続々・アンフェア
いくつかのメディアで小泉環境大臣がバッシングされている.結婚報告に総理大臣官邸へ行くという,メディア受けを狙ったとしか思えない行動を取った時も,一部で批判の声があったが,テレビの情報番組では「めでたいことだから,いいんじゃないすか」で終わった.加藤浩次から宮根誠司にいたるまでMC諸君は誰も批判しなかった.暇でテレビばかり観ている私が言うのだから間違いない.
それからあまり経っていないが,テレビ以外のところで急に小泉進次郎叩きが始まった.きっかけは国連の気候行動サミットに出席するためニューヨークを訪問した際,小泉環境大臣の「セクシー発言」だった.これにメディアが噛みついた.この発言を小泉大臣があまり丁寧に弁解しなかったので,かなりこれで盛り上がった.その間の状況を,後になって割と冷静に報じたのは,FNN PRIMEの《小泉大臣「セクシー発言」ナゼ炎上?説明は野暮?記者とのやりとりの全容を検証 》(2019年9月26日) だったが,一度始まったバッシングの勢いは止められなかった.
この時のニューヨーク滞在中に,ステーキ屋に行ったことを攻撃したのは,津山恵子というライターが BUSINESS INSIDER jp に書いた《日本は「環境汚染大国」という世界の評価と進次郎大臣「ステーキ」発言の波紋 》(2019年9月27日) だった.
津山恵子は記事を次のように書き始める.
《日本メディアを引き連れ、ニューヨークのステーキ屋に行った小泉進次郎・新環境相のビデオを見て、目を疑った。
環境大臣という環境問題で日本を代表する公人が「気候行動サミット」に参加するために来たニューヨークで、ドヤ顔でステーキ屋に行くのを喧伝するセンスのなさ。それをテレビでニュースであるかのように放送するメディア。
放送したTBSによると、小泉氏は「毎日でもステーキを食べたい」と話していた。TPOを完全に間違えている。
牛肉、豚肉、鶏肉などの畜産業界は、農場で多大な土地と水を汚染し、加工や輸送にも多くの二酸化炭素を出すため、「地球汚染ビジネス」の代表格とみられている。少なくとも欧米では環境問題を語る上では“常識”とされ、肉を食べないベジタリアンになる若者も増えているというのに、信じられない発言だ。》
畜肉1kgを生産するに必要な飼料用穀物は,牛肉で11kg,豚肉で7kg,鶏肉で3kg必要である.これを飼料要求率という.
この飼料要求率で牛肉は突出している上に,消化管 (第1胃) でメタン (温室効果ガスの一つ) 醗酵が行われ,これが環境に排出されるために,牛肉生産は環境負荷が高い.これは十年以上も前から指摘され続けてきた事実である.肉牛肥育の他に酪農もあり,地球温暖化における畜産による環境負荷は牛肥育が過半を占める.これに対して養豚と養鶏の環境負荷は相対的に低く,牛肥育から養豚養鶏へのシフトが必要だとする意見はあるが,津山が言うように「畜産は環境汚染ビジネスだ」として養鶏までも排除を求める議論を私は知らない.データの詳細はFAOのサイトに譲るが,コンテンツの一例《農業からの温室効果ガス排出は増加 》を挙げておく.そのFAOも牛肥育の排除までも求めてはいない.
津山の主張《(畜産は環境汚染ビジネスだということは) 少なくとも欧米では環境問題を語る上では“常識”とされ》は,果たして本当か.欧州はともかく,米国では“常識”ではない.それどころか,そもそも米国民は地球温暖化自体を認めていない.だから一向に牛肉生産をやめようとしないし,私たちにも「牛肉を食え」と勧めてくるのである.このように何でもかんでも「欧米では」と一括りにするのが,頭の悪い人間の特徴である.
実を言うと私も畜産の環境負荷は大きいと思っているが,津山のように,欧米では畜産が環境汚染ビジネスとするのが常識だ,とするのは事実ではない.地球温暖化に関する各国国民の意識は,欧州と米国とでは分けて考える必要がある.それが常識だと私は考える.
次にベジタリアンのこと.津山は,欧米ではベジタリアンになる若者が「増えている」と主張するが,調査数値は示していない.各国のベジタリアン数を調査したデータはある (Wikipedia【ベジタリアン】など) が,その増減に関する調査データを私は目にしたことがない.私だけでなく一般の人は,欧米におけるベジタリアンの増減データなんか知るはずもない.このように,読者に提供すべき出典を敢て示さずに,さも広く認められている事実であるかのように書くのが,ある種のライターの特徴だ.
続いて津山は,畜産を指弾することから「ミートレスマンデー」に話を変える.
《英国発 ミートフリーマンデーで飲食店はどう変わる 後編 》(2013年4月25日) は今から六年前に書かれたレポートであるが,欧米で盛んになった「ミートフリーマンデー」「ミートレスマンデー」運動は,当時の米国では専ら健康改善を志向したものであったことを報告している.その後,この運動は地球温暖化と結びついて盛り上がりを見せるようになったわけだが,その地球環境保護の面だけを一面的に取り上げるのはアンフェアである.この運動の健康と地球環境の両面を同時に紹介するのがフェアだ.例えば《米NYの全学校で「ミートレスマンデー」実施へ、ベジタリアン向け食事提供 》(2019年3月12日) のように.
ところが津山は,論点を地球環境の面に絞り,しかも,《肉、乳製品、皮革製品、ウール製品など家畜に関連するビジネスは、人間に起因する地球温暖化ガスの14.5%を占める。その中で、牛肉が占める割合が一番高い(国連の食糧農業機関による)》(下線は当ブログの筆者が引いた) として,自分が養鶏もひっくるめて環境汚染ビジネスだと断じたことを,なかったことのようにして引っ込めてしまう.これでは論旨がまるで通らない.
さらに津山は以下の引用箇所で電力問題に話を展開するのだが,ここでいよいよ馬脚を現す.
《日本では、大量の二酸化炭素を出す石炭火力発電の割合が高いことは、海外の環境運動家から批判の的だ。国連のグテーレス事務総長は、2020年以降の新規建設をやめるように加盟国に何度も要請してきた。欧州では、将来的に火力発電からの撤退を決める国が相次いでいる。
ベルギーは2016年までに欧州連合(EU)で初めて、火力発電ゼロを達成。フランス、ドイツをはじめ、欧州の10カ国以上が、稼働ゼロか段階的削減を宣言している。》
《欧州では、将来的に火力発電からの撤退を決める国が相次いでいる 》が嘘である.
《ベルギーは2016年までに欧州連合(EU)で初めて、火力発電ゼロを達成。フランス、ドイツをはじめ、欧州の10カ国以上が、稼働ゼロか段階的削減を宣言している 》も嘘である.
いずれも,火力発電の一部である石炭火力発電を,火力発電全体のことにしてしまった.ベルギーが達成したのは石炭火力発電であるし,欧州各国が縮小しようとしているのも石炭火力発電なのである.
津山がこんな小学生並みの間違いを書いてしまったのは,彼女が発電について無知であり,論じ慣れていないことを示している.
発電について無知な津山であるが,実は原子力発電の推進を主張したいのである.
次の図は,経産省資源エネルギー庁の『エネルギー白書2018』の《第2部 エネルギー動向 / 第2章 国際エネルギー動向 / 第4節 国際的なエネルギーコストの比較 》から引用した.
これを見ると,日本の電力供給は,2011年の東日本大震災後に,発電方法の内訳が大きく変わったことがわかる.原子力発電が激減し,それをLNG火力発電と石炭火力発電で穴埋めしたのである.
上の図で明らかであるが,原子力発電を東日本大震災前の発電量に戻すと,石炭火力発電量を大きく減少させることができる.
従って,新エネルギーの開発推進が今後の我が国の選択肢の一つであるのと同じく,「日本の原子力発電を震災前の状態に復旧し,それによってCO2排出量を減らす」というのも一つの選択肢ではある.
だが津山はそう主張はしない.我が国の石炭火力発電を非難はするが,原子力発電には触れない.日本の電力政策に関する自分の立場を明らかにしない.なぜなら,津山の記事の目的は小泉進次郎のゴシップを叩くことであり,エネルギーに関する高尚なことを論じる知識も,ライターとしての度胸もないからである.それならそのように,せせこましいゴシップを探して書いておればいいのに,実にアンフェアなライターだ.
最後に一つ.津山は記事の中で,下のような間抜けなことを書いている.
《自然エネルギー財団によると、日本の発受電電力量に占める火力発電の割合は1990年に9.7%だったのが、2016年には32.3%になった。》
このライターが,火力発電とは石炭火力発電のことだと思い違いしていることは既に書いたが,それとは別に,《自然エネルギー財団によると》と書いているのが情けない.日本のエネルギーに関する資料の出所は経産省資源エネルギー庁である.孫正義が立ち上げた「自然エネルギー財団」のサイトには資源エネルギー庁のデータを加工したものが載ってはいるが,そんな二次加工資料を論拠にしてどうする.もしかすると津山は「エネルギー白書」の存在を知らぬかも知れない.
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