お箸の国の人なのに (九)
箸の作法のうちで,昔は不作法とされたが,今は堂々と行われているものに「拝み箸」がある.
ギフト商品の販売で知られる「シャディ」のサイトに《ギフトマナー辞典》というコンテンツがあり,その中の《正しい箸の使い方・意外と知らないNGマナー》を閲覧して,次の一節に感心した.(トップに置かれている「箸の持ち方の画像」はとても美しい)
《箸を持って「いただきます」は誤った作法
食事の前に箸を合掌の中に入れて「いただきます」というやり方ですが、正式にはマナー違反とされています。合掌の作法として手を合わせる時に物を持つのは望ましくないとされる事が理由です。
正しくは、箸置きに箸をおいたまま「いただきます」をするのがマナーでしょう。食前の挨拶をするところまでは美しい所作なのですから、もう1歩踏み込んだやり方を意識するとスマートです。
ちなみに、合掌して「いただきます」という事自体、地域によってやる・やらないが分かれるとする調査もあります。手を合わせる風習は浄土真宗がもとになっていると考えられる事から、地域による信仰の違いが由来とも言えるそうです。さらに言うと「いただきます」をするのが一般的になったのも、戦後が始まりとされています。どのやり方が正式とは言い切れないところがありますが、箸を手に持つ「拝み箸」だけは控えてください。》
実にその通りであり,この記述は然るべき作法の先生が書かれたものであろうと思われる.
明治維新後,政府は富国強兵の基礎として学校教育を重視し,今で言う教科書の作成に取り組んだ.明治時代の教科書には修身と作法があり,それには家庭での食事作法が解説されていた.
明治政府は武士出身者で構成されていたから,日常の食事作法 (宴会や西洋風の食事マナーはまた別) も基本的には武家のそれに則っていた.まず家族が食膳に着くと食前の挨拶を行うが,この時は必ず正座する.そして腿に掌を置いてから一礼する.礼が済んだら食事に進むのである.
このような仕方が長らく食事の作法とされてきたが,戦後も暫く経った頃になって,浄土真宗 (真宗大谷派) の坊主たちが,家族揃って「いただきます」と唱和合掌する奇妙な振る舞いを流行させた.流行の発端は,真宗大谷派がスポンサーだった早朝のラジオ番組『東本願寺の時間』である.この番組は,食事の前に合掌して「いただきます」と唱和することをリスナーに勧めた.この番組で私が覚えているのは「いただきますは命をいただくということです」というわけのわからぬ法話である.「お命頂戴」かよ,と思ったものだ.
この宗教的食事作法がいつしか学校給食の場でも行われるようになり,次いで家庭に波及した.ただし,私の育った家では禅宗だったことと父が農家の生まれだったこともあり,「いただきます」は「お百姓さん,ありがとう,いただきます」という意味合いだったが.
これだけならまだよかったが,食前の挨拶の際に合掌するという浄土真宗の振る舞いが,「拝み箸」を生み出した.しかし浄土真宗以外の人からみると,これはいかにも見苦しいので「拝み箸」という名をつけて嫌われ,不作法とされた.
ところが,テレビ番組を見ていると「拝み箸」はとうとう市民権を得て,テレビの画面でもみかけるようになってしまった.
下の画像は,テレビ東京『昼めし旅』(8/2) に出演した園芸王子こと俳優の三上真史が「いただきます」と食事の挨拶をした場面である.(録画データの加工ではなく,テレビ画面をカメラで撮影したもの)
続いては永谷園のCМで,俳優の玉木宏とタレントの小島瑠璃子さん.
玉木宏は背筋を伸ばして礼儀正しく弁当を食べ始めたが,小島瑠璃子さんは拝み箸をした.彼女は並み居る女性タレントの中でも一際利発で愛らしいひとであるが,この拝み箸のシーンだけはまことに残念である.行儀が悪いですよと撮影関係者は誰も注意してあげなかったのか.不作法をよしとする永谷園のCМでは仕方あるまいが.
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