わたしには秘密にしておいて
このブログで何度も,終戦後に日本に入ってきた欧米の歌や映画のことを書いてきた.
映画という文化は,シナリオを映像にするという作業においては昔も今も変わらないのだけれど,特に洋画ではこの七十年間に映像化技術の革命つまりCGが多用されるようになり,ジャンルによっては (例えばファンタジーやSFなど) 昔の作品はいかにも古色蒼然としてしまった.
ところが音楽は,録音と再生の技術は高度に発展したけれど,そのために昔の音楽が古びるということがなかった.
私が若い頃はLPレコードをターンテーブルに載せて針を静かに落とし,お気に入りのスピーカーから聞こえてくる音に聴き入ったものだが,いまやCDの時代も既に終わり,音楽は配信されてくるものになった.
しかしそれでも私は,深夜に,古めかしい道具を使って1950年代の音楽を聴くのが好きだ.
私が貯め込んでいる音源は,ほとんどが女性歌手のものだ.戦争が終わった極東の島国に生まれ育った少年たちは,イギリスやアメリカ,フランス,イタリアの歌姫たちに恋をしたのだった.
私たち七十過ぎの世代が死に絶えたら,彼女たちが歌ったラブ・ソングも時の流れの彼方に消えていくのだろうと思うと,静かに切ない.
その懐かしのラブ・ソングにもいろいろある.片想い,失恋,恋人の死…… ハッピーな歌はあまり思い出せない.それにそんな歌は聴きたくないし.
片想いの歌なら,“Keep it a secret”を老人は忘れがたい.
オリジナルはジョー・スタッフォード (1952年録音) だが,その後にカバーした歌手によって,歌詞にわずかな異同がある.
この歌のシーンは,お節介な女友達が「ねえねえ,彼がまた新しいコと一緒にいたわよ」とか「元カノとヨリがもどったのかしら,二人して飲んでたわ」とか言ってくるというのだ.ここで“if”は婉曲な言い方.遠回しに,彼女の無神経さを非難している.
rendezvousは,ドアを開けて入ると,飲み物と軽食を出す小さなカウンターがあって,壁にはダーツの的がある.ジューク・ボックスが隅に置かれていて,フロアにはジルバかなにかを踊れる狭いスペースがある.そんな街の片隅にある店のことだろう.いかにも古い映画に出てきそうだ.
“Painting the town”は口語.文章ではあまり使わないかも知れないが,辞書にはある.
“Pay no attention and just let be”は,余計なお世話に少し腹を立てている描写だ.そして“But keep it a secret from me”の悲しい恋心.
第二次大戦後に歌われた,もっともリリカルな片想いの恋の歌がこれだ.
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