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2020年1月25日 (土)

長屋の台所

 高田郁『みをつくし料理帖 八朔の雪』を読んでいたら,裏長屋の台所の造作が,江戸と上方では異なると書いてあった.
 
 話のいきさつを前にも書いたように,昨年末に放送されたNHKの『みをつくし料理帖スペシャル』がおもしろそうだと思って録画したのはいいが,この録画を楽しむには,前提として,原作を一通り読むか,あるいは連続ドラマとして放送された当時の映像を視聴するのがよさそうなのである.
 そこで連作『みをつくし料理帖』第一作の『八朔の雪』を読み始めた次第.するとこんなことが書かれていた.
 
澪が不思議に思う光景の一つに、江戸のおかみさんたちの炊事姿がある。俎板を板張りや畳に置いて、座ったまま調理するのだ。流しを使う際も座ったまま。江戸中の台所を覗き見たわけではないけれど、澪の知る限り、食べ物を商う店は別として、家庭では座って料理を作ることが一般的なようだった。澪を手こずらせる江戸の流しの低さも、このためなのだ。
 流し台の作り自体は、江戸も上方も大差ない。四角い木箱に四本脚。隅の排水口から水が戸外に流れていく仕組みになっている。ただ、江戸では流し台の位置が、板張りと平行になるほど低かった。座っての調理に使い勝手が良いためだろう。
 土間に立って料理することに馴染んでいる澪にとって、座ったままでの調理姿は、やはりどうにも馴染めなかった。

 
 これを読んで,思わぬ盲点を突かれた気がした.ヒロインの澪は,今は亡き主人の未亡人である芳と二人で江戸の長屋住まいであるが,私は長屋の造作は江戸も上方も同じだとばかり思っていたのである.
 江戸の長屋の実寸大再現模型は,深川江戸資料館江戸東京博物館にある.このうち,深川江戸資料館に常設展示されている長屋の台所を写した写真が江戸散策 第6回 台所をのぞけば、その時代が見えてくる》に掲載されている.その写真のうち「写真2」の右半分に写っているのが長屋の「流し」であるが,板敷き (板張り,板の間ともいう) の居住スペースより少し高い位置にあるだけだ.長屋の場合に限るが,「へっつい」の横にある「流し」の下にはあまり空間がない.料理する際は,板敷きに正座し,「流し」の上で調理したのである.『八朔の雪』には《俎板を板張りや畳に置いて、座ったまま調理するのだ》とあるが,少し実際と違うようだ.《俎板を板張り》に置いて調理したのは,キッチンに広い板敷きがある武家の家のことだと思われる.町人の住む,居住スペースが著しく狭い長屋の部屋では,調理は「流し」の上で一切をやったのである.
 
 次に,録画してある『みをつくし料理帖 総集編』の冒頭を少し観てみよう.
 下の画像は澪と芳の二人が住んでいる長屋である.(テレビ画面を撮影してトリミングした)
 澪 (黒木瞳さん) の後ろの土間に流し (赤↓) があるが,丈の高い脚が付いている.これなら立って調理することができるから,原作とは異なっている.
 さらにいえば,この部屋には不必要に広い土間がある.おそらくこれは,撮影の都合を優先してセットを作ったためである.そのため,貧しい澪と芳が,こんなに広い間取りの長屋に住んでいるというリアリティに欠ける結果になった.
 しかし,深川江戸資料館などで長屋の実寸模型を観るとわかるが,実際の長屋の部屋は中が狭すぎて,部屋の中のシーンを撮ると,ものすごい圧迫感のあるアップになってしまう.だから澪と芳の部屋のセットを広くしてしまったのは,やむを得ないとはいえる.
 ただし,山田洋次監督作品『たそがれ清兵衛』には,狭い部屋の中で撮ったリアルなシーンがあったと記憶している.すなわち下の場面は,テレビドラマにおけるカメラワークの妥協であろう.
 
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 ところで原作『八朔の雪』では,上方では「流し」の前に立って調理すると書かれている.だとすると上のシーンは江戸の長屋ではなく,むしろ上方の庶民の住居の様子に近いと言える.過密都市であった江戸の町人は非常に狭い長屋に住んでいたわけだが,それほど住宅事情が劣悪でない上方では,ちゃんとした土間のある家に庶民は住んでいたのかも知れない.
 
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 上のシーンは,澪が流しの前に立って出汁を取っている場面である.原作の時代考証とは異なるが,違和感はない.これはこれでいいのではないだろうか.

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