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2019年9月 3日 (火)

半田そうめんを買ったら

 現在の日本の各地方は,およそ都道府県レベルの行政区画で区分されるが,食文化や食習慣の観点からするとこれでは不適当なことが多い.一つの食文化・習慣が複数の県を跨いで行われていることもあるし,一つの県の中に異なる食文化・習慣が複数存在することもあるからだ.
 例えば,小麦粉と水 (塩は使わない) で麺帯を作り,打ち粉が付着したまま切断して汁に入れ,煮て食べる農家の家庭料理は群馬から埼玉,山梨に至る土地に存在する.(ただし最近になって群馬の飲食店で観光料理「おっきりこみ」の名で提供されているものは,郷土料理の「おっきりこみ」とは無縁の単なるうどんのようである)
 その一方で,群馬は伊香保の五徳山水澤観世音の門前に「水沢うどん」が繁盛しているし,山梨の富士吉田では「吉田のうどん」が有名だ.
 この例に限らず,米に比較して小麦粉は加工・調理のバリエーションが豊富であるため,各地に様々な小麦粉を用いた料理や食品が発達した.中でも小麦粉の麺についていうと,西日本では,うどんが好まれる地域と素麺が好まれる地域が混在している.
 これに対して東日本では,全国的に知名度の高い素麺には白石温麺があるのみで,うどんと蕎麦が混在している.(資料;全国乾麺協同組合連合会「各地の代表的なめん」)
 ちなみに冷や麦はどうかというと,私が大学生だった昭和四十年代,東京の大衆的な蕎麦屋 (立ち食い蕎麦屋は除く) は夏季に冷や麦を品書きに載せたものだが,今はそうめんに取って代わられたようである.西日本ではあまり好まれていなかったとされている上に東日本でもそんな状況なので,冷や麦は生産量もすっかり落ちて十年前には二万トン/年を下回り,現在では私たちの食生活における存在感はほとんどない.
 
 さて西日本の麺事情だが,まずはうどん.官民こぞって行ったブランド戦略の大成功によって,昭和後期まではローカルフードであった「讃岐うどん」がメディアに大きく取り上げられて一種のブーム (最近の聖地巡礼のような) となり,香川県は現在では「うどん県」として著しく高い知名度を持つようになった.その逆に昔から有名だった大阪や博多のうどんは影が薄くなった.
 
 一方の素麺は,西日本各地で昔から作られてきた手延べ製法の素麺が今も健在である.(資料;「そうめんの名産地」)
 それらの一つに,奈良の「三輪そうめん」や播州の「揖保乃糸」とは見た目も食感も異なる異色の素麺がある.徳島の「半田そうめん」である.
 先日偶々,その「半田そうめん」を知人からもらったので食べてみたところ,Wikipediaの記述 (後述) とかなり違うので「おや?」と疑問に思った.食べてみたのは木下製粉の製品だが,これは素麺でも冷や麦でもなく,もっとずっと太い「細うどん」としか思えないものであった.
 そこでアマゾンで「半田そうめん」を検索し,手頃な包装量 (多くはキログラム単位で売られている) で販売されている半田食品と岡本製麺の製品も購入して食べてみた.木下製粉の製品もアマゾンで売られている.
 以下,三社の「半田そうめん」について記す.なお用語「食品表示」についてはWikipedia【食品表示】を参照されたい.

半田食品株式会社製の乾麺;
包装の裏面に食品表示されている名称
 「手延べ干しめん」
包装の表面に記載されている商品名
 「半田名産 手延べそうめん ふるさと阿波の味」
同封のリーフレットに記載されている商品名
 「徳島半田 手延べそうめん」
同リーフレットに記載されている商品説明
 《半田手延素麺の由来
  半田手延素麺の歴史は古く、二百有余年の伝統を誇っています。四国の名峯剣山から吹きおろす寒風でさらし、豊かな清流の四国三郎 (吉野川) をのぞむ恵まれた自然環境の中で古くより受け継がれた伝統を近代的な工場で一本一本心をこめて創り上げた製品です。やや太めの麺線とコシのある歯ごたえは代表的な阿波の味といえます。一度ご賞味いただければ、きっとその味覚にご満足いただけることでしょう。》(註;改行は省略した)
 
岡本製麺株式会社製の乾麺;
包装の裏面に食品表示されている名称
 「手延べ干しめん」
包装の表面に記載されている商品名
 「手延べ 半田そうめん 阿波特産 鳴門産の塩100%使用」
包装の表面に記載されている商品説明
 《手延べ半田そうめん
   手延べ半田そうめんは、約三百年の歴史と伝統があり コシの強さと風味の良さで、皆様方の御好評をいただいております。ぜひ御賞味ください。
 

木下製粉株式会社製の乾麺;
包装の裏面に食品表示されている名称
 「そうめん」
包装の表面に記載されている商品名
 「半田 阿波七 手延べそうめん ―あわしち―」
包装の裏面に記載されている商品説明
 《阿波といえば人形浄瑠璃。人形つかい、黒子、彫り師の職人気質と情熱が昇華されて、木偶の動きは私達を不思議の別世界にいざないます。四国三郎、吉野川が阿波の山並みに沿って流れるその中頃に手延べそうめんの里、美馬郡つるぎ町半田があります。伝統の上に工夫を重ねた半田手延べそうめん、其処には阿波職人の気質が受け継がれております。浄瑠璃の骨太さをもった「阿波七」をどうかご賞味ください。》(註;改行は省略した)
 
 ちなみに半田食品の会社所在地は徳島県美馬郡つるぎ町半田字松生であるが,岡本製麺の会社所在地は徳島県板野郡板野町中久保字当部46であり,木下製粉の会社所在地は香川県坂出市高屋町1086-1である.
 ここで参考にWikipedia【半田そうめん】の記述を下に引用する.
 
半田素麺(はんだそうめん)とは、徳島県つるぎ町の半田地区(旧半田町)に伝わる素麺であり、かなり太い特徴を持つ。
三輪や播州、小豆島などの他の産地では手延べ素麺は1.3ミリメートル以下というのが一般的であるが、半田素麺は0.1 - 0.3ミリメートル太い28番手と呼ばれるものが標準となっており、そうめんとひやむぎとの中間ぐらいの独特の太さという特徴で知られている。
 
「讃岐うどん」という名称からは香川県全域がイメージされるのに比べると,本来の「半田そうめん」はかなり狭い地域の特産品であるらしい.
 上記三社のうち半田食品はその御当地の会社だが,岡本製麺と木下製粉は,いずれもWikipediaに書かれている徳島県つるぎ町半田地区の会社ではない.これは買ってから気が付いたのだが,この件に関しては後述する.
 
 まず,包装の表面の記載事項と,裏面の食品表示事項の「名称」について.
 平成二十七年四月一日に,それまでのJAS法,食品衛生法及び健康増進法の食品表示に関する規定を統合した「食品表示法」(平成25年法律第70号) と同法に基づいて定められた「食品表示基準」(平成27年内閣府令第10号) が施行された.
 乾麺については以下に示す「乾めん類品質表示基準」があり,乾麺製品の包装裏面に食品表示する名称はこれに従う.
 
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 乾めん類品質表示基準
最終改正 平成23年9月30日消費者庁告示第10号
 
第4条 名称、原材料名、そば粉の配合割合及び内容量の表示に際しては、製造業者等は、次の各号に規定するところによらなければならない。
(1) 名称
 加工食品品質表示基準第4条第1項第1号本文の規定にかかわらず、次に定めるところにより記載すること。
ア 手延べ干しそば以外の干しそばにあっては「干しそば」又は「そば」と記載すること。
イ 手延べ干しめん以外の干しめんにあっては「干しめん」と記載すること。ただし、長径を1.7㎜以上に成形したものにあっては「干しうどん」又は「うどん」と、長径を1.3㎜以上1.7㎜未満に成形したものにあっては「干しひやむぎ」、「ひやむぎ」又は「細うどん」と、長径を1.3㎜未満に成形したものにあっては「干しそうめん」又は「そうめん」と、幅を4.5㎜以上とし、かつ、厚さを2.0㎜未満の帯状に成形したものにあっては「干しひらめん」、「ひらめん」、「きしめん 」又は「ひもかわ」と、かんすいを使用したものにあっては「干し中華めん」又は「中華めん」と記載することができる。
ウ 手延べ干しそばにあっては「手延べ干しそば」又は「手延べそば」と記載すること。
エ 手延べ干しめんにあっては「手延べ干しめん」と記載すること。ただし、長径が1.7㎜以上に成形したものにあっては「手延べうどん」と、長径が1.7㎜未満に成形したものにあっては「手延べ ひやむぎ」又は「手延べそうめん」と、幅を4.5㎜以上とし、かつ、厚さを2.0㎜未満の帯状に成形したものにあっては「手延べひらめん」、「手延べきしめん」又は「手延べひもかわ」と、かんすいを使用したものにあっては「手延べ干し中華めん」又は「手延べ中華めん」と記載することができる。
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 上記の「乾めん類品質表示基準」によると,蕎麦を除く「乾めん類」は「手延べ干しめん」と「干しめん」に分類される.上記規格のうちの「イ」と「エ」である.
「手延べ干しめん」と「干しめん」の定義は,以下の通り,この品質表示基準の第2条でなされている.
 
[第2条の抜粋]
---------------------------------------------------------
干しめん
     乾めん類のうち、干しそば以外のものをいう。
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手延べ干しめん  干しめんのうち、食用植物油、でん粉又は小麦粉を塗付してよりをかけながら 順次引き延ばしてめんとし、乾燥したものであって、製めんの工程において熟成が行われたものであり、かつ、小引き工程又は門干し工程においてめん線を引き延ばす行為を手作業により行ったものをいう。
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「食用植物油、でん粉又は小麦粉を塗付してよりをかけながら 順次引き延ばしてめんとし、乾燥」するだけでは「手延べ干しめん」と食品表示はできない.これに加えて (1) 製麺工程で熟成が行われること,(2) 小引き工程または門干し工程において麺線を引き延ばすのを手作業で行うこと,の二条件が必要である.
 通販サイトで「半田そうめん」として販売されている半田食品,岡本製麺,木下製粉の三社の製品のうち,半田食品と岡本製麺は「手延べ干しめん」であるが,木下製粉のものは二社とは異なり,「そうめん」と食品表示されている.以下,木下製粉の製品について考察してみる.
 木下製粉の製品は,包装の表面の一部に「半田 阿波七 手延べそうめん ―あわしち―」と印刷されている.その印刷部分を下に画像として引用する.
 
20190904a
 
 これ↑を見た消費者は,商品名は「阿波七」であり,読みは「あわしち」であると理解する.「阿波七」の左にある「手延べそうめん」は,「阿波七」が「手延べそうめん」であることを示している.そのように理解するのが妥当である.
 ところが一番上にある「半田」の意味がわからない.「半田阿波七」ではなく「半田手延べそうめん」でもなく,他の文言と脈絡なく唐突に「半田」と書かれているのだ.その理由を考察してみよう.
 
(1) 「半田」が単独で宙に浮いて書かれているのは,徳島県美馬郡つるぎ町半田地区という意味を持ってしまうことを避けつつ,「阿波七」がつるぎ町半田地区と何らかの関係があるかのように消費者をミスリードするためである.「半田阿波七」としなければ,消費者から「阿波七は半田地区と関係ありますか?」と質問された際に「違います」と答えることができる.なぜなら「阿波七」は香川県坂出市で製造されているからである.
(2) また,「半田手延べそうめん」と書くと「半田そうめん」を意味してしまうが,「半田」と「手延べそうめん」を切り離して書くことにより,「阿波七」は「半田そうめん」ではない (後述) のに,あたかも「半田そうめん」であるかのように消費者を錯覚させることができる.
 
との理由が考えられる.
 そこで包装の裏面に書かれている商品説明 (下の画像) を読んでみよう.
 
20190904b
 
 最初の段落は,「半田そうめん」とは無関係の話.次の段落は,「半田そうめん」には阿波職人の気質が受け継がれているという話.最後の段落には「阿波七」を賞味してください,ということだけが書いてある.この全文のどこにも「阿波七」が「半田そうめん」であるとは書かれていないのに,漫然と読むと「阿波七」が阿波の国と何か関係があるかのような漠然とした印象を与えることに成功している.
 なぜこのように手の込んだ印象操作をしているかというと,食品の包装は表面は裏面と一体であり,商品名や他の宣伝文句と食品表示事項が大きく食い違う場合には,「景表法」など「食品表示法」以外の法律に抵触するおそれがあり,あまりデタラメをするのは危険なのである.
 ところが木下製粉は,企業サイト上の商品宣伝は,食品の包装上に印刷される食品表示事項とは無関係だと思っているらしく,やりたい放題である.木下製粉の家庭用商品を製造販売している子会社である株式会社ファリーナコーポレーションの公式サイトに掲載されている「阿波七」説明ページを,このページが削除隠滅された時の証拠として下に画像で引用する.
 
20190904d
 
 この画像に描かれている文章の一部を下に引用する.
 
阿波半田産・太口手延素麺・阿波七です!250年の伝統を誇る阿波・半田産。
 
「阿波七」は「阿波半田産」「阿波・半田産」であると明記している.「半田産」と「・半田産」を使い分けしている理由はよくわからないが,とにかく子会社ファリーナコーポレーションは親会社木下製粉の敷地の近く,香川県坂出市高屋町1150-5が所在地である.私はこれまでに色々な食品会社のコンプライアンスについて調べてきたが,ここまで図々しく大胆な産地偽装は珍しい. 
 なぜ木下製粉が「阿波七」の産地を偽装しているかというと,「半田そうめん」には,我が国の素麺発祥の地である大和三輪から製法を伝えられたとする説があり,その伝統的製法に価値があるからである.
「半田そうめん」の伝統製法は徳島県美馬郡つるぎ町半田地区に伝えられているが,この地で「半田そうめん」を作り続けてきた製麺所が集まって「半田手延べそうめん協同組合」を結成している.組合員は以下の通りである. 
 
半田手延べそうめん協同組合
組合員:赤川手延製麺,㈱オカベ,小野製麺㈲,カネマル製麺,㈲亀吉製麺,木村製麺㈲,坂口手延製麺,上蓮製麺,塩田製麺,㈲芝製麺,㈲白滝製麺,杉本手延製麺,財田手延製麺㈲,㈲滝原手延製麺,㈲竹田製粉製麺工場,半田食品㈱,半田製麺㈱,㈲前田製麺工場,美馬製麺㈲,森脇製麺,山下手延製麺,雪光製麺,㈲北室白扇
 
 この協同組合には規格を統一した組合ブランドもあるが,各製麺所ごとに製法に個性があるためそれぞれのブランドがあるという.
 この記事の初めに,到来物の木下製粉製「阿波七」を食べて次のように思ったと書いた.
 
先日偶々,その「半田そうめん」を知人からもらったので食べてみたところ,Wikipediaの記述 (後述) とかなり違うので「おや?」と疑問に思った.食べてみたのは木下製粉の製品だが,これは素麺でも冷や麦でもなく,もっとずっと太い「細うどん」としか思えないものであった.
 
 そのことから色々と調べて,木下製粉の「阿波七」は産地偽装の似非「半田そうめん」であることを知った.そして伝統的な「半田そうめん」は半田手延べそうめん協同組合に加盟している製麺所で作られていることがわかった.各組合員は独自の原料配合や製法でそれぞれの「半田そうめん」を作っているというのだが,年に一回注文するくらいでは,私が死ぬまでに組合員の全商品を一渡り賞味することは叶わぬ.残念だが,「半田そうめん」ってのはおよそこんなものであると知る程度にしておくのがよさそうだ.
 というだけでは終わらない.木下製粉のデタラメぶりをもう少し書いておく.まずパッケージ表面に印刷されている部分を再掲する.
 
20190904a
 
 ここには二つの問題がある. 

(1) 木下製粉は「阿波七」の包装裏面の食品表示において,名称を「そうめん」としている.名称を「そうめん」としてよいのは「手延べ干しめん」以外の「干しめん」であると「乾めん類品質表示基準」に定められている.つまり「阿波七」は,「手延べ干しめん」ではない.
「阿波七」の左側に「手延べそうめん」と書いてあるが,これは虚偽である.「乾めん類品質表示基準」に定められた定義では,「手延べそうめん」は「手延べ干しめん」のうち,長径が1.7mm未満であるものをいう.「阿波七」の食品表示に記載されている名称は「そうめん」であって「手延べ干しめん」ではないから,すなわち「手延べそうめん」ではありえないのである.
 
(2) 木下製粉は「阿波七」は「そうめん」だと主張している.「乾めん類品質表示基準」は「そうめん」を長径1.3mm未満であると定めている.「阿波七」が「そうめん」であるかどうか確かめるために,パッケージから麺をランダムに十本選び,ノギスで長径を測定してみた.
 実測の結果は,最小値2.1mm,最大値2.7mm,平均値2.2mmであった.
 つまり「阿波七」は,食品表示において名称を「うどん」とすべきところを「そうめん」と偽称している.これは「乾めん類品質表示基準」違反である.しかもその上,包装の表面に「手延べそうめん」と書いており,産地偽装と合わせて三重の虚偽を行っているのだ.
 
 実際に食べてみると,「阿波七」は,半田食品の「半田そうめん」とは明らかに食味が異なる.木下製粉の「阿波七」は細いうどんである.
 百科事典には,「半田そうめん」は徳島県美馬郡つるぎ町半田地区の製麺所に江戸時代から連綿と伝えられてきた乾麺であると書かれているが,地方企業とはいえ企業規模が小さくはない香川県の製粉業者が,伝統的な品質を無視して「半田そうめん」を騙っていることがわかった.「半田そうめん」を賞味したいと思われる向きは,つるぎ町半田地区の製麺所の製品を取り寄せされることをお勧めする.

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