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2020年9月 4日 (金)

卵料理の基本

 人気テレビ番組《家事ヤロウ》には感心することが多い.無数の料理好きの諸嬢諸兄がネットに上げたアイデア料理,既製食品のアレンジなどの他にも,多芸多才な料理家である和田明日香さんが出演して,料理の基本的な知識と技術が披露されるからである.
 例えば諸兄は,どのようなやり方で鶏卵の卵黄と卵白を分離しているか.料理のトッピングに卵黄を使うのはよくあることだ.
 年配者は,二つに割った殻の片方からもう片方に卵黄を移したり戻したりして,卵黄だけを取り出しているのではなかろうか.
 卵黄も卵白もすぐ調理してしまう時はこれでよいのだが,卵黄はすぐ使うが卵白は暫時保存しておく,なんて時は,殻の外側に付着していた雑菌で卵白が汚染される可能性のある点があって少し困る.それに,多少の器用さが必要で,慣れないと失敗する.卵黄と卵白の分離具合もあまりきっちりとしたものではない.
 ところが最近のネット上の記事を検索すると,小鉢に割り入れた全卵から,スプーンで卵黄だけを掬い取る方法が広く推奨されているようだ.
 実際にやってみると,確かにこれは失敗がなく,卵黄と卵白の分離具合もよろしい.(ただし,卵黄にはカラザ<chraza;殻座は当て字>が結合しているので,箸先で卵黄からカラザを切り離してから卵黄を掬うようにする.そうしないと卵黄にカラザが付着して見た目がよろしくない)
 全卵から卵黄を分離する仕方として以前から上記の二つの方法があったわけだが,《家事ヤロウ》が紹介して広めたのは空のペットボトルを使うやり方だ.空のペットボトルを少し握るようにして中を減圧にし,卵黄だけを吸い込むのだが,このやり方はもう十年くらい前にオリジナルの動画がアップされたものの,世間にあまり知られるには至らなかった.
 ところが数年前,これを再発見して拡散した人がいて,その動画がきっかけで,ペットボトルを使う方法がよく知られることとなった.オリジナル動画も再発見動画も「卵×ペットボトル」ですぐ見つかるので,御存知ないかたは検索して頂きたい.
 
 さていつだったかの《家事ヤロウ》で,和田明日香さんが卵をほぐすシーンがあった.和田さんは卵をボウル割り入れ,菜箸をボウルの底に触れるようにして立て,箸をチャチャッと数回,往復運動させた.そう,これが通常の料理における正しい鶏卵のほぐしかたである.
「往復運動」とはどういうことか.
 料理の先生は卵をほぐすことを「卵を切る」と言ったりするが,この動画の説明が,上手とは言い難いが,まあまあである.人気料理番組《上沼恵美子のおしゃべりクッキング》には辻調の先生方が出演しているが,先生たちの箸捌きはもっと手早い.箸の素早い往復運動方式で,あっという間に茶碗蒸しに使えるくらいにほぐした卵液ができてしまう.それはそれは見事だ.
 別法として,泡だて器を使っても「卵を切る」ことはできるが,卵をほぐすのに泡だて器を持ち出すのは洗い物を増やすだけだ.菜箸の往復運動のほうがが家事としては数段優る.
 これに対して料理初心者は,菜箸の先を渦を巻くように回転させてしまう.このやり方では卵液の中に卵白の大きな塊が残りやすく,こういう卵液では,錦糸玉子を作りたくても,均一に薄い玉子焼きは上手に焼けない.ということは薄焼き玉子で巻くオムライスもだめだ.要するに自己流によらずに卵をうまくほぐすということは,卵料理の基礎のイロハなのである.
 
 先日,TBS系列《プレバト!》を観ていた,俳句のコーナーで梅沢富美男が《野分の夜 ほぐす卵の のの形》を詠んだ.
 台風の日の夜の情景だ.キッチンで母親が卵をほぐしている.家の外の風雨に心細くなった子が母の脇に立っている.ボウルの中の卵液は箸でかき回されて,台風の渦のような「のの字」を描いている.
 梅沢富美男は自作を解説して次のように述べた.
 
(子供からファンレターをたくさんもらうので) よし,子供の気持ちで詠んでみようと.
 お母さんがホラ,一所懸命料理してる.そうすると台風が怖いからお子さんが「ママ,ママ」「お母さん,お母さん」て側にくっついている.玉子焼きなのかホットケーキなのか,わかりませんよ,溶いているところの中を見ると,「の」の形の台風の形になっているじゃないですか.その気持ちを,冨美男ワールド!,梅沢ワールド!
 
 梅沢富美男の語りのバックに流れたVTRは,母親が卵液を掻きまわすシーンであった.
 
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「菜箸」の文字と赤矢印は,当ブログの筆者が描きいれた.
  
 まず,梅沢富美男は《玉子焼きなのかホットケーキなのか,わかりませんよ》と言ったが,この「ホットケーキ」には注釈が要る.
 大きく分類すると,ホットケーキを作る際に,よく混ぜた粉 (薄力粉+ベーキング・パウダー+etc.) に予め卵をほぐした卵液 (+牛乳) を加えるレシピと,粉に直接全卵を割り入れて泡だて器で混ぜる簡単レシピがある.後者でもちゃんとホットケーキになる (動画「朝食にも便利☆小麦粉で簡単ホットケーキ」) ので,こっちのやり方で作る人は結構いるだろう.しかし丁寧さでは前者の昔ながらのレシピが優る.梅沢富美男と私は同年の生まれであるが,私も卵液を作ってから粉と混ぜるレシピ派である.
 次が少々問題.番組で放送されたVTRでは,「お母さん」は右利きで,ボウルの中の卵液を菜箸で時計回りに回していた.右利きの人は普通は時計回りに箸を旋回するので,卵液の渦は台風の渦と逆向きになる.「の」の字ではない.しかしこの間違いは梅沢の責任ではない.頭が悪い番組制作スタッフが,何も考えずに右利きの人を使って撮影したせいであり,バカはスタッフである.
 だが根本的には,このVTRの間違いは,梅沢富美男が卵のほぐし方の定法を知らなかったために起きたのである.
 既に述べたように,卵をほぐす際には,箸を旋回させてはいけない.いけない,というのは言葉のアヤだが,箸を旋回させたのでは均一でよい状態の卵液はできないという意味だ.
 とはいえ,カツ煮のような卵とじにするなら白身の塊が残ってもかまわないし,むしろその方が出来上がりの見た目はよろしいのであるが,梅沢自身が《玉子焼きなのかホットケーキなのか,わかりませんよ》と言っているのだから,ここは箸を旋回させずに,定法通り直線的な往復運動でチャチャチャッとほんの数秒で卵をほぐしてしまうべきなのであった.
 
 梅沢富美男という人は,刻苦勉励精進努力を絵に描いたような人物である.
《プレバト!》に登場したばかりの頃は,料理の土井先生に「才能なし」と酷評されていたのだが,やがてメキメキと腕を上げ,東京の一流料亭の料理長が感心するほどの料理上手になった.
 梅沢が料理の修練にどれほどの時間とお金と努力をつぎ込んだのかわからないが,結果は,私のような普通の家庭料理好きのレベルを遥かに超えている.梅沢が《プレバト!》で只一人の俳句永世名人となったのも,その勉強一筋の賜物に違いない.
 それだけに,梅沢が卵のほぐし方の定法を知らなかったのは,上手の手から水が漏れると言うべきだろう.
 ま,評者の夏井先生も卵のほぐし方を知らなかったのであるが,こちらは「茶畑で紅茶を摘む」なんて言う人だから,いつものことである.

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