命の大切さを
新型コロナウイルス禍が欧州を覆ってからというもの,英,独,仏,伊など各国の政治指導者たちが国民あてにメッセージを発してきた.
私が読めるのは英語だけなので,英国発以外は翻訳に頼っているのだが,世界における彼らの文化的伝統の重みに感心することが多かった.
下の画像は,昨日のNHK《おはよう日本》で報じられた,フランスのマクロン大統領が「外出制限を延長して多くの命を救おう」と語ったスピーチである.(テレビ画面を撮影したもの)
マクロン大統領の他にも,イタリアの市長から英国の女王にいたるまで,たくさんの政治指導者たちが,人の命の大切さを訴えてきた.集中治療室から生還した英ジョンソン首相は,医療従事者の勇気を称えた.独メルケル首相は,感染して隔離中に,互いに助け合おうと国民に呼びかけた.
その一方で,インドでは医師が暴徒に襲われている.医師をウイルスと同一視しているのだ.フィリピンでも,検査施設を建設しようとしたら,暴徒に打ち壊された.このウイルスは人間の命を奪うだけでなく,まるで理性をも破壊してしまうかのようだ.
また米国の医療制度を弱体化することに意欲を燃やすトランプ大統領は,死者数の見通しは語るが,命の大切さには一言も触れない.そしてニューヨークの路上には,医療を受けられない病人たちが倒れる.(4/15 NHK《おはよう日本》の画面を撮影したもの)
“WE NEED FOOD AND ANYTHING WOULD HELP. PLEASE HELP. GOD BLESS”
翻って日本では,首相はこれまで,国民に「命の大切さ」を訴えるのではなく,「人命と経済の両立」が必要だと国民に説いてきた.エリザベス女王やメルケル首相のように人の胸を打つメッセージを発したことは一度もない.ヒューマニズムを語らぬ首相の本音は「多少国民が死んでも構わない.経済が死ぬよりはいい」である.
そして,それ故にこの国では,一人の命も落とすまいと奮闘する医療従事者とその家族に対して,迫害が堂々と行われている.
また感染拡大地域に荷物を運送したトラック運転手の子供は,愛媛県新居浜市の小学校から登校を拒否され,入学式に出席できなかった.人の世から差別をなくそうと教えるべき教師たちが,差別の先頭に立ったのだ.すなわち新居浜の教師たちは,自分たちの安全のためなら数人の子供の心なんか傷つけてもよいと考えた.少数者を犠牲にして多数者の利益を優先すること.これが経済的に効率がいいからである.
こうして,福島第一原発崩壊事故のために故郷を追われた福島県の子供たちが避難先で受けた迫害を,日本人は繰り返している.
自分の命だけでなく,家族や大切な人たちの命をも救いたいと思う心は,他者の気持ちを思いやることと同じところにある.
それは「人命と経済の両立」という心卑しいスローガンとは,決して相容れぬものだと私は思う.
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