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2019年11月29日 (金)

慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (一)

 昨夜のNHKスペシャル《食の起源 第1集「ご飯」~健康長寿の敵か?味方か?~》(以下,単に番組またはNHK『食の起源』と略する) がおもしろかった.ツッコミどころ満載という意味で.w (以下に掲載する画像は,放送の画面をカメラで撮影し,トリミングしたものである)
 この番組の司会進行はTOKIOの四人と近江友里恵アナだが,この番組を監修したと思われる実質的なMCは慶應義塾大学医学部の伊藤裕教授である.
 この番組の基調はアンチ糖質制限 (画面の左肩に書かれていたサブタイトルは“発見!「糖質」のすごい力”だった;下の画面1) であり,日本人はデンプン質の食材を主食にするのがよいという主張がなされた.
 
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(画面1)
  
 下の画面2は,コメンテーターとして出演した女優の壇れいさんだ.彼女は番組の最初から最後まで特にコメントをするわけでもなく,「お米のご飯はすばらしい」と礼賛しただけだった.彼女の肩書は「日本食普及の特別親善大使」だが,この特別親善大使とやらは農水省が任命する.いてもいなくても同じ彼女の出演は,この番組が農水省の意向を忖度して制作されたものであることを疑わせた.
 
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(画面2)
 
 そのアンチ糖質制限の食材として,なぜか小麦でもトウモロコシでもなく,あるいは芋類豆類でもなく,NHK『食の起源』は米だけを絶賛した.その理由を,日本人はそのように進化してきたからだと番組はいうのである.
 
 
まず,今回の放送 (全五回のシリーズの第一回) を観て一番驚いたのは,番組の終わりに近いあたりで,少しでも暗算ができる視聴者なら唖然とするようなことを,伊藤教授が述べたことである.それは,食事における糖質と死亡リスクに関係があるとして糖質制限食の危険性を説き,その説明に用いた次の二つのシーンである.
 
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(画面3)
 
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(画面4)
 
 上に示した画面4で,《標準的な大人の場合,毎食,茶碗に1杯程度》の米飯が適量だというのが伊藤教授の主張だ.
 その「茶碗に一杯の米飯」とはどれくらいの量か.
 文部科学省の「日本食品標準成分表 (五訂増補)」によると,精白米を炊いた米飯は100グラム当たり168キロカロリーとなっており,飯茶碗に軽く一杯 (約150グラム) は約240キロカロリーである.これが米飯のエネルギー量として広く用いられている数値である.
 この番組が画面3で主張するところの,最も死亡率が低い (実はこれは,前提抜きに使用するのは不適切な表現なのであり,なんとなく「健康にいい」ような印象を与えて視聴者をミスリードしようという意図が見える) 糖質の量 (画面3の横軸は「量」と書いてあるが,伊藤教授は単位を%にしている.高校生でもこんな間抜けなグラフは書かない.やむを得ず伊藤教授に代わって解説すると,横軸は「食事で摂取する全エネルギーに占める糖質由来エネルギーの割合」のことだ) は,画面1のグラフでは50~55%であるという.
 すると,この番組が言うところの標準的な大人 (これまた意味不明な表現だ;男女の性差,年齢,身体活動レベルを考慮しない「標準的」などという語は無意味なのである) の日本人の場合,一日のエネルギー必要量は,(240kcal x 3食) / 0.50~0.55=1,309~1,440kcal (中央値は1,375kcal) だということになる.
 ところが,日本人の栄養に関して厚労省が示す最新版のガイドである「日本人の食事摂取基準 (2015年版) 策定検討会」報告書によると,30~49歳で身体活動レベルがIIの男性の推定エネルギー必要量 (kcal/日) は2,650kcal であり,同じ条件の女性は2,000kcal である.
 つまり働き盛りの日本人は,男性で1,275kcal,女性で625kcal も摂取カロリー過剰だと番組は放送したのである.これはすなわち,出演した慶應義塾大学医学部教授・伊藤裕氏の主張である.
 実は,伊藤教授の主張のように一日の摂取エネルギーを1,500kcal 以下にするのは,私のような高齢者はともかく壮年男性にとって,たとえ仕事がデスクワークでも難儀なほどの強い食事制限なのである.すなわちこの番組で伊藤教授は,厚労省の「日本人のエネルギー摂取基準」に異を唱えているわけだが,私が知る限り,厚労省の「日本人のエネルギー摂取基準」を真っ向から否定しているのは日本では伊藤教授ただ一人である.いや,持って回った言いかたはやめよう.伊藤教授は,支離滅裂なことを述べておきながら自分の言説の矛盾に気が付かないのである.そういう困った「学者」が番組の監修をしたのであるから,番組内容が大嘘になってしまったのは当然なのである.
 
 上に述べた伊藤教授の支離滅裂な言説は,ほんの一例である.さらに《食の起源 第1集「ご飯」~健康長寿の敵か?味方か?~》の問題点を例示しよう.
《食の起源 第1集「ご飯」~健康長寿の敵か?味方か?~》は,人類の発祥以来,その「食」においていくつもの画期的な変化があったとしている.まず番組は人類の誕生をマンガで説明した.以下の画像は伊藤教授の主張に沿って番組制作サイドが作成したものだが,これに対して私は,ロビン・ダンバー (オクスフォード大学教授,進化心理学),鍛原多恵子訳『人類進化の謎を解き明かす』(インターシフト,2016年6月30第1刷) の記述を根拠にして論じることにする. 同書は,人類進化に関する刊行物として最新 (原書;“HUMAN EVOLUTION”,Penguin Books Ltd.,2014
) のものである.この書籍には総説と著者の研究成果が含まれており,ウェブ上の書評では高い評価を受けている.
 
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(画面5)
 
 番組は画面5で,人類の起源を700万年前だとした.これは人類がチンパンジーとの共通祖先と分岐したことを指すが,ロビン・ダンバーの近著は600万年前としている.
 
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(画面6)
 
 番組では画面6で「700万年前の私たちの祖先」と表現したが,これは誤解を招く.現生人類の祖先が700万年前にいたわけはない.「私たちの祖先に繋がる類人猿」というべきだろう.画面6は,その類人猿が果実などを食いながら樹上生活していたことを述べたものである.
 
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(画面7;画面のマンガでは降雪が描かれているが,本当に雪がふったかどうか私は知らない)
 
 人類の起源に関する議論は,科学的な意味で実証されたわけではなく,すべて仮説である.従って新しい化石が一つ発見されれば簡単に定説が引っ繰り返る.そのいい例が,今から二十年ほど前までは定説だった「イーストサイドストーリー」だ.Wikipediaから引用すると以下の通り.
 
その内容は、アフリカ東部の猿人類が人類の祖先だとするものである。 アファール猿人、ルーシーが、南北につらなる山脈の東側で発見されたことから仮説が立てられた。およそ800万年前から、大地溝帯付近の造山運動が盛んになり、大西洋の水蒸気を含んだ偏西風が大地溝帯の山脈にぶつかって雨を降らすようになり、東側では気候の乾燥化が進んだ。その結果、森林が徐々に草原に変わり、類人猿の祖先は死に絶えてしまった。一方、人類の祖先は以前までの森林での生活で、中臀筋などの二足歩行に欠かせない筋肉を発達させていた(人猿の骨盤の化石より推定)と考えられるため、二足歩行により草原で生活の場を開拓して人類に発展したとする仮説である。
現在、この仮説は定説ではなくなってきており、人類は森林の中で進化したという仮説が有力である。
この仮説が破綻した理由として、800万年前の大地溝帯付近の造山運動は小さく、大きく隆起したのは400万年前であったと考えられるようになってきたことが挙げられる。これはヒトが二足歩行したと考えられている600万年前よりも後のことであり、大地溝帯形成を人類が類人猿から分岐する原因と考えると矛盾している。また、当時のアフリカ東部の乾燥化は完全ではなく、森林がかなり残存していたことが炭素同位体の分析から明らかになっている。
そして、この仮説が破綻する決定的な証拠が2002年にアフリカ西部であるチャドで600 - 700万年前と考えられるトューマイ猿人の化石が発見されたことである。頭骨から背骨につながる孔の位置から直立二足歩行をしていたことが分かり、顔の特徴から、絶滅した傍系ではなく、ヒト属の直系の祖先である可能性が高いことが判明した。この場所で、魚やワニの化石が発掘されたことからかなり湿潤な地域だったことが考えられる。
2003年2月には、提唱者であるイブ・コパン自身がこの仮説を自ら撤回している。
 
 若い頃から生命や人類の起源に関する話が好きだった私は,NHKの特集番組総集編のDVDシリーズ『NHKスペシャル 40億年はるかな旅』(一枚あたり五千八百円) などを「これは保存版だ!」と思い込み,合計五万円以上も財布をはたいて購入した.ところが現在では,それらは内容が大嘘だらけになってしまい,全くのゴミと化してしまった.しかしNHKの商売上手を知らなかった自分があまりにも悔しいので,いまだに自戒の念を込めて書架に飾っている.
 で,そのゴミ『40億年はるかな旅 第8集 ヒトがサルと別れた日』(1998年発売) で解説されていた人類の起源が「イーストサイドストーリー」だった.当時はみんながこの仮説は正しいだろうと思っていたが,しかし科学的データに基づかない「みごとな仮説」はむしろ怪しむべしという教訓となったのである.ちなみに「ヒトがサルと別れた日」とNHKは書いたが,ヒトとサルが泣いてお別れしたのではないから,漢字を使うなら普通は「分かれた」と書く.しかしこういう使い分けはめんどくさいから「わかれた」と書くのがお勧めだ.
 
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(ゴミの山)
 
『40億年はるかな旅』に限らず,NHKが渾身の力を込めて拵えたもっともらしい「科学」番組というのは,昔からそんなものなんである.だから録画した放送をビール片手に鑑賞しつつ「違うでしょー! あはははは」とツッコミを入れながら観るのがよろしい.番組内容を真面目に信じると後悔する.ま,せいぜい『ガッテン!』とか『チコちゃんに叱られる!』とかの娯楽番組を楽しみ,すぐに忘れるのがお勧めである.『チコちゃんに叱られる!』は割と良心的で「諸説あります」と画面に断りが出るが,NHKスペシャルは,番組に都合のよい説だけ集めて作るので,そこが困ったものである.
 閑話休題.画面7で,ナレーションは,700万年前に地球全体が寒冷化したとし,続いて《地球が寒冷化したため,果実が減り,祖先は食べ物を求めて地上に降り立ちました.こうして人類が誕生したのです》と述べた.寒冷化によって人類が誕生した地がアフリカであることに触れなかった理由は不明だ.
 ここのところは従来「寒冷化 (氷期) により海水温が低下したため,アフリカの熱帯域では降水量が減り,乾燥が進んで熱帯性の森林は縮小し疎らになった.そこで樹上生活していた類人猿は移動するためには地上に降りざるを得なくなった.こうして最初期の人類が誕生した」と説明されてきたところである.
 寒冷化すると樹々の果実が減るという理屈がよくわからないが,ともかく伊藤教授説では,700万年前に地上に降りた人類の祖先がいたという.だとすると,伊藤教授の言う人類の祖先とは,サヘラントロプス・チャデンシスのことを指しているに違いない.
 この霊長類の一種を最古の人類だとする説があるが,しかし頭骨しか発見されていないことから,これは仮説にとどまっている.というのは,人類の基本的プロパテイとして直立二足歩行があるので,将来もしもサヘラントロプスの脚の骨の化石が見つかったら,実はサヘラントロプスは人類ではありませんでした,ということになる可能性があるのだ.つまりサヘラントロプスは人類ではなく,「人類とゴリラやチンパンジーとの共通祖先」かも知れないのだ.だが科学的な慎重さを欠く伊藤教授は,サヘラントロプスを人類と断定して説明を進めた.
 何しろ人類の起源に関する話は仮説ばかりなので,Wikipediaでも項目によって一貫性が全くないのが現状だ.サヘラントロプスを最古の人類だとする百科事典項目と,それを認めない項目が混在している.それ故,伊藤教授が「サヘラントロプス=最古の人類」を唱えるのは自由だが,しかし「これはコンセンサスが取れていない仮説だ」と一言説明が必要だと思われる.それをしないのはフェアでない.
 
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(画面8)
 
 画面8は,画面7のナレーション《地球が寒冷化したため,果実が減り,食べ物を求めて地上に降り立ちました.こうして人類が誕生したのです 》に続いて,サヘラントロプスが樹上から地上に降りて,食べ物を探すという場面だ.ナレーションはさらに続く.
 
でも覚束ない二足歩行.やっとおいしそうな果実を見つけても,すばしっこい動物にとられちゃった 》と.
 
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(画面9;地面の落ちていた果実)
 
 ここは「すばしっこい動物に取られる前に,果実が樹の枝になっているときに食べろよなー!」と視聴者が大笑いするところだ.しかも画面では「すばしっこい動物」はキツネの姿恰好をしていた.これはまるで昔人気があったアニメの日本昔話みたいで,さすがにバカバカしいので画像を載せるのはやめておく.こういうデタラメは少年少女の教育上で有害だと私は思うが,伊藤教授はなんとも思わないようだ.
 
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(画面10)
 
 画面10のナレーションは《他に何か食べられそうなものは…… 木の実です!》だ.
 柔らかな果実と同じく堅果も,わざわざ地面に落ちたのを探して食べなくても,すなおに樹の枝になっているのを取って食べればいいのだ.こうしてみると,人類が樹から地上に降りて直立二足歩行を始めたことに関して,番組が示した《地球が寒冷化したため,果実が減り,祖先は食べ物を求めて地上に降り立ちました.こうして人類が誕生したのです》という説明は,辻褄が合わなさすぎて無理がある.疎らになった樹々の間を移動するために地上に降りた,という普通の説明のほうがよいのではないか.そして降りたついでに地面に落ちている木の実を食べればいいわけだ.
 
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(画面11)
 
 画面11のナレーションは《殻が硬くて他の動物は食べませんが,がんばって割ってみたら,中から出てきたのはデンプンの塊です 》だった.
 地球上で繁栄している動物に,ネズミやリスの類がいる.彼らは堅果を好んで食べる.森にすむ彼らが,堅果を貯蔵する性質を持っていることが,堅果を作る樹木の繁殖に一役買っているとされているくらいだ.それなのにナレーションは,初期の人類が住んだ森にはネズミ類はいなかったと主張したのである.
 ナレーションの《殻が硬くて他の動物は食べません 》の根拠はいったい何だろう.
 実はNHKのサイトであるNスペPlusには,NHKスペシャルの放送内容が紹介されている.今回の放送の《「ご飯」は健康長寿の敵か?味方か?》(掲載 2019年11月22日) で
は,当該箇所が《他の動物があまり食べないような、殻が硬い木の実 》となっている.実際の放送では「他の動物は食べません」だったのに,公式サイトのコンテンツでは「他の動物があまり食べないような」と修正されているのだ.番組制作後に「他の動物は食べません」が誤りであると気が付いたのだろうが,実際の放送では修正されなかった.放送時に字幕で修正すべきであるのに,実にアンフェアである.
 実際の放送と公式サイトのコンテンツが異なっている例は他にもある.ナレーションでは《地球が寒冷化したため,果実が減り,》だったものが,公式サイトでは《しかし700万年前、地球全体が寒冷の時代になると森が縮小して果実が減り 》となっている.「地球が寒冷化したため果実が減り」ではその理屈がわからぬが,「森が縮小して果実が減り」なら因果関係の説明としてまともである.
 
 
 さて番組はこのような説明により,サヘラントロプスに始まる人類は,木の実 (堅果) の糖質を最も重要なエネルギー源としてきたと主張した.だがそれは単純すぎる.ヒトは糖質だけで生きられるわけではないからだ.生きるのにはアミノ酸や脂肪酸が必須だから,普通の説明のように「初期の人類は雑食性で,何でも食べた」とするのが納得しやすい.彼らは近縁のサルと同じく肉食獣の食い残し,小さな爬虫類,昆虫,木の実草の実や地下茎など,口に入るものは生きるために何でも食べたと思われる.採集するのに季節性がある堅果だけで生きられるわけがないのである.これについても,実際の放送では堅果ばかりを食べ物として重要だったと強調したが,公式サイトでは《殻が硬い木の実や、地面を掘らないと手に入れられない地下茎 》と書き,こっそりと,地下茎も食料だったとしている.
 
 このように番組が,初期人類の食べ物として堅果 (のデンプン) だけを異常に強調したのは,「デンプンを加熱調理して摂取したことが,人類の脳が巨大化した原因である」という伊藤教授の奇説を導き出すためであった.
 その奇説を視聴者に「そうなのか!」と思わせる道筋がおもしろかったので,以下に紹介しよう.
 まず番組はバルセロナ自治大学のカレン・ハーディ教授の仕事を紹介した.
 
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(画面12)
 
 ハーディ教授の方法論は,発掘された歯に付着している歯石を分析し,人類が何を食べていたのかを分析するということだ.
 実際の放送では,ハーディ教授の発掘現場に関する説明が全くなく,NスペPlusにも次のようにだけ書かれている.
 
アメリカでは今、「パレオダイエット」と呼ばれる、肉食中心のダイエット法が人気を集めている。パレオとは石器時代のこと。「石器時代は人類は狩りをし、肉を主食にしていたので、私たちの体は肉が主食の生活に適応しているはず」という考えが基になっている。
しかし最近、そのような定説を覆す大発見があった。バルセロナ自治大学のカレン・ハーディ博士は、石器時代の祖先の骨の化石を調査し、祖先が何を食べていたのかを解明した。ハーディ博士が調べたのは「歯にこびりついた歯石」だ。
特殊な溶液で小さく砕いた歯石を顕微鏡で観察すると、でんぷんの粒子が多数見えてきた。肉が主食と思われていた石器時代の祖先が、糖質を食べていたという決定的な証拠だ。さまざまな最新研究を総合すると、摂取カロリーの5割以上が糖質だったとの推測もある。
「祖先の主食が肉というのは間違いです。生き抜くための主食は、常にでんぷん質のものだったと考えられます。」(ハーディ博士)
 
 上の記述には「石器時代の祖先」としか書かれていないが,ハーディ教授のフィールドワークで有名なものはスペインのエル・シドロン洞窟で行われ,発掘と研究の対象はネアンデルタール人である.彼女は単独で研究しているわけではなく共同研究者がいる.また彼女と同様の方法論を用いている研究者もいる.
 彼女の名が大きく報道されたのは,2012年のNewScientist誌に掲載された"Neanderthal dental tartar reveals evidence of medicine "だった.
 この記事の冒頭を下に少し引用しよう.(要点の箇所の着色は,当ブログの筆者が行った)
 
《The tartar on Neanderthal teeth has a tale to tell. The chemicals and food fragments it contains reveal that our close relations huddled around fires to cook and consume plants – including some with medicinal properties. The find is the earliest direct evidence of self-medication in prehistory.
Despite their reputed taste for flesh, we now know that at least some Neanderthals enjoyed a more varied diet. The latest evidence comes from an analysis of 50,000-year-old Neanderthal teeth from the El Sidrón site in northern Spain.
Karen Hardy at ICREA, the Catalan Institution for Research and Advanced Studies in Barcelona, working with Stephen Buckley at the University of York, UK, and colleagues, used a scalpel to scrape tartar off the teeth of five Neanderthals. They chemically analysed some of the tartar samples, and examined others using an electron microscope.
Smoke signals
The microscope revealed cracked starch granules, which suggests the Neanderthals roasted plants before eating them. ……》
 
 大昔の人類が何を食べていたかということは,食事残滓の化石が有力な情報となる.ただし,残りやすいものが発見されやすいので,バイアスがかかるのは避けられない.動物や魚の残滓は残りやすいが,植物質のものは残りにくい.風雨や微生物などで分解されやすいからだ.そのため,ネアンデルタール人の食生活は肉食という面が強調されてきた.これが俗説化して,NスペPlusに書かれている「パレオダイエット」という食事法を生んだ.
 本来のパレオダイエットは旧石器時代の食事を真似ようという趣旨の食事法であり,Wikipedia【パレオダイエット】に《農耕や牧畜に頼らず、日常的に簡単に入手できる魚介類、鳥類、小動物、昆虫、卵、野菜、キノコなどの菌類、根菜、ナッツ類など 》と書かれているように穏やかな主張だったが,現代では極端な肉食偏重のオカルト的食事法になってしまったようだ.ネアンデルタール人のイメージが歪められた結果だろう.
 ハーディ教授の業績は,ネアンデルタール人の歯石の中にデンプン粒を発見したことで,彼らが雑食だったことを改めて示したものである.
 それは価値ある仕事だが,NスペPlusの記述に書かれているように彼女が本当に《生き抜くための主食は、常にでんぷん質のものだったと考えられます 》と語ったとすれば,それは言い過ぎだ.堅果のように濃縮されたデンプンを,一年中いつも,どの土地でも,ネアンデルタール人が採集できたはずがなく,肉しか食べるものがない環境に置かれれば肉を食べて生きたに違いないからである.引用文中の《Despite their reputed taste for flesh, we now know that at least some Neanderthals enjoyed a more varied diet. 》が,わずかなデータ (=歯石からデンプン粒が発見された) を極端に拡大解釈 (=ネアンデルタール人の主食は常にデンプン質のものだった) しない妥当な見解というべきだろう.ただし私には,NHK『食の起源』がハーディ教授の発言を歪曲しているとしか思えない.彼女の肉声で「生き抜くための主食は、常にでんぷん質のものだったと考えられます」と語ったのを視聴者に聞かせないのはアンフェアだ.
 さて番組は次に,ホモ・エレクトスの時代にさかのぼる.
 
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(画面13)
 
 画面13あたりから,NHK『食の起源』は話の辻褄が次第にボロボロになる.例えばこの画面で,200万年前にホモ・エレクトスが現れたとしているが,この年代を200万年前とすることには問題がある.(後で詳しく述べる)
 余談だが,画面13のように200万年前の人類が腰に衣服を着用していたという証拠はない.
 
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(画面14)
 
 画面14の字幕にゲッシャー・ベノット・ヤーコブ遺跡と書かれているのは,イスラエル北部のベノット・ヤーコヴ橋 (英語版 Wikipedia) の近くにあるゲシャー遺跡のことだ.ただし,日本語でウェブを検索するときは,ゲッシャー遺跡ではなくゲシャー遺跡と表記されるのが普通である.
 
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(画面15)
 
 日本語表記のことはともかく,番組は画面15で,ゲシャー遺跡から焼けた石器,焼けた堅果が発見されていることから《つまりこれはホモ・エレクトスが火を使っていた証拠 》とした.
 さらに,ネアンデルタールの食生活を研究しているカレン・ハーディ教授が,なぜかこの場面にも登場し,ホモ・エレクトスの食事について《これは人類が初めて火で木の実を調理したはっきりとした証拠ですね 》と語った.だがハーディ教授のこのコメントは,話の流れとして唐突感があり,どうも番組上の演出くさい.
 
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(画面16)
 
 NHK『食の起源』では番組の中で何度も「○○ということが最新の研究でわかってきました」と進行役の近江アナが述べたのだが,実際には目新しいことは何もなかった. ゲシャー遺跡から,火を使用した痕跡が発掘されたのは,かなりよく知られた既知のことだ.
 確からしいことを積み重ねて論を進めるのは大変よいことなのだが,実は画面13から16までには,確からしいことに見せかけたトリック=嘘が仕込まれている.
 番組が放送したストーリーは「200万年前にホモ・エレクトスが現れた」→「ホモ・エレクトスが住んだゲシャー遺跡から火を使用した痕跡が発掘された」→「これは人類が火を使って調理した証拠」であり,番組を観た視聴者は200万年前にホモ・エレクトスが火で調理したかのように思い込まされる.ところが事実は違う.これについてWikipedia【初期のヒト属による火の利用】に次の記述がある.(文字の着色は当ブログの筆者が行った)
 
イスラエルのベノット・ヤーコヴ橋の河岸にあるゲシャー遺跡では、ホモ・エレクトスかホモ・エルガステルが79万から69万年前に火を使っていた証拠がある。焼けたオリーブ、大麦、ブドウの種や、木、火打石が残されており、火を使った確実な証拠としては、これが世界最古のものと見られている。
 
 最近の高校の教科書にどう書かれているかよく知らないが,NHK『食の起源』が,あたかも200万年前に火の使用が始まったかのように放送したとき,これを観たまじめに勉強している生徒は「あれ?」と思っただろう.
 人類が火を使い始めたのは200万年前ではなく,ゲシャー遺跡から出土した証拠によれば,時代をはるかに下った79万から69万年前あたりなのだ.どういうことかというと,高校生も頭をひねるこのトリックは「ホモ・エレクトス」という用語のすり替えを使って行われたのだ.
 実は東アフリカには,180万年前頃にホモ・エルガステルというヒト属の一種がいた.これは広義のホモ・エレクトス (=亜種) とされることもあるが,別種とされることが多い.このホモ・エルガステルの近縁種から,後に現生人類が派生したとされる.
 これとは別に,ホモ・エルガステルから遅れて現れた近縁の一種が,アフリカを出てユーラシアに広がった.これが狭義のホモ・エレクトスである.狭義のホモ・エレクトスはすべて滅亡した.ちなみに,ホモ・エレクトスがアフリカを出たことと,その滅亡については,Wikipedia【ホモ・エレクトス】には以下の記述がされている.
 
ホモ・エレクトゥスの1亜種、あるいは近縁種ともされているホモ・エルガステルの仲間からホモ・サピエンスがアフリカにおいて進化したと考えられ、その他のエレクトゥスは全て現生人類とは別の進化経路を辿っているというのが現在の進化論の主流である。
ホモ・サピエンスとホモ・エレクトゥスは数万年同時に同地域に暮らしていたと考えられるが、彼らの遭遇は極めてまれであったと考えられる。ともにハンターとして獲物を追ってアフリカを出たが、約9万年前当時の人口は、たとえば広いインド全体でもサピエンス数百人、エレクトゥス数千人と考えられる。(この数値は公式な発表では存在せず、あくまでも数人の研究者の推測である為、時代により相当な誤差が生じる可能性は否定できない)。これは、たとえば北海道の山奥で希少種である雷鳥に遭遇する程度の可能性と言える。しかし、獲物が競合するホモ・サピエンスとホモ・エレクトゥスは、互いに争うことはなくても、狩猟技術の進んでいたホモ・サピエンスが圧倒的に生存に有利であったため、数万年をかけて両者の地位は逆転し、やがて、各地でホモ・エレクトゥスは主に飢餓により絶滅に向かっていったと考えられる。
 
 以上をここで整理すると,NHK『食の起源』は,ホモ・エルガステル (広義のホモ・エレクトス) と,狭義のホモ・エレクトスを,「ホモ・エレクトス」という名で一緒くたにすることで,人類による火の使用をゲシャー遺跡のデータよりも100万年以上も古いことにし,あたかも200万年前に火の使用が始まったかのような捏造を行ったのである.人類の起源に関する知識を持たないNHKの制作スタッフにそんな捏造ができるはずがない.これは伊藤裕教授の指示によるものだろう.
 伊藤教授はなぜそんなことをしたのか.それは次のグラフを視聴者に見せるためである.
 
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(画面17;グラフ上の絵を拡大したものが下図)
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(画面18)
 
 画面18は,NHK『食の起源』で伊藤裕教授が「人類による火の使用は200万年前に始まった」と主張したことを示している.
 これは根拠のない真っ赤な捏造なのであるが,後述する伊藤裕教授の「人類の脳の発達は,加熱調理されたデンプンの摂取により大きく促進された」という奇説を裏付けるためには,どうしてもこの捏造を行う必要があったのである.
[以下,慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (二) に続く]
 
[この連載記事の一覧]
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (一)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (二)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (三)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (補遺)

 

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