい.確かにハワイ島という島はあるので紛らわしいが.w
 で,学会の前日,JALの飛行機がオアフ島に到着して,初めて私はこの島がハワイの中心地であることを知って愕然とした.それで,ホテルの部屋に荷物を運び入れたあと,すぐに私は街に出かけて書店を探し,ハワイの地図を買ってハワイの地理を勉強したのである.
 それ以来,私は旅の前にはその土地について,すなわち地理と歴史を必ず予習するようになったのである.
 
 NHKの教養番組《ブラタモリ》の視聴者は,タモリの博識を既に御案内の通りであるが,あの知識は通りいっぺんのものではない.タモリは全国各地を飛び回るような芸能人ではなかったから,あちこちでの仕事のついでに得た雑学ではなく,歴史や地理地学について大変な勉強家だったのであろう.
 タモリならずとも,旅をすることは人生の勉強である.繰り返すが,長野県に東照宮を見物に行くような阿呆旅行に税金を投入すべきではない.

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