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2020年2月 2日 (日)

進駐軍放送

 音楽の趣味は人それぞれで,クラシック音楽一辺倒の人もいれば,還暦過ぎなのにAKB48をカラオケで歌う人もいる (私の会社時代の後輩だ ^^;).
 自分はどうかというと,ジャズに疎い.いいなあ,と思って購入し,時々は聴いているジャズ方面のCDはホントに少ないのだが,その一枚にジュリー・ロンドンの古いベスト盤がある.Wikipedia【ジュリー・ロンドン】にあるように,彼女の歌手としてのスタートは遅く,ファーストアルバム“Julie Is Her Name”を録音したのは1955年だった.私が中学生の頃,深夜放送で彼女の歌を毎日のように耳にしたのは1960年代前半だったから,今にして思えばその時の彼女はまだ三十代だったのだが,声質のせいか既にして大御所感を漂わせていた.
 さてそのベスト盤に“Dream”が収録されている.YouTubeはこれ.いかにも深夜に聴くに相応しい.
 ではあるけれど,ベスト盤全三十曲の収録曲のうちでこれがベスト中のベストかというと,はたしてどうでしょうか,という感じ.
 
 そう思っていたある日のこと,視聴者の人気が高くなっていたNHKの『サラメシ』を初めて観た.この番組のエンディングは「あの人が愛した昼メシ」というコーナーで,Wikipedia【サラメシ】には次のように書かれている.
 
あの人が愛した昼メシ
放送されるときは必ず番組の最後に放送するコーナーで、すでに故人となった著名人の愛したメニューを、その人の料理への思いとともに紹介するほか、その人の人柄や逸話を店主や料理人が語る。BGMはザ・パイド・パイパース(英語版)の「Dream」。
コーナー冒頭は故人の遺影を前面に映したタイトルバックに、中井の「あの人も、昼を食べた。」のナレーションで始まる。最後に料理と遺影が並べられたテーブルを映し、中井が「…御馳走様でした。今日も、お相手は、中井貴一でした」で締めて番組は終了となる。
 
「あの人が愛した昼メシ」の内容自体はさして特筆すべきものではないのだが,《すでに故人となった著名人 》が「占領下の日本を知っている世代」であるところに趣向がある.そしてその人たちが象徴するところの,かつてこの国にあって,今は過ぎ去った時代の空気感
と,BGMの“Dream”が絶妙なフィーリングで一致するのだ.(例えば最近の放送では,朝丘雪路や加藤剛だった)
 BGMをコーラスしているザ・パイド・パイパーズはWikipedia【The Pied Pipers】によると,1930年代後半に結成した当時のメンバーは女性一人と男性八人の構成だった.その女性というのが,後に一世風靡したソロシンガーのジョー・スタッフォードだった.
 その後,メンバーはジョー・スタッフォードと男性三人の構成に変わったが,彼女がソロ歌手として独立すると,女性ボーカルはJune Huttonに交代した.男性メンバーの入れ代わりはWikipediaに譲るとして,この時期にパイド・パイパーズは多くのヒット曲を出した.その一つに1944年に録音した“Dream”がある.彼らのコーラスのテイストはYouTube《The Pied Pipers - Dream》などで試聴できる.
 
 “Dream”が大ヒットしてザ・パイド・パイパーズのゴールドディスクとなった1945年.7月に米軍は沖縄を占領し,米軍直轄放送局AFRS (the Armed Forces Radio Service) を開局した.この短波局は太平洋上の島々の日本軍に対して降伏を促す放送を行った.
 二ヶ月後,戦後占領期の開始と共に米軍は同年9月12日にNHK東京放送会館の一部を接収して進駐軍放送WVTRを開局した.この中波放送局はその後,鹿屋,熊本,大分,別府,佐世保,小倉,大阪,仙台,札幌,沖縄,ソウル,釜山,マニラにも開局し,米軍基地関係者とその家族向けの英語放送を行った.この進駐軍放送は講和条約が成立して日本占領が解除された1952年にFEN (Far East Network,極東放送網)と改名された.
 戦争が終わる前,S盤レコードで米国の音楽を知ることのできたのは,一握りの人々だけだった.しかし進駐軍放送とFENによって占領下の日本大衆がジャズの洗礼を受けた.美空ひばり「東京キッド」の三番歌詞に「いつもスイング ジャズの歌」とある通り,子供たちもジャズを聴いて育った.その子供たち,言い換えれば「占領下の日本を知っている世代」の故人を偲ぶに,“Dream”は最もふさわしい曲だろう.
 私がザ・パイド・パイパーズの“Dream”を聴いたのはもちろん進駐軍放送ではなくFENだったが,今でも彼らのコーラスとジュリー・ロンドンの歌唱を聴き比べると,両者に十年の時の隔たりを感じる.郷愁というテイストの点で,数多の歌手たちがカバーした“Dream”は,遂にオリジナルを超えることができなかったように思う.
 AmazonのCD購入者のレビューを読むと『サラメシ』は,若い音楽ファンが“Dream”を知るきっかけになっているようだ.これはNHKのお手柄だろう.

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