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2020年2月13日 (木)

独裁者が素顔を

 JBpressの《国民は怒り心頭、習近平政権は持ち堪えられるのか?》(掲載日 2020/02/12 06:00 ) がおもしろかった.筆者は古森義久氏 (産経新聞ワシントン駐在客員特派員,麗澤大学特別教授).
 この記事のどこに感心したかというと,次の箇所.
 
マイケル・オースリン研究員は、米国の大手紙ウォール・ストリート・ジャーナル(2月7日付)に「ワシントンから武漢まで、すべての視線が習近平に」と題する論説記事を発表した。…… 同記事は冒頭で、1911年に武漢で辛亥革命の第一段階となる武昌蜂起が起きたという歴史上の事実を挙げて、今回の武漢でのウイルス拡散も同様に中国の時の支配権力を倒し得るとする大胆な「歴史上の類似」を記していた。
 
 私の頭の中はコロナウイルスのことで一杯で,武漢が辛亥革命の地であることをすっかり忘れていた.
 Wikipedia【武昌起義】によれば,
 
《(1911年) 10月10日夜9時,少数の爆薬をもとにして、熊秉坤と工兵中隊が湖広総督の清朝の警備隊に対して決起した。蔡済民など第29大隊の兵士がそれに応えて合流し、武昌城内に向かった。南湖の騎兵が同じ頃に城外から押し寄せ、蛇山の高所から総督公署に大砲を撃ち込んだ。激しい戦闘の末、総督・瑞澂は漢口の租界へ逃げ、第八鎮統制・張彪も軍艦で総督の後を追った。翌日11日の正午には武昌全城が新軍の手に入った。総督が逃亡したため、清軍の指揮統制は崩れた。10月10日夜から11日正午までに「500人以上の満州兵が殺され」、「300人以上が捕らえられた」。
 
 である.
 今でこそ中国は歴史上最大の独裁国家に成り下がったが,かつては志高い人々が革命を目指したこともあったのだ.現代に生きる私たちはよく知っているが,革命の理想は必ず裏切られる.武漢に始まった彼らの理想も裏切られたのであった.
 古森氏の記事は
 
オースリン氏はこのように習近平氏と同政権に厳しい評価を下しながら、論文の最後で「感染症の広がりは習政権にとって、より不吉な効果を引き起こしかねない。『第2の武漢革命』の可能性も否定すべきではない」と結んでいた。
 米国で中国共産党政権の今後に対するこうした深刻な分析と警鐘が出てきたことは注視せざるをえないだろう。
 
と結んでいる.私は中国の政治情勢には全くの素人であるが,それでも古森氏が指摘しているのには同感で,オースリン氏の記事は「警鐘」に過ぎないだろうと思う.おそらく「第二の武漢革命」が起きることはないだろうが,仮にもし起きるとすれば,北京で感染爆発が生じ,習近平が北京から逃亡した時に違いない.
 ではあるけれど,習近平のカリスマ権威はかなり低下して,今後は独裁者としての顔をさらけ出して強権的に国を統治するしかないだろうと思われる.
 中国との経済関係なしには生きていけない日本は,その習近平独裁とどう付き合っていくか.難しい時代になったものだ.

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