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2020年9月 4日 (金)

加工でんぷん入りうどん /工事中

 知人から讃岐うどんを頂戴した.株式会社讃匠が製造している「さぬきうどんの亀城庵」というブランドの「半生うどん」で,常温保存できる製品だ.
「日本三大うどん」は,一に讃岐,二に稲庭,三に水沢 (五島うどんを推すひとも多い) が通り相場だが,稲庭うどん,水沢うどん,五島うどんは日本の伝統食の名に恥じないものだ.それぞれに味わい深い.
 ところが讃岐うどんだけは,歴史が非常に浅い.いやもちろん讃岐でも昔からうどんはよく食べられていたのだが,食文化的に,現在のいわゆる「讃岐うどん」(「さぬきうどん」などの表記の違いは無視する) と昔から「讃岐で食べられていたうどんは」は別物なのである.
 Wikipedia【讃岐うどん】に簡単に紹介されているが,1980年代に香川県は官民こぞって強力なマーケティングを行い,観光客を呼び寄せてブームを作った.私たちのような高齢者は,香川県の田舎で,製麺作業場のごとき粗末な路面店に観光客が長蛇の列を為し,あれよあれよと言っているうちに香川県が「うどん県」と宣言するに至ったのをテレビ,雑誌,単行本書籍で見せられてきた.本来は空腹を満たし,栄養と健康の基礎であるはずの食物が,お祭り騒ぎと娯楽の道具として使われるようになったのである.
 この讃岐うどんブームで注目すべきは,香川県の観光戦略が成功する過程で「讃岐うどんのコシ」信仰が生まれたことである.
 讃岐うどん的なコシのあるうどんがおいしいのだとメディアが持ち上げた結果,昔から大阪や福岡などで人々に好まれてきたフンワリとしたテクスチャのうどんは「弱腰うどん」などと呼ばれるようになり,讃岐うどんよりも格下であるとされるに至った.そして歴史も変哲もない地方のうどんに過ぎなかった讃岐うどんが「日本三大うどん」の一位であるとされるようになった.
 
 この「讃岐うどんのコシ」信仰が生まれたのには,加工でんぷん業界の寄与が大きかった.その経緯を以下に略述しよう.
 私が就職した食品会社は農産物加工を本業とする古い企業で,メインの事業の他にトウモロコシのでんぷんを製造販売していた.トウモロコシに限らないが,農産加工というのは付加価値の低い産業で,トウモロコシでんぷんはスナック菓子やビールの原料にすぎなかった.そこででんぷん製造業界が開発に注力したのが,主にタピオカでんぷんを原料とはするが,これに種々の化学薬品を加えて化学反応を起こす方法で製造する各種の加工でんぷんであった.
 この加工でんぷんが登場する以前,行政当局 (主に農林省/農水省,厚生省/厚労省,ならびにその他関係官庁) は,農産物を加工するに際して物理的方法 (粉砕して粉にするとか,加熱して物性を変化させる等) を用いたものは天然物とみなし,制限なく食品原料に使用できるとしていた.
 また農産物加工において,精製された酵素 (アミラーゼ等) を用いる方法も,微生物そのものを資材として使用する醸造や発酵食品製造の延長線上にあるものとみなし,これまた制限なく食品原料とすることが許されていた.
 ところがでんぷん業界は,加工でんぷんは明らかに化学合成品であるにもかかわらず,原料に農産加工品であるでんぷんを使うことだけの理由で,これはでんぷんの一種である,食品あるいは食品原料であると主張し,日本の行政当局もなぜかこれを認めた.
 その根拠を挙げておく.1979年9月20日に厚生省 (現厚生労働省) が発令した「米国大使館農務参事官宛の通知(環食化第46号)」である.これをもって加工でんぷんは食品としての流通が認められた.
 加工でんぷんが,でんぷんの一種であるとすれば,食品の原材料表示において「でんぷん」とだけ表示すればよい.そのため,日本の消費者の目から加工でんぷんの存在は覆い隠された.日本人の多くは長い間,化学合成品をそれと知らずに食わされていたのである.
 このことについて,加工でんぷんは安全性に問題があるわけではないからいいではないか,との意見を述べる者が今でもいる.
 しかし,人為的に合成した物質は安全性に問題があろうとなかろうと,食品添加物に指定して法の規制下に置くべきなのである.
 なぜなら,食品製造業者の一部に,消費者国民の健康よりも企業利益を優先する悪質な企業が存在するからである.
 食品の製造販売については食品衛生法は簡略な規範しか示していないが,添加物製造業には施設の基準等に詳しい規制がある.
 一般の食品と添加物とでは,取り締まりのレベルが全く違うのだが,これは昭和三十年に発生した森永ヒ素ミルク中毒事件が原点であり,現代に引き継がれているものである.Wikipedia【森永ヒ素ミルク中毒事件】の冒頭に次の通りに書かれている.
 
森永ヒ素ミルク中毒事件とは、1955年6月頃から主に西日本を中心として起きた、ヒ素の混入した森永乳業製の粉ミルクを飲用した乳幼児に多数の死者・中毒患者を出した毒物混入事件である。森永ヒ素ミルク事件(森永砒素ミルク事件、もりながヒそミルクじけん)とも呼ばれる。
 日本では食品添加物の安全性や粉ミルクの是非などの問題で、2017年現在でも消費者の権利として引き合いに出される事例となっている。また、食の安全性が問われた日本で起きた事件の第1号としてもしばしば言及されている。
 
 この事件のあと,食品衛生法の第九次改正 (昭和三十二年六月公布) や食品添加物公定書の作成等々,国民消費者の保護の立場を明確にした改革が行われ,現在の食品安全行政の基礎が築かれた.事件以前にはほとんど野放しであった添加物は定義が改められ (「添加物とは,食品の製造の過程において又は食品の加工若しくは保存の目的で,食品に添加,混和,浸潤その他の方法によって使用するものをいう」),化学合成品の定義 (「化学的合成品とは,化学的手段により元素又は化合物に分解反応以外の化学反応を起こさせてえられた物質をいう」) が新たに定められた.そして添加物はこの定義以後,厳しく取り締まられるようになったのである.
 ところが厚生省は昭和五十四年 (1979年) に突然,添加物と化学合成品の定義からすれば添加物以外の何物でもない加工でんぷんを,添加物としての規制の外に置いたのである.
 この当時,私は既に食品企業に就職して研究開発部門にいたのだが,化学的合成品 (化学的手段により元素又は化合物に分解反応以外の化学反応を起こさせてえられた物質) に他ならない加工でんぷんが,食品として堂々と製造販売されていることに疑問を持っていた.化学的合成品は食品ではなく添加物である.従って,加工でんぷんを製造している会社以外の技術者は,間違いなく全員が「これはおかしい」と思っていたはずだ.これには政治的な背景がある,と皆が思っていた.
 加工でんぷん業界は,加工でんぷんが添加物扱いになると大きな打撃を蒙る.食品の原材料表示に添加物として表示されることになると,食品の製造者は使用を躊躇するからだ.食品製造業者がなぜ加工でんぷんの使用を躊躇するかというと,もちろん消費者の反発を受けるからである.
 昭和五十四年はもう昔のことになった.今となっては,加工でんぷんを食品扱いにするということを厚生省 (当時) に呑ませた政治的な力が何であったか,調べようがない.日本の食品安全行政の黒歴史として残っているだけだ.
 
 しかし結局,こんな無茶苦茶なことが道義的に許されるはずがなかった.加工でんぷんが,化学合成品でありながら原材料表示には「でんぷん」と書かれて,あたかも天然の農産物であるかのように使用されている実態が社会に広く知られるにつれ,「これは化学的合成品であるから,食品添加物として法と行政の規制下におくべきだ」と考える消費者と食品研究者が増えた.
 またこれとは別に (実は食品だけのことではないが) 日本の食品産業が世界標準に足並みを合わせる必要が生じるようになった.わかりやすいのは貿易の面で生じる不都合であった.例えば米国は加工でんぷんを添加物に指定しており,米国から日本へ輸入される食品のラベルには加工でんぷんは添加物として表示されていた.しかし,同じ食品でも日本製は,加工でんぷんは添加物としての表示を免除されていた.
 当然,米国は日本に対して,これは非関税障壁の一つであるとして,加工でんぷんを日本製食品でも添加物として表示するように迫った.加工でんぷんを食品扱いとすることには正当性がないのであるから,当の加工でんぷん業界以外の食品産業界ではこの「外圧」を正当なものと受け止めた.
 この外圧に日本政府は耐えられず,加工でんぷんは食品添加物に指定されることになった.(全面的に屈したのではなく,添加物指定を免れたものもあった)
 結果オーライなら良しとすればいいのかも知れないが,かつて日本人は化学的合成品である加工でんぷんを,添加物だと知らずに食べていた事実は記録されるべきだろう.ここにそのことを記しておく.
 
 さて加工でんぷんは,でんぷんと反応させる薬品のタイプによって分類されている.Wikipedia【加工デンプン】から引用すれば以下の通りである.
 
食品衛生上、日本や欧州連合は、加工デンプンのうち物理的および酵素的処理によるものを食品、化学的処理によるものを食品添加物として取り扱っている。アメリカ合衆国は、すべての加工デンプンを食品添加物とみなしている。
 化学的処理による加工デンプンには以下のような化合物がある。
アセチル化アジピン酸架橋デンプン
アセチル化リン酸架橋デンプン
アセチル化酸化デンプン
オクテニルコハク酸デンプンナトリウム
酢酸デンプン
酸化デンプン
ヒドロキシプロピルデンプン
ヒドロキシプロピルリン酸架橋デンプン
リン酸モノエステル化リン酸架橋デンプン
リン酸化デンプン
リン酸架橋デンプン
デンプングリコール酸ナトリウム
 
 上の引用文中に《日本や欧州連合は、加工デンプンのうち物理的および酵素的処理によるものを食品》として取り扱っている,とある.
 酵素的処理というのは実際上,でんぷん分解酵素を作用させることであり,これは本質的にでんぷんの消化と同じプロセスであることから,特に安全性には問題ないとするのが一般的見解だった.
 ところが「物理的処理」には問題がある.加工でんぷんの一つに「油脂加工でんぷん」というものがある.技術書や特許明細書等によると「でんぷんに油脂を添加して熟成させて製造する」などと書かれている.問題とはこの「熟成」のことで,製造では,まず油脂を添加したでんぷんを加温して,油脂を酸化させる.こうして油脂の酸化によって生成した過酸化物がでんぷんと化学反応し,でんぷんの性質が変化することを「熟成」と称している.つまり「熟成」とは文学的表現であり,実際には化学反応が起きている.化学反応によって得られるものなら化学的合成品であるはずだと私は思うが,なぜか油脂加工でんぷんは現在も食品であるとされている.食品業界の暗部の一つである.
 以上に述べたように,かつて加工でんぷんは,事実は化学的合成品であるにもかかわらず「食品」であるとされた.そして加工でんぷんを原料に用いた食品の原材料表示において,添加物として表示はされず,消費者は何も知らされずに加工でんぷん入りの食品を食べていた.
 その加工でんぷんの主な用途の一つが麺,特にうどんであった.
 
 
木下製粉株式会社 でん粉の性質その8……加工でん粉
https://www.flour.co.jp/news/article/279/
 讃岐うどんに加工でんぷんが混入されていることの実態 業者自身の告白
 
冷凍日清謹製讃岐うどん5食入り
原材料名
めん (小麦粉、食塩/加工でん粉)
https://www.nissin.com/jp/products/items/8912
 
カトキチ「国産小麦 さぬきうどん」
原材料名 めん〔小麦粉(国内製造)、食塩〕
https://www.tablemark.co.jp/products/frozen/udon/detail/7115997.html
 
でん粉の麺用途における最近の動向
2010年5月
松谷化学工業株式会社研究所 第二部2Gグループリーダー 横山 公一
https://www.alic.go.jp/joho-d/joho07_000031.html
  讃岐うどんへの加工でんぷん混入の実態
 
加工でん粉の基礎知識と現状について
2010年3月
松谷化学工業株式会社 研究所 第二部 部長 菅野祥三
https://www.alic.go.jp/joho-d/joho07_000055.html






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