テレビのニュースを観ていたら,「GoToトラベル」キャンペーンで発生している混乱について伝えていた.
《赤羽一嘉国土交通相は17日、観光支援事業「Go Toトラベル」(22日開始)について、重症化しやすい高齢者、若者の団体旅行は割引対象から除外すると表明した。修学旅行は対象にする。事業者にツアー企画段階で協力を求めるが、高齢者や若者の年齢や、団体の人数などの詳しい線引きは検討中としている。》(毎日新聞《GoTo、「若者と高齢者の団体旅行は除外」と赤羽国交相 修学旅行は対象》[掲載日 2020年7月17日 11:31])
赤羽国土交通相の表明は三日前のことだが,それから三日も経ち,キャンペーンの開始が明後日に迫っているというのに,いまだに「若者の範囲」「高齢者の範囲」「団体の人数」等の詳細が決まっていないという.
そんなことも決まっていないから「団体旅行の宿泊者中に一人,年齢を偽っていた高齢者がいた場合,その人の予約を取り消して宿泊させないのか,あるいは個人として団体とは別扱いにして宿泊させるのか,またその手続きは誰がするのか」などの複雑な処理はどうしたらいいか全く不明である.
宿泊施設側には,国からも業界からも何らの情報も来ていないらしい.宿泊施設はかなり困っているらしい.
特に割引制限の対象ではない団体ならいいかというと,そうでもないという.
例えばの例を挙げる.そのような団体が宿泊施設に支払う代金は割引料金であるが,この団体の宿泊によって発生した諸々の経費は施設側が一時的に立て替え払いをすることになる.
その後,施設側はキャンペーン当局に申請し,割引代金の清算をしてもらう.
これが速やかに行われれば立て替えに払いに大した問題はないが,実際には清算が速やかに行われる可能性は低い.
行政においては,民間企業ならば信じがたいほどの事務能力の低さが当たり前になっているからである.立て替え払いから半年も経ってから清算が行われるようだと,観光支援事業が観光業者の首を絞める可能性が出てくると,ニュースのインタビューに応じた宿泊施設の社員が答えていた.
例の十万円定額給付金も,いまだに給付が終わっていない.
私は横浜市民なので,横浜市の例を挙げる.
まず,横浜市役所のサイトには,「郵送申請の振込予定の目安」という項目に次の記載がある.
《現在、申請書が多数到着しており、申請に必要な書類が揃い、記載内容が正しければ、早くて、受け付けてから3週間程度で振り込める予定です。》
《振込後、振込の完了を通知するはがき(給付完了通知書)を送付しますが、お届けまでにお時間がかかります。振込の確認をお急ぎの方は、ご指定の口座の通帳への記帳や残高照会等により、ご自身で振込をご確認ください。(「ヨコハマテイガクキュウフ」と記載されます。)》
次に実績を見てみよう.
申請受付件数 給付
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郵送申請 オンライン申請 合計 給付件数 給付率
6月30日 約1,534,000件 約97,000件 約1,631,000件 約 738,000件 40.5%
7月 2日 約1,562,000件 約97,000件 約1,659,000件 約 869,000件 47.7%
7月 7日 約1,585,000件 約97,000件 約1,682,000件 約1,109,000件 60.9%
7月14日 約1,604,000件 約98,000件 約1,702,000件 約1,421,000件 78.1%
7月21日 約1,620,000件 約89%
(見込み)
給付金の振込開始は6月9日であったが,三週間後の6月30日の実績はわずか四割に過ぎなかった.上に書いたが横浜市は《早くて、受け付けてから3週間程度で振り込める予定です》と言った.しかしこれは日本語がデタラメである.上に示した実績を見れば,このような場合は「早くても受け付けてから3週間はかかる予定です」とするのが正しい.まともな日本語では「早ければ○週間程度で振り込める予定です」「早くても○週間程度かかります」か「遅くても○週間で振り込める予定です」が正しい構文なのである.だが市の給付金担当者は,そのいずれも書きたくなかった.本当は「振り込みには何週間もかかる」ということを言わねばならぬのだが,それでは市民が怒ると思って,「早く」という言葉で正反対の印象にする操作を試みたものと考えられる.小賢しいとはこのことだ.
で,横浜市役所が定額給付金の対象である182万世帯に十万円ずつ銀行振り込みするのには二ヶ月近くを要する見込みだが,そのこと自体は横浜市役所の事務能力が低いことを意味しない.
むしろ,自民党と公明党の政府が,思い付き的な定額給付金の振り込み作業を,自治体の事情を全く無視して押し付けてきたのだが,普段から人口との比率としては少ない職員でルーチンの市民サービスに関して効率化を図っていればいるほど,こういう突発的な作業は余計な負荷となり,処理に時間がかかるのは当然のことだ.
ある地方都市だが,人口は少ないのに市役所は見上げるようなビルである例を私は知っている.市役所が市内で一番高いビルなのである.というか,市内には大きなマンションはほとんどなく,低層住宅ばかりだ.また,商店街は閑散とし,市役所のロビーには市民はチラホラしか姿が見えない.箱もの行政の最悪の形だ.それで,その市に住む友人の話では,給付金を申請したらたちどころに振り込まれたという.たぶん職員が仕事を取り合うようにして処理したのだろうと,その友人は言った.
これに比べれば,大都市の横浜市が給付金の振り込みに二ヶ月を要したのは,そんなもんだろうと思う.問題は,市当局が職員の一日当たりの処理量をきちんと見積もれなかったことだ.それができていれば「遅くても二ヶ月で振り込み完了できる予定です」と市民へ正しい日本語のメッセージを届けられたはずだ.(もちろん「遅くても三ヶ月で……」でも六ヶ月でも一向にかまわない.要は,事務処理能力とは作業量を正確に見積もることができるかどうか,なのである)
実際には横浜市は《早くて、受け付けてから3週間程度で振り込める予定です》としてしまったので,これを「三週間程度で振り込まれる」と理解した市民から「三週間経ったのに振り込まれていない」との問い合わせが市に殺到した.
そして横浜市は,振り込み作業が進まないことについて「多数の市民から,いつ振り込まれるのかとの問い合わせを受け,そのため作業が遅れている」と言い訳をした.そして「特別定額給付金の申請状況照会について」というコンテンツを設け,「郵送申請の場合は申請書の宛名に印字されているバーコードの下の13ケタの番号で申請後の状況 (いつ振り込まれるか等) を確認できる」から自分で調べて欲しい,電話での問い合せには答えない」とした.
だがそういうことであれば,最初から「この番号で申請後の状況を確認できます」と申請書に書いておくべきだった.
しかし,そうしなかった.
だから今度は「申請書のコピーを取っていないので,その番号を教えて欲しい」という市民からの問い合わせが殺到したという.
先を見通して,初めっから申請書に「この番号が申請後の状況確認に必要ですので,控えておいてください」としておけばよかったのだ.自ら自分の仕事を増やしているとしか思えぬ.
先を見通せないこと,これも事務能力のなさの証左である.
横浜市の定額給付金振り込みより,もっとひどい例を挙げよう.それは厚労省だ.
「毎月勤労統計調査」とその結果に基づく「毎月勤労統計」は,厚生労働省が実施している調査統計であり,景気変動を探る経済指標の一つとして賃金や労働状況,雇用変動を明らかにすることを目的としている.これは統計法に基づく国の重要な調査であり,物価変動を補正した実質賃金指数,GDPの計算等にも用いられる重要な統計である.
この調査統計において長年にわたり不正が行われていることが,2018年12月に発覚した.Wikipedia【毎月勤労統計調査】は,日本語がグダグダでわかりにくく,誤りもあって全く参考にならないので,わかりやすく書き直すと以下のようなことである.
(1) 毎月勤労統計調査においては,従業員500人以上の事業所については全数調査しなければならないと決められている.ところがこれを担当者レベルで勝手に変更し,2004年の分から2017年分まで,東京都の分に関して実際は約3分の1の抽出調査にしていた.担当者がこれを行った動機は不明だが,たぶん仕事嫌いで全数調査が面倒くさかったからだろう.上司たちもこの担当者のデタラメを放置した.
(2) この統計調査にはマニュアル「毎月勤労統計調査の手引き」が存在し,2004年~2014年までの「手引き」には「東京都は抽出調査でよい」と書かれていた.大胆不敵なものである.
(3) ところが次第に本統計が労働環境の実態と乖離するようになった.統計上の賃金は実際よりも低くなった.
なぜかと言うと,統計手法としては,抽出調査をした場合は全数調査の結果に近くなるように補正をしなければいけないのだが,この担当者は補正するのを忘れたからである.いや忘れたというより,そもそも補正が必要なことを理解していなかったのではないか.事務能力がないというより,仕事嫌いのバカだったのだと思われる.この状態が2017年まで14年間も続いた.
(4) 2007年 (平成19年) 5月,公的統計の体系的かつ効率的な整備及びその有用性の確保を図るため統計法が公布された.また同法に基づき総務省に「統計委員会」が設置された.同委員会の公式サイトには「統計委員会は,統計に関する基本的事項,基本計画の案,基幹統計調査の変更など統計法に定める事項に関する調査審議を行うこと,基本計画の実施状況に関し総務大臣等に勧告すること,関係大臣に必要な意見を述べる」と書かれている.
(5) 統計委員会は2014年,毎月勤労統計の調査手法が正しいか調べることを決めた.これを知った厚労省の統計担当部署は不正が発覚することを怖れ,組織ぐるみで隠蔽工作を開始した.子供がいったん嘘をつくと,ばれないように次々に嘘をつき続けるというアレである.
まず,誰の目から見ても不正の動かぬ証拠である「手引き」から,2015年に「東京都は抽出調査でよい」を削除した.だがこれは不正の存在を隠蔽しただけであり,2015年以降も,東京都分の調査は抽出調査のまま続行された.
(4) 統計委員会が「毎月勤労統計の調査手法が正しいか調べる」と聞くと国民は,あたかも統計委員会が厚労省に監査に入るかのようなイメージを抱くが,実際は厚労省が統計委員会に,厚労相名の報告書を提出して終わりだった.しかもこの総務省に提出した調査手法に関する報告書 (2016年10月付) には「500人以上の事業所は全数調査」であると,ルール通りであると明記されていた.すなわちこの段階で,厚労相以下の幹部も隠蔽工作に加わったのである.
(5) 厚労省が不正の隠蔽を開始してから二年後の2018年,ようやく政府部内に,毎月勤労統計に対する不正疑惑が指摘されるようになった.
そこで厚労省は勤労統計の改竄に着手した.フツーの知能と良心を有する人間であれば「実は2004年から2017年までの統計は嘘でした」と国民に対して潔く謝罪し,この14年間の統計データを修復しますと言明するところである.しかし厚労省はそうしなかった.データ修復のためには過去14年間分の勤労統計の再調査を行わねばならないが,そんな大規模なことは政治問題化が必至である.こうなれば嘘はつき続けるしかないと厚労省の官僚たちは判断した.
(6) 厚労省は2018年1月分からの抽出調査データに,全数調査に近づけるための補正を施し,これで事態を収めようと図った.しかしその補正の結果,2018年から急激に賃金が上昇したように見えてしまった.どう見ても異常であった.これは調査方法に連続性がないのだから当たり前だが,これで乗り切れると判断した官僚の心理が不明である.
(7) 統計委員会は2018年9月28日に会合を開き,統計上の賃金が大幅に伸びているのは実態を示していないという見解を示した.民間のエコノミストたちも2018年の賃金上昇はおかしいと指摘した.
(8) この事態において統計委員会がどのように厚労省を追及したのかは不明であるが,2018年の12月13日,厚生労働省の職員が総務省の統計委員会に対して,毎月勤労統計は全数調査でないことを証言した.この時の厚労相は,2018年10月2日の第4次安倍改造内閣において厚生労働大臣として再入閣 (初入閣は第2次安倍内閣での復興大臣) した根本匠であった.根本がこの不正に関する報告を受けたのは12月20日であり,不正に関与してこなかったのに根本は貧乏くじを引いた格好であった.
(9) 年末も押し詰まった12月28日,メディアはこの不正を報じた.厚労省は,意図的な不正ではなくミスであると主張した.
(10) 明けて2019年の1月16日,厚生労働省は特別監査委員会を発足させた.翌日17日には,抽出調査データのうちで2004~2011年分が紛失もしくは破棄されており,全数調査の数値に近づけるための補正が不可能であることが判明した.
(11) 同1月22日,特別監査委員会は報告書を公表したが,実はこの報告書は監査される側の厚労省が作成した.虚偽の内容もあり,お手盛りの不正なものであったというから唖然とするほかない.(日経新聞 2019年1月25日ほか)
(12) 結局,特別監査委員会は監査をやりなおす破目に追い込まれた.万事休した厚労省は長年の不正を認め,勤労統計を再構築することになった.具体的には,当該不正期間に,東京都の調査対象事業所に在籍したと思われる国民に調査依頼書を送り,データの再調査を行った.これが昨年のことである.私も対象者の一人であったようで,送られてきた調査依頼書に応じた.
(13) 昨年1月22日付で関係者の処分が行われた.この不正事件で,諸外国からみた日本の統計資料の信頼性は地に落ちたという.また一年余にわたって行われた統計再構築に要した費用は明らかにされていないが,巨額に上ると思われる.当然のことながら責任者には厳しい処分が下ると国民は思った.
しかし実際の処分は以下のような大甘のお手盛りだった.処分量定を厚労省のサイトから引用する.
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毎月勤労統計調査における不適切な事務処理に関する関係者の処分等について
毎月勤労統計調査における不適切な事務処理について、統計の専門家、弁護士等の外部有識者で構成される「毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会」において、事実関係と責任の所在の解明が行われ、厚生労働大臣に調査報告書が提出されました。
この調査報告書を踏まえ、厚生労働大臣をはじめ政務三役のけじめをつけるとともに、担当職員及び組織管理上の責任を有する職員に対する処分等を行いましたので、公表します。
1. 処分等
役職 処分量定
厚生労働事務次官 訓告
厚生労働審議官 訓告
政策統括官 (統計・情報政策,政策評価担当) 減給1月間 (1/10)
統計管理官 (雇用・賃金福祉統計室) 減給3月間 (1/10)
専門官 (元雇用・賃金福祉統計室長) 減給6月間 (1/10)
専門官 (元雇用・賃金福祉統計課長) 減給3月間 (1/10)
元雇用統計課長 減給6月間 (1/10) 相当
元雇用・賃金福祉統計課長 減給3月間 (1/10) 相当
元雇用統計課長 3人 減給1月間 (1/10) 相当
元政策統括官 (統計・情報政策担当) 減給3月間 (1/10) 相当
元統計情報部長 減給3月間 (1/10) 相当
元政策統括官 (統計・情報政策担当) 減給1月間 (1/10) 相当
元統計情報部長 3人 ※減給1月間 (1/10) 相当
元統計情報部長 5人 戒告相当
※うち1人は、現在、出向中のため国復帰時に処分を実施予定。
なお、退職しているため処分することはできないが減給処分相当の者については、相当する額の自主返納を求める。
2. 自主返納
役職 自主返納
厚生労働大臣 就任時から1月分までの給与 (4ヶ月分)
及び賞与全額 (1回分)
大口副大臣 就任時から1月分までの給与 (4ヶ月分)
及び賞与全額 (1回分)
髙階副大臣 就任時から1月分までの給与 (4ヶ月分)
及び賞与全額 (1回分)
上野大臣政務官 就任時から1月分までの給与 (4ヶ月分) (※)
新谷大臣政務官 就任時から1月分までの給与 (4ヶ月分) (※)
厚生労働事務次官 俸給月額の10% 1ヶ月
厚生労働審議官 俸給月額の10% 1ヶ月
(※) 大臣政務官の賞与額
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管理監督責任を取る厚労相以下の処分が,国民の感覚からすると厳しい.なにしろ給与の全額を四ヶ月分返納するのだ.
これに対して不正の実行責任を取る官僚たちの処分が異様に甘い.
減給は基本給で計算するから,減給1/10は大したダメージではない.しかもそれが1ヶ月というのは処分として如何なものか.
本不正の実行犯は上の表で着色した二名であるが,するべき仕事を勝手に手抜きして国家に損害を与えた者の処分として,これでいいのかと怒りすら覚える.民間企業なら懲戒解雇が相当なのに.
それはそれとして,厚労省は勤労統計の修復を一年もかけてノンビリとやってきた.
そして忘れた頃になって通知書「追加給付のお支払いに関するお知らせ (支給決定通知書)」が私に届いた.
それによれば,私に支給されるのは3,400円ほどのわずかな金額である.
こんなことのために,どれほどのコストがかけられたのかを思うと暗然とする.
厚労省は戦前,官庁の頂点であった.それがここまで劣化した.
事務能力すなわちルーチンワーク遂行能力とは,仕事の手抜きをしないことである.
新型コロナウイルス禍で打撃を受けた事業者に対する給付金制度はできたが,実際には事業者が給付申請しても遅々として給付がなされず,給付を諦めた事業者が多いと報道されたことがある.公務員の仕事の遅さは筋金入りだと感心する.
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