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2019年8月14日 (水)

モトをとりたくて (二)

 この記事の前に書いた《モトをとりたくて》に次のように書いた.
 
《(テレビドラマ『パンとスープとネコ日和』には) 無意味な小道具として野良猫が登場する.それは別に構わないけれど,シナリオも演出も,野良ネコの常識的な保護の仕方,家猫としての飼い方を全く知らないのが情けない.制作されたのは2013年だから,ネットにすでに猫動画があふれていたはずで,視聴者に「そんなことも知らないのかよ」と言われても仕方ない.
 
 明治の文豪から現代の猫マンガ家に至るまでの作家たちの中で,猫の描写をさせたら一番なのは群ようこだと私は思う.それなのに,テレビドラマ『パンとスープとネコ日和』に登場する猫「たろ」の存在感のなさは一体どういうことだろう.「たろ」がいなくても,このドラマは成立してしまうのだ.
「たろ」の描写に納得が行かなかった私は,ハルキ文庫の『パンとスープとネコ日和』を読んでみた.
 その前に一つ.
 奥付の前のページに,角川春樹事務所から単行本が出たのは《二〇一二年四月 》だとある.だとすると,作者がこの小説を執筆したのはおそらく平成二十三年 (2011年) のことだろう.ネット上の書評に,群ようこ『パンとスープとネコ日和』はテレビドラマのノベライズだと書いている人がいるが,どこからそんな話を仕入れて吹聴しているのだろう.原作はテレビドラマの二年前に書かれたものだと,一言書いておく.
 さて「たろ」のことだ.テレビドラマでは脚本家も演出家も猫についての知識経験がないと見えて,全く存在感がなかったが,群ようこの原作ではそんなことはなかった.きちんと彼女の猫ワールドに属する作品に仕上がっている.
 
「たろ」のことに限らず,テレビドラマのほうは原作の設定を変え過ぎだと思う.それが良い結果を生むなら結構なことだが,このドラマでは無意味なシーンを作ってしまったりして,悪いほうに転がってしまっている.群ようこの原作とテレビドラマと,どっちがよいかと世の猫好きに訊ねたら,百人のうちの百人が原作だと言うに違いない.
 やっぱりテレビドラマというのは,お手軽に作れるものなんだろう.それなりのものしかできないのは仕方ないと思う.

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