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2020年8月 8日 (土)

門前の小僧は習わぬ経を読むが

 沙鴎一歩という匿名ライターがいて,PRESIDENT Onlineあたりによく寄稿している.昨日は,PRESIDENT Online《安倍政権と朝日新聞、「国民の不安」を煽っているのはどちらなのか》[掲載日 2020年8月3日 18:15] がアップされていた.
 この人物の書くものは,自然科学の知識が必要な分野のことになると,いわゆる「トンデモ」な文章であることが多い.テレビ朝日の玉川徹氏はかなりテレビで言いたい放題をしているように見えるが,さすがに京都大学大学院農学研究科で学んだ経歴の持ち主であり,自然科学の知識に関するコメントではほとんど間違ったことがない.また間違ったことを言ってしまったらすぐに視聴者に謝っている.このように玉川氏のようにテレビ番組のレギュラー・コメンテーターは,ある日の放送で間違ったことを言ってしまっても,翌日の放送で訂正ができる.その点は玉川氏は恵まれているといえる.
 しかし文章を書くジャーナリストは,よほど丁寧に調べてから書かないと,間違った場合にリカバリが困難だ.新聞や週刊誌で紙媒体の場合には訂正記事というものが存在するが,PRESIDENT Onlineにはそんなものはないだろう.あっても誰も読まない.その点で沙鴎一歩は,書き殴り,あるいは書き逃げだと非難されても仕方ない点が多々あるように思う.
 今回の記事も「門前の小僧が経を読む」以下の知識で書き殴ったようで,しょーがねえなあ,と思ったので指摘しておく.(リンク切れに備えて当該記事のスクリーンショットを引用掲載する)
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以前にも書いたが、1万分の1ミリという極小のウイルスは、野外では風に吹かれてあっと言う間に拡散してしまい、感染など成立しない。緊急事態宣言中に神奈川や千葉の県知事が「海に来ないでほしい」などと呼びかけていたが、海岸は陸風海風と常に強い風が吹いていてウイルスはすぐに消える。野外でのマスクは実におかしな話だ。熱中症の危険もある。
要は過剰反応なのである。感染に対して神経質になれば、オキシトシンなどのホルモンの分泌を妨げ、私たちが本来持っている「自然免疫」を弱めてしまう危険性もある。
 
 沙鴎は《海岸は陸風海風と常に強い風が吹いていてウイルスはすぐに消える。野外でのマスクは実におかしな話だ》と言うのだが,海岸は常に強い陸風海風が吹いているわけではない.確かにそういう海岸もあって,海岸にいつも,その土地の厳しい気候風土を象徴するかのように強い風が吹いていることはある.でもそれは「陸風海風」とは全く無関係な話なのである.
 実は「陸風と海風」は小学校の理科の知識なのである.すなわち小学生向けのサイトである中学受験ナビ《海風と陸風は3つの自然法則とストーリーで理解しよう》[掲載日 2020年1月6日] を読めば受験知識として詳しく解説されている.
 このウェブページを読めばすぐ理解できるが,陸風と海風は「常に」「強く」吹くようなものでは決してない.特別な気象条件を必要とするのだ.さらには季節性も,地方性もある.大雑把に言うと,ある海岸地域において,大気が安定して静かな状態で,海上の大気温度と陸上の大気温度に大きな差が生じた場合に陸風や海風という現象が生じる.従って,そもそも大気が不安定な季節には発生しない.私の住みかに近い湘南海岸では,概していうと太平洋高気圧にすっぽり覆われて安定した夏季に発生するようだ.条件よってだが,夜間から午前中にかけては無風だったのに,昼頃から夕方まで海からの風が吹き,その後はまた無風になるなんてことも多い.
 こういうことは実際に海岸地域に行って調べるまでもない.テレビで毎日の天気予報を聞いていればわかることだ.海岸地域の風の有無と強さに影響する大きな要因は,高気圧と低気圧の位置関係,前線の通過あるいは停滞といった動的な気象条件である.日本列島というサイズ感でいうと,ある狭い海岸地域に生じる「陸風と海風」現象は,いってみれば些末なことなのである.
 しかるに唐突に,沙鴎が「陸風と海風」を言い出したのはなぜか.まず何の根拠もなく「海岸ではウイルス感染の可能性がない」との主張をすることが先にあり,それを言わんがために《海岸は陸風海風と常に強い風が吹いていて》という嘘八百を書いたのである.普通の頭の持ち主であれば,海岸では常に風が吹いているわけではないと知っているから,こんなデタラメを書くのは躊躇するのだが,小学生以下の科学知識しかない沙鴎は,ここで常識人の範疇に踏みとどまれなかったのである.沙鴎は,雑文を書き殴って世渡りしようとするなら,小学校のときにもう少し勉強をすべきであった.まじめに勉強して義務教育を終えた私としては,そう指摘せざるを得ない.
 
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 上の箇所を読んだ世人がアッと驚き呆れたのは《一般的に新興感染症は6割の国民に獲得免疫ができてはじめて終息する。これが集団免疫の考え方である》のところである. 
 沙鴎がいくら自然科学に関して小学生以下であるといっても,これは酷い.自然科学ばかりでなく,日本語もデタラメだ.
 沙鴎は「新興感染症は…はじめて終息する」と書いているが,まず構文がだめだ.沙鴎の文章の話題はウイルスについてだから,曖昧な文章を読者に投げかけて,意味内容を察してもらうといった文学的表現は排除されねばならない.論理的に書くことが必要だ.
 論理的にいうと,この一節の主語は「新興感染症は」でなく「新興感染症の流行は」であらねばならない.また「終息」と「収束」は意味が全く異なる.「終息」は,ある事態が終わることであり,「収束」は,ある事態に収まりがつくことをいう.現在までにヒトの感染症で流行が「ほぼ終息した」と考えられているのは天然痘のみである.他の感染症には流行が「収束」しているものが多い.ある感染症の流行が「終息」したか否かを判定するのは科学的に難しい問題であるが,流行の「収束」は感染者数の推移等のデータで容易に判定できる.
 
「新興感染症」は自然科学の用語であり,1990年のWHOによる定義が一般に用いられている.それは「1970年以前には知られておらず,それ以後の二十年間に新しく認識された感染症で,局地的にあるいは国際的に公衆衛生上の問題となる感染症」であり,現在のところ三十種類が存在すると考えられている.これに対して「再興感染症」というものがある.1970年以前から知られており,現在も局地的にあるいは国際的に公衆衛生上の問題となる感染症を指す.
「集団免疫」とは何か.Wikipedia【集団免疫】によれば《集団免疫(しゅうだんめんえき、英: herd immunity, herd effect, community immunity, population immunity, social immunity)とは、ある感染症に対して集団の大部分が免疫を持っている際に生じる間接的な保護効果であり、免疫を持たない人を保護する手段である》であり,さらに《個人の免疫は、感染症からの回復や予防接種によって獲得される。一部の人々は医学的理由により免疫を獲得することができず、集団免疫はこれらの人々に対する重要な保護手段となる。免疫を持つ人々の割合が一定の値に達すると、集団免疫によって病気が徐々に集団から排除されるようになる。この排除が世界中で達成されれば感染の数は永続的にゼロまで減少する可能性があり、この状態が撲滅または根絶と呼ばれる。この手法によって天然痘は1977年に根絶され、他の感染症についても地域的な排除が行われている。集団免疫は全ての感染症に適用されるわけでなく、伝染、つまりある人から他の人へうつる疾患のみに適用される。例えば、破傷風は感染症であるが伝染しないため、集団免疫は適用されない。》と概説が続く.
 伝染性の感染症のうちで,致死率がそれほど高くないため集団構成員の一部が生き残り,かつ生き残った集団構成員が免疫を獲得できる場合,その感染症の流行は次第に収束に向かう.「集団免疫」はこの現象を説明する理論であり,Wikipedia【集団免疫】が書いているように実際に《免疫を持たない人を保護する手段である》.
 集団免疫の理論によれば,ある集団の中に《免疫を持つ人々の割合が一定の値に達すると、集団免疫によって病気が徐々に集団から排除されるようになる》.伝染性感染症が流行しても,やがて次第に流行が収束する現象は,このことを指している.
 さて集団免疫に関するここまでの説明は,沙鴎一歩という三流ライターが,集団免疫という考え方を全く理解していないことを示している.
 集団免疫の理論の中に人間 (に限らぬのだが,とりあえずヒトの問題として議論する) の「集団」は登場するが,「国民」は全く無関係である.《一般的に新興感染症は6割の国民に獲得免疫ができてはじめて終息する。これが集団免疫の考え方である》という文中で沙鴎一歩がいきなり「国民」を持ち出した理由は,なにしろ沙鴎には小学生並みの学力しかないので推測するしかないが,たぶんテレビ報道番組中の説明を聞き間違ったのではないか.
 今年の三月のことだった.新型コロナウイルス感染症流行の中心は中国から欧州に移ったと見られた.それまで中国における大流行についても頑なにパンデミックと評価してこなかったWHOは,欧州の状況を見てなぜか唐突にパンデミックであるとの認識を示した (3/11).欧州の指導者たちのWHOに対する信頼がゆらいだ瞬間だった.誰がどう見ても異様に政治的なWHOの態度であった.
 英国では新型コロナウイルス感染症の初期封じ込めが失敗し,イギリス国内に感染が拡大し始めた時,誰に吹き込まれたのかボリス・ジョンソン英首相は記者会見 (3/12) で「新型コロナウイルスに集団免疫をもって戦う」旨の宣言をした.Wikipediaには次のようにある.
 
2020年3月12日、ボリス・ジョンソン首相は、イングランド主席医務官と政府首席科学顧問と並んで会見し「私たちの世代が経験する公衆衛生上最悪の危機だ」と宣言した。パトリック・ヴァランス政府首席科学顧問はもはや感染を止めるのは不可能なので、感染のペースをゆっくりとし集団免疫(免疫を持つ人が増え、感染を防ぐようになること)を獲得すると明言した。イギリスの基本戦略は、「封じ込め」フェーズから感染のピークを遅らせて山を低くする「遅延」フェーズに移行するとするもので、具体的に以下の対策をアドバイスしている。
3月14日、イギリスの数理学者・遺伝学者・生物学者・物理学者らは「社会距離戦略を速やかに実施する公開要求」を発表し、今のイギリス政府より厳しい「社会距離戦略」を速やかに実施すれば、国内の感染拡大を劇的に遅らせ、数万人の命を救うことになると主張した(3月16日まで501人が共同署名)。政府の対応は不十分で、他国のように「今より厳しい追加の規制措置をただちに実施」するよう求め、また現時点で『集団免疫』を追求するのは、有効な選択肢ではないとした。
バーミンガム大学のウィレム・ファン・シャイク教授(微生物学)は、集団免疫の効果を目指すには、イギリス国内だけで少なくとも3600万人が感染し回復しなくてはならないとし、その人的コストの予測は不可能で、「控え目に見ても数万人、場合によっては数十万人が死亡する」とし、「NHSがパンクしてしまわないよう、数百万人の感染が長期間にわたり散発的に起きるように流行期間を引き伸ばすしかない」と述べた。
 
 実はこの時,ジョンソン首相は集団免疫という言葉は知っていたが,その数理モデルについてよく理解していなかったようだ.
 ジョンソン首相は,英国内の科学者たちから,集団免疫というならどういう計算をしたか示せと強い反対を受けた.
 そして上の引用文にあるように「数十万人が死亡する」と指摘され,驚いたジョンソン首相は,集団免疫に関する自分の理解が誤りであったと知り,以後,英国政府は方針を転換するのだが,それはさておき上の引用に示した時期,文字情報弱者であり耳学問の人である沙鴎は,テレビで専門家が《イギリス国内だけで少なくとも3600万人が感染し回復しなくてはならない》と解説するのを聞いて「イギリス国民の少なくとも3600万人が……」と思い込んだのだろう.そうとしか思われぬ.テレビの情報番組で集団免疫という専門用語が飛び交ったのはこの時期のことだったからである.
 今のそこら辺の大学生でも,レポートを書いて提出せにゃならぬ時はWikipediaくらいは読む.ところが沙鴎はそうしなかった.テレビが「しゅうそく」と言えば「終息」だと思い込み,「イギリス国内」を「イギリス国民」と聞き間違えて,そのままにした.ジョンソン首相はさすがに知的レベルの高い人物であると見えて,自分の誤った認識をただちに捨ててその後の英国の指揮を執ったのであるが,沙鴎一歩はいまだに《一般的に新興感染症は6割の国民に獲得免疫ができてはじめて終息する。これが集団免疫の考え方である》(↓ はスクリーンショット) などと書いて世間に恥を晒している.これは,勉強嫌いがいかに恥ずかしいことであるかを示す好例である.
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 ここで沙鴎は《新興感染症》と書いているが,集団免疫はもちろん新興感染症に限定されるものではない.つまり沙鴎は「新興感染症」の意味を知らないのである.また沙鴎は《終息》と書いているが,既に説明したようにこれは正しくは「収束に向かう」である.
 さらに付け加えると,沙鴎は《一般的に新興感染症は6割の国民に獲得免疫ができてはじめて終息する》と書いて唐突に何の説明もなく《6割》という数字を持ち出しているが,この数字は一体何か.
 Wikipedia【集団感染】に<数理モデル>という項目がある.そこから少し引用する.
 
病気に対して免疫を持つ人は病気の拡大の障壁として機能し、他人への伝染を低下させたり防いだりする。個人の免疫は自然感染や予防接種などの人為的手段によって獲得される。免疫を持つ人の割合が集団免疫閾値(herd immunity threshold、HIT)または集団免疫レベル(herd immunity level、HIL)と呼ばれる臨界比率に達すると、病気は集団内に維持されなくなり
 
 上の引用文に書かれているように,ある感染症の蔓延が収束するための必要条件は,免疫を獲得した集団構成員の割合が集団免疫閾値 (HIT) を超過することである.
 この閾値は基本再生産数 Ro (註;アール・ノートもしくはアール・ゼロ)  から計算することができる.<数理モデル>項目に書かれている計算式と式の変形は中学生で理解できるので説明は省略するが,個々の感染症について Ro と集団免疫閾値を<数理モデル>項目から引用する.
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 ある集団の中でどれだけの構成員が免疫を獲得すれば感染の蔓延が収束に向かうか,上表を見れば一目瞭然である.集団免疫閾値は病原体によって大きく異なることが明白だ.
 ここで一つ理解しておかねばならないことは,あるヒトがある感染症に罹患するということは,ヒトと病原体の相互作用であるということである.すなわち感染が成立するに際しては,ヒトの側の条件と病原体の性質の両方が影響する.病原体の側には変異という因子があるし,ヒトの側には生物学的因子の他に文化的因子も関係する.例えば人口密度だとか,大都市と地方小都市だとか,あるいは挨拶でハグをするのか握手をするのか等,ひとまとめに言ってしまうと社会的距離が強く影響するから,ある感染症をとっても実際の集団免疫閾値には幅が生じる.そのことも上表は示している.
 また,基本再生産数は集団内に免疫を有する構成員がいないことを前提にしている (つまり感染拡大の最初期) が,時間経過と共に免疫を有する人が増えてくる.このことを加味した実効再生産数 Re (または Rt とも) が,感染拡大の予測に用いられる.日本における新型コロナウイルス感染症の Re については次の図がある.左側の縦軸目盛りが実効再生産数である.
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新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(令和2年5月14日)
 
 このように見てくると,沙鴎の《一般的に新興感染症は6割の国民に獲得免疫ができてはじめて終息する。これが集団免疫の考え方である》が如何に突拍子もない虚説妄言,嘘八百であるかがわかるだろう.《一般的に》が聞いて呆れる.集団免疫閾値は,病原体が何であるかによって大きな違いがある.麻疹は90%以上であるし,インフルエンザは30%台である.そんなことも知らずに沙鴎は新型コロナウイルス感染症について雑文を書き殴って原稿料を得ている.本当に情けない男である.
 
 ところでこの沙鴎の虚言中の《6割》の出所について私は心当たりがある.それはやはり英国に関する報道だ.ジョンソン首相は,英国の科学者たちから集団免疫獲得の行動計画提示を要求された時,英国における新型コロナウイルス感染症の基本再生産数を2.6であると説明した (データの出所はインペリアル・カレッジ・ロンドンMRCセンター).
 基本再生産数を Ro とした時,集団免疫閾値 Pc は次式で示される.
 Pc = 1-1/Ro
 ここで Ro が2.6であるとすると,Pc は61.5(%) である.
 すなわち英国国内で約六割の人たち (国民ではない) が感染すると,集団免疫が成立する可能性があると英国政府は考えたのである.ただし集団免疫の最も基本的な数理モデルは集団の性質について現実とは異なる仮定をしているため,この数字は必ずしも成立するとは限らないが.
 さて沙鴎は,今年の三月頃,英国国内で六割くらいの人が感染すると集団免疫が獲得される (と英国政府は見込んでいる) との報道が日本のテレビ番組で放送された時,この数字が Ro=2.6の場合に成立するものであると理解できず,《一般的に》であると思い込んでしまった.集団免疫について,せめてWikipediaくらいは読んでおれば,こんなアホみたいな思い込みはせずに済んだのであるが,まことにナントカにつける薬はない.
 
 門前の小僧は,耳から入っただけのお経をいつしか唱えることができるようになるものだが,自然科学はそうはいかない.きちんと勉強して理解しないと,三流ライター沙鴎一歩のように嘘デタラメのお経を唱えて,世間の人を惑わしてしまうのである.

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