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2019年9月25日 (水)

日本大通り THE HOF BRAU

 そろそろ東南アジアは乾季だ.ベトナム観光のツアーを探したところ,手ごろな価格のツアーがあったのでネットで申し込んだ.すると手続きの途中に「パスポートの残存期間が六ヶ月以上あることが必要」とあった.
 パスポートを取り出して調べたら,来年の二月で失効することがわかった.一ヶ月足りない.
 このパスポートを作ってから,もう十年も経ったのかー.しみじみとしながら神奈川県パスポーセンターの公式サイトにアクセスし,切換 (更新) 申請書類を作成した.正確にいうとパスポートには有効期間中であっても「更新」という概念はなくて,その有効なパスポートを破棄して,新しく作ったパスポートに「切換」るということになる.でも必要書類が少なくて (本人確認書類不要,戸籍抄本不要),新規作成よりも簡単なので「更新」という人もいる.
 
 私がパスポートを初めて作ったのは遅くて,三十歳を過ぎていた.私と同じ世代には,学部や大学院の在学中に欧米に留学したり,今でいう学生ボランティアとして発展途上国に出かけた人たちがいた.現在のように盆暮れの休暇に大挙して海外へ遊びに行く時代ではなかったから,留学にせよボランティアにせよ,彼らは勇気があったと思う.
 "If an ass goes a travelling, he'll not come home a horse. " という英語の諺がある.「ロバが旅に出たとて,馬になって戻ってくるわけはない」という意味だ.旅にも色々あるけれど,旅を「海外で暮らして異文化に触れる経験をする」ということに限れば,行かないよりは行ったほうがいいと私は思う.諺の通り,ロバは結局,ロバだとしても,しかし旅に出るロバは偉い.私には海外で暮らす勇気がなかったから,遂に旅に出ないロバでしかなかった.人生にいくつも後悔はあるけれど,海外経験をしなかったことはその一つだ.
 さて私が一冊目のパスポートを作った頃,神奈川県パスポートセンターは窓口の数が少なかった.しかも昼休みは受付の時間外になってしまう.窓口にはカーテンがあって,十二時少し前になると,シャーっと音を立てて全部閉まってしまうのだ.当時のお役所はみんなそうだったから,私たちも不思議には思わなかったけれど.
 それが今ではどうだ.申請者の列に並ぶと,まず整理券発行窓口で書類の不備・不足がチェックされる.申請者は指摘された不備を訂正してまたチェックを受け,OKが出ると,整理券を持って申請の窓口の前で待機する.この段階の手続きは,あらかじめパスポートセンターのサイトで申請書を作成してダウンロードし,印刷したものを持ってくればノーミスだから,チェックは一分もかからない.
 申請窓口は十四もある上に,書類審査は整理券発行窓口で実質的には済んでいるから,処理は流れるように進む.実に合理的にできている.私が初めてパスポートを作った三十年以上前の大昔とは大違いだ.
 
 それでも申請者の数は多いから,昼前の十一時を過ぎると待機人数が増える.そこで公式サイトには親切に,十一時前に来ることを勧めると書かれている.私はこの日,東海道線で横浜へ行き,みなとみらい線に乗り換えて日本大通り駅で下車した.地下の駅から地上に出ると,数人の婦人が立っていて「私たちはボランティアで道案内をしています」と声をかけられた.パスポートセンターへ行きます,と答えると「ここを右に歩いた二つ目の信号で,道の向こう側に渡って,そのまま行くとビルがあって,その二階です」と言う.それは私が歩きたい道とは違うので,「ありがとう」とお礼を言い,無視して別の道を歩いた.ヾ(--;)オイオイ
 産業貿易センタービル (産貿ビル) 二階のパスポートセンターに着いたのは十一時少し前だったが,手続きが終わったのは十一時を回った頃だった.エスカレーターで一階に降りるとすぐドトールがあり,ポップに「タピオカ ~黒糖ミルク~ 」とあった.黒糖ミルクのタピオカは飲んだことがないのでこれを買い,狭い店内には先客が数人いたので,私はテラス席に腰かけた.
 産貿ビルのテラスから右に行くと県民ホール,ホテルモントレ,ホテルニューグランドがあり,道を渡ると山下公園で,氷川丸などがある.左に行くと大桟橋埠頭や赤レンガ倉庫があって,この産貿ビルのテラスは,横浜港散策の中間点にある.
 
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「タピもまだまだ大人気 皆でタピタピしましょうね♪」と書かれているが,敢て「まだまだ」と言うからには,もはやタピオカブームは下り坂ということなんだろうか.「タピタピする」という幼児語は初耳だったので調べてみたら,これはドトールの造語ではなくて,「タピる」とか「タピ活」などの女子中高生の流行言葉の一つのようだ.「タピ活」ってなんだよ.
 黒糖モノでまずい飲食物はないと私は思っている.このドトールの黒糖タピオカミルクも,うまい.お代わりしたいくらいだが,かなりハイカロリーなので,二杯も飲んだら昼飯抜きということになる.
 で,その昼飯だが,この産業貿易センタービルは地下一階にレストランがいくつかある.その一つのインド料理店「スパイスマジック カルカッタ」のランチがリーズナブルなお値段なので,この店にしようかと一旦は思ったのだが,県民ホールの裏手に洋食屋があったのを思い出した.その店は"THE HOF BRAU"(ホフブロウ) という.昔からある店だが,私はここで飯を食ったことがない.
 
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 右下に映り込んでいるカブは,隣の蕎麦屋のものだ.この蕎麦屋がなければ,ホフブロウはいい雰囲気の外観なのに,惜しい.w
 ステンドグラスのドアを押して中に入ると,右側にかなり長いバーのカウンターがあり,左側にはテーブル席がある.予想したよりも広い店だった.
 あるブログ記事に,初訪の一人客が「カウンターにしようか,テーブル席にしようか」と迷う様子が書かれていたが,私の場合は,若い女性スタッフにどっちかというと冷たく「カウンターへどうぞ」と言われてしまった.ま,飯時にテーブル席に着く一人客が少数派だと思うから,カウンターで異存はない.
 上の画像に写っているが,店のドアの前にメニューがあり,これを読んで日替わりランチに決めていたので,それを注文した.「ハンバーグステーキと,シーフードのマカロニグラタン」セットである.
 私が注文をしたあとすぐ,横目でチラと見た感じではスリムで眼鏡をかけた若い男が店に入ってきて,席一つ離れて右側に腰をかけた.さっきの女性スタッフがメニューを書いた紙を差し出し,笑顔で「何になさいますか 💝」と言った.
 相手がアラウンド七十のヨボヨボ爺 σ(--;) の場合と,いかにも好印象の青年の場合とでは,女性の声のトーンが変わってしまうのは至極当然で,これに異存はない.()
 それはそれとして,ランチメニューは途中まで仕掛かりにしてあるのだろう.五分ほどで,ハンバーグとグラタンの皿がトレーに載せられてやってきた.トレーを運んできた女性のスタッフが「ライスはお付けしますか?」と言ったが,さっきタピタピしてきたばかりなので,要りませんと断った.
 日替わりセットのハンバーグステーキは鶏卵くらいの大きさで,三口で食べられるくらいだった.これにすごく細いフライドポテトが数本付け合わせてあり,全体にタップリとブラウンソースがかけられていた.ポテトはソースまみれでフニャフニャになっていたので,ハンバーグにソースをかけてからポテトを盛りつければいいのに,と思った.
 ハンバーグをナイフで一口切って口に入れると,うわっと驚くほど酸味が強かった.よく見るとソースにはピクルスが入っていて,酸味はピクルスの酢によると思われた.塩味もかなりきつくて,さっきの「ライスはお付けしますか?」は実は妥当なリコメンドなのだとやっと理解した.ランチの献立には単品のハンバーグステーキがあるのだが,もしそのソースもドミグラスではなくピクルス入りのブラウンソースだとすると,ライスなしで食べ切るのは少し厄介かも知れないと思った.
 もう一皿のグラタンはおとなしい味で,まずまずの味だった.あとほんの少しチーズを多く載せて焼いてあればいいのだが,とは思ったが.
 食べ終わっての感想だが,年寄りにはちょうどいい量だけれど,若い男には全然足りないだろうなあと思った.これで千円は,コスパがよろしくない.あと,すっぱすぎるハンバーグのソースの件だが,もし調味に失敗したのでなければ,私の口には合わない.というか,たぶん誰の口にも合わないだろう.ソースを作りそこなって,しかも味見をせずに客に出してしまったのであることを祈る.(婉曲な否定的表現)
 
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[追記]
 食べログの,よく知られた常連投稿者「一級うん築士」氏がホフブロウの店名について次のように書いている.
 
店名はドイツの有名なホフブロイハウスというビアホールの名前に由来。初代オーナーはフィンランド人で1980年に現在の場所に移転した。店の内装デザインはノルウェー人のデザイナーによる。それで非常にエキゾチックな雰囲気を醸し出している。現在のオーナーは1999年に店を引き継いだ。》(訪問は2012年12月)
 
 この記述の情報源は,店の関係者が書いたと思しきfacebook投稿《ホフブロウ》(2013年9月23日投稿) と思われる.「一級うん築士」氏はこのfacebook投稿を鵜呑みにしているようだが,それはいかがなものか.まず元の投稿記事から抜粋引用する.
 
ホフブロウの名前の由来をご存じですか?
よくお客様から「ホフブロウってどういう意味?」という質問を受けます。たしかに不思議な名前ですよね。覚えにくいし、日本人には親しみのない言葉です。
そこで今日はホフブロウの意味とその謎について書きたいと思います!
ホフブロウという言葉自体にはドイツ語で「ビール醸造所」という意味があります。
 
ホフブロウという言葉自体にはドイツ語で「ビール醸造所」という意味があります》とのことだが,初っ端から間違っている.「ビール醸造所」を意味する独単語は"Brauerei"(ブラウエライ),"Brauhaus"(ブラウハウス),"Bräu"(ブロイ),"Brau"(ブラウ) などである."Hof"は余分だ.では"Hof"とは何か,ということになるが,それは後述することにして次の引用箇所に進む.
 
一つ疑問があるのは、ホフブロウはドイツ語で「Hofbräu」と表記されます。当店の看板にはHOF BRAUと書かれている通り、英語なんですよ!なぜaの上に点を付けなかったのか。。。これはちょっとした配慮なのか未だに疑問が残ります。
 
 上の文章の筆者は,どうも初歩的な語学知識がないようだ.《aの上に点 》は中学生みたいだ.それをウムラウトと呼ぶことは,気の利いた高校生なら知っている.内容的にも,上の引用箇所なんか,もはや支離滅裂と言っていい.
 まず《ホフブロはドイツ語で「Hofbräu」と表記されます 》が間違いだ.正しくは「ホフブロはドイツ語で「Hofbräu」と表記されます」である.ドイツ語でビールの醸造所は"Brauerei"(ブラウエライ),"Brauhaus"(ブラウハウス) の他に“Bräu”でも“Brau”でもよいが,発音を片仮名でかけばそれぞれ「ブロイ」「ブラウ」である.ホフブロウの創業者 (現在の経営者とは異なる) は店名を,独語発音の「ホフブロイ」でも「ホフブラウ」でもなく,英語発音の「ホフブロウ」としたのであるから,そもそも店名に関して,現在の経営者がドイツ語を持ち出すこと自体がお門違いなのである.
 
というのも実は英語にもHofbrauという言葉が存在し、まったく違った意味を持つのです。英語では「カフェテリアスタイルのレストラン」という意味で、七面鳥やサンドイッチを主に出し、ドイツの料理は関係がないそうです。
実際アメリカにはたくさんのホフブロウというお店が存在し、出している料理はまさしく洋食という感じで、当店に近いものを感じました。
 
 これまた頓珍漢なことを言うものだ.《英語にもHofbrauという言葉が存在し 》と書いているが,英単語では“Hofbrau”ではなく“hofbrau”と書く.普通名詞だからである.そして店名“THE HOF BRAU”(The hof brau と書いても同じ意味) は“hofbrau”とは関係がない.“hof brau”と“hofbrau”は,一目瞭然,別の言葉だからである.スペース一つで意味が違ってしまうのだ.日本語は,外国語を片仮名で表記するときのルールが曖昧なので,こんな混乱が生じる.店名を「ホフ ブロウ」または「ホフ・ブロウ」と書けば紛れはなかったのに,創業者は店名の片仮名表記を「ホフブロウ」としたがために,1999年に事業を承継した現在の経営者は,店名がドイツ語と関係があるかのように勘違いしてしまったのである.(店を承継するなら,その時にちゃんと店名の由来を聞いておけ,と言いたい w)
 次に《実際アメリカにはたくさんのホフブロウというお店が存在し 》という誤解について指摘が必要だ.
 英語の“hofbrau”は普通名詞だから,業態を表すことはできるが店名には使えない.《ホフブロウというお店が存在 》するわけがないのである.つまり店名に使うとすれば“Hofbrau Denny's”といった形である.日本語でいえば「ビストロ 材木座」とか「小料理 こまち」みたいな用法だ.この例では「ビストロ」や「小料理」が業態を表している.
 ここで Wikipedia英語版の項目 Hofbrau (項目名は大文字で書き始める) から一部を引用しよう.
 
Hofbrau is a cafeteria-style food service derived from the German term Hofbräu, which originally referred to a brewery with historical ties to a royal court. Such breweries often have beer gardens where food is served.
 
 facebook投稿《ホフブロウ 》は《というのも実は英語にもHofbrauという言葉が存在し、まったく違った意味を持つのです 》と書いているが,Wikipediaには“hofbrau”はドイツ語の“Hofbräu”から派生した語で,カフェテリア形式の飲食店であると明記してある.何を根拠に《まったく違った意味を持つのです 》と主張しているのだろう.また横浜山下町のレストラン“THE HOF BRAU”はカフェテリアではないから,アメリカのhofbrauとは全然業態が違う.《当店に近いものを感じました 》は無知に基づく我田引水の思い込みである.
 
 facebook投稿《ホフブロウ 》にはまだツッコミたいところがあるのだが,いい加減にして結論を急ぐ.
 私は上に「では"Hof"とは何か」と書いた.Hofは地名だ.ドイツ連邦共和国バイエルン州の北東部にある市であり,ビールの有名な産地である.だから“THE HOF BRAU”を素直に和訳すれば,「ホーフ醸造所」となる.レストラン“THE HOF BRAU”の創業者は,前々世紀までホーフに存在していたかも知れない小さな醸造所のイメージを「ホーフ醸造所」の名に込めたのだろうと私には思われる.この場合の「ホーフ醸造所」は,サントリーの「白州蒸留所」等と同じ用法だ.
 あるいは,ホーフにたくさんあった大小様々な醸造所の総称として「ホーフ醸造所」を脳裏に浮かべたのかも知れない.その場合は,店名の和訳は「ホーフの醸造所」とするのが日本語として適切だろう.
「ホーフ蒸留所」でも「ホーフの蒸留所」でも,ドイツではビールの醸造所に食堂が併設されていることが多いから,創業当時の“THE HOF BRAU”ではビール醸造所の食堂をイメージした店作りがなされたに違いない.
 
そして当店ホフブロウの名前の由来はミュンヘンにあるホフブロイハウスというビアホールからつけられたと言われています。
 
 facebook投稿《ホフブロウ 》は,上の引用箇所で店名の由来を述べている.しかしレストラン“THE HOF BRAU”の店名は英語である上に,ミュンヘンにある有名なビアホール“Hofbräuhaus”とは綴りが似ても似つかない.おまけに規模が違いすぎる.そこら辺の街の小さな中華料理屋が「北京大酒楼」を名乗るようなもので,ジョークにもならない.
 
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(Hofbräuhausの外観;Wikipedia【ホフブロイハウス】から引用したパブリックドメイン画像)
 
 1951年に店を開いた創業者は欧州人だったというから,欧州についての知識がない終戦当時の日本人みたいなセンスのない店名を,自分の店に付けるわけがない.
 食べログにおける「一級うん築士」氏は有名人だが,同氏による“THE HOF BRAU”のレビューは,店名の由来について調べもせずに丸写しで書いている.おまけに創業年も間違って記載している.まあ,きちんと正確なことを書いていたら,とてもじゃないけれど食べログに七千件以上のレビューを書き飛ばすのは不可能だが.w
[追記終わり]

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