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2019年5月10日 (金)

本件、隠蔽せよ (二)

『七つの会議』について所見を書く.この小説は謎解きミステリーではないし,結末にいささか問題があるのを指摘しなければいけないから,ストーリーのネタバレのようなこともどんどん書いていく.
 今から十年以上も昔のことだが,食品業界の不祥事が連日のように報道された時代があった.悪質な産地偽装ならばともかく,小さな会社の表示の誤りまでもが偽装だと指摘されて新聞に叩かれた.その新聞やテレビは,余程の事件性のあるもの以外は報道しなくなった.Wikipedia【企業による犯罪事件の一覧】から,この十年間の企業犯罪をピックアップしてみよう.
 
《2018年 KYB - 免震装置データ改竄
 2018年 スルガ銀行 - 不正融資
 2018年 SUBARU - データ書き換え
 2018年 はれのひ - 粉飾、詐欺
 2017年 神戸製鋼所 - 品質検査データ改竄
 2017年 てるみくらぶ - 粉飾、詐欺
 2017年 リニア中央新幹線建設工事 - ゼネコン4社談合
 2015年 旭化成建材 - 杭打ち工事のデータ改ざん
      (三井住友建設施工、三井不動産販売)
 2016年 スズキ - 燃費詐称
 2016年 三菱自動車 - カタログ燃費の詐称及び不正計測発覚後の
           再測定における燃費詐称
 2015年 東芝 - 長期に及ぶ不適切会計
 2015年 東洋ゴム - 免震パネル、防振ゴムなど試験データ偽装
 2015年 タカタ (企業) - エアバッグ不具合
 2013年 みずほ銀行暴力団融資事件 - 反社会勢力取引
 2013年 カネボウ化粧品・ロドデノールによる白斑症状 - 製品瑕疵
 2011年 オリンパス事件 - 粉飾決算
 2011年 大王製紙事件 - 不正による巨額損失
 2009年 JR東日本 - 信濃川発電所で10年に渡り違法な取水、虚偽報告
 2009年 三菱自動車 - 内部告発が行われるまでリコールを放置》
 
 上記の一覧の中で,カネボウ化粧品の件は品質事故であるが,他はすべて「不正の隠蔽」事案である.池井戸潤『七つの会議』は,企業はなぜ違法行為をするのか,誰が違法行為を指示するのか,そしてなぜ隠蔽をするのか,を描いた作品である.
 物語の舞台は,航空機からパイプ椅子に到るまで,広範な分野で事業を展開する大企業「ソニック」である.この社名からすぐにパナソニックが連想されるが,なぜ池井戸潤がこんなあからさまなことをしたのか.おそらく企業犯罪に関する取材の過程で,創作のアイデアをパナソニックから得たのであろう.それに対してパナソニックは何らの抗議もしていない.高校で習う英国の諺に“Every family has a skeleton in the cupboard.”というのがある.その筆法で言えば,どこの会社も不正を隠蔽している,だ.抗議して藪から蛇が出てはたまらぬからだろう.
 池井戸潤は,仮にモデル問題が生じても,対抗できるほどの材料を持っているのであろうが,映画とテレビドラマの制作サイドはそんなものは持っていないから,パナソニックから抗議されれば全く釈明できない.よってこの二つの映像化作品では,企業名を変更している.
 半沢直樹シリーズは,池井戸潤の銀行員時代の知識経験が土台になっているだろうが,製造業の会社内部で行われる不正は銀行側からは見えない.その会社は銀行に知られたら万事休すなので,絶対に知られぬように隠蔽するからである.(ま,銀行側の不正が企業からは見えないのと同じだ)
 従って,『七つの会議』は池井戸潤の周到な取材によって支えられていると見ていい.実際に,『七つの会議』に登場する会社員像,経営者像にはリアリティがある.
 話は横道に逸れるが,企業犯罪は,銀行よりも取引のある商社の方が知る機会があるだろう.一つ例を挙げる.
 昔,某社 (以下,A社) の一部門に,マーガリンを製造販売する部門があった.「あった」というのは,その会社はマーガリン製造部門を会社本体から分離して売却し,その売却先の企業も他社に吸収されたため,今はもうマイナーなブランド名が残っているだけである.
 A社は,昭和四十年代の初め,マーガリンの製造技術を海外から導入して,製造販売を開始した.マーガリンは,触媒を用いて植物油に水素を反応させ,油脂の不飽和度を下げることを行う.マーガリン製造技術の中心部分は,その触媒である.ところがA社が海外から導入した製造技術で用いられていた触媒 (水素添加触媒という;消耗品である) は,日本の食品衛生法では,食品の製造に使用が認められていなかったのである.その触媒は,触媒の活性を調節するのに使用する化合物 (触媒毒という) が少しずつ製品に漏れ出して,人体に対する安全性に疑念があったからである.
 そこでA社は,その触媒を使用していることを極秘事項として隠蔽することにし,製造したマーガリンを長年に亘って販売した.だが,その触媒は海外からの輸入品であったため,その触媒を輸入してA社に納入していた商社は,A社の違法行為を承知していた.マーガリン製造会社にその触媒を販売するということは,もちろんマーガリンの製造に使うに決まっているからである.
 今から十数年前のこと.A社はマーガリン事業をある企業 (以下,B社) に譲渡した.事業を買ったB社は,A社のマーガリンが食品衛生法違反の製品であることを,事業買収の事後に知った.B社は騙されたといっていいだろう.というのは,触媒を輸入していた商社が,メーカーの違法行為に加担したくないとして,マーガリン製造の事業主体が変わったのはいい機会だから,もうこれ以上,違法な触媒の使用をやめたらどうだとB社に申し入れたのである.商社は商売のためなら何でもするかのように見られていた時代も過去にあったが,実はそうでもないのである.メーカーの違法行為を諫めることもあったのだ.
 B社は本来,A社に騙されたのであるから,製造を断念し,損害賠償をA社に請求すべきであった.しかしB社はそうしなかった.食品製造において安全性が認められている触媒に変更することとし,製造技術が確立されるまでの間,違法を承知で製造と販売を続けたのであった.B社はその後,業界再編成の波の中で社の歴史を閉じたが,B社を欺いたA社は今も存続している.
『七つの会議』の舞台は二つの会社である.一つは先に述べた「ソニック」であるが,企業犯罪は,その子会社である「東京建電」で行われた.その犯罪について以下に説明する.

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