アンフェア
去年の少し古い話だが,飲食業界誌「Foodist」に《ホリエモンの「ヴィーガンは健康に悪い」発言に、文教大准教授「栄養学的根拠ない、思い込み」》と題した記事が掲載された.(2018年04月26日掲載)
同記事の冒頭は以下の通り.
《実業家の堀江貴文氏(45)が自身のツイッターで絶対菜食主義者・ヴィーガンについて「ヴィーガンとかまじ健康に悪いと思うよ」とつぶやいたことが話題になっている。これに対し非難するコメントが次々と寄せられたが、「こんな奴らのために美味しい肉を食べられない世の中にしたくないので、徹底的に潰します」と反発。もっともこの問題について栄養学の専門家である文教大学健康栄養学部の岩井達(いわい さとる)准教授は堀江氏の発言を「栄養学的に根拠がない」とする。ホリエモンのヴィーガン批判について同准教授に話を聞いた。》
「Foodist」誌がインタビューをした岩井達氏のプロフィルは次の通り.氏は私と同年の生まれの高齢者である.学位が記載されていないところを見ると,高齢でありながら学位なしで准教授というポストに就いた特殊な人物である.
《岩井達(いわい さとる)
1950年生まれ、米カリフォルニア州ローマリンダ大学卒業。東京ヒルトンホテルにて調理師、米カリフォルニア州の給食会社でヘッドクックを経て1987年から東京衛生病院に勤務し、栄養科長等を務める。2004年神奈川県立保健福祉大学兼任講師、その後、多くの大学で講師を務め、2014年から文教大学栄養学部准教授。「日本人青年期女性におけるベジタリアンダイエットが栄養摂取状況及び骨密度に及ぼす影響」(ベジタリアン・リサーチ、2010年)など論文多数。》
さて同記事は堀江貴文について,個人的嗜好とビジネスの両方で肉食を推奨推進する立場にあると紹介したあと,岩井氏については次のように書いた.
《一方の岩井逹氏は「私は、いわゆるベジタリアンではありません」と話している。つまり、堀江氏から攻撃を受けたヴィーガンのサイドに立っているわけではない。アカデミックな立場から、栄養学的観点で客観的に分析する立場にあるとみていい。》(文字の着色は当ブログの筆者が行った)
岩井氏が所属する文教大学が行った公開講座の講師紹介には次のようにある.
《文教大学健康栄養学部准教授。東京ヒルトンホテルでコック修業。米国留学でフードサービスと管理栄養士課程で学位を取得。米国では、大学・給食会社・病院で勤務。神戸及び東京の病院で栄養科長を30年勤める。その間、給食会社の顧問、非常勤講師として各大学で教弁をとる。2011年より、現職。生涯ワークとして「穀菜果食」の啓蒙・普及活動をしている。》(文字の着色は当ブログの筆者が行った)
この文中の「穀菜果食」とは何か.かつて岩井氏が栄養科長をしていた東京衛生病院のサイトから下に引用する.
[1] 当院では入院患者様に穀菜果食をご提供しています。
《当院では、開設以来、入院患者様及び職員に対して『穀菜果食』を提供しています。当院の穀菜果食は、植物性食品を中心とした食事に卵と乳製品を加えたベジタリアンです。どなたにも馴染みやすく、栄養的にも大変優れた食事です。また、世界各国の多くの研究で、生活習慣病の予防および改善に効果があることが証明されています。》(文字の着色は当ブログの筆者が行った)
[2] 開院以来続く菜食主義の病院食――渡邉恵一・東京衛生病院栄養科長に聞く
《東京衛生病院は、1929年(昭和4)の開院以来、植物性食品を中心に卵と乳製品を加えた「穀菜果食」の病院食を提供し続けている。》
以上をまとめると,岩井達氏は,自分が菜食主義者ではないのに,ライフワークとして菜食主義の啓蒙・普及活動をしていることになる.病院の入院患者に,自分は実行していない菜食主義を勧めてきたのである.
いや持って回った表現はやめる.岩井氏は菜食主義者である.しかしメディアに対しては,自分が菜食主義者であることを隠している.発言の中立性を装うためであろう.こういう人間を世間ではペテン師という.
さて,岩井氏は取材に対して次のように見解を述べた.
《堀江氏のヴィーガン不健康論については、動物性たんぱくや動物性脂肪を十分に摂取しないことでたんぱく質が不足するという点を指している可能性はある。しかし、この場合でも現代の日本人は動物性タンパク質を摂取しすぎであることの問題点の方が大きいとする。タンパク質は分子が大きく腎臓で血液を濾過する時に、腎臓を痛める危険性を内包。近年タンパク質の過剰摂取による腎臓病も増えており、ヴィーガンはその側面から見た場合でも肉を過剰摂取している者より、よほど危険が少ないというのが岩井氏の結論である。
動物性脂肪についても現代人は摂取しすぎで、戦後、食生活の変化により炭水化物の代わりに動物性脂肪をとる傾向が顕著になって、その結果糖尿病が増加した。植物性食品を中心にした方が生活習慣病の発症の可能性が低いのはよく知られた事実だろう。》
桜美林大学名誉教授・柴田博先生の講演資料《高齢者栄養におけるタンパク質の重要性》から図2を下に引用する.この図は柴田先生のオリジナルで,他の文献に引用されることの多い資料である.
この図のキャプションは次の通りである.
《古来より日本人は、タンパク源は植物性 (主に大豆) でした。しかし、徐々に動物性タンパク質 (牛乳や肉) の摂取量が増え、1980年頃には逆転現象が見られます (図2)。1981年、日本の平均寿命が世界のトップランクに入った時期と重なります。》
図2は1995年までのデータであるが,その後のデータに関しては,株式会社明治の公式サイトのコンテンツ《長生きの秘けつは動物性たんぱく質 食生活の傾向が変わり、世界一の長寿国に》に「日本人の1人1日あたりの動物性たんぱく質と植物性たんぱく質摂取量の推移」という概略図が掲載されている.その図によると,1995年以降も植物性たんぱく質よりも動物性たんぱく質摂取がやや多い状態で現在まで推移しているが,日本人の平均余命は漸増を続けている.このことからすると,岩井氏の主張《現代の日本人は動物性タンパク質を摂取しすぎであることの問題点の方が大きい 》は,その問題点とは何かを明らかに示す必要がある.
また《戦後、食生活の変化により炭水化物の代わりに動物性脂肪をとる傾向が顕著になって、その結果糖尿病が増加した》とも主張しているが,動物性脂肪が糖尿病の原因だという見解は,岩井氏の独自研究である.なぜなら糖尿病発症の主因は,糖質の過剰摂取による高血糖状態が持続することであるからだ.
以上に述べたように岩井達氏は,菜食主義者でありながらそれを隠して,動物性たんぱく質と動物性脂肪について根拠のない誹謗をしている.これをアンフェアという.
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