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2020年3月 2日 (月)

君にとっては他人事だから

 慶應義塾大学の岸博幸教授が DIAMOND online に《政府の新型コロナ対策が信用できない背景に見える「人災」》を寄稿している.
 その中に下に示す箇所がある.
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 岸教授は,肩書こそ教授であるが,テレビに出演して何事かしゃべっているのを視聴する限りはテレビタレントである.見識ある学者ではない.
 なぜなら学者というものは,専門外のことについての発言は極めて慎重になるのが常だからである.我が国には生命科学分野において世界的にトップレベルの学者がたくさんいらっしゃるが,そのレベルの学者諸先生が新型コロナウイルスについて軽々に語るのを私たちは目にしていない.これは当たり前だ.素晴らしい学者であればあるほど,慎重であることを私たちは知っている.
 明石家さんまが司会するテレビ番組で軽佻浮薄としか言いようのない馬鹿話をしている武田邦彦 (例えば武田の説「凶悪なウイルスはバナナが採れる緯度帯で発生する」は,バナナを食べると新型コロナウイルスに感染するというデマの変奏曲だ) を一流の学者だと評価する人はいない.同じ番組に出ている池田清彦も専門外のことをしゃべりまくり過ぎだ (Wikipedia【池田清彦】の「主張と批判」を参照).
 話を元に戻す.岸教授の場合であれば,例えば「経営戦略論」などというテーマであれば傾聴に値するであろうが,自然科学の知識は一般人レベルあるいはそれ以下としか見えない.
 上に示した DIAMOND online の記事中で岸教授は,

それにもかかわらず、厚労省の毎日の記者発表の様子を見ていると、事務方ばかりが出席・説明していて、感染症の専門家が同席し、科学的な見地も含めて国民の疑念に丁寧に応えているようにはとても見えません
 
と科学的な問題に関して「事務方」が主導している現状を批判しておきながら,元はと言えば経産省の事務方であった岸教授は「自分にはウイルスに関する科学知識はないが,しかしウイルスについての発言が許される.私は特別なのだ」という根拠のない思い上がり故に,次のようなことを書いてしまう.
 
たとえば私は、重症化率や致死率を見る限り、コロナウイルスは通常のインフルエンザの延長であり、もともと日本で年間3000人がインフルエンザで死んでいる事実も考えると、コロナウイルスをそこまで深刻に捉える必要はないと思っています。しかし、逆に深刻に捉えている人もかなりたくさんいると思います。
 
 岸教授は目下の問題である新型コロナウイルスを「コロナウイルス」と書いているが,もうほんとに無知なので開いた口が塞がらぬ.SARSもMERSも,それぞれ病原体はコロナウイルス (SARS-CoVMERS-CoV) だと言ったら驚いて腰を抜かすのではないか.このように全く知識のない事柄について堂々と発言する岸教授の度胸に私は恐れ入る.おまけに《コロナウイルスは通常のインフルエンザの延長であり 》は日本語の態をなしていない.仮に「コロナウイルス感染の症状はインフルエンザの症状の延長にある」とすれば,内容的に間違いではあるが文章としては成立する.ウイルスという「物体」がインフルエンザという「現象」の延長であるわけがないではないか.論理として,物体は現象の延長にはなりえないのである.こういう出鱈目な文章を書く慶應義塾大学教授とは一体何者であるか.慶應義塾大学の知的レベルは絶望的だ.
 ま,無知であることは今からでも勉強すれば克服できるのだから,それは横に置こう.
 救いがたいのは,岸教授の思考力のなさ,想像力の欠如である.それは《もともと日本で年間3000人がインフルエンザで死んでいる事実も考えると、コロナウイルス (当ブログの筆者による註;正しくは新型コロナウイルス) をそこまで深刻に捉える必要はないと思っています 》に示されている.この《深刻に捉える必要はない》については,後述する.
 先月の二十日までに中国で感染が確認された5,5924人について,WHOが発表したデータによれば,全体の致死率は3.8%であるが,致死率は高齢になるほど高くなり,八十歳を超えた感染者の致死率は21.9%と五人に一人という高率になる.(NHK NEWS WEB《WHO調査報告書 症状の特徴・致死率など詳しい分析明らかに》(掲載日 2020年2月29日 22時55分))
 わかりやすく言い換える.ここに新型コロナウイルスによる肺炎を発症した八十代の重症者が五人いるとする.岸教授はこの五人に向かって「この中の一人しか死なないのですから,大したことはありません.深刻に捉える必要はありません」と言うのである.何という鈍感さ,人間というものを数字でしか想像できない人間的感性の欠如.
 
 ここでNHKスペシャル《感染はどこまで拡(ひろ)がるのか ~緊急報告 新型ウイルス肺炎~》(放送日 2020年2月9日) から,東北大学大学院の押谷仁教授が,言葉を選んで慎重に発言されたことを文字に起こして引用する.

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(下記の発言の際の押谷教授;テレビ画面を撮影した画像)
 
司会者《国内の感染者の症状は比較的軽症で,必要以上に深刻に捉えなくてもよいという指摘もありましたけれども,押谷さんはどんな風に御覧になっていますか.
押谷《私はちょっと違うんじゃないかと思っています.実際に軽症者が多い,症状の出ない,非常に軽い症状で済む人が多いのは事実だと思います.ただし,一部に,確実に重症化する人がいて,重症化している人の病態を見るとですね,もうほんとにSARSと全く同じような病態なので,日本でもこれから感染者が増えてくるとですね,当然,重症化して一部には亡くなる人たちも出て来る.そういうことは予想されるので,決して侮ってはいけない感染症だという風に私は思っています.どうしても数が増えていくと,そうした重症化して亡くなる人が出て来る可能性がありますし,今我々が考えなきゃいけないことはですね,いかにしてそういう亡くなる人たちの数を減らしていくのか,救える命をどうやったら救えるのか.今,感染の連鎖は見えていないですが,突然見える可能性があります.もう既に進んでいて,それが突然見える可能性があるので,その時,医療現場は混乱してですね,救える命を救えなくなる,そういうことが起こらないようにするにはどうしたらいいか.仮に致死率が低くてもですね,亡くなった人にとっては,この病気の致死率は0.1%だといってもですね,何の慰めにもならない.Dr.テドロス,WHO事務局長が,緊急事態宣言をした時に,死者の数が増えていくことに対して,これは一人一人の命なんだと,数なんじゃないんだと.我々も,数ではなくて,毎日武漢を中心に多くの人たちが亡くなっていく,これを数として見るのではなくてですね,実際に多くの人が亡くなっているという事実を直視して,日本でも感染が拡大していくと亡くなる人が起こるということは想定外のことではなくて,充分に想定できることなので,そのための対策をするということが必要なんだといえます.
 
 司会者の発言《必要以上に深刻に捉えなくてもよいという指摘》こそは,岸教授を始めとする医学とは無縁の人たちが,武漢での感染が拡大しつつあった頃から,したり顔に主張してきたことであった.
 しかしこれに医学者である押谷教授は真っ向から反論した.医療従事者の目の前で今まさに死なんとしている人の命を,死者数や致死率で捉えてはいけないと押谷先生は言明したのである.
 救える命を救うということ.すなわち医学の根底にあるのはヒューマニズムであると,この番組を観た視聴者は確信したに違いない.そのことに私は強く感銘を受けた.
 再度言う.岸教授の《たとえば私は、重症化率や致死率を見る限り、コロナウイルスは通常のインフルエンザの延長であり、もともと日本で年間3000人がインフルエンザで死んでいる事実も考えると、コロナウイルスをそこまで深刻に捉える必要はないと思っています》は,人の死を我がこととして受け止めぬ非人間的な言説以外の何物でもない.岸教授にとっては,新型コロナウイルス禍で亡くなっていく人たちの無念の死は他人事にすぎぬのである.
 
[参考資料]
新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか (押谷仁教授メッセージ)
2020年2月4日
医学系研究科 微生物学分野
押谷 仁 教授


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