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2019年8月15日 (木)

真・眠れる森の美女

 先日,映画館で『天気の子』を観たのだが,本編上映が始まる前の予告編は今秋公開の『マレフィセント2』と『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』だった.そういえば日本でも大ヒットした『マレフィセント』を私は観ていなかったので,中古のブルーレイを買って鑑賞してみた.
 
 ディズニー・プリンセスたちの中で,やや存在感に欠けるのがオーロラ姫,『眠れる森の美女』のヒロインだ.この長編アニメは公開当時はあまりヒットしなかった.Wikipedia【眠れる森の美女】には次のように書かれている.
 
6年の歳月と600万ドルの費用をかけ、300人のアニメーター、セル画数100万枚。これはディズニー映画史上最も贅沢で豪華な長編アニメ映画である。だが興行収入は530万ドルにとどまった。ウォルト・ディズニーが、本作に注力出来なかった事が作品の質に悪影響を及ぼしたのではないかと指摘する論者もいる。しかし1970年、1979年、1986年の再公開で人気が高まり、ディズニーの大切な財産となった。
 
『マレフィセント』は,アニメ『眠れる森の美女』の実写版リメイクである.アニメでリメイクした場合は,様々な点でオリジナルとリメイクが競合することになるが,アニメと実写版なら共存できる.
 アニメ『眠れる森の美女』(1959年) は,白雪姫 (1937年),シンデレラ (1950年),ふしぎの国のアリス (1951年) に続くディズニー・プリンセスものの第四作で,ストーリーがいかにも古臭い.また,女性の受動的な描き方は,女性差別だと言われても仕方ないところがある.しかし最近のディズニー作品は,かつて女性差別のシンボルだと批判されてきたアニメのディズニー・プリンセスたちを,実写版化することで現代社会に up to date しようとしているかに見える.このディズニー映画の動きは最初に,アニメの実写化作品ではない『魔法にかけられて』で,ディズニー映画自身の過去の作品をパロディ化 (セルフ・パロディ) することで始まった.その路線上で,ベルもエラも,誰かが幸せにしてくれるのを待つだけのヒロインから脱却したのである.
『魔法にかけられて』以後,それまでの古臭いディズニー映画を,ディズニー映画作品が自ら嘲笑するときのキーワードが“true love's kiss”だ.(『魔法にかけられて』の主題歌“True Love's Kiss”の歌詞はここ)
 
 歌詞中の someone who was meant for you すなわち「あなたのために生まれてきた人」は,「赤い糸で結ばれている人」「運命の人」のこと.ロマンティックではあるが,ただの一目惚れを true love だと言い張っているのである.
 元祖 true love kiss はディズニーの『白雪姫』(YouTube 前半後半) だが,アニメ冒頭で,ボロを着て井戸の水汲みをしている白雪姫に王子様は一目惚れする.容姿の可愛らしい娘であれば,性格なんかはどうでもいいという王子様の頭の中身がまる見えだ.
 ちなみにグリム童話の『白雪姫』はもっと酷くて,Wikipedia【白雪姫】には《そこに王子が通りかかり、白雪姫を一目見るなり、死体でもいいからと白雪姫をもらい受ける 》なんて書かれている.そのため「本当はこわい」ブームの時に,王子様は本当は変態だとまで言われた.
 それはいくら何でも,と思われるが,一目惚れは一時の気の迷いであることが多い.そのため,おとぎ話の結びの決まり文句は“They lived happily ever after. ”であるが,これは“They lived happily ever after although they got married. ”の省略形であると言われる.誰が言っているかというと私だ.
 
『マレフィセント』は,この『白雪姫』型の true love's kiss を否定したものだが,『魔法にかけられて』のようなパロディではなく,いたって真面目なシナリオである.しかしさすがにアニメ映画史に傑作として残る『白雪姫』を,またディズニー・プリンセスの二枚看板である『シンデレラ』と『美女と野獣』をパロるわけにはいかなかったのであろう.そこでディズニー・プリンセスの中では影の薄いオーロラ姫を語り手に設定し「真・眠れる森の美女」として実写化されたのが『マレフィセント』なのである.
 その意図は達せられたと評価されるが,しかしこの作品は true love's kiss を否定するあまり,オーロラ姫の父である国王は,権力欲のためには平気で恋人を裏切る最低男として描かれている.またオーロラ姫はオーロラ姫で,父である国王を墜落死に追い込んでも心に何らの葛藤も呵責も覚えずに笑顔で女王の座に就いている.というわけで『マレフィセント』は,元々はおとぎ話なのに,まことに幼児教育的に好ましくない映画となっている.w

 そんなわけで『マレフィセント』を鑑賞した感想は「まぁまぁ」なのであるが,一つ不満がある.それはオーロラ姫にかけられた呪いのことだ.
『マレフィセント』以前のこととして,そもそもグリム童話でもディズニーのアニメでも,『眠れる森の美女』のお話には不可解な謎がある.それは,オーロラ姫にかけられた呪いの「糸車の針」とは一体何か,ということなのである.
 これについては,私は以前にも記事《蚕のこと 》の中で指摘したことがある.下にそれを転載する.
 
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蚕のこと  (以下,原文の一部を転載)
…  
 話は横に逸れるが,糸車については面白いことがあって,『眠れる森の美女』で主人公の王女は「指を糸車で刺して死ぬ」という呪いをかけられて長い眠りにつくのであるが,実は糸車には指を刺すような部分がないのである.
 ちなみに Wikipedia 【眠れる森の美女】から物語を抜粋してみると次のようである.
 あるところに子どもを欲しがっている国王夫妻がいたが,ようやく女の子を授かったので祝宴に十二人の魔法使いが呼ばれた.魔法使いはそれぞれ魔法を用いた贈り物をするが,その途中で,祝宴に一人だけ呼ばれなかった十三人目の魔法使いが現れて「王女は紡錘が刺さって死ぬ」という呪いをかける.まだ魔法をかけていなかった十二目の魔法使いがこれを修正し,「王女は紡錘が刺さり百年間眠りにつく」という呪いに変えた.呪いを取り消さなかったのは修正する以外に方法がなかったためである。
 王女にかけられた呪いを心配した王は国中の糸車を燃やさせてしまう.ところが王女は十五歳の時に一人で城の中を歩いていて塔の上に上ってしまい,塔の一番上で老婆が紡いでいた紡錘で手を刺し,眠りに落ちてしまう.塔は呪いによって茨が繁茂して誰も入れなくなった.
 さて百年後に,近くの国の王子が噂を聞いて城を訪れる.ここから先は黄金のパターンで,王子がキスをして王女は目を覚まし,結婚して幸せな生活を送ったとさ.よかったよかった.
 
 というのが『眠れる森の美女』のお話であるが,問題は紡錘 (スピンドル) である.上に書いたように紡錘には別段尖った部分はないから,どうすれば指に刺さるかがわからないのである.
 ここら辺のことは Wikipedia【糸車】の「物語の中の糸車」節にあるので,興味ある向きはどうぞ.
 またこの節には,
《英語の「spinster」という語は優れた紡ぎ手を指す古語だが、後に結婚しない女性のことも指すようになった(糸紡ぎの仕事で結婚しなくとも自活できるとの意味)。》
とも書かれている.
 少年の私が民家で見かけた糸を紡ぐおばあさんは,たぶん戦前の少女の頃から絹糸を紡いできた熟練の spinster で,だから誤って紡錘を指に刺して眠ってしまうようなことはなく,白馬の王子様にキスされることもなかっただろう.しかしやがてその spinster は,もう一つの語義とは異なって嫁ぎ,そして子や孫に恵まれ,老いたその日もゆっくりと糸車を回しながら糸を紡いでいたのだろう.私の記憶の中の糸車は,そういう光景の中にある.
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 上の文章は何しろ六年も前に書いたものなので,文中のWikipediaの記述も現在のものとは異なっている.そこでWikipediaから以下に直接引用する.ただし2019年8月17日時点で掲載されている記述内容である.
 
* Wikipedia【眠れる森の美女】の,呪いに関する箇所
祝宴に招待された12人の魔法使い達は、それぞれ「徳」「美」「富」など魔法を用いた贈り物を王女に授けるが、11人目の魔法使いが贈り物を終えた直後、突如として13人目の魔法使いが現れ、1人だけ祝宴に招待されなかった報復として、「王女は15歳になると、紡ぎ車の錘が指に刺さって死ぬ」という呪いをかけて立ち去る。王と王妃をはじめ城の人々が大騒ぎする中、まだ贈り物をしていなかった12人目の魔法使いが「この呪いを取り消すことはできないが、呪いの力を弱めることはできる」と言い、「王女様は死ぬのではなく、100年間眠り続けた後に目を覚ます」と告げた。
王女の運命を心配した王は、国民に命じて国中の紡ぎ車を焼き捨ててしまう。王女は順調に育っていくが、15歳になった時、一人で城の中を歩いていて、城の塔の最上階で一人の老婆が紡ぎ車を使い糸を紡いでいるのを見て興味を示し、紡ぎ車に近寄った途端に錘が手の指に刺さり、王女は深い眠りに落ちる(この老婆の正体は13人目の魔法使いであったとも言われる)。
 
* Wikipedia【眠れる森の美女 (1959年の映画)】の,呪いに関する箇所 
「16歳の誕生日の日没までに糸車で指を刺して死ぬ」という呪いをかけてしまう。
 
* Wikipedia【糸車】の,呪いに関する箇所
『眠れる森の美女』では、主人公の王女は「指を糸車で刺して死ぬ」という呪いをかけられ、死んだような眠りに陥る。この物語は多くの童話集に採録され、バレエや映画に脚色されているが、糸車には指を刺して死ぬほどの部分がないことから「指を糸車で刺して死ぬ」とはどういうことか、糸車の専門家の間で議論となってきた。ヨーロッパの非常に古いタイプの糸車はフライヤーやボビンにあたる部分がなく、「グレート・ホイール」同様に紡錘の部分で糸が紡がれていたため、繰り返しの使用で磨り減った紡錘は鋭くなる。このため、紡錘部分に指が刺さる危険があるのではという意見もある。また、糸巻き棒の先で刺したのではないかという推測もされる。
 
 Wikipedia【糸車】には,糸車の構造が図解されている (下図) のであるが,これは残念ながらグリム童話『眠れる森の美女』の時代よりも後の,十六世紀以降に考案された道具のようだ.
Ito_guruma
(Wikipedia【糸車】から引用;パブリックドメイン)
 
 古い型の糸車では,フライヤー(f) とボビン(m) がなく,その代わりに紡錘 (下図で,紡ぐ人の左手よりも下に描かれている道具;パブリックドメイン) が,上図のフライヤーとボビンと同じ位置に,同じ軸方向で取り付けられている.紡錘には,普通の使用状態では,指を刺すような尖った部分はない.上端はかぎ針になっていて,下端は独楽の足状である.
Bousui
(Wikipedia【紡錘】から引用;パブリックドメイン)
 
 さて『マレフィセント』では,オーロラ姫の指を刺した糸車は,どのように描かれているか.(下に掲載した画像はBDを再生したテレビ画面をカメラで撮影した)
 
20190816b
 
 (上の画像) 国王が国中の糸車を集めて破壊したスクラップの中から,呪いによって糸車のパーツが寄せ集められて魔法の糸車が召喚され,オーロラ姫を引き寄せる.国王は,集めた糸車を壊すだけでなく焼却してしまえば,呪いの糸車は召喚されなかったように思われるが…
 
20190817b
 
(上の画像) は謎の部品.は,を支えるための単なる横棒のように見える.本来ならばここに回転する紡錘が取り付けられているはずだ.
 
20190816c
 
 謎の部品の端には鋭く長い金属針が取り付けられている.私が調べた限り,謎の部品のような部品を有する糸車はこの世に存在しない.つまりこれは,オーロラ姫の指を刺すためにだけ作られた物体である.
 すなわち,魔女の呪いが「フライパンの針に指を刺して」であったなら,柄に部品が取り付けられたフライパンが召喚されて,オーロラ姫の指に刺さったであろう.
 こうして『マレフィセント』の制作陣は,従来から謎とされてきた「糸車の針」が一体何なのかという問題は無視して,「指を刺すための針を何の理由もなく取り付けた糸車」を強引に登場させることで,この難しいシーンを乗り切ったのである.
 しかし映画ファンとしては,やはり「オーロラ姫の指を刺した糸車の針」の謎に挑戦し,糸車を見たことのある者が納得できる解答を示して欲しかった.それが残念だ.

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