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2020年1月 8日 (水)

大丈夫か『食の起源』/工事中 (1/8更新)

 NHK『食の起源』の第二回現代人は「塩中毒」!? 人間が塩のとりこになる驚きの理由》(NスペPlus掲載日 2019年12月13日) は,「塩」についてであった.
 第一回の放送は,最近のテレビでは下火になった感のある「アンチ糖質制限キャンペーン」を展開した.しかしその内容は,遺伝学と考古学の研究成果に歪曲と捏造を行い,近年稀にみる悪質な放送であった.
 私自身は以前,糖尿病を発症した時に主治医と相談し,食後血糖値およびHbA1cを測定しつつ三ヶ月間の糖質制限療法を行い,症状の緩解に成功した体験を持つ.その後は徐々に糖質摂取量を増やし,現在は普通の食生活に戻しているが,血糖値もHbA1cも継続して正常である.
 その糖質制限療法実行の際に,糖質制限の理論と実際を真剣に勉強した.NHK『食の起源』第一回放送は,「最新の研究によれば」と頻繁に番組中で繰り返したが,すべて,これまでに研究者によって論破されてきた古い研究に過ぎなかった.
 今でも,内科医の中には糖尿病の糖質制限に反対する医師たちがいる.彼らは,糖尿病を発症したばかりの患者が来院すると,摂取エネルギー制限と糖質過剰摂取を患者に強いて,患者が正常な食生活に復帰する可能性を潰している.
 
 自然科学において,最も学問的に低レベルなのが栄養学に関する諸々の分野であろう.「低レベル」の意味は,「定説がない」ということではない.科学的手法に基づいて得られた結果と論理展開が,栄養学にはないということである.すなわち悪質な似非「栄養学」は,他分野で確かめられた研究成果すらも平気で歪曲・捏造する.その典型例が『食の起源』第一回であろう.これに主演した伊藤教授は自説を正当化するために,ホモ・エレクトスが二百万年年前に火を用いて調理をしていたという極端なデマを放送で展開した.多少なりとも人類史について関心のある視聴者層は,このデマに騙されはしなかっただろうが,ネット上に書かれた一般国民の反響を読むと,伊藤教授に見事に情報操作されてしまったようだ.
 しかも実際の番組放送中で慶應大学の伊藤裕教授が「です」と断定したことが,画面の字幕では「と思われる」のように変えられていたり,NスペPlusのテキストではきれいに削除されている.このように露骨な情報操作を,私は極めて不快に思う.
 そのことを私は連載記事《慶應大学伊藤裕教授の大ウソ》の (一), (二), (三), (補遺) の四回にわたって述べた.
 
 NHK『食の起源』第一回放送の失敗は,虚説を述べて恥じない「学者」を番組の中心に据えたことだろう.それに比べれば第二回はデマはすくなかった.そのデマについて以下に記すことにする.
 
『食の起源』第二回は,アレクサンドル・ヨアン・クザ大学 (十九世紀にルーマニアを統治したアレクサンドル・ヨアン・クザ公にちなむ大学らしい) のマリウス・アレクシアヌ教授 (民俗考古学) の研究を紹介する形で放送された.アレクシアヌ教授は2015年に来日して演題「ルーマニアにおける製塩の民俗考古学的研究について」で講演している.以下,画面を撮影した画像の下に,その時のナレーションを文字 (緑色) に起こして示す.黒い字はそれについて,当ブログの筆者が付けた註である.

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[画面1.ナレーション] 人類に異変が起きたのはおよそ8,000年前.突如自らの手で大量に塩を作り始めた証拠が見つかったのです.
 
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[画面2.ナレーション] それを突き止めたマリウス・アレクシアヌ教授です.
 
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[画面3.ナレーション] ここが人類最古の塩作りの現場だといいます.
(註;遺跡の位置はルーマニアのどこかで,現在文献を調査中.赤の↓は当ブログの筆者が描き入れた)
 
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[画面4.ナレーション] 実はこの湧き水には海水の7倍もの塩が含まれています.
(註;この遺跡が8,000年前の新石器時代のものだとすると,削った木の板で井戸の囲いを作る高度な木工技術があったことになる.これは説明が欲しかった)

 
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[画面5.ナレーション] これを 燃やした炭にふりかけて塩の結晶を取り出したのが世界で最初の塩作りだったと考えられています.
(教授はデイパックから包装もしていない炭を取り出した.その炭が実際の出土品なのか,当時の製塩を模して実験的に作ったものなのかの説明がなかった.というのは,重要な出土品をデイパックに無造作に突っ込んで現場に持ってくる研究者がいるとは,とても思えないからである)
 
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[画面6.ナレーション] そもそも人類が最初に塩を作り始めたのはおよそ8,000年前.マリウスさんはこのタイミングに注目しました.実は同じ頃,祖先たちがもう一つあることを始めていたんです.それは穀物や野菜を大量に育てる農耕です.
 
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[画面7.ナレーション] 人類が農耕を始めたのはおよそ1万2,000年前.
(註1;放送では何の説明もなかったが,上の画像の黄色い部分は「肥沃な三日月地帯」に近い一帯だろう.新石器時代にメソポタミア文明発祥の地の近くで農耕が始められたという説は大胆だ.私は初耳だし,視聴者も聞いて驚いただろう.一般には「肥沃な三日月地帯」の西半分の地中海に近いあたり (レバントという) だとされている.農耕発祥の地についてアレクシアヌ教授が独自に主張する説に関して何も説明がないのは著しく不適当だ)
(註2;人類が非常にプリミティブな農耕を始めたのはレバントつまり現在のシリア,ヨルダン,イスラエル,パレスチナなどの辺りで,紀元前8,500年から紀元前8,000年だとされている.しかるに放送ではそれよりも2,000年も遡ることにして,しかも根拠の説明はなかった.これは仮説を成立させるためのトリックであり,後述する)

 
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[画面8.ナレーション] それがルーマニアにまで伝わったのが,まさに8,000年前,塩作りが始まった時期とピタリ一致します.
(註;放送のナレーションによれば,農耕が「肥沃な三日月地帯」から現在のルーマニアに伝播するのに4,000年を要している.上の註で述べたが,レバントの辺りで農耕が始まったのは10,000年前=紀元前8,000年だから,ルーマニアで農耕が始まったのは6,000年前という勘定だ.これは,人類最古の塩作りが始まったとアレクシアヌ教授が主張する8,000年前と,2,000年も食い違っている.どこが「ピタリ」なんだか理解に苦しむが,これについては後述する)
 
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[画面9.ナレーション] その後も農耕が広まるにつれて各地で次々と塩作りが始まっていったことが明らかになりました.何故でしょうか.農耕を始めたことで祖先は,穀物や野菜を多く食べるようになりました.
(註1;画像中の白い立方体は,塩が作られた遺跡を示すつもりだと思われる) 
(註2;人類が農耕によって穀物を生産するようになったのは,考古学的証拠によって明らかである.しかしここでアレクシアヌ教授が「野菜」と呼んでいるものが一体なんなのか,葉物なのか芋なのか,あるいは豆なのか全く説明がない.それどころか「野菜を食べる食習慣」の発生に関して考古学的証拠はあるのかについても触れていない.これでは,仮説だとしても杜撰すぎる議論の展開としか言いようがない.独自研究の謗りは免れることができないだろう)
 
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[画面10.ナレーション] その食の変化が,塩をたくさん摂らなければならないという必要性を高めたと考えられるのです.
 
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[画面11.ナレーション] マリウスさんが考える食の大事件を覗いてみましょう.一面の麦畑.
 
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[画面12.ナレーション] 農耕によってたくさんの穀物や野菜を手に入れた祖先は,それさえあればお腹を満たすことができるようになりました.
(註1;長い人類の歴史から見れば「お腹をみたすことができ」るようになったのはそれほど古いことではない)
(註2;穀物生産と並んで牧畜・畜産が人類が生き延びることができた二つの大きなファクターだったと考えるのが妥当だが,アレクシアヌ教授はそれを無視して野菜を重視する.これは教授が自説を展開するためにこしらえたトリックである)
 
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[画面13.ナレーション] ところが,あれ? 苦しんだり,
 
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[画面14.ナレーション] なぜかナトリウム不足を起こす祖先が増え始めたのです.
(註;教授はまるで見てきたようなことを言っているが,新石器時代に心疾患が増加したという証拠は説明されなかった)
 
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[画面15.ナレーション] 実は大量に食べ始めた穀物や野菜にはナトリウムがほとんど含まれていません.さらに問題となったのが,野菜などに多く含まれるカリウムという物質です.
 
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[画面16.ナレーション] カリウムは人体に必要な栄養素.しかし血液中に増えすぎると不整脈が起き,最悪の場合,心臓が止まってしまうことがあります.
  
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[画面17.ナレーション] そこで,摂り過ぎたカリウムを体の外に捨てようとするのが腎臓です.
  
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[画面18.ナレーション] 私たちの腎臓は,ナトリウムを取り戻すことよりもカリウムを排出することを優先させるんです.そのため,カリウムの多い農作物を食べれば食べるほど,ナトリウム不足に陥ってしまう破目に.
 
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[画面19.ナレーション] そこで編み出したのが,ナトリウムの塊り,塩の結晶を作り出す製塩技術.
 
20191226g
[画面20.ナレーション] つまり必死に手に入れようとした大量の塩は,ナトリウム不足を克服するための,いわばサプリメントだったと考えられるのです.
 
20191226h
[画面21.ナレーション] 塩は当時の人々の健康を守るために欠かすことのできない薬のような存在だったに違いありません.
 
 アレクシアヌ教授のウソは以上のナレーションの中にある.ではそのウソを指摘していこう.
 まず[画面12]から検討する.
 
 [画面12.ナレーション] 農耕によってたくさんの穀物や野菜を手に入れた祖先は,それさえあればお腹を満たすことができるようになりました.

 人類の初期農耕に関して,信頼に足る,かつ最近の成書はない.そこで百科事典を参照すると,Wikipedia【農業の歴史に次の記述がある.
 
およそ紀元前9500年頃の新石器時代にはレバントにおいて、デュラムコムギの始祖とされるエンマーコムギ、ヒトツブコムギをはじめ、オオムギ類、エンドウマメ類、レンズマメ、ヒヨコマメ、アマなど8種類の初期作物が収穫されていたことが知られている。
 
 アレクシアヌ教授は「肥沃な三日月地帯」で初期の農耕が始まったのを12,000年前だと主張 (画面7) しているが,百科事典 (Wikipedia) では約10,000年前であるようだ.
 それでは現在も研究の先端にいる研究者たちの見解はどうか.ここでは名古屋大学大学院環境学研究科の門脇誠二研究室 (地球史学講座) のサイトを見てみよう.研究名「農業起源の考古学―農耕牧畜はどのように始まり、世界に広まっていったか?」の内容説明を下に抜粋引用する.
 
農業は現代社会を支える食料生産方法ですが、それは人類の生存にとって元来不可欠というわけではありません。人類は過去数百万年のあいだ野生の動植物を食料とすることによって進化してきましたし、それは私たちホモ・サピエンスが誕生した約20万年前以降も変わりません。したがって、狩猟採集から農耕牧畜への移行を「必然的発達」と片づけることはできません。長年のあいだ人類を支えた狩猟採集生活を変えて、農耕生活を採用することには大きなリスクが伴ったはずです。それにも関わらず、なぜ人類社会は農耕牧畜へ移行していったのでしょうか?
この問題を掲げた考古学調査が、西アジア(中近東)で100年以上前から盛んに行われています。この地域は、ムギ・マメ類の栽培やヤギ・ヒツジ・ウシ・ブタの家畜飼育の起源地で、その始まりが約1万年前にさかのぼることが分かってきました。農耕牧畜の発達は、地球規模の気候変化(更新世から完新世への温暖化)と関わっていた一方で、地域的に多様であり、西アジア内においても農耕牧畜の内容や出現のタイミングは様々です。
 
 門脇研の研究内容説明においても西アジア (アレクシアヌ教授説では「肥沃な三日月地帯」) で農耕牧畜が始まったのは,Wikipediaの記述と同じく約10,000年前としている.アレクシアヌ教授の原著論文を入手していないので,同教授が農耕の始まりは12,000年前まで遡るとしている根拠は不明である.
 ここで,門脇研究室の個別研究テーマ「農耕牧畜の拡散プロセスの解明」の説明を見てみよう.
 
西アジアで発生した穀物栽培と家畜飼育は、いつ、どのように周辺地域へ拡散していったのでしょうか?農耕民が移住した、あるいは穀物・家畜自体が広がったのでしょうか?それとも、農業の知識や技術のみが伝わり、周辺地域の狩猟採集民に採用されたのでしょうか。西アジアの農耕先進地から3千年遅れて農業が始まったコーカサス地方で遺跡調査を行い、道具や建築物の文化系統や家畜動物のDNA系統を分析して、この地域で農業が導入されたプロセス(新石器化)の解明をしています。
 
 上の説明中の図に示されているように,西アジア (現在のシリア,イラク,トルコ,イスラエルなど) の農業の先進地から,小麦栽培と家畜飼育が南コーカサス地方 (現在のアゼルバイジャン,ア ルメニア,グルジア) へと伝播していく過程が研究されている.その調査結果によれば,南コーカサスで最古の農村が成立したのは8,000年前である.西アジアで人類が農業を始めてから南コーカサスまで農業が伝わるのに3,000年を要したわけである.(名古屋大学グループの原著論文;南コーカサス最古の農村遺跡から採取された家畜ヤギ骨の炭素14年代
Radiocarbon dates of domestic goat bones from the oldest agricultural villages in the southern Caucasus,名古屋大学年代測定総合研究センター共同利用による研究成果報告書26号)
 ところがアレクシアヌ教授説では,南コーカサスから遥かに遠く離れた現在のルーマニアに,西アジアの「肥沃な三日月地帯」から農耕が伝播したのも同じく8,000年前だという.南コーカサスからルーマニアまでの伝播には相当な時間を要したはずだから,つまりアレクシアヌ教授説と名古屋大学グループの研究結果は矛盾対立している.どちらかの年代測定が間違っているわけだが,ネット上にある他の研究結果と矛盾しないのは名古屋大学グループによる研究である.
 
 さて,門脇研のような研究現場ではなくとも,私たち一般人の教養として,人類の農業史において農業の中から牧畜を排除し,農耕だけを論じることが無意味なことは常識だ.上の引用文中に「農耕牧畜」というワンフレーズになっている通りである.
 しかるにアレクシアヌ教授は農耕だけを取り上げて,牧畜を無視している.そればなぜか.農業=農耕牧畜という枠で議論を進めると,アレクシアヌ教授の説は成立しないからである.そこで同教授は農耕の歴史だけを取り上げ,自説に都合の悪い牧畜の歴史は無視することに決めたのだと思われる.

 それは後述するとして,さて「お腹を満たす」とはどういうことか.食物を消化吸収すると血糖値が上昇する.これを間脳の視床下部にある満腹中枢が感知して満腹感が得られる.すなわち血糖値が上がらない食物からは満腹感が得られない.人類の初期農耕は,現代人の眼からすれば著しく生産性の低い粗放農業であったに違いない.新石器時代の人類は《それさえあればお腹を満たすことができる》ような楽観的な状態にあったとは思われない.
  
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カリウムの含有量一覧表
https://www.eiyoukeisan.com/calorie/nut_list/kalium.html

豆の栄養成分表
https://www.mame.or.jp/eiyou/seibun.html
 
野菜の歴史
http://www.inetshonai.or.jp/~seika/yasai_history02.html#hana
 

透析患者の為の食品成分表
https://www.aijinkyo.com/food.html
 
農業の歴史
https://ja.wikipedia.org/wiki/農業の歴史
 
野菜
https://ja.wikipedia.org/wiki/野菜
 
Wikipedia【コムギ】《コムギの栽培はメソポタミア地方で始まり、紀元前3000年頃にはヨーロッパやアフリカに伝えられた。》
アレクシアヌ教授の説では紀元前6,000年頃であるから,大幅に食い違っている.

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