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2020年1月 2日 (木)

なまはげの今

 昨年末のテレビ番組を観ていたら,伝統行事が変化を余儀なくされているという事を放送していた.
 例に挙げられたのは,男鹿のなまはげだった.Wikipedia【なまはげ】には,この伝統行事を行わない地域が増えて,かつてに比べると半減したとか,あるいは行事というよりショーとして行われることがあるなどと書かれている.それはそれで仕方ないことかなあと思うが,例の「泣く子はいねがー」は児童虐待だとの批判があるという話には驚いた.
 男鹿市観光文化スポーツ部文化スポーツ課・伊藤直子氏の《男鹿のナマハゲの今》には次のように書かれている.(文字の着色は当ブログの筆者が行った)
 
全国の民俗行事の多くが抱えている少子高齢化による影響は、このナマハゲ行事にも重くのしかかる。男鹿市は、人口減少が進む秋田県の中でも特に急激な減少が進んでいる。行事を担う若者の減少、子どものいない世帯の増加、ナマハゲを受け入れる家の減少等、行事には逆境が続いている。
 
ナマハゲを行う側、迎える側は車輪の両輪のようなものと言われるが、ナマハゲを待つ家側も変わってきている。ナマハゲは、家に上がって歩きまわり、厄を祓うものである。家に落としていったワラを頭に巻くと風邪をひかないと言われ、福をもたらすものとされる。しかし家に上げずに玄関先でナマハゲを迎える、また訪問を断る家庭も増えている。
 
「なまはげ」の訪問を断る家庭というのが,児童虐待云々と関係があるのだろう.
 そこで「なまはげ」を保存する側が編み出した工夫は,「泣く子は居ねがー」を「良い子は居ねがー」に変えたことだという.そして,その家の小さな子を見つけた「なまはげ」は,その子をほめたり,また来るからそれまで元気でいろよなー,のように励ましたりする.
 なるほどねー.その子にはやさしい「なまはげさん」の思い出が残るというわけだ.そういうちょっとしたことで「なまはげ」の伝統が絶えずに済むのなら,伝統の変化もいいことなのだろう.
 
 その番組では,伝統の変化の例として他に,除夜の鐘が近隣からのクレームで行われなくなったというのを紹介していた.「うるさい」というクレームだ.昔から除夜の鐘を衝いてきた寺としてはさぞや残念であろう.これが不寛容社会ということだ.
 絵馬にも変化があるという.善男善女が絵馬の裏に願い事を書き入れて奉納するわけだが,これを撮影してネットに晒す行為が横行していることに対処するため,絵馬の形に合わせた「個人情報保護シール」を,願い事の上に貼るという工夫があるらしい.
 
 余談だが,おみくじは,昔から「結び捨て」といって,不吉なことが書かれていた場合は,その神社や寺の木の枝に結んで捨てることが行われてきた.
 それが境内のあちこちに残留して雨ざらしになっていると見苦しいので,「結び捨て」用の場所が設置されるようになった.柱を二本立て,そこに針金を横に張り渡し,その針金に「結び捨て」るようにしたのである.
 ところが,戦後のいつ頃からか,吉のおみくじも「結び捨て」てしまうことが行われるようになった.
 これを苦々しく思っていたら,最近では「結び捨て」を「神様と御縁を結ぶ」と説明するサイトが増えてきた.
 例えば《木に結ぶのはNG?「おみくじ」の正しい捨て方教えます》というサイトに
 
皆さんはそのおみくじ、引いた後はどうしていますか?
境内や木に結ぶという方、多いかもしれませんね。
江戸時代も引いたおみくじは木に結び、神様とのご縁を作ったと言われています。
 
と書いてある.江戸時代とか言っておるが,どこからそんなガセを仕入れてきたのだよ.馬鹿者が.《正しい捨て方》が聞いて呆れるわ.
 などと怒っても所詮は老人の繰り言.ネット民の知ったかぶりには勝てぬわい.

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