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2019年10月 5日 (土)

白花曼殊沙華

 陋屋のネズミの額ほどの土があるところに,シロバナマンジュシャゲが咲いた.
 
20191003b
 
 我が家は建ててから四十年経つが,これまで一度たりとも庭にヒガンバナが咲いたことはない.もちろんシロバナマンジュシャゲも初見である.
 あまりに唐突なので,驚いてウェブを検索してみた.すると,既にヒガンバナが群生している場所に,シロバナマンジュシャゲが突然に現れることは屡々あることのようであった.この現象について,日本植物生理学会のコンテンツ《植物Q&A 白色のヒガンバナについて 》には次のように説明されていた.文章がコンパクトに凝縮されているので,これ以上の要約はむずかしく,それで少々長いが全文引用する.
 
白色のヒガンバナについて
質問者: 一般 R.T.
登録番号3374 登録日:2015-09-24
ここ数年、近所で白色のヒガンバナをよく見るようになりました)。それまでずっと、赤のヒガンバナが咲いていた場所に、白色のヒガンバナが混在して咲いています。近所を中心にしか確認できていませんが、1つの場所ではなく、複数の地点でこの現象が観察されます。
インターネットでは、シロバナはショウキズイセンとの雑種なのだと書かれています。白のヒガンバナが観察されるようになった場所の1つは、わたしの親戚宅ですが、ショウキズイセンを育てたことはないそうです。これは、遠方から、ショウキズイセンの花粉が飛んで来ることを意味するのですか。
ヒガンバナと近縁種の自然交配は、比較的簡単におこるものなのでしょうか。それとも、白化には、別の理由があるのでしょうか。
どうぞよろしくお願いします。

R.T.さま
みんなのひろばへのご質問有り難うございました。頂いたご質問の回答を遺伝学がご専門の奈良女子大学の鈴木孝仁先生にお願い致しましたところ、ヒガンバナの系統や自然交配についての論文を調べて下さり、以下のような非常に詳しい回答をお寄せ下さいました。少し難しいかも知れませんが、難しいところを飛ばしても、ショウキズイセンとの自然交雑ではないとか、ヒガンバナは種子を作らないとかなどなど、ご参考になる点が多いと思います。

【鈴木先生からのご回答】
シロバナマンジュシャゲについて
シロバナマンジュシャゲLycoris x albifloraについては、ヒガンバナL. radiateとショウキズイセンL. aureaの自然交雑種と牧野富太郎が提唱しました。稲荷山資生(1951)および栗田子郎(1976)による核型をもとにした系統関係の研究から、コヒガンバナL. radiate var. pumila(2倍体)から現存のヒガンバナL. radiata var. radiata(3倍体)が染色体突然変異で生まれたと示唆されること、および祖先型マンジュシャゲからの染色体突然変異を重ねてできたショウキズイセンとコヒガンバナの自然交雑からシロバナマンジュシャゲが生まれたと記述されています。
現存のヒガンバナは11本の半数型を構成している染色体の組が3組で構成されている3倍体となっており、種ナシスイカと同じように交雑ができず、種子もできない不稔性の性質をしています。互いに異なる11本の染色体の組はすべてアクセントリック染色体といって、動原体に対して両腕の関係になる部分の長さが異なる形態をしています。祖先型マンジュシャゲはあくまで仮想の原種ですが、現存のコヒガンバナがそれを継承した種とみなすことができ、この11本のアクセントリック染色体が2本ずつ存在する2倍体であり、稔性があります。一方、祖先型から3段階の染色体突然変異によって、2倍体(2本のアクセントリック染色体、10本の動原体が末端にあるテロセントリック染色体)の核型をもつようになったショウキズイセンL. aureaができ、稔性があったためコヒガンバナと自然交雑してシロバナマンジュシャゲが生まれたとされています。ただし、ショウキズイセンとされている種には、核型では3種類が存在し、そのうちの1亜種とコヒガンバとの自然交配によって、シロバナマンジュシャゲができたと推定されています。シロバナマンジュシャゲの核型は動原体に対して両腕の長さがほぼ等しいメタセントリック染色体5本と、2本の染色体どうしが末端で結合したテロセントリック染色体が1本、および11本のアクセントリック染色体から構成されており、稔性がありません。
こうした核型と不稔性の特徴を考慮すると、現在の日本に生えているマンジュシャゲL. radiata var. radiata(3倍体)とシロバナマンジュシャゲLycoris x albifloraはそれぞれ無性的に(つまり鱗茎や地下茎で)繁殖してきたものであると結論できます。さらに3倍体であるマンジュシャゲから遺伝子突然変異でシロバナマンジュシャゲと同等なものができる可能性は極めて低いと推定できます。なぜなら、花が白色になるような遺伝子の突然変異が起きたとしても、野生型の対立遺伝子は2つ残っているので(ヘテロ接合状態なので)、白い表現型が現れることがないからです。また、減数分裂過程もないので、白い花となる対立遺伝子が子孫に分離してホモ接合状態になることも起こりません。むしろ2倍体であるコヒガンバナに白い花となる突然変異が生じた場合には、この対立遺伝子が減数分裂過程でホモ接合となった子孫種子が形成される可能性は十分にあり得ます。ただしこの場合には、コヒガンバナの開花期がヒガンバナより1ヶ月ほど早いので、白化した突然変異種がヒガンバナのように一斉に開花する時期に同じように開花するとは限りません。
(結論)ヒガンバナ(3倍体)と近縁種の自然交配は、風媒であろうと、昆虫が媒介しようと、種子形成には至りません。よって自然交配は、先ず起こりえないと結論できます。

白色のヒガンバナが混在している理由は、(1)かつてシロバナマンジュシャゲの鱗茎がヒガンバナと共に植えられおり、ヒガンバナに遅れて地上に出てきたとする可能性が最も高く、(2)次の可能性はショウキズイセンの種子が鳥の糞と共に遠方から運ばれた場合だと考えられます。なお、(1)の場合には、ヒガンバナのアレロパシー(他感作用)がはたらいて、シロバナマンジュシャゲの生育を抑制していたことも考慮する必要があるかも知れません。
また、(2)の場合にはショウキズイセンの種子に含まれる有毒のアルカロイドが鳥に影響しないという前提が必要かもしれません。

 鈴木 孝仁 (奈良女子大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2015-09-29
 
 文意からすると,回答者の奈良女子大学鈴木先生は,ヒガンバナの中にシロバナマンジュシャゲが混在しているのを実際に観察したことがないようである.そのため頓珍漢な回答になっている.
 これと異なって,実見した上での写真付き解説は,簡単だが《筑波実験植物園 植物図鑑 シロバナマンジュシャゲ 》にある.この解説ではシロバナマンジュシャゲは,ヒガンバナ二倍体とショウキラン (註;ショウキズイセンのこと) との交雑で生じると書かれている.
 少し横道に逸れるが,この《筑波実験植物園 植物図鑑》ではショウキズイセンをショウキランと書いている.ショウキランはラン科ヒガンバナ属のショウキズイセンの別名であるが,ラン科ショウキラン属の多年草の名でもあって紛らわしい.そのことを注釈せずに.単にショウキランと書いてしまう「研究者」には困ったものである.
 私の住居に近く,国道一号線が横浜市戸塚区から藤沢市に入るあたりにヒガンバナが道路沿いに群生する場所がある.この群生は三十年ほど前に発生した.それ以来の三十年間,私はそのヒガンバナ群生を季節になると目にしてきたが,去年初めてシロバナマンジュシャゲが咲いているのを発見した.上記の《植物のQ&A》の質問者と同じ状況である.
 仮にこれを,奈良女子大鈴木先生の説明《(1)かつてシロバナマンジュシャゲの鱗茎がヒガンバナと共に植えられおり、ヒガンバナに遅れて地上に出てきたとする可能性が最も高く 》によって解釈すると,誰かがシロバナマンジュシャゲを植えたことになる.筑波実験植物園でも,また《植物Q&A》の質問者の家の近所でも,誰かがシロバナマンジュシャゲを植えて回ったということになる.鎌倉にもヒガンバナとシロバナマンジュシャゲが混在しているところがあちこちにある.それもみな誰かが植えたのだ.奇特なことである.
 次に鈴木先生の説明《(2)次の可能性はショウキズイセンの種子が鳥の糞と共に遠方から運ばれた場合だ 》とすると,シロバナマンジュシャゲが咲く前年にショウキランが開花していなければならない.私はその開花を目撃していないが,見落とした可能性はある.事実としてシロバナマンジュシャゲが咲いたのであるから,この群生場所でヒガンバナとショウキズイセンとの交雑が起こったとしか考えられない.
 
 さて陋屋の片隅に咲いたシロバナマンジュシャゲのことに戻る.
 そこには今までヒガンバナが咲いたことはない.ショウキズイセンが咲いたこともない.突然シロバナマンジュシャゲが出現したのである.
 これは鈴木先生の二つの説では説明できないことだ.たった一つの可能性は「植えられた」ということである.誰が植えた?
 そう考えた時,私の頭に浮かんだことがある.その花が咲いた場所は,暫く前まで,一匹の黒い猫が昼寝のお気に入りにしていた場所なのだ.
 その猫は,隣家の御主人が食べ物の面倒をみていた猫で,食事が終わると,うちの庭に来てずっと寝ていたのである.
 彼の姿を見なくなって少し経つ.もしかしたらこのシロバナマンジュシャゲは,彼がどこかへ行ってしまう時に植えていったものかも知れない.挨拶代わりの白い花を見ながら,そんなことを考えた.

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