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2020年2月17日 (月)

そんなに買ってどうすんのよ

 テレビ朝日『サンドイッチマン&芦田愛菜の 博士ちゃん』を観たら,やたらとスパイスに詳しい小学生の博士ちゃんが出演していた.
 その博士ちゃんが,お気に入りのスパイス調味料をいくつも紹介してくれたのだが,その一つに,KALDIオリジナルの「ハリッサ」があった.
 Wikipedia【ハリッサ】には次のように書かれている.
 
ハリッサとは、唐辛子を元に作られるペースト状で辛口の調味料。マグリブ地域圏、特にチュニジアで多く用いられる。ヨーロッパ、特にフランスでも容易に入手可能である。フランス語ではHを発音せずにアリッサ、アリサとも呼ぶ。
缶詰や瓶詰、チューブ入りなどで市販されているほか、手作りも可能である。マグリブ料理店では自家製のハリッサを用いる店も多い。主にクスクスに添えるほか、タジン鍋やケバブなどにも用いられる。
生の赤唐辛子を蒸して植物油を加えペースト状に溶かしたものが基本である。最も単純な缶詰ではこれと塩のみ、あるいはそれにニンニクを足したのみの味付けのものが安価で手に入る。自家製や味の良さを謳う多くの瓶詰では、それに加えてコリアンダー、クミン、キャラウェイ、オリーブオイルなども混ぜる。

 
 つまりこれは調合調味料なので,製造者によって配合が異なり,味も異なる.番組の放送で取り上げられたのはKALDIオリジナルのハリッサだが,以下単にハリッサと呼ぶ.
 サンドの二人と愛菜ちゃんは,餃子に酢醤油ではなくハリッサをつけて試食し,これはうまいと絶賛した.それを見た私は,これは一度食べてみなければ,と思って,放送が終わってからKALDIの通販サイトにアクセスしたら,混雑していて繋がらなかった.夜の八時頃のことだ.
 暫くしてから再度アクセスしたら,今度は「在庫なし」と表示された.きっとみんなが買い漁ったので在庫が一掃されてしまったのだ.
 
 その翌日,藤沢駅周辺の店へ食料品の買い出しに出かけたついでに,北口にあるKALDIに立ち寄ってみた.
 ハリッサの陳列場所はすぐわかったが,陳列スペースはカラだった.「みんな早いなあー,出遅れたか」と思った私の隣に二人連れの中年婦人がきて,一人が「あらー,ハリッサはもうないわよー」と言った.
 まあハリッサがなければないで別にいいや,と私はあきらめ,別の商品を手に取ってレジへ行った.
 するとレジ前には白髪の 婆さ 老女の客 (たぶん七十代の半ば) がいて,今まさに買った物の清算をレジスタッフにしてもらっている最中だった.そしてレジカウンターの上には彼女が買ったハリッサがゴロゴロと置かれていた.
 つまり私はあと一歩のところで彼女に後れをとったのであった.
 
 私としてはハリッサがなければ困るということはなくて,ただちょっと食べてみようと思っただけだから,買えなくても一向に構わぬのだが,不思議には思った.なぜその老婦人はハリッサをたくさん買ったのか,である.そんなにも餃子が好きなのか.
 昭和の中頃,若い女性は知らぬが,庶民の家庭の中年主婦は,食料品を買い貯めるのが好きだった.お勝手の床下収納庫の蓋を開けると,醤油瓶が五本も六本も並んでいた.酢も味醂も,砂糖や塩も,たぶん一生かかっても食べ切れぬくらいのストックがあった.彼女らがそのような調味料を備蓄する習性を身に着けたのは,おそらく戦争のせいだ.
 戦時中も戦後すぐの頃も,庶民の家庭は貧しかった.穀物や芋はなんとかなったが,塩はともかくとして味噌醤油等の調味料は贅沢品の部類であった.
 味噌も醤油も天ぷら油も量り売りだった.醤油をうっかり切らしてしまい,お隣の家から少し借りるなんてこともよくあった.
 私よりも若い人は信じられないだろうが,その当時,ある地方では納豆を塩で食べるのが普通だった.味噌は手前味噌というくらいで自家製で賄うこともやる気があれば可能であるが,醤油は醤油蔵の職人が大きな樽に仕込んで製造するものだから家庭で作るのは困難で,店で買わなければいけなかったからだ.
 しかしやがて経済成長が始まり,暮らしは楽になり,月末にお隣の奥さんから少しばかりの調味料を借りずにすむ時代がやってきた.調味料を量り売りする時代は終わったのだった.
 でも,いつなんどき,あの物不足の時代がまたやってくるかも知れない.そう思うと,主婦たちは買い貯めをせずにはいられなかった.
 賞味期限なんて概念はまだなかった.床下に調味料をため込むくらいのことで日々安心して暮らしていける,ある意味でいい時代だった.
 
 それから七十年.私には孫がいないが,もし孫がいたら,彼らには食い物をため込む習性はないだろうと思う.なくなったら買いにいけばいいからだ.
 それはそうなんだけれど,七十年前に刷り込まれた習慣を捨てられない人たちがまだ生きている.ハリッサをたくさん買った件の老女もその一人だろう.その 婆さ 老婦人に強欲とか独占欲とか買い占めとかの悪気はないのだ.なくなったらその時に買えばいい,という人生を過ごしてこなかっただけである.だから「これだけあればこの先一年,ハリッサを切らして慌てることはないわ.お隣の奥さんにハリッサを借りなくて済むし,よかったよかった」と思って彼女の心は安んじたことであろう.よかったよかった.
 
 いや,よくない.誰よりもまずメーカーと販売者が困る.爆発的に売れると,そのあとに全く売れない時期が続くのだ.KALDIのハリッサはオリジナル商品である上に瓶詰だからいいけれど,賞味期限が一年なんていう製品は,メーカー在庫の状態で何ヶ月も経ったらもう出荷できないし,出荷してお店の棚に置かれたままの製品は廃棄されることもある.つまりは安定的生産計画もへったくれもない.その極端な例が恵方巻だ.
 あと十年も経てば,あの 婆さ 老婦人みたいな人たちはみんないなくなって,つまんないものまで買い貯める悪習は日本からなくなるだろう.逆に言うと,あと十年は食品メーカーは苦労するのだ.困ったことである.

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