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2020年3月14日 (土)

ご出世なさいませ

 土曜の夜,さきほどNHKの『ブラタモリ』をオンにしたら,私は知らなかったのであるが,タモリと二年間のコンビを組んできた林田理沙アナはこの回の放送が最後なのだという.彼女の一層の活躍のためとはいえ,視聴者としてはさみしい.
 放送が終わるや早速,産経新聞に《タモリ、NHK林田理沙アナに「ご出世なさいませ」》が載っていた.(掲載日 2020年3月14日 19:42)
 そこにこんなことが書いてある.
20200314b  
 
林田アナとともに、熊本・天草と長崎・島原を訪れたタモリ。「2年間本当にありがとうございました。きょうが最後になってしまうと思うと本当に寂しい」と振り返った林田アナに対し、「と言いつつもみんな、次の日から他の番組で知らん顔してやっている。ご出世なさいませ」とからかっていた。
 
 さすがは日本語の不自由さにかけて定評のある産経だ.またやってるよ.
 上の産経記事は《と言いつつもみんな、次の日から他の番組で知らん顔してやっている。ご出世なさいませ 》を丸ごと「からかい」としているが,これは間違い.もしも《ご出世なさいませ 》に「寂しいなんて調子のいいことを言いますね」などというニュアンスがあると思ったのであれば,書いた記者の読解力は中学生並みであり,まことに情けない.
と言いつつもみんな、次の日から他の番組で知らん顔してやっている 》と《ご出世なさいませ 》は一続きの言葉ではないのだ.高校の国語試験で解釈問題にするといいかも知れない.
と言いつつもみんな、次の日から他の番組で知らん顔してやっている 》は,林田アナをからかっているのだが,《ご出世なさいませ 》は違う.からかいではない.これは昔から,前途のある若者に贈るはなむけ (餞) の言葉なのである.時代劇,時代小説の愛好者なら知らぬ者はないほとんど定型句だ.
 例えば時は幕末に近い頃,ある小藩に下級武士だが著しく優れた青年がいたとする.家老はこの青年武士の才を見込んで自宅に住まわせ,文武の教育を施すことにした.数年後,藩お抱えの剣術指南も学者も,拙者らはここまででございますと家老に告げた.そこで家老は藩主の許しを得て,青年を長崎に留学させることにした.
 さて家老には娘がいた.娘は青年にひそかな恋心を抱いていた.
 青年が旅立つ日の朝,見送る娘は別れの哀しみを隠して言う.ご出世なさいませ.
 
 とまあ,タモリが《ご出世なさいませ 》と言ったその時,年寄りたちの頭には上の場面が浮かぶ.
ご出世なさいませ 》のどこがからかいなのか.記事を書いた産経の記者は馬鹿も休み休みいいなさいませ.これは,二年前に『ブラタモリ』のアシスタントに抜擢されて以来,NHKの看板アナウンサーへの道を歩んできた林田理沙さんへの,タモリの「贈る言葉」なのである.
 
 Web東奥 (東奥日報) はちゃんと《「ご出世なさいませ」とはなむけの言葉を送った 》と書いている.一流の地方紙は三流の全国紙 (かつて産経は全国紙だったことがある) に優るということか.(ただし,できれば慣用通り「贈った」と書いて欲しかった.間違いじゃないけれどもね)
 その他,中日スポーツは《タモリから「ご出世なさいませ」との言葉が贈られた 》としている.タモリの言葉の意味を理解しそこなったのは,どうやら産経だけであるかも知れない.

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