少し前から,外食産業の企業であるペッパーフードサービスが運営するステーキ専門の飲食店チェーン「いきなり!ステーキ」の経営が急速に悪くなっているとの報道がなされている.その絡みで,ペッパーフードサービスの一瀬邦夫社長が店頭に掲示した「社長のお願い」が話題になっている.
Live News it! の《「いきなり!ステーキ」の店頭に張り紙「社長のお願い」…その真意を社長本人直撃》(掲載 2019年12月11日) はその話題を追った報道の一つ. ただ,「いきなり!ステーキ」の現状はこれでわかるとして,あれだけ鳴り物入りで登場したチェーンがこうも急に転落した原因は今一つわからない.
その原因を分析した記事が,DIAMOND online の《絶不調「いきなり!ステーキ」が気づかない外食集客の鉄則とは》(掲載 2019年12月13日) で,読んでナルホドと納得した.
この記事を書いた鈴木貴博氏は
《いきなり!ステーキの転落には興味深い特徴があります。それは客数がどんどん落ちている一方で、客単価はほとんど落ちていないことです。飲食店経営は「売上高=客数×客単価」という方程式を見ながら経営するものです。一般的に不振のチェーンでは客単価が減る影響も大きいですが、いきなり!ステーキの場合は2019年10月においても、客数40%減に対して客単価は1%減に留まっています。どんなに客が減っても客単価はほとんど減らないという、特徴があるのです。》
という事実 (ただし客単価を書いていないので,その点では分析に説得力がない.他のライターによる経済記事には大まかな推測数字しか書かれていない) の摘出から出発して,
《いきなり!ステーキのどこが私の好みに合わないのか。理由は量です。これまで設定されていたカットの下限がサーロインで200グラムだったので、「そんなに食べられない」というのが私の本音でした。おトクなランチタイムのリブステーキの場合は、以前は300グラムもあったので、なおさら注文できなかったのです。》
……
《つまり、がっつり肉を食べられる顧客にフォーカスし、それだけの量を必要としない顧客を排除する経営をしてきた結果、いきなり!ステーキのコンセプトに合致した顧客だけが残ったのです。だから、その他の客層が離れてしまっても、残った顧客の客単価は維持されるというメカニズムが続いてきたわけです。》
という具合に議論を展開した.氏が同チェーンの惨憺たる現状を《いきなり!ステーキのコンセプトに合致した顧客だけが残ったのです 》と結論したのは大いに説得力ある分析だと思う.鈴木氏の記事の結語の,
《残念なことに、いくら社長が「お客様のご来店が減少しております。このままではお近くの店を閉めることになります」と訴えても、今のメニュー構成では私を含め、これまでいきなり!ステーキが排除してきた顧客には、そのメッセージが伝わらないでしょう。
日本人口のボリュームゾーンである団塊ジュニアですら50代に突入しているのが、日本社会の現状です。がっつりとステーキを食べる顧客層だけを相手に商売を続けても、しょせん400店舗の維持は無理なのではないでしょうか。》(ただし正しい店舗数は,上の記事が掲載された時点で国内488店舗)
は,その通りだろう.「いきなり!ステーキ」のコンセプトは破綻したわけだ.しかし事業としては破綻したわけではないから,店舗数を適正レベルに減らしてバランスを取ることになると思われる.これは芸能人の「あの人は今?」に似ていて,すっかり消費者に忘れられた外食企業が実は細々と今でも営業している,なんてのはよくあることだ.
ところで,私の家の郵便受けに「いきなり!ステーキ」の宅配メニューのリーフレットが放り込まれていた.売上激減のためにとうとう宅配までやることになったのか.
と思いつつ,そのリーフレットに小さく書かれている文字を読んだら,違った.これは宅配寿司最大手「銀の皿」や宅配釜飯の「釜寅」等で知られるライドオンエクスプレスホールディングスが運営している宅配代行業者「ファインダイン」がやっている代行サービスの一つだった.
宅配ステーキの注文はスマホや電話でファインダインに注文する.注文は「いきなり!ステーキ」の藤沢店に伝えられ,厨房でステーキができ上るとファインダインの配達員がピックアップし,注文主の家に届けるという仕組みだ.
藤沢駅の近くに「いきなり!ステーキ」の店舗はあるが,今までこのリーフレットが私の家にポスティングされたことはないから,最近始めたのではなかろうか.
さてこれで,私のうちが配達範囲に入っているデリバリーサービスは,寿司 (銀の皿,つきじ海賓),釜飯 (釜寅),ステーキ (いきなり!ステーキ),ハンバーガー等 (マクドナルド,モスバーガー),フライドチキン (KFC) ,ピザ (ピザーラ) となった.最近は宅配代行業者が増えてきたので,調べれば他にも宅配可能なものがあるかも知れない.ちなみにこれらの中で「つきじ海賓」はローカル業者だ.
そこでそれぞれの「食シーン」を考えてみた.
まず,寿司.寿司は来客にお出しするのに最適な料理だ.客人が寿司も刺身も嫌いで食べないという場合を除けば,まあ寿司をとれば間違いがない.寿司にはちゃんと「おもてなし感」があるから,「あそこんちはケチで寿司なんかを出しやがった」と陰口を叩かれる心配はない.
寿司に比べると釜飯は,改まった食事の度合いが低い.例えばある日の午後,客人を迎えて酒などでもてなし,暫しの時を過ごしているうちに夕刻になってしまったとする.長居したことに気づいて慌てて暇しようとする客を引き留めて,主人が言う.
「先程,寿司をとりました.すぐ届きますから,それをつまんでからで良いではありませぬか」
固辞する客の前に,ちょうど寿司屋から届いた寿司桶が置かれる.「ささ,ささ,どうぞ」と勧める主人の顔を立てて,客は寿司を口に運ぶが,全部は食べないのが昔風の礼儀だ.
いくつか残したところで「ごちそうさまでした」と礼を述べ,腰を上げる.波平も立ち上がって客を玄関へ案内する.
ここで隣の部屋で聞き耳を立てていたカツオとワカメが襖を開けて客間に飛び込んでくる.
カツオ「わーい,お母さーん,お寿司食べていいー?」
フネ「これカツオ,お行儀の悪いっ.そんな大きな声を出したらお客様に聞こえますよ」
というのが戦後しばらくの間の昭和における日本の家庭の風景であった.客が残した寿司は,子供たちの御馳走になったのだ.これは出前にとったのが寿司であればこそ成り立ったことなのである.
これが釜飯だったらどうなるか.客が箸をつけて残した釜飯は残飯である.もしカツオが食べようとしたら,フネは叱りつけて許さないであろう.これが寿司と釜飯の決定的な違いである.ステーキも同じだ.いずれも,完食しないと,せっかく用意してくれた食事を残飯にしてしまう.その家の主人に対する礼儀を欠くことになるのだ.逆に言うと,釜飯やステーキは客に完食を無理強いすることになる.従ってこれらは,もてなしの食事として不適当なのである.
ではフライドチキンはどうだろう.高畑充希さんが演じている通り,ジャンクフードは,気の合った仲間たちとワイワイ騒ぎながら食べるのに最適な食い物だ.単価は安いし,配達料金も格安 (テイクアウトの6ピースパックは¥1,790で,デリバリーの6ピースパックは¥1,920 だからその差¥130 が配達料金となる) だ.だから食い切れないくらい注文し,食い残しても構わない.これは「客をもてなす」ではなく「自分たちが楽しむ」食事だ.寿司ではこうはいかないし,釜飯やステーキでは,そもそもパーティにならない.各自がそれぞれの席について,黙々と食べる「食シーン」しか思い浮かばない.
宅配釜飯 (一例の「釜寅」五目釜飯は¥1,390) はどんなシーンがふさわしいのか.来客のもてなしにも,パーティにも使えない.ふと思いついたのだが,例えば古希を越した老人が,亡妻の命日に仏壇の前にちゃぶ台を置き,その上に釜飯と薬味や漬物を並べて「お前が好きだった五目釜飯だよ」と一人ごちながら昔のことを思い出す,ってのはどうだろう.しみじみと一人で食べるのが,いかにも釜飯らしいような気がする.
さあ,いよいよステーキであるが,そのTPOの想定は難しい. 来客のおもてなしにサーロインステーキ300g (ライス付き) ¥3,272 を出すのは,上に述べた理由で,違和感がある.また,亡妻の仏壇の前でリブロースステーキ400g (ライス付き) = ¥3,644 をモリモリ食う爺さんは何か不謹慎なことを考えていそうだ.
私のような高齢者には柔らかいヒレステーキ300g (ライス付き) ¥3,570 がいいかも知れぬが,これって店で食えば¥2,900 だから,なんとまあ配達料は¥670 もするのだ.ほとんどボッタクリである.(宅配ピザは,テイクアウトと配達の価格差がもっと大きいが)
この配達料は,一回に三人分を注文すると¥2,010,五人分なら¥3,350 となり,積算していく.一回の注文あたりの配達費用 (人件費他) は三人分でも五人分でも同じだから,注文数が増えると急激に割高になるという理不尽な価格体系なのである.こんなことなら誰だって店に出かけてステーキを食う.たくさん買えば安くなる,という普通の感覚の逆を行くのがデリバリーサービスなのである.
宅配「いきなり!ステーキ」の客単価は明らかに高い.普段は吉野家などのリピーターであり,奮発しても「やよい軒」で食事しているような普通の勤労者層や,年金生活者層には,手が出ない価格だ.しかも,どんな時に宅配ステーキを注文して食べるかという「食シーン」がよくわからない.こんなことでは「いきなり!ステーキ」の経営に寄与するとはとても思えないのである.
まあ,店舗のほうもチープな店構えとサービスのくせに単価が高くて,似たようなもんだが,「いきなり!ステーキ」の宅配の前途は暗いと思われる.
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